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わっせ、わっせ、わっせ
屈強な二人の生徒に担がれて体育館の裏口、準備室に連行される。
ぽいっと、袖裏の準備室に放り込まれると、なんと優が、笹凪優までもがそこにいた。
「あ、あれ? 優? 何して・・・?」
「ああ、とうま。とうまも捕まったんだね」
疲れたような笑みを浮かべる優。
薄暗い室内には他の生徒会委員もいて、まるで俺たちを逃すまいと包囲しているようだ。
ステージの方からは、教頭先生と思しき男の先生の演説が聞こえる。
『幸い、諸君ら在校生の、そのほとんどが帰宅後の出来事であった事から、一人も怪我人が出なかったのは幸いですが。残念な事に本校は、異星人の標的にされてしまいました』
ぐるりと見渡す限り、呼び出された、いや、連行されたのは俺たち二人だけのようだが。
体育館の方からは、教頭先生の話がつまらないのか談話するざわつきも少なからず聞こえていた。
『異星人が本校を標的にした理由。それを諸君が知らされていないというのは、あまりにも酷な事ではありますが』
『教頭先生、そのくだりは・・・』
ステージ上に立っている他の先生が制止しようとする声が聞こえる。
教頭先生は構う様子はない。
『大丈夫です。本間先生。大丈夫ですから』
『は、はい。では』
本間先生。確か、男の体育の先生だ。
アイングライツ戦技学校は三分の二が兵隊科と言うこともあり、公立や私立と比べると体育の先生の方が理知的な先生が多い。
エリート気質な数学や歴史の先生の方が、やたらな体罰やら嫌がらせレベルの宿題を出したりと生徒いびりが酷かった。
そんな本間先生が止めた理由を、教頭先生は一才汲み取ることをしなかったようだ。
『本校のオクスタン格納庫。その最深部に、最新鋭の特戦機があるのです!!』
『ちょ・・・』
本間先生が絶句してる・・・。
だよな。俺はゲーム知識として、地下にあるの知ってたけど、学校の誰もがあそこには訓練用の、旧型の第二世代オクスタンしかないって思ってたはずだ。
だって、学校の地下にスーパーロボットがある方がおかしいでしょ。
可哀想に、本間先生パイプ椅子に座ったまま頭抱えちゃった。
『諸君ら生徒の中から! 最新鋭の特戦機パイロットが現れれば! 敵の襲撃など恐るる必要もなくなります。私は諸君の頑張りを知っている。絶対に大丈夫! とはいえ、今すぐにパイロットになれるわけでもない。そこで、諸君らが学んでいる間、諸君らに代わって学校を守る部活が承認された。紹介しよう、異星人の撃退に貢献した二名の生徒を!』
うわあ・・・、最悪な紹介のされ方だ。
あとで絶対にトラブルになりそう・・・。
いつの間にか来ていた生徒会長が俺と優を睨みつけて促してくる。
「出番です。ステージに上がりなさい」
優が、男子の制服に身を包み矯正ブラで胸の膨らみを隠した美少年バージョンの笹凪優也が諦めようと肩をすくませる。
「仕方がないよ。行こうとうま」
「檻の中の動物になった気分だよ優」
「あはは、気持ち切り替えて行こっ」
生徒会委員達に凄まれて否応なしにステージに上がっていくと、全校生徒が体育館に並べられたパイプ椅子に着席した姿勢で俺たちに奇異な視線を向けてくる。
教頭先生は頭髪の半分後退した四角くて長細いメガネで犬猫でも見るように俺たちを見て下卑た笑みを浮かべて、あろうことかという紹介を始めてくれた。
「彼らが、異星人の撃退に貢献した生徒たちです!」
パラパラと興味なさげな僅かな拍手。
「笹凪優也くんは、身を挺して避難の遅れた生徒の前に立ちはだかり、彼ら、いや、彼女たちを献身的に守ったのです!」
優の顔が青ざめる。
事実と違う紹介をされて困惑してるみたいだった。
そして、俺の番。
「対して、そこにいる轟沢斗真くんは、逃げ遅れた女生徒がいるにも関わらず無謀な砲撃を行い! 女生徒達を危険に晒したどころか、異星人の反撃を受けて! 貴重なオクスタン、二式五型機甲兵疾風を大破させてしまった!」
下等な相手を見つけたような、好奇に満ちた全校生徒の視線が俺に集まる。
そうか、用は見目麗しい優を英雄に仕立てて俺に異星人侵略の吐口を集中させるつもりか。
退学届出しても良いかな。
おっと、そんな事したら優を守れなくなってしまうな。
「だが! しかし! 実戦経験というのは非常に貴重な経験だからして、」
一応周りを見てみるが、教頭先生の権力が怖いのか異論を唱える先生はいない。いや、むしろ、あの時の戦いが情報を開示されてなければあの時間残ってた先生も少ないし、そもそも事実を知らないのか。
「経験が貴重だからして! 彼にも新設される部活、防衛部に入ることが許されたのです。笹凪優也くん」
「は、はぃ・・・」
優が青い顔をして目を泳がせ、不安げに俺を見上げてくるが、こういう事をされてしまっては俺が何かしようにも優の立場を悪くするだけだ。
めちゃくちゃ悔しいし、めちゃ憎たらしい。なんだこの教頭。
「優也くんには、最新式オクスタン、四式壱型機甲兵、与一の専属パイロットを任せます。期待していますよ?」
「そ、そんな・・・ぼくは・・・。はい・・・」
「そして轟沢斗真!」
来たよ。
「はい」
「二五式を大破させたとはいえ君には実戦経験はある。引き続き二五式を貸し与えるので優也部長の元、しっかりと励んでくれたまえ」
僅かな笑いが起こった。
英雄な美少年部長と機体を大破させたモブ部員か。良いコンビだね反吐が出る。
『事実と異なります!!』
あれ・・・。
凛とした反論が生徒の中から上がったぞ?
見ると、メインヒロインの久瀬志津香が起立して教頭先生を睨みつけていた。
『斗真くんは勇敢な生徒です! 逃げ遅れた私たちの盾となり! 戦い! 敵の砲撃から守ってくれたのは斗真くんです!!』
まずい。
優の心を抉るような事は言わないでほしい。もう泣きそうなんですけど。
『斗真くんを貶めるような発言は撤回してください!!』
『お、おい、よせってシズカ』
『橋詰くんは黙ってて!!』
う、胸が痛し。
俺も橋詰君なんですが。
『教頭先生!』
「いい加減にしたまえ、私は事実を言っているのだよ?」
『現場にあなたは居ましたか!? 現場の指揮を取って私たちを守ってくれたのは、レイラ先生です!! そして、レイラ先生の指揮の元、私たちを守ってくれたのは斗真くんです!!』
「おい、誰かあの女子生徒をつまみ出せ」
ステージの後ろでパイプ椅子に座っていた先生に、教頭が志津香の退席を命じる。
と、体育館の正面口がガラガラと勢いよく開け放たれて、激しい衝突音を響かせて止まった。
天井に向けて発砲一発。
鬼の形相のレイラ先生と、校長のアンナ先生が毅然と立っていた。
おや?
この茶番、企画したのって・・・?
レイラ先生が鬼の形相のまま拳銃を教頭先生の眉間に狙いを定めたままツカツカとステージに真っ直ぐ進撃してくる。
ステージの下から教頭に狙いを定めて吐き捨てるように言った。
「これが拠点を守った兵士に対する扱いか? 陽本人というのは本当にクソだな」
「人種差別だ。その発言は問題になりますぞレイラ先生」
「言ってしまえば、貴様等はトーマの力が要らないという事だよな!?」
「いやはや、ははは。そこまでは言っていませんよ。物事には順序というものが、」
「黙れ下郎!!」
うわ、うわ、今にも発砲しそう!
レイラ先生の方が怖いよ落ち着いて・・・。
「トーマは私の教え子だ。優秀なオクスタンパイロットになるだろう。貴様等が要らないというなら私が貰っていく。構わんよな?」
「先生、我が儘を・・・。レイラ先生との契約期間もまだ半年残っているのですから、しっかりと生徒の指導をですな」
「クソくらえだ。スーパーロボットだかなんだか知らないが、そんな物よりよほど役に立つ兵器を我が軍は所持している。ぞんざいに扱うほど要らないパイロットなら、我が軍で指導して一人前のパイロットにする。契約期間などこちらで破棄させていただく。例の新型まで寄越せとは言わんよ、構わないだろう」
どうやら本気で怒ってくれているレイラ先生に、アンナ先生が肩を掴んで止めた。
教頭を見上げる。
「与一の引き取り業務に向かっていれば、これはどういう事ですか。教頭先生」
「校長先生までそんな怖い顔を。新しく新設される部活と、生徒たちのこれからを慮ってこその全校集会を、」
「私は全校集会は開かないと言ったはずですが?」
「困ったな、これは・・・」
本気で困ってる教頭。
いやいや・・・、あんた何のためにこの茶番企画したのよ。
アンナ先生がステージ上に苛立つ足音も気にせず上がると、教頭を押し退けて後ろに下がらせて俺と優を引き寄せて改めて全校生徒の前で言った。
「彼らは、本校に、ひいて言えばこの街に飛来した異星人の兵器から、勇敢に守ってくれた大切な生徒たちです。その彼らを持ってして、レイラ先生の指揮を持ってして私たちはオクスタン一機を大破し、失い、また前に出て戦ってくれた轟沢訓練生も大きな怪我を負いました。
一度飛来した敵です。二度目があるかも知れません。その備えとして、この二名の生徒には新型オクスタン与一のパイロットとして正式に階級も与えられます。
生徒のみなさん。宇宙は広い。いつまた敵がやってくるとも限りません。轟沢候補生、いえ、轟沢准尉と笹凪准尉と力を合わせ、切磋琢磨し、よい軍人になってください。
あなた達には、平和を守る力を養ってほしいのです。正しくあってください」
キッと、裏にいる生徒会委員達を睨みつけた。
ステージに立たされてる以上あんまり無様に動けないけど、慌てふためいてるのが伝わってくる。
生徒会の放送が流れた。
『以上で、全校集会を終了します。生徒のみなさんは、速やかに教室に移動してください』
ほっ。終わった。
でもこれ、完全にトラブル起きるよな・・・。教頭超迷惑。
ついでに生徒会も。
アンナ先生とレイラ先生の睨み合いが続いていた。
「レイラ中尉。この話は終わった話です」
「こんなことが起こったのにか?」
「レイラ、」
「戦友として言わせてもらう。オクスタンパイロット育成はガメリカの方が進んでいる。次に同じような事が起きれば、私は問答無用でトーマをガメリカに連れて行くぞ」
「私も友人と言わせてもらうわね。彼は渡せない。何かあれば私が責任を持って守ります」
「出来るものか・・・」
レイラ先生は拳銃をホルスターにしまうと、呆れるやら何やら動きの悪い生徒たちの退館に混ざって体育館を後にした。
終始放置されていた俺はもう、何がなんだかわからなかったが、優の肩を抱いて促してステージを降りる。
アンナ先生が俺たちを見てたみたいだが、話をして何があるわけでもなさそうだし、そのまま本校舎裏の特別クラスに向かって歩くことにした。




