人喰い鬼・第5話
調査初日。待ち合わせたのは最初に事件があった公園だった。
「はじめまして。捜査一課の一ノ瀬です。今回はよろしくお願いします」
公園にやってきた警察の人間はまだ若い男だった。
「はじめまして、私は百瀬よ」
「小峯です」
「小関です。よろしくお願いします」
「高梨と申します」
4人がそれぞれ挨拶をすると高梨が改めて依頼内容の確認をした。
「まず、事件現場の調査。そこで何らかの手がかりが見つかればその都度、一ノ瀬さんに確認。それでいいですか?」
「はい。というか、俺はたぶん完全に足手まといだと思うんで、すみません。上からの命令には逆らえなくて」
「一応霊感がある、とは聞いてますが、どの程度ですか?」
なんとも申し訳さなそうに話す一ノ瀬に霧斗が尋ねると、一ノ瀬は公園の中を見回した。
「とりあえず、ここにうじゃうじゃいるのが見えるくらいには」
「なるほど。ちなみに小関さんは見えてる?」
「はい。高藤さんが見えるようになる術をかけてくれたコンタクトをつけてるんで」
百瀬の問いにうなずいた小関の顔は青ざめていた。具合でも悪いのかと思っていた霧斗だったが、恐らく初めて見ただろう光景を思えば納得だった。
今、この公園の中には穢れが集まっていた。恐らく事件のせいで集まってきたと思われる穢れは澱みを作り、それが低級な妖や霊を集めていた。
「調査の前にこの辺祓っておかないと、また事故とか起きるわね」
「そうですね。たぶんこういうのは小関さんが得意そうですが」
霧斗に言われて小関が緊張しながらもうなずいた。
「はい。祓うだけならできます」
「じゃあお願いするわ。とりあえず、この公園の中を祓ってちょうだい」
百瀬の言葉にうなずいた小関が少しだけ4人から離れる。小関は目を閉じて集中し、ふうっと息を吐くと印を結んで呪を唱えた。
『ギャァァァァ…』
小関が呪を唱えると共にさあっと小関を中心に風が吹く。常人には聞こえない断末魔の悲鳴は風と共に消え、それと同時に公園内の空気が軽くなった。
「すごい…」
目を丸くして呟いたのは一ノ瀬だった。
「こういうのは初めて?」
「はい。俺は少し見えるだけで、何をされるわけでもないし、何をするわけでもないので」
百瀬の問いにうなずいた一ノ瀬はキョロキョロと周りを見回しながら不思議そうな顔をしていた。
「空気が全然違いますね」
「穢れた空気は重いですからね。そういうのは見えない一般人でもなんとなくわかると思いますよ」
霧斗はそう言うと意識を集中させて公園内に犯人の手がかりがないか探した。
「青桐、何か感じるか?」
なんとなく嫌な感じはするがはっきりしない。霧斗が青桐を呼ぶと、青桐は霧斗の影から姿を現した。
「うわっ!」
突然現れた青桐に小関と一ノ瀬が驚いて一歩下がる。百瀬はその様子を見てクスクス笑った。
「彼は霧斗くんの式神よ」
「式神…。高藤さんの屋敷にいる人たちか…」
式神と聞いて小関が呟く。高藤は身の回りの世話を式神にさせているとは聞いていたが、それは本当だったのかと百瀬は内心苦笑した。
「あの茂み。それと、あちらだな」
空気の匂いを嗅いでいた青桐が2ヶ所指し示す。茂みは遺体が発見された場所。もう1ヶ所は公園の外のほうだった。
「一ノ瀬さん、あっちには何かありますか?」
「えっと、あっちは確か神社がありますね」
神社という単語に霧斗と百瀬が反応した。
「先に神社に行ってみましょうか」
「そうですね」
百瀬の言葉に霧斗がうなずき、5人は一ノ瀬の案内で青桐が嫌な感じがするという神社に向かった。
一ノ瀬が案内したのは寂れた神社だった。
「ここね」
険しい顔をした百瀬に霧斗がうなずく。高梨も青ざめた顔をしていた。
「一ノ瀬さん、ここって前からこんな感じですか?」
「いえ、こんな嫌な場所ではなかったです」
真っ青な顔をした一ノ瀬が微かに震えながら言う。今、神社はどす黒く重い空気に満ちていた。
「ここって何かいわく付き?」
「自分は知りません」
一ノ瀬が首を振ると、すぐに高梨が「お待ちください」と言って調べ始めた。
「わかりました」
高梨が声をあげたのはそれから数分後のことだった。
「ここには元々人喰い鬼の伝承があるようです」
「人喰い鬼?」
「はい。平安時代、人を喰らう鬼をこの地に封じ、後に神社を建てたのだそうです」
「それが、この神社」
霧斗の呟きに高梨がうなずいた。
「その封印が解けたってことかしら?」
百瀬が言いながら歩きだす。霧斗も共に歩いていると、ちょうど社の裏に大きな割れた岩があった。
「これね」
「ですね。一ノ瀬さん、この岩は元々割れてましたか?」
霧斗に尋ねられて少し離れていた一ノ瀬がふたりのそばにくる。一ノ瀬は割れた岩を見るとぶんぶんと首を振った。
「いえ、割れてはいなかったと思います」
「見た感じ最近割れたようですね」
岩には苔など生えているが割れた断面は綺麗だ。最近割れたのだろうと言う高梨に百瀬はうなずいた。
「おそらく、ここに鬼が封じられていた。そして、何らかの理由でこの岩が割れて鬼の封じが解けた」
「封じが解けた鬼は空腹だった。空腹ならどうするか、目についた食糧、人喰い鬼なら人を喰うだろうな」
百瀬の説明を霧斗が引き継ぐ。小関と一ノ瀬は血の気が引いた顔をしており、高梨も険しい表情を浮かべていた。
「ここから公園は近い。深夜なら出歩いている人もほとんどいない。だから公園に寝泊まりしていた人を喰った。女を狙うのは女のほうが美味いからかな。人を喰う妖は男より女を好む傾向があるから」
「移動しているのはどうしてかしら?何か狙いがある?」
空腹を満たすだけならこの辺りは住宅街だ。人はいる。だが、鬼は移動している。目的もなく移動しているのか、何か目的があってそれを目指しているのか、今の段階ではわからなかった。