人喰い鬼・第6話
神社を後にした5人は時間が許す限り遺体の発見現場をまわった。現場はどこも公園と同じく穢れが集まっており、その都度小関が祓って浄化をした。
「そろそろ夜明けですね。今日は鬼も出なかったようだし、今わかっている現場は全て回りましたね」
「そうね。今日はここまでにしましょう。一ノ瀬さん、警察のほうにはどう説明するの?」
軽く背伸びしながら百瀬が尋ねると、一ノ瀬は困ったような顔をした。
「とりあえず、見たままを報告します。おふたりの見解としては、今回の連続猟奇殺人事件の犯人はあの神社に封じられていた人喰い鬼、ということですよね?」
「そうですね。というか、人間の力ではあんな状態の遺体を作り出すことはできない、そういう結果だったんじゃないんですか?」
訝しげな霧斗の言葉に一ノ瀬はため息をつきながらうなずいた。
「検死の結果はそうです。ですが、鬼やら妖やらを全く信じない上司でして。今回護星会に依頼したのも上層部の決定なんですけど、上司自身は全く納得していなくて」
「それは、報告しても馬鹿にされて終わりそうね」
百瀬が苦笑しながら言うと一ノ瀬がうなずく。高梨は困ったような顔をしながら口を開いた。
「今日のことは私から高藤さまと護星会上層部に報告します。今回私が同行したのは直接報告を上げるためでもありますから」
「そうなると何か違ってくるんですか?」
不思議そうな一ノ瀬に高梨は小さく笑ってうなずいた。
「又聞きの報告ではないので重みが多少違います。高藤さまは警察上層部にも影響力がありますから、多少あなたの上司の牽制もできるかと」
「わかりました。とりあえず俺は命令に従わなければならないので、次に調査するときも足手まといでしょうがご一緒させてください」
「わかりました。ひとつお願いがあるのですが、今回の事件に関する警察の捜査資料を見せてもらえませんか?」
霧斗の言葉に一ノ瀬は少し考えたあと「上司に掛け合ってみます」と言った。
「渋るとは思いますが、なんとかします。許可が出たら連絡をしますので」
「わかりました。これ、俺の名刺です。ここに連絡ください」
そう言って霧斗が名刺を渡す。一ノ瀬から連絡があったら霧斗が百瀬と小関に連絡をすることを決め、5人は一旦解散した。
霧斗がアパートに帰りついたとき、空はすっかり明るくなっていた。
「…ただいま」
「おかえりなさい」
声をかけるとすぐに晴樹の声が返ってくる。リビングに入るとちょうど晴樹と楓が朝食を摂っているいるところだった。
「きりちゃん、何か食べる?」
「いえ、とりあえずシャワー浴びて寝ます」
首を振った霧斗が部屋に行こうと楓のそばを通る。すると眉間に皺を寄せた楓が霧斗の腕を掴んだ。
「お前、どこに行ってきた?」
「え?とりあえず事件現場だけど?」
「それだけか?」
険しい表情で尋ねる楓に霧斗は「寂れた神社にも行った」と言った。
「神社?」
「ああ。人喰い鬼を封じたという伝説がある神社。そこにあった大きな岩が割れていた。たぶん、今回の事件はそこに封じられていた鬼の仕業だろう」
霧斗が言うと楓はますます険しい表情になった。
「楓ちゃん?」
鬼気迫る楓の表情に晴樹が心配そうに声をかける。楓は霧斗の影を睨み付けると「青桐」と呼び掛けた。
「お前も気づいているだろう。なぜ何も言わない?」
「言ったところで今さら手を引けることでもあるまい。それに、恐らくもう目をつけられている」
霧斗の影から現れた青桐が肩をすくめて言うと、楓は忌々しげに舌打ちをした。
「おい。ふたりだけで話を進めるなよ」
霧斗が不満げに声をかけると青桐は壁にもたれて腕組みした。
「俺も元は人間を喰っていた鬼だが、あの社に封じられていた鬼は俺より質が悪い鬼だ」
「どういうことだ?」
「俺は人の世を支配しようなどとは思わなかったから、腹が減ったら空腹を満たすために人間を喰った。だが、恐らくあそこに封じられていた鬼は違う」
「人間を支配しようとしてる、ということ?」
青桐の言葉に晴樹が尋ねると、青桐はうなずいて話を続けた。
「人の世を支配するには力がいる。力を得るには力ある人間か強い妖を喰うのが手っ取り早い。そして、強い妖を喰らうよりは力ある人間を喰らうほうが簡単だ」
「つまり、あそこに封じられていた鬼は強くなろうと力ある人間を狙っていた?」
「人間を喰えば人喰い鬼として恐怖の対象になるしな。人を恐怖で支配するのは容易かろう。が、昔は陰陽師共がいたからな。恐らくそれで封じられたのだろう。だが、今の世に陰陽師は少ないし、世間に知られてもいない。力ある人間を狙って喰うのは容易かろう」
楓はそう言うとまっすぐ晴樹を見た。
「力ある人間、簡単に言えばハルのような人間だ」
「あたし?」
「そうだ。ハルは見ることも会話することもできる。だが、自分の身を守ることはできないだろう?妖からすればかっこうの餌だろうな」
楓の言葉に晴樹の表情が強張る。今まで何度か危ないめにはあってきたが、命の危険を感じるのは初めてだった。
「安心しろ。ハルは私が守ると言っただろう?」
「でも…」
「それに、この町にはハル以外にも力あるものが多い。護星会とやらがあるからか。霧斗や百瀬なら喰うのは簡単ではないだろうが、高梨くらいなら簡単に喰えるだろう」
楓の言葉に思い当たることがあった霧斗は思わず舌打ちをした。
「事件現場が徐々にこっちに来ていたのはやっぱり偶然じゃなかったんだな。この町を狙ってやがる」
「恐らく人間を喰うとき以外は異界にでも潜っているのだろう。気配を感じない」
「ということは、人間を喰うときを狙うしかないということか」
霧斗は青桐がうなずくのを見ると苦虫を噛み潰したような顔をした。
「とりあえず、楓は晴樹さんから離れるなよ?」
「任せろ。今までの行動から見て夜しか動いていないだろう。昼間は比較的安全だと思うぞ」
「わかった。とりあえず高梨さんにこのことは報告しておく」
霧斗はそう言うとスマホを片手に部屋に入った。