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『純潔守って死ねるかよ』シリーズ

純潔守って死ねるかよ・序 ~女子高生の命の火を灯し続ける方法論~

作者: 御子柴 流歌

3部作の1本目。



 いつもなら既読無視されるはずだった深夜のメッセージにスタンプがひとつ返ってきて、すぐに俺は()()()に「会いたい」と返した。


 自分ができる最大限の光速返信だったが、アイツは再びあっさりと既読無視。やはりダメかと思ったものの、寝落ち後の翌朝見たときにはメッセージが返ってきていた。


 ――『今晩6時』


 ただそれだけ。中身はたしかにそれだけだ。実際、『ただそれだけ』にしか見えない。


 だけど、本当はそうじゃないことはわかっている。ある意味、これはSOSなのだ。





        〇





 あの日と同じ金曜日。


 ただ、夜の匂いが濃く漂い始めるような頃合いだが、外はまだまだ熱気が溢れている。それはあの日とは全く違ってきていた。これからさらに暑くなると考えるだけで脳がゆであがりそうだった。


 俺たちの待ち合わせに、場所の指定は必要ない。


 特急も止まる駅とでも言えば、そのスケール感は伝わるだろうか。少なくとも主要路線の代表駅とか、拠点駅とも言われるくらいだ。人通りは常時多い。


 そんな駅の改札前。何だかよくわからないモニュメントが見える辺り。GPSを使ったソシャゲのプレイヤーが溜まっていることもあるのだが、幸い今日は何のイベントもないらしく、そこまで集っているヤツらは居ない。おかげで目的の人を探すのに苦労はしなかった。


 その目的の人である少女――()()()は、宣言通りにそこに居た。


 そうしているのが自然なように、彼女の右手にはスマホがある。周りを見回す時間が2割、スマホを眺める時間が8割といったくらいが相場だ。誰かとの待ち合わせをしている雰囲気を醸し出している。


 俺は、心底から安心する。


 いや、よく見れば彼女に対してチラチラと視線を送っている男共が見える。しかも複数。単独で立っているヤツもいれば、徒党(グループ)を組んでいるようなヤツもいる。実際はあまり安心もしていられない状況らしい。


 何せ――いや、まぁ今は良い。今すぐにでも彼女を捕まえておかなければいけない。


 それこそが、紛れもなく俺の使命だった。


「ッス」


「……ん」


 側によって小さく短く声をかける――かけた内に入るかはよくわからないが、とりあえず姫星愛も反応をしたので安心だ。俺たちの挨拶としてはこれで充分だ。


 今の流れで、周囲からの視線が一瞬だけキツく鋭くなったような気はするが、それは当然だが完全無視だ。何なら少しだけ睨みを利かせておく。大した気概のないような奴らは大抵コレで退くものだが、案の定さっきまでの視線は消え、徒党はここから離れようとしていた。しょーもない。


 それでも何でもない風を装っておくのは、俺が彼女よりも年上であることの些細なアピールのひとつ。そういうところがガキくさいと笑われるのだが。


 いずれにしても、努めて明るく振る舞うなんてことは不要。向こうだってわざわざ自分を飾るようなこともない。そんなもんだ。そういう間柄でいようとゴリ押しで決めたのは、紛れもなく俺だった。


 それに対してどういう感情を裏に抱えたかは定かじゃないが、断固として断ることもなかったのだから、恐らくそれなりに納得はしてくれているのだろう。


「……何?」


 ただじっと見つめていたせいか、()()()が無表情のままで訊いてくる。まったく小生意気なヤツだった。とはいえ、今更変にへりくだられても、困るのは事実だった。何か悪いものでも食ったかという定番の質問を投げつけることになるだろう。そして、そんなことを言った暁には、何らかの軽い攻撃が飛んでくることになるだろう。


 ――それくらいで、良いのだ。


「いや、別に」


「そ」


 だからこそ素っ気なく答えて、素っ気なく応えられる。


「……来てくれたんだな」


「何。来ちゃダメだった?」


「全然? むしろ来ないとダメ」


「じゃあそういう言い方しないで。アンタが『会いたい』なんて言うから、寛大な心を持ったアタシがわざわざ来てあげただけ。しかもわざわざ待ち合わせ場所を指定してね」


 素っ気ないが、素直でないだけ――なんてことを言ったらさらに面倒なことになるのは百も承知。


「ええ、ええ。そうでございますね、キララさん」


「……」


 ウザ絡みすんな、シネ――とでも言いたそうな顔で睨まれた。


 ツンデレ? そんなカワイイモノじゃない。


 ただの『ツン』である。もちろん西郷(せご)どんの犬ではない。


「さて、と……? 今日は何かしたいことはあるか?」


「……シたいことはあるよ、(いっ)(せい)となら」


 コイツは俺のことを名前で呼ぶ。自分だけ一方的に名前で呼ばれるのはムカつく――とのことだった。だったら苗字を名乗れば良かっただけだろう――とは言わない。


「ダメだっつってんだろ」


「……ちぇっ」


「舌打ちすんな」


 シたら()()だ。


「メシは?」


 訊けば、静かに首を横に振る。いつものことだ。


「じゃあまずは(はら)(ごしら)えからだな」


「期待してる」


「何に?」


「相場に」


「お前さァ……」


 容赦が無い。小生意気にも、常時それなりの値段層を求めてくる。当然味にもしっかり文句を付けてくるというか、味が一定水準以上であることは『言うまでも無いこと』なのだ。こちらの懐具合をある程度知っているつもりで、そういうことを言って来ているだけにタチが悪い。ただし、体のイイ財布役まで貶めるつもりもないことは察していた。そういう配慮はできるのだ、コイツは。


「そういえばこの辺りに、ちょっとオシャレな感じのコース料理を出してくれるお店が最近できた、っていう話だよ」


 期待しているとか言いながら、しっかりリクエストめいたことを言ってくる。やっぱり要望あるんじゃねえか。


 ――しかし、それ以上に気になる点がひとつ。


「それ、誰から訊いた?」


「暇つぶしに入った本屋の、グルメ雑誌の立ち読みで。……誰かからとか、そんなん訊くわけないじゃん」


 小馬鹿にするように笑うが、その目はどことなく哀愁を帯びていた気がした。


「すまん」


「謝るな」


「おう」


「今は謝れ」


「めんどくせえな」


「何なら土下座くらいしといてよ」


「なんでやねん」


 ため息がちに吐き捨てれば、()()()は小さく噴き出した。


「ちなみに。その店、俺は知らんから道案内よろしくな」


「めんど」


「こら」


「番地渡すからそれ見て」


 間の抜けた音とともにその店の紹介が書かれているサイトのアドレスが飛んできた。見ればしっかりとその店の場所も書かれている。それほど面倒な場所にはないらしい。


「ったく、わぁったよ」


「……やっといつも通りじゃん」


「うっさいな」


 視線を外す。


 結局こうして上から見られるのだが、そこまで悪い気がしないのは何故だろうか。


「何。シゴトで何かあったの? あるんなら訊くよ~?」


 ふふんとちょっとだけ鼻息も強い感じで笑ってみせてくる()()()


 ――何だろう。小さく引っかかる、ささくれのようなモノの存在を感じるような笑みにも見えて、やっぱり少しだけ心配になる。


 完全に知らない振りをしても構わないはずなのだが、それをさせないのは、俺の中にまだわずかに残っている良心か、あるいは――。


「いや、別に。……ただ」


「ただ?」


 口走ってしまったのだから、一応最後まで言っておくのが筋だろう。


「気になったんだよ。お前がわざわざリアクション寄越すなんて思ってなかったから」


「え? ……ああ、そういうこと」


 一瞬何のことだかわからないような顔をしたモノの、間もなくして察したらしく、年齢(トシ)相応の笑みを見せた。


「別に、たまたまそういう気分になっただけ」


「他意は無いんだな?」


「無いよ」


「なら、良い」


 本当に良いのだろうか。というか、何が『良い』のだろうか。


 まったく、分からない。


 恐らく()()()も、俺にまだ何かを言わせたくなっているようだが、ここは敢えて先手を打って歩き始めることにしてしまおう。話題を強引に変えたって良いだろう。


「ほら、行くぞ。()()腹減ってるんだ」


「……ん」


 やはり()()()もしっかり空腹らしかった。これは押し切れそうだ。


「あ、そうだ。ご飯のあとはどうするの? ホテルでも行く? シちゃう?」


「サセねえよ、バカ」


 だらりと腕に絡みついてくる()()()は、がっしり掴まれる前に――下手にやわらかな感触を俺の腕が覚えてしまう前に、剥がすに限る。当然のように()()()は不満気な顔をするが、知ったことではない。


 どこまで本気なのかと疑いたくなるときもあるが、コイツは間違いなく本気なのだ。


「毎度毎度性懲りもなく……」


「だから、アタシはずっと言ってるでしょ?」


 そう、コイツはブレない。


 だからこそ、俺は安心することなんて――。


「『純潔(バージン)守って死ねるかよ』って」


 ――できやしないのだ。



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