ひとりでに歩く人形・第6話
食事をすませた霧斗は早速住職と一緒に人形の作り主の実家に向かった。
人形は霧斗が持っていたが、家が近づくにつれ、人形が喜んでいるのがわかった。
「どうには受け取ってくれるといいですね」
「そうですね。でも、実の娘が作った品、そこまで頑なに拒否する理由がわかりません」
住職の言葉に答えながら霧斗が言うと、住職は困ったような顔をしてうなずいた。
「そうですね。そこまで頑なになる理由が何があるのか」
「話を聞いてみないとわかりませんね」
霧斗はそう言うと見えてきた目的の家に目を向けた。
家につき、呼び鈴を鳴らすと出てきたのは初老の女性だった。
「おはようございます、橘さん」
「ご住職、おはようございます。あの、何か?」
住職と後ろに立つ霧斗見て女性が不安そうな顔をする。住職が「ここではなんですから」と言うと、女性は渋々家に入れてくれた。
「あの、主人は今いなんです」
そう言ってリビングに通されると、そこには可愛らしいベビーベッドに眠る女の赤ちゃんがいた。
霧斗が赤ちゃんを見た瞬間、人形の力が強くなった。呼び鈴を鳴らす前に人形は霧斗のウエストポーチに入れられていた。人形が動き出しそうになるのを感じた霧斗はウエストポーチを軽く押さえて封をした。
「結衣ちゃん、大きくなりましたね」
ベビーベッドを覗き込んだ住職がふにゃりと笑って言う。祖母である女性もその様子には笑みを浮かべていた。
「毎日たくさんミルクを飲んで、たくさん泣いて、たくさん寝ていますよ」
女性はそう言うとテーブルにコーヒーを2人分おいた。
「あの、それで、今日はどういったご用件で?それに、そちらの方は?」
住職と霧斗がソファに座ると女性が躊躇いがちに尋ねる。住職は霧斗を高校の先輩の甥と説明した。
「以前、こちらから供養を頼まれた人形のことはお話したと思うのですが」
「ええ。でも、あの後きちんと供養していただけたんですよね?」
人形という言葉が出ただけで女性が不安そうな顔になる。霧斗はじっと女性を観察した。
「人形を本堂において、毎日朝晩経をあげたんですが変わりがなく、私ではどうにもできませんでした。それで、彼にお願いしたんです」
そう言って住職が霧斗を見ると、女性も霧斗に目を向ける。その目には警戒心がありありと浮かんでいた。
「俺は小峯霧斗と言います。こういう仕事をしています」
そう言って霧斗が名刺を差し出す。それを見た女性はあからさまに胡散臭そうに眉を寄せた。
「申し訳ありませんが、こういうよく分からない方は信用できません。それに、ご住職は人形が動くなんておっしゃいますけど、そんなことがあるわけないじゃないですか」
不機嫌そうに言う女性は明らかに動揺していた。
「奥さんにとってあの人形は娘さんが大切に作った形見ですよね?それに、あの子にとっては亡き母親からの唯一のプレゼントになるはずです。どうしてそこまで遠ざけたがるんですか?」
「人形をご住職にお渡ししたときにも話しましたけど、あの人形を見るたび娘を思い出して辛いのです。それでは理由になりませんか?」
「理由にならなくはないと思いますが、それなら見えないところにしまっておいて、あの子が大きくなってから渡してあげるということもできるのでは?わざわざ寺で供養と頼むというのはいきすぎに思えます。もしかして、この人形が動くところを見たんですか?」
霧斗がそう言ってウエストポーチから人形を取り出すと、女性は「ひっ!」と引きつった悲鳴をあげて立ち上がった。
「どうしてその人形を持ってきたの!?やめて!この子に近づけないで!」
ヒステリックに叫ぶ女性を見て、霧斗に人形の感情が流れ込んでくる。人形は女性に拒絶されて悲しんでいた。
「ひとつ、いいですか?娘さんの遺品はどうされました?特に、婚約指輪は?」
「婚約指輪?結婚指輪なら娘と一緒に火葬したわ!でも婚約指輪はなかったの!」
その言葉で霧斗は人形の中にあるのが婚約指輪であると確信した。
「この人形の中には娘さんの婚約指輪があります。だから娘さんの思いが特に強く宿った。この人形は持ち主になるはずだった赤ちゃんに会いたい、そばにいたいという思いだけで動いています。人形の願いを叶えてやれば思いは浄化されて消えると思います。そうでなければ、この人形はいつまでも強い願いを持ち続け、いずれ妖に変じるでしょう。ご主人とよく話し合ってください」
霧斗はそう言うと住職を促して家を後にした。
霧斗は住職に橘家から何か連絡があったら知らせてほしいと言い、人形を預かって旅館に戻った。
部屋に入り、人形をテーブルに座らせて一息つく。人形はよたよたと動くとそのままコロンと転がってしまった。
「目的地に行って少し力が強まったか?それとも俺がずっと持ってたからか?」
苦笑しながら人形を座らせてやった霧斗は茶を入れてゆっくり飲んだ。
「お前をあの子のところにいさせてやりたいが、無理だったら俺のところにくるか?」
強い思いが宿った人形。人形は子どもを見守るために作られた。見守るべき子どものそばにいられないことはこの人形にとって悪い影響を与えかねなかった。