19
アイングライツ戦技学校に三台の輸送トレーラーが入っていく。
それらは桜並木の中に止まると、後部のコンテナが180度展開して内部のハンガーを起こし、陽本軍主力オクスタン三三式煌角が姿を現した。
煌角は両肩に二連装対空機銃を接続して両手持ちの大型重マシンガンを装備した対空戦仕様で、大グラウンドで煙燻る残骸に向けて歩いていく。
そこには、重傷を負った生徒を抱える銀髪の女性と、その傍らで泣き崩れる生徒、呆然とその光景を無気力に見下ろす生徒らの姿を認めて頭部のサーチライトを点灯させてその一帯を照らす。
三機の煌角に見守られる中、ガメリカ軍の衛生兵マークが描かれたオスプレーが飛来してやや離れた場所に着陸するや後部ハッチが開かれて四人の衛生兵が車輪付き担架を引いて負傷した生徒に向かって駆け寄っていった。
銀髪の女性から引き継ぐように重傷の生徒を担架に乗せると、オスプレーに慌ただしく駆け戻っていく。
段平片手に直立で佇むグレーと赤の着色がなされた特戦機。ザーシュゲインのコクピットで、恭太郎はぐっと伸びをしてからザーシュゲインの右膝を折って跪かせて首元のハッチを開けて出るやグラウンドに器用に降り立ち、運ばれていく生徒を見送りつつ銀髪の女性、レイラに向かって悪びれもなく言った。
「アレ、ガメリカ海兵隊でしょ? いやあよく生き残ったなあのモブ助。どこつれてかれるの?」
笑顔の恭太郎を前に、他の生徒たちもレイラも表情は硬い。
構わず恭太郎はザーシュゲインを振り向き見上げて言った。
「しっかし、俺がザーシュゲインに選ばれたからにはもうあんなモブ助が出る必要は無くなるからな! これからは学校ごと守ったるぜレイラ!」
「その喧しい口を閉じろ、生徒キョータロー」
「なぁにぃ、なあにい? 俺に惚れちゃった!?」
離陸していくオスプレー。
その進路は、太平洋側の母艦ではなく、程近い陽本軍松本駐屯地に向かっていく。
それを見送って、レイラは右腰のホルスターに右手を乗せて冷たく言い放った。
「貴様の独断専行で負傷兵が出た。何か申し開くことはあるか?」
「えー、何それ! アイツがザコいだけじゃんっ」
ケラケラと笑い特戦機を操縦出来た興奮に酔う恭太郎を見て、レイラがホルスターのボタンを外してグロックのグリップを握り締める。それと同時に、呆然と佇む少女の肩を抱いていた久瀬志津香が一歩前に出て彼の頬を叩いて睨みつけた。
「・・・。ちょ、痛いんだけどシズカ。俺が敵に一撃くれてやったから敵を倒せたんだぜ!?」
「恭太郎くん、先に言うことがあると思う」
「はあ? なに?」
「恭太郎くん。あんな派手な出方する必要あった? 怯えてうずくまる女の子をほったらかして、特戦機に乗って、戦果を上げたつもりでいるの?」
「おいおい、俺が奇襲をかけたから倒せたんじゃねえかよ」
「本当にバカなのね・・・」
今にも銃を抜きそうなレイラに向かって、志津香は深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、レイラ先生。私がちゃんとあの子を避難させてあげられたら、こんな事には・・・」
「いや、貴様のせいではないさ。生き残って幸運だったな」
「けれど、あの人は?」
「海兵隊が死なせはしない。勇敢な兵士を、ガメリカ海兵隊は、死なせない」
グロックを引き抜き、銃口を恭太郎に向けるレイラ。
恭太郎は不満そうにレイラを睨んで言った。
「ちょ、冗談キツイぜ。俺は助けに入ったんだぜ!?」
「笑えんな・・・。貴様の幼馴染と怯えて震える女生徒を危険に晒して、剰え敵を抑え込むのに成功していた兵士の邪魔をして負傷させておいて、助けに入っただと?」
「だってそうだろうがっ。俺は一太刀浴びせたんだぜ! あのヘマしてビーム食らったアイツのよ!? 手も足も出てなかった無様に盾で立ち向かってたアイツのよ? 代わりに俺が叩き斬ってやったんだ! なんで俺に銃を向けてんだよおかしいだろ!?」
「私は貴様に出撃を命じていない。貴様は勝手に地下最深部に保管されていたスーパーロボットを持ち出して、戦況の決していた戦場をかき乱して負傷する必要の無かった兵士を傷つけたのだぞ。このまま軍法会議にかけてやっても良いのだがな」
「笑えないぜレイラ。俺は、ザーシュゲインに選ばれたんだぜ?」
「思い上がるな。若造が。今私がこの引金を引いて、引導を渡してやってもいいんだぞ」
けっと、恭太郎は不満を吐いて面白く無さそうに顔を背けると、視界に入ってきたポロポロと涙を流す茫然自失とした少年を見下ろして睨みつける。
「俺よか、そいつだろ。ザコロボに乗ってたくせに、ぼおっと何もしないでよ。そいつが動けてりゃあもっと違ったんじゃねえの?」
少年は恭太郎の声に涙を流して地面に膝を折り、愕然として負傷した生徒が横たわっていた場所を見下ろすしかない。
それを憐れむように薄笑みを浮かべて見下す恭太郎の側頭部を、レイラはグロックの銃床で殴りつけて地面に張り倒した。
「ぐわっ、痛え!? な、何すんだよレイラ!」
「気安く私の名を口にするな、三下。銃殺されずに済んでいるだけでもありがたく思うがいい」
「笑えないぜそいつは!?」
レイラは無視して襟元の小型通信機をオンにすると、煌角のパイロットに向けて通信を試みる。
「私はガメリカ陸軍所属、アイングライツ戦技学校戦技講師のレイラ中尉だ。パイロット、負傷した生徒の容態を知りたい。私と生徒たちを基地に迎えてくれまいか」
『煌角パイロットの沢村少尉です。この敵の撃破は?』
「私と負傷した生徒で行った。彼がいなかったら、私もどうなっていたかわからない」
『状況は理解しました。あなた方を拒否する理由はありません。松本駐屯地も出迎える準備が出来ているそうです。ただ、すぐに負傷した生徒に会えるかどうかは、容態次第ですので』
「理解している。貴官らの作戦区域内での戦闘だ、戦闘記録も提出しよう。基地司令には、その旨も伝えてもらいたい」
『感謝します、レイラ中尉。我々はこのまま、対空監視を続けねばなりませんので、松本駐屯地にはご自分で向かってもらう事になりますが』
「問題ない。感謝する」
『よろしくお願いします』
三機の煌角が円陣を組むように対空監視に移り、レイラは泣き崩れる生徒の肩を抱いて言った。
「ササナ。立てるか。トーマの所に行くぞ?」
「あああ、とうま・・・とうまぁ・・・」
「しっかりしろササナ。そんなではアイツに笑われるぞ」
「うん・・・ごめんなさい・・・ごめん、なさい・・・」
「いいんだ。学徒兵でいきなり戦える方が稀なのだ。貴様はよくやった。いいんだよ」
久瀬志津香が反対側から笹凪の肩を抱いてレイラと共に立ち上がらせて言う。
「レイラ先生、私も行きます。心配なので・・・」
「それには及ばない。貴様はあの茫然自失としている女生徒についていてやれ。普通科の生徒には、これほどの間近な戦闘は堪えただろう」
「・・・」目を見開いたまま身じろぎひとつしない杏香を見て「わかりました。彼女の事は、一旦保健室に連れて行きます」
「そうしてやってくれ。ほら、ササナ、歩け。トーマの所に行くぞ」
「う、グス・・・はぃ・・・」
「お、おい、レイラ!」
格納庫に歩き去ろうとするレイラの肩を掴もうとして、レイラに突き飛ばされて地面に転がされる恭太郎。
無言で立ち去っていくレイラを追いかけようとして、志津香に厳しい口調で止められた。
「いい加減にしなさいよ。あなたには他にする事があるでしょう」
「な、なんなんだよ! 俺は戦況を変える一撃を加えたんだぞ!?」
「私の事も、ほったらかして行っちゃったくせに! 英雄気取りはやめてよ!? あの子、怪我した子は、私たちを庇いながら戦ってくれてたのよ! 私が・・・ちゃんと出来てれば・・・」
「あんなのはタダのヘタレだろうが!」
「スーパーロボットに乗る事しか頭のなかった恭太郎は、彼を悪くいう権利なんかないと思うわ」
「シズカ!?」
「気安く名前を呼ばないで」
久瀬志津香もまた、間近で戦争を経験させられて、命の危険に晒されて心身をすり減らしていた。
轟沢斗真の戦い方も、もっとあったかも知れない。
だがそれでも、怖かったが、彼なりに盾になろうとしてくれていたのは肌で感じていた。
志津香の中で、今日これまで恭太郎と関係を結んでいた事に綻びが生じている。
彼女の中で、彼女の特別が何なのか、誰なのか、変化が起こっていた。
志津香はショック状態の杏香の手を引いて現場を離れていく。
追いかけようとした恭太郎に、煌角のパイロットが外部音声で命令を発して止めた。
『少年、ザーシュゲインを格納庫に戻せ。ザーシュゲインは機密兵器だ、勝手に持ち出した事も後で問題にさせてもらう』
「んだよっ! ザコメカのパイロットが! 俺に命令すんじゃねえ!」
『いいや、命令するね。貴様はただの軍属の学生だ。私は正規兵で、下士官だ。貴様に命令する権限がある。拒否するなら相応の罰が待っていると、貴様は知るべきだろう』
「チッ、ザコメカが!」
捨て台詞を吐きながらも、曲がりなりにも戦技科の生徒である恭太郎は渋々従ってザーシュゲインに乗り込んで格納庫へと進んでいくと入れ違いに、笹凪を乗せてレイラがジープを運転して格納庫を出て行った
ただ一機の敵戦闘ポッドに苦戦を強いられて、レイラもまた少なからず気を病んでいた。