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祓い屋霧斗  作者: さち
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ひとりでに歩く人形・第7話

 住職から連絡があったのは翌日だった。橘家の夫から電話があり、霧斗と話がしたいと言っている。そう言われた霧斗は今度はひとりで橘家を訪れることにした。

 知らせがあったのが朝。住職を通じて午後に訪問すると伝えた霧斗は人形を連れて橘家を訪れた。


 呼び鈴を鳴らすとすぐに初老の男性が玄関を開けて出てきた。

「こんにちは。小峯霧斗です」

「あなたが。どうぞ」

男性は門を開けると霧斗を招き入れた。リビングには昨日会った女性が赤ちゃんを抱いてソファに座っていた。

「どうぞ、座ってください」

「失礼します」

軽く会釈して霧斗がソファに座ると男性は女性の隣に座った。

「橘一彦といいます。妻の春枝と、孫の結衣です」

一彦と名乗った男性は険しい表情で霧斗を見た。

「あの人形はあなたが持っていると住職に聞きました」

「ええ。俺が預からせてもらってます。あの人形は純粋に結衣ちゃんのそばにいたいだけなので、今は無害ですし」

霧斗の言葉に一彦がぴくりと反応した。

「今は、というのは?」

「さっきも言ったとおり、あの人形はその子のそばにいるために作られました。でも、今はそばにいることができない。それは人形にとってとても悲しく辛いことです。今はただ悲しんでいるだけですが、いずれ悲しみは恨みになります」

「恨みになると、どうなるんですか?」

「人形が恨みを人間に向ける前に浄化します。浄化すれば人形に残った思いは消え、ただの人形に戻ります」

霧斗の話を聞いた一彦は複雑な表情を浮かべた。それとは対照的に妻の春枝は少し安心したような表情を浮かべた。

「浄化をすればただの人形になるんですか?それは、今でもできるんでしょう?」

「できなくはないですが、人形をその子に返してあげるだけで浄化になりますよ?人形はその子のそばにいたいだけですから。そばにおいて自然に浄化させるか、術によって無理矢理浄化するかの違いです」

霧斗の言葉に春枝の笑顔が消える。それでも浄化してほしそうな春枝をよそに、一彦が口を開いた。

「実は、人形が動くことをわかっていて住職に供養をお願いしたんです」

「やはりそうでしたか。娘さんの形見の人形をどうしてそこまで邪険にするのかわからなかったんですが、動いているところを見たら、確かに怖いかもしれませんね」

霧斗がうなずきながら言うと、一彦は小さくうなずいた。

「あれは、娘の葬儀が終わってやっと落ち着いた夜でした。娘の夫、この子の父親は妻を亡くしたショックのあまり子育てどころではなく、葬儀もこの子の世話も全て私たちがやりました。全て終わってようやく落ち着いた晩、妻がミルクをあげるために起きたら、人形が動いていると私を起こしたんです」

「…結衣はベビーベッドで寝ていました。私はここに布団を敷いて寝ていました。ちょうどミルクをあげる時間で目を覚ましたら、小さな声が聞こえて、見ると娘が作った人形がベビーベッドに上って結衣を見ながら子守唄を歌っているんです。その声が、娘のもので…」

春枝はそこまで言うと声を詰まらせた。霧斗はおもむろにウエストポーチから人形を出すとじっと見つめた。

「持ってきていたんですか!?」

「ええ。宿においていても動き出しそうだったので。たぶん、娘さんがなくなったばかりで、娘さんの思いが詰まったこの家にあったから歌えたんでしょうね。今はそこまでの力はありません」

霧斗がそう言うと人形がぴくりと動いて春枝に抱かれた結衣に顔を向けた。

「ひっ!」

突然動いた人形に春枝がひきつった悲鳴をあげる。霧斗は人形が逃げないようにしっかり掴みながら優しく撫でた。

「怖いですか?これは、娘さんがその子のために一生懸命作ったものです。大切な婚約指輪を入れて、その子を守るように願いを込めて。その思いは娘さんが亡くなったあともこの人形に残っています」

「その人形が、孫に悪さをすることはありませんか?娘のもとへ連れていったり、しないでしょうか?」

その質問で霧斗はなぜここまで人形を邪険にしたか理解した。この老夫婦はたったひとり残された孫娘の命を人形が亡き娘のもとに連れていってしまうのではないかと危惧していたのだ。

「私たちだって娘の大切な形見の人形は大事にしたい。だが、動く人形なんて普通じゃない。孫によくないことが起きるくらいならと住職に預けたのです」

「そのお気持ちはわかります。でも安心してください。この人形がその子に悪さをすることはありません。一晩、一緒にいさせてやってください。そうすればこの人形の強い思いは浄化され、普通の人形に戻ります。そして、動かなくなっても娘さんの願いはこの人形に宿り続ける。きっとこの子を守るお守りになってくれます」

霧斗の話を聞いたふたりは顔を見合わせ、うなずき合うと霧斗に頭を下げた。

「その人形を一晩、結衣のそばにおいてやってください。ただ、私たちだけでは不安なので、あなたにもいてほしい」

「最初からそのつもりです。今夜でかまいませんか?」

にこりと笑う霧斗に安心したようにふたりはうなずいた。

「では、一旦失礼して夜にまた伺います」

「何か準備しておくものはありますか?」

「そうですね。塩があればいいです。今回はお祓いをするわけではないので、あとは特に何も必要ありません」

霧斗はそう言うと人形を連れて一旦橘家をあとにした。

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