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祓い屋霧斗  作者: さち
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行方不明者と目撃者・第1話

 秋が深まり、そろそろコートを出そうかという季節。いつものようにひっそりと開店しているカフェ猫足に異様な客がやってきた。

「いらっしゃいませ」

開店したばかりで店内にいたのは常連客ばかりだった。やってきたのは厳めしい顔をしたスーツ姿の男がふたり。ひとりは中年。ひとりはまだ若そうだった。霧斗は一般人ではなさそうな雰囲気に警戒しながらふたりに声をかけた。

「おふたりですか?お好きな席にどうぞ」

「あ、いや。我々は客ではない。ここの店長はきみか?」

「いえ、俺はバイトです。店長にご用ですか?」

霧斗が尋ねると声を聞いた晴樹が厨房から顔出した。

「あたしにお客?」

「あなたが店長か?」

晴樹を見て中年の男が尋ねる。晴樹はうなずくと厨房から出てきた。

「そうですけど、どちらさまですか?あ、きりちゃん。厨房にあるコーヒー、3番テーブルにお出ししてくれる?」

「わかりました」

さりげなく霧斗を遠ざけながら晴樹がふたりに向き合う。するとふたりはスーツの内ポケットから警察手帳を出して見せた。

「警察?あたし何かしたかしら?」

「いえ、あなたではなく。実は人を探しています。この人に見覚えはありませんか?」

そう言って若い男が写真を取りだし晴樹に見せる。3番テーブルにコーヒーを持っていっていた霧斗には何の写真かわからなかったが、写真を見た瞬間晴樹の目が見開かれたのがわかった。

「霧斗さん、厄介事だったら知らせてください」

狭い店内だ。話している声は聞こえる。一緒に晴樹の様子を見ていた3番テーブルの客は高梨と高梨の仕事相手の弁護士だった。

「ありがとうございます。厄介事だったら遠慮なく頼らせてもらいます」

霧斗が小声で言ってテーブルを離れる。カウンターに戻ると晴樹が何とも言えぬ表情で霧斗を見た。

「きりちゃん、この人…」

そう言って晴樹が写真に視線をやる。霧斗は写真を見ると納得してため息をついた。

 写真に写っていたのは若い女性だった。その人は数日前に店にやってきた。晴樹と霧斗は確かにこの人を見ているが、それを警察に正直に話すのは憚られた。この女性は死者としてこの店にやってきていたのだ。

「何かご存知なんですね?」

「先に質問をいいですか?この店に聞きにきたのはなぜですか?この辺全部聞き込みしてるんですか?」

「目撃情報があったんです。この人がここから出てくるのを見たって」

その言葉に霧斗と晴樹は違和感を覚えた。たまたま見える人間が通りかかって通報するということもなくはないだろうが、可能性は限りなく低そうだった。

「それで?見たのか、見てないのか」

中年の男が威圧的に言う。晴樹は困ったような顔をしながらふたりを事務所に通することにした。

「きりちゃん、お店のほうお願いね」

「わかりました。何かあったら呼んでください」

嫌な予感に霧斗が囁くと、晴樹は苦笑しながらうなずいてふたりを事務所に連れていった。


 ふたりを事務所に通した晴樹はとりあえず自分の名刺を差し出した。

「お座りください。これ、あたしの名刺です」

「どうも」

若い男が名刺を受けとる。晴樹はふたりの向かいに座るとどう話したものかと思案した。

「えっと、刑事さん、でいいのかしら?その写真の人は、どのような人なのか聞いてもいいですか?」

「…犯罪の被害者の可能性があります」

答えたのは若い男のほうだった。晴樹はそれを聞くと苦い顔をした。

「正直に言うと、たぶんあたしを頭がおかしいとか、犯人だとか言い出しそうで嫌なんだけど…」

「知っていることがあるなら正直に話すのが身のためだ」

中年の男の威圧的な態度に晴樹はため息をついた。

「たしか3日前ね、この人がきたのは」

「やっぱり来たんですか!?」

晴樹の言葉に若い男が腰を浮かせる。だが、晴樹は小さく首を振った。

「残念だけど、この人はもう亡くなってるわ」

「は?」

「どういうことだ?まさか幽霊になってきたとでも言うんじゃないだろうな?」

若い男が間抜けな声を出し、中年の男が厳しい声を出す。信じていないのが明白だったし、晴樹自身信じてもらえると思っていなかったが、幽霊としてやってきたというのは紛れもない事実だった。

「その通りよ。この店、土地柄なのか死者の通り道になってるみたいなの。だから毎日のように亡くなった人がやってくるわ」

「おい。こっちは真面目に聞いてるんだ。真面目に答えろ」

「こっちも大真面目よ。こればかりは見えない人には見えない。さっき、店内を見たでしょ?窓際の席、コーヒーとケーキがあったの見た?」

「あ、見ました。誰もいなかったけど」

店に入った瞬間店内を観察した若い男がうなずく。晴樹は「だいたいあそこが定位置よ」と言った。

「さっきもあそこにひとりいたの。あたしはやってくる死者もお客さまとして迎える。だからコーヒーやケーキをお出しするの。常連のお客さまなら皆さん知ってるから聞いてみるといいわ」

「じゃあ何か?たまたま幽霊を見える奴がここを通りかかってたまたま店から出てきたこの写真に写ってる女の幽霊を見て通報したってのか?」

「そういうことになるわね。その写真の人、ポスターとか貼られてたの?」

交番などにはよく行方不明者の写真が貼ってあったりする。だが、この写真の女性のポスターは見たことがなかった。

「隣の県に住んでる人ですから、こっちにはポスターないですが、あっちの交番には貼ってあります」

それを聞いた晴樹はますます胡散臭いと思った。隣県の行方不明者のポスターを見た人がたまたまここで幽霊になったその人を見つけるなどあり得るのだろうかと。それは刑事ふたりも思ったようで、ふたりは顔を見合わせた。

「どうしますか?調書に幽霊を見たなんて書けませんよ?」

「通報者が嘘をついているか、この兄ちゃんがホラを吹いているかだな」

「あら、あたし疑われてるの?」

中年の男の言葉に晴樹が苦笑する。中年の男は苦々しい顔をするとずいっと晴樹に顔を近づけた。

「気持ち悪い話し方をするんじゃねえ」

「…そういうの、差別って言うんだけど知ってるかしら?」

晴樹が挑発的な声で言うと、中年の男は舌打ちをして顔を話した。

「とりあえず署のほうで詳しく話を聞くとしよう」

任意での事情聴取。まるで晴樹を犯人だと言わんばかりの態度だったが、ここで拒否すれば立場がますます悪くなる。晴樹はため息をつくとロッカーを開けて上着をとった。

「お店、閉めるように言う時間くらいはもらえるのよね?」

「はい。それくらいは大丈夫です」

若い男が申し訳なさそうな顔をしながらうなずく。晴樹は事務所を出るとカウンターにいた霧斗のそばに行った。

「きりちゃん、これから警察に行ってくるから、お店は閉めてちょうだい」

「晴樹さん、正直に言ったんですか?」

霧斗がため息をつきながら言うと、晴樹は苦笑しながら肩をすくめた。

「だって、行方不明なら、早く体を見つけてあげたいじゃない」

「だからってこんな面倒に巻き込まれなくても」

「仕方ないわ。性分よ」

晴樹はそう言って笑うと刑事ふたりとともに店を出ていった。

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