通いつめる客・第1話
カフェ猫足にはその立地から死者もやってくる。ふらりとやってきてはテーブルにつく。晴樹がコーヒーやケーキを出してやると、しばらぼんやりしたあと帰っていく。そして1度きた死者はもうこない。それが常だったが、ここ最近は少し違っていた。
痩せた高齢の男性は毎日開店と同時に現れては窓際の席に座り、ぼんやり外を眺めていた。そして閉店間際に出ていき、翌朝また現れる。閉店間際までいる死者は珍しいため晴樹も霧斗も気にしていたが、まさか毎日やってくるとは思わなかった。
晴樹と霧斗が何度か声をかけたが返事はなかった。
「きりちゃん、あの人、大丈夫かしら?」
今日も開店と同時にやってきて窓際の席に座った高齢男性の幽霊。じっと外を眺める姿はまるで何かを待っているようだった。
「今のところは大丈夫そうです。最初は死んだことに気づいてないのかと思ったけど、そうでもなさそうだし」
さ迷う魂は妖に喰われやすい。なぜ黄泉に行かないのか、それとも行けないのか、霧斗にもはんだんがつかなかった。
カラン。と音をたててドアが開き、客が入ってくる。晴樹と霧斗が「いらっしゃいませ」と言いながら振り返ると客は常連の桂木だった。
「桂木さん、お久しぶりです」
「やあ、本当に久しぶりだね。色々バタついてしまってね。はるちゃん、今日は紅茶をもらえるかな?」
「いいですよ。でも、桂木さんが紅茶なんて珍しいですね?」
言いながら晴樹がティーカップを出す。桂木は苦笑すると「死んだ友人が好きだったんだ」と言った。
「ずっと入退院を繰り返していたんだけどね、先日亡くなったんだ。なんだかがっかりしてしまって、やっとここにくる気力が出てきたんだよ」
「そうでしたか」
霧斗がショーケースからイチゴのショートケーキを出して桂木の前におく。晴樹も紅茶をいれると桂木の前においた。
「ありがとう」
「いいえ。ご友人が亡くなるのは悲しいですもの。ここにきて気が紛れるなら、閉店までいてくださってもいいですからね?」
にこりと笑って言う晴樹に桂木は嬉しそうな顔をして紅茶を飲んだ。
「私ははるちゃんやきりちゃんがいるから大丈夫なんだけどね、亡くなった友人の奥さんが心配なんだ」
「奥さまですか?」
「うん。ずいぶん気落ちしてしまって、今は入院してるんだよ。昔から、死んでからも一緒にいるんだって言ってたけど、まさかあとに続くんじゃないかと思ってね」
その話を聞いた霧斗は引っ掛かるものをものを覚えて窓際の席に座る老人を見た。
「桂木さん、そのご友人って、痩せてて、立派な顎髭がある方ですか?」
「!?そうだよ。だが、なぜ?まさか!?」
店に入ってきたとき、窓際のテーブルにコーヒーとケーキが見えた。まさかと思って振り向くと、霧斗がじっとそのテーブルを見つめていた。
「あそこに、いるのか?」
「ちょうど桂木さんがこなくなった辺りから、毎日いらっしゃいます。開店から閉店まで、まるで誰かを待ってるように、あそこに座って外を眺めてます」
「都筑…」
桂木の呟きに、今まで何度話しかけても反応がなかった男性がゆっくり振り向く。男性は桂木を見るとにこりと笑った。
「きりちゃん、あの人…」
「ええ。桂木さんのご友人だったみたいです」
「なんてことだ。生きてる間は何度誘っても一緒にここにこなかったくせに。死んだ途端に入り浸ってるなんて」
姿は見えないが確かにそこに友の気配を感じる。桂木は涙を浮かべながら小さく笑った。
「きりちゃん、あちらのコーヒー、下げてきてくれる?紅茶のほうがお好みなら紅茶をお出しするから」
「わかりました」
うなずいた霧斗が窓際のテーブル席に行く。声をかけると今度はきちんと反応があった。
「桂木さまから紅茶のほうがお好みとお聞きしました。今紅茶をお持ちしますね」
霧斗がそう言ってコーヒーを下げると、都筑という男性はにこりと笑ってうなずいた。
カウンターに戻って新しく紅茶を持って行く。都筑は紅茶を見ると嬉しそうに目を細めた。
「どなたかを、お待ちなんですか?」
霧斗の言葉に都筑は寂しそうな顔でうなずいた。先ほどから反応はあるが声を出すことはない。恐らくそこまでの力はないのだろうと思うと、霧斗は一礼してカウンターに戻った。
「きりちゃん、どうだった?」
カウンターに戻ると待ち構えていた桂木が尋ねる。霧斗は苦笑しながら「喜んでました」と言った。
「それと、誰かを待っているようです」
「待ってる?それって…」
先ほど都筑の妻が体調を崩して入院していると聞いたばかりだ。死んでも一緒にいようと約束をした夫は、死して後、妻がやってくるのを待っていたのだ。
「きりちゃん、私があの席に行っても大丈夫かな?」
恐らく妻を待っているだろう友人を思って桂木が尋ねる。霧斗は小さく微笑んでうなずいた。
「会話は無理ですが、こちらの声は聞こえています。たぶん、もうあまり長くはこちらにいられないと思うので、最期にお話するといいですよ」
霧斗の言葉にうなずいた桂木はカウンターから立ち上がるとまっすぐ窓際のテーブル席へ向かった。