半人半妖・第4話
徹から正式に依頼を受けた霧斗は、次の日曜日に早瀬親子ととある森を訪れていた。母親の手がかりを探すため、徹が蓮の母親と出会った場所に連れてきてもらったのだ。
「ここの滝で彼女と会いました」
森の中をしばらく歩いた先にある滝で徹を足を止めた。滝壺に流れ落ちる水が霧となって少し離れているにも関わらずひんやりしていた。
「すごいところだね」
「ここは霊場のひとつですね」
美しい景観に素直に感激する蓮とは別に、霧斗も感嘆の声をあげた。
「霊場?」
「この滝は地脈にそってできているので水自体にも力があるんですよ。ここで出会ったなら、その妖狐は怪我をしていたか病気だったのかもしれませんね」
「そういえば、彼女は体が弱かったです」
霧斗の言葉に徹が思い出したように言う。霧斗はうなずくと近くにある大きな木の幹に手をついて額をつけ、目を閉じた。
「小峯さん?」
突然の行動に驚いて徹が声をかけるが、霧斗はじっと動かず返事をしなかった。
そのまま数分が過ぎ、やっと霧斗が動いて目を開けると早瀬親子はホッとした様子で息を吐いた。
「この辺りの木は数十年は生きていそうだったので、木に妖狐の女のことを覚えていないか聞いてみました」
「木に、ですか?」
霧斗の言葉に徹が驚いたように目を丸くする。霧斗はうなずくと触れていた木を見上げた。
「この木は妖狐の女のことも徹さんのことも覚えていました」
「え!?」
思わぬ言葉に徹が木を見上げる。蓮も不思議そうな顔をして木を見上げていた。
「どうやらこの近くに妖狐の村があるようです。徹さんが出会った妖狐の女、蓮くんの母親はその村の妖狐のようですね。病気を癒すために村を離れてこの滝で体を休めているときに徹さんと出会ったようです」
「そうだったんですか。じゃあ、彼女は今もその村にいるんですか?」
「いえ…」
徹の問いに霧斗の表情が曇る。徹はその表情を見ると青ざめた。
「彼女に何かあったんですか?」
「…徹さんの恋人で、蓮くんのお母さんは、桂という名前ですか?」
「…そうです」
霧斗が名前を確認して徹がうなずく。霧斗は眉間に皺を寄せると先程まで触れていた木を見上げた。
「この木は、桂さんは死んだと言っています」
「っ!」
霧斗の言葉に徹が目を見開く。蓮は少しだけ表情を曇らせた。
「蓮くんは、ショックじゃないの?」
蓮の落ち着いた様子に霧斗が尋ねると、蓮は困ったように笑った。
「僕は、なんとなくそんな感じがしていたから」
「そう…」
「あの、桂は、どうして…」
徹がそう尋ねたとき、突如周りの空気が変わった。
「囲まれている」
霧斗が警戒しながら呟く。蓮はもちろん、ただの人間である徹でさえ震えていた。
「な、何が…」
「狐…」
息子を守ろうと震えながらも徹が蓮を抱き締める。蓮は今までの少しぼんやりした雰囲気が嘘のように鋭い目を森に向けていた。
『お前たち、何用あってここに立ち入った』
どこからか厳しい声が聞こえてくる。いくつかの声が重なったような歪な声。霧斗はいつでも戦えるように警戒しながら周りを見回した。
「桂という妖狐を探している」
霧斗の言葉に空気がざわめく。少しして茂みの中から姿を現したのは長い茶髪の男だった。
「桂は死んだ。お前たちは人間だろう。どうして桂を知っている?」
「なぜ死んだ?桂はお前たちの仲間だろう?」
霧斗が重ねて尋ねると男は苛立ちを露にした。
「あの女は一族の誇りを忘れ人間などの子を孕んだ。一族の恥さらしだ」
「そんな…」
男の言葉に徹が青ざめて後ずさる。徹の様子に気づいた男は徹の腕の中にいる蓮を見て目を見開いた。
「貴様は桂の子か!?生きていたのか!?」
男の言葉に呼応するように周りの気配が殺気だつ。霧斗は徹と蓮を背に庇いながら男から少しずつ距離をとった。
「人間、その子をおいていけ!」
「断る。ここにおいたとて、まともな扱いを受けられそうにないからな」
「当たり前だ!その子どもは我らが血祭りにあげてやる!」
叫ぶ男の口が大きく裂けて鋭い牙が覗く。霧斗は飛びかかってくる男に札を投げつけると徹と蓮に「走れ!」と叫んだ。
「青桐!足止めしてくれ!」
「承知!」
霧斗の命に応えて青桐が影から飛び出す。青桐は次々飛びかかってくる狐たちを蹴散らしながら霧斗たちができるだけ離れるまで時間を稼いだ。
「もう大丈夫でしょう。大丈夫ですか?」
しばらく走って森を抜けた霧斗が足を止めて乱れた呼吸を整える。霧斗でさえ息を乱しているのだから鍛えてなどいない徹は息も絶え絶えになっていた。
「だ、大丈夫です…」
「僕も、大丈夫です」
蓮も膝に手をついて息を整えている。霧斗はふたりに怪我がないことに安堵しながら今走ってきた森に目を向けた。
「青桐」
「こちらも終わった。問題ない」
声をかけると青桐が姿を現す。青桐も特に怪我などない様子で霧斗はホッと息を吐いた。
「とりあえずここじゃゆっくり話もできません。ひとまずここから離れましょう」
霧斗の言葉にうなずいた徹はふらふらと立ち上がると流れる汗を拭いた。
「よかったら、うちにどうぞ。それほど遠いわけでもないので」
「ではお言葉に甘えてお邪魔します」
徹の提案にうなずいて霧斗は早瀬家を訪問することになった。
「ところで、そっちの人は?」
「ああ、彼は俺の式神です。普段は俺の影にいるんです」
いきなり現れた青桐に徹が警戒を露にする。霧斗が式神だと言うと、青桐はそのまま霧斗の影に潜ってしまった。
「鬼、ですか?」
「わかるの?」
霧斗が驚いたように尋ねると、蓮は微妙な表情でうなずいた。
「なんとなく、ですけど」
「すごいな。きみはお母さんの血が濃いのかもしれないね」
それが蓮や徹にとっていいことかどうかはわからないが、母親である妖狐の血は蓮の中に確実に受け継がれていた。