髪が伸びる雛人形・第2話
ハサミを借りた霧斗が女雛の髪を肩のあたりでざっくり切る。切り落とされた髪はさらさらと崩れ、消えていった。
「消えた!?」
様子を見ていた和子が驚いたように言う。霧斗は髪を観察しながら険しい表情をした。
「この髪、妖力が具現化したものか?」
霧斗は箱から人形を取り出すと髪を切っていった。切られた髪は全て消えていく。最後、霧斗が手に取ったのは男雛だった。
「これか…」
その男雛の中には他の人形には感じなかった気配があった。恐らくこの男雛に妖が入り込み、他の人形にも影響を与えたのだろう。そして、この人形に入っている妖は本来こんなところにいるような妖ではなかった。
「和子さん、この男雛、少し預かることは可能でしょうか?」
「え、それだけでいいんですか?」
「はい。原因はこの男雛で、他の人形は影響を受けただけですから。この男雛を離せば他の人形の髪は元に戻ると思いますよ」
霧斗の言葉に和子はわずかに安心した表情になる。霧斗は男雛をそっと風呂敷に包んで持ち上げた。
「あの、壊したりはしないでほしいのですけど。こんなことがあって気味が悪いとは思ったけど、美紀子の大事な人形だし、可能であれば孫にも受け継いでほしいし」
「わかっています。傷つけるつもりはありません」
和子の言葉にうなずいて霧斗は一旦家をあとにした。
「主、どうするつもりだ?」
「とりあえず、人気のないところに行く」
青桐の問いに答えて霧斗は足早に近くの山に入った。山道を外れ、人の気配がないことを確認して人形を手頃な石の上におく。風呂敷を解くと女雛のように髪が伸びた男雛が現れた。
「毛倡妓。お前、毛倡妓だろう?」
霧斗の呼び掛けに人形がパチリと瞬いた。
「お前、どうして雛人形なんかの中に入り込んだんだ?よく器の人形が壊れなかったな」
毛倡妓とは髪が長く、全身毛に覆われた遊女の妖怪だ。比較的知名度のある妖。人々に知られ、恐れられているとうことは妖の力に直結した。恐れられれば恐れられるほど妖の力は増す。逆に人々に忘れ去れてしまうと力が弱まり、消えてしまう妖もいる。
文明が発達し、電気が通り町は夜でも明るい。闇に生きるモノたちは居場所を失い、さらなる闇に逃げ込んだり人のいない山に逃げたりしていた。だから、いくら人形が取り憑きやすいとはいえ、毛倡妓が住宅街の真ん中にある家の雛人形に入っていることは驚きだった。
『…私だって、好きでこの器に入ったわけではない…』
霧斗の問いかけに弱々しい声が返ってくる。その声だけで毛倡妓がどれだけ弱っているかがわかり、霧斗の眉間に皺が寄った。
「ずいぶん弱っているな」
『忌々しい人間。私たち妖を祓いまくっているのはお前の仲間だろう?』
「は?」
思わぬ言葉に霧斗が目を丸くする。青桐を見ると青桐も知らなかったようで首を振っていた。
「詳しく教えてくれ。少なくとも俺は人に害をなさない妖を祓ったりしない」
霧斗の言葉に毛倡妓はポツポツと話し出した。
毛倡妓が言うには、ここ最近人里にいる妖たちを問答無用で祓っている人間がいる。その人間の噂を聞いて警戒していたが、ある日突然目の前にやってきていきなり祓われそうになった。命からがら逃げてきたが、力を消耗し、消えかけていたところあの家の雛人形を見つけてひとまず隠れ家にし、妖力の回復を待っていたのだそうだ。だが、妖力が回復するにつれて人形たちに影響を与えてしまい、髪があそこまでのびてしまったのだった。
『あの人間たちにはすまないことをした。怖がらせるつもりはなかったのだが』
「まあ、これは仕方ないな。お前に悪気はなかったんだろうし、髪が伸びるとも思わなかったんだろう?」
苦笑しながら尋ねる霧斗に毛倡妓が入っている男雛はこくりとうなずいた。
「とりあえずそこから出られるか?それともまだ依り代が必要か?」
『できれば入れ物はほしい。人でなくてもいいが、人形のようなものがいい』
そう言われて霧斗は困った。自分は人形など持っていない。今から買いに行くかと考えていると、ふとカフェにおいている人形を思い出した。
「これくらいのウサギの人形があるんだが、どうだ?」
『かまわない。多少動ければいい。この際背に腹は代えられん』
毛倡妓の言葉に霧斗はうなずいた。
「とりあえず、今日はこのまま帰って、明日男雛を返しにこよう。その妖を祓いまくってる人っていうのも気になるし」
そう言って霧斗が男雛を大事そうに鞄に入れる。霧斗は時計を確認し、新幹線で帰路についた。