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祓い屋霧斗  作者: さち
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ひとりでに歩く人形・第4話

 夕方、霧斗は再び寺を訪れた。

「ごめんください」

住居のほうに声をかけるとすぐに住職が出てきてくれた。

「いらっしゃいませ。さ、中にどうぞ」

「ありがとうございます。お邪魔します」

礼を言って霧斗は家に上がり、居間に案内された。

「今お茶をいれますね」

「おかまいなく。それより、ご住職に渡しておくものがあるんです」

そう言って霧斗が差し出したのは力封じの札を折り畳んで白い紙で包んだものだった。

「これは?」

「ご住職が祓いの力が強くて無意識に周りの穢れを祓ってしまっていると言いましたよね?俺の式神もそばにいると祓われてしまいそうで離れているんですが、それだと仕事に支障が出るので、ご住職の力を一時的に封じさせていただきたくて」

霧斗が説明すると住職はよくわかっていなさそうな顔をしながらうなずいて白い包みを受け取った。

「これを持っておけばいいんですね?」

「そうです。ありがとうございます」

受け取ってくれた住職に礼を言うと、住職は「いえいえ」と言って笑った。


 住職の家で夕食をごちそうになった霧斗はシャワーを借りて禊をすると住職とともに本堂に向かった。まだそれほで遅い時間ではないからか、覗いた本堂ではテディベアが昼間と同じように木魚にもたれて座っていた。

「青桐、大丈夫か?」

霧斗が声をかけると青桐が影から姿を現す。その姿は住職にも見えたようで、住職は目を真ん丸にして驚いていた。

「驚かせてすみません。彼は俺の式神です」

驚いている住職に霧斗は苦笑しながら青桐は式神だから住職に危害を加えることはないと言った。

「青桐、あの人形なんだが、どう思う?」

「今は眠っているんだろう。動き出すなら夜中、丑三つ時だろうな」

青桐の見立てに住職がうなずいた。

「そうです。動き出すのはいつもそれくらいの時間です」

「ということは、丑三つ時まではこのまま待機かな。ご住職、最初から本堂の中にいても人形は勝手に動きますか?」

「動きますね。私はいつもこれくらいの時間から本堂の中にいてあの人形の隣に座っていますから」

住職の言葉を聞いて霧斗は本堂の扉を開けた。

「青桐は念のため本堂の外にいてくれ」

「わかった」

青桐を外に残して霧斗と住職は本堂の中に入った。


「霧斗さんは、どうしてこの仕事をしようと思ったんですか?」

本堂の畳に並んで座っていると住職が声をかけてきた。霧斗は住職を見ると苦笑しながら肩をすくめた。

「俺は普通の会社勤めには向かないんです。それに、叔父から見えるのなら見えない人の力になってやれって言われて育ったので」

「なるほど。先輩らしい言葉ですね。しかし、危険もあるでしょう?」

「そうですね。でも俺は、この生活も悪くないと思っています」

霧斗がそう言って小さく笑うと、住職は目を細めてうなずいた。

「あなたが後悔しないことが一番です。後悔しない人生を歩める人間は多くはないですが、後悔がないようにしようと努力することは大事です」

「はい。少しでも後悔のないように生きようと思っています」

「娘にも、あなたのように後悔のないように生きてほしいのですが、それをわかってもらうのはなかなか難しいですね」

そう言って眉を下げる住職の顔はひとりの悩める父親のものだった。

「娘さんは今中学生ですよね?思春期で難しい時期だと思いますよ?俺もあれくらいの歳の頃は褒められたことはしませんでしたし。俺の面倒を見ていた叔父は何度か学校に呼び出されました」

苦笑しながら言う霧斗に住職が驚いたような顔をする。霧斗は肩をすくめて笑った。

「子どもと大人の狭間。綺麗事だけではない現実が見えてくる歳になると、色々と考えるようになるんですよね。俺も、自分の存在価値がわからなくて荒れた時期でもあります。でも、諦めずに寄り添ってくれる人がいればきっと大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。娘の話をよく聞き、寄り添うにしようと思います」

霧斗の言葉に納得したように笑う住職に、霧斗は「住職なら大丈夫ですよ」と笑った。


 深夜、丑三つ時が近づくに連れて、人形の存在感は増していった。そろそろ動くかと霧斗と住職が人形を見つめるなか、人形の手がピクリと動いた。

 最初にゆっくり手を動かした人形は頭をゆっくり動かした。住職と霧斗に目を向け、見慣れない霧斗を認識して軽く首をかしげる。敵意がないと思ったのか、人形は霧斗に何か反応することはなく、ゆっくり立ち上がった。

 ふらふらと立ち上がった人形が覚束ない足取りで一歩踏み出す。霧斗と住職が見守るなか、人形はしだいにしっかりした足取りで歩きだした。そして、外に出る扉に向かって歩く。だが、人形は畳の縁にくると足を止めた。手を上げてまるで見えない壁にペタペタ触れているような仕草をする。事実、住職には何も見えていなかったが、霧斗には結界があるのが見えた。

「ご本尊の結界か」

どうにか出られないかとあちこち歩く人形を見つめながら霧斗が呟く。住職はそれを聞くと首をかしげた。

「きちんと経や供物をあげられ、信仰を集めているご本尊です。力を持ってもおかしくはありません。この人形がこれ以上進めないのはご本尊の結界があるからです」

「ご本尊がしっかり守ってくださっているんですね」

思わぬ事実に住職が本尊に向かって手を会わせる。霧斗は少し考えると、人形のそばに膝をついた。

「お前、ここから出たいか?」

霧斗の問いかけに人形がぴくりと反応する。霧斗を見上げた人形はこくりとうなずいた。

「生きている人間に害をなさないと約束できるか?本堂の外には俺の式神がいる。お前が人間に害をなすなら俺の式神がお前を喰う。それでもいいか?」

ゆっくり、諭すように話す霧斗に人形はしっかりとうなずいた。人形からは「ここを出たい」「行きたいところがある」という強い思いが伝わってきた。

「ご住職、人形をここから出してもかまいませんか?」

「あなたにお任せします」

住職の了解を得て、霧斗は人形をそっと抱き上げた。抱き上げられた人形は抵抗することもなく大人しくしている。霧斗はそのまま人形を抱いて本堂を出た。

「主…」

霧斗が本堂を出ると待機していた青桐が険しい顔で声をかけてくる。霧斗はうなずくと人形をおろした。

「お前の行きたいところへ行ってみろ」

霧斗の言葉に反応するように人形がトコトコと歩き始める。その足取りに迷いはなく、まっすぐ寺の石段を下り始めた。

「ご住職、俺と青桐はこのまま人形を追います」

「私も行かせてください。お邪魔はしませんので」

住職の言葉に少し考えた霧斗はうなずいた。

「わかりました。俺のそばを離れないでくださいね」

「ありがとうございます」

霧斗と青桐、そして住職は石段をおりていく人形のあとを追った。

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