サポート契約・第1話
翌日、霧斗が約束の時間に喫茶店ラビリンスに行くと、高梨はすでに来て待っていた。
「お待たせしました」
「いえ、私が早く来ただけですので」
相変わらずスーツをピシッと着た高梨は立ち上がると霧斗に一礼した。
「依頼主にも確認をとり、今回の依頼はこれで完了となりました。本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ百瀬さんみたいに優秀な人にサポートしてもらえて助かりました」
霧斗がそう言って高梨の向かいに座ると、高梨も座って「早速ですが」といくつかの書類を取り出した。
「私があなたをサポートさせてほしいという話、詳しく説明してもかまいませんか?」
「はい。百瀬さんからは他の組織に取られないように、万一のときに敵対しないようにするためだと聞きましたが」
霧斗が百瀬から聞いたことを伝えると、高梨は「だいたい合っています」とうなずいた。
「これは、護星会とあなたではなく、私とあなたの契約になります。あなたが受けた仕事の内容を私に報告してほしいのです。その代わり、私はあなたの仕事を全面的にサポートします」
「仕事内容を報告する理由は?」
「護星会のデータベースの強化です。どのような事象にどのような対処をするのか、データはいくらあってもいいものです。もちろん、依頼主の個人情報を寄越してもらう必要はありません。依頼内容とそれに対する仕事内容を教えてもらえればいいのです。こちらから仕事内容に口を出すことももちろんありません」
高梨の話を聞きながら霧斗は険しい表情を浮かべた。一見デメリットはないように思えるが、本当にそうなのか計りかねていた。
「サポートに対する見返りは、他にはないのですか?」
「サポート料をわずかですがいただきます。例えば、宿泊場所や移動手段の確保、仕事に関わることの情報提供。そういったことには料金が発生します」
「なるほど。タダより怖いものはない。きっちり料金を取られるほうがすっきりします」
霧斗の言葉に高梨は苦笑した。
「今すぐ答えていただかなくて結構です。考えてみてもらえませんか?」
そう言って高梨が差し出した書類を霧斗は受け取った。
「受けるかどうか、まだ迷っています。少し考えさせてください」
「かまいません。よく考えてください」
うなずいた高梨に霧斗は気になっていたことを尋ねた。
「どうして俺にサポート契約を持ちかけたんですか?」
「それは、あなたが優秀な術師だからです。護星会のエージェントは何人かフリーの術師を囲っています。ですが、どういった人を囲うのか、それはエージェントの好みによるところが大きいのです」
「好み?」
「はい。サポート契約における術師の規定はありません。あくまでエージェント側がサポートをしたいと思える人材であること。それが重要視されます。人に対する投資のようなものですね。私個人として、小峯霧斗さんはサポートするに値する術師であると判断した。それが今回サポート契約を申し出た理由です」
高梨の答えに霧斗は驚きながらも苦笑した。
「そこまで買っていただいてありがとうございます。前向きに検討しますね。返事はいつ頃までとかありますか?」
「お返事はいつでもかまいません。期日は特に設けておりませんので。ただ、あまり年数が空きますと、そのときはサポートするに値しないという判断に傾くかもしれないということは覚えておいてください」
「そんなに何年もは待たせませんよ」
高梨の言葉から、きっと何年か経ってから連絡をしてきた術師がいたのだろう。そして、その術師は連絡を寄越したときにはサポートするに値しない術師と成り下がっていた。霧斗はそんなに待たせることはないと笑うとメニューを開いた。
「何か頼みますか?」
「いえ、私は次の仕事がありますのでこれで失礼します」
「そうですか」
高梨は「またいずれ」と頭を下げると喫茶店を出ていった。
「サポート契約ね」
メニューを見ながら霧斗が呟く。霧斗はブレンドコーヒーとリンゴのタルトを注文すると、高梨がおいていったサポート契約に関する資料に目を通した。
翌日から霧斗はカフェのバイトに復帰した。晴樹はいつものことながらもっと休んでもいいと言ってくれたが、霧斗はなるべくならカフェのバイトに毎日出たかった。
「いらっしゃいませ」
カランと音がして店のドアが開く。入ってきたのは高藤だった。
「やあ、霧斗。無事に仕事を終えたようでなによりだよ」
にこやかに笑う高藤がカウンター席に座る。霧斗は小さくため息をつくと水を出した。
「おかげさまで。サポート契約まで持ちかけられましたよ」
「ほう?高梨がきみにサポートを申し出たか。彼はなかなか厳しくてね。サポートしている術師は他のエージェントより少ないんじゃなかったかな」
高藤は楽しげに笑いながらメニューを開いた。
「組織に所属するわけではない。上から指図を受けることはないよ。今回のようなイレギュラーな依頼が頻繁にくることもない。そんなに難しく考える必要はないさ」
「それでも、しがらみは生まれますから」
「きみを惜しんでくれる人がいる。サポート契約とはそういうものだよ。組織にも所属できず、誰からのサポートも受けられずに潰れていく術師は少なくない。その中で、惜しいと思うものをサポートする。今回高梨はきみを惜しいと思った。すでに縁は繋がれているよ」
メニューを眺めながら言う高藤に霧斗は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ま、悪い話ではないとはいえ、よく考えなさい。考えるのはいいことだからね」
高藤はそう言うとブレンドコーヒーと季節のタルトを注文した。