電車に乗る姫 魔獣現る
4
その昔、世界は魔法で出来ていた――。
父の祖父の――そのまた祖父の時代がそうであったらしいと、私が小さい頃、父は話してくれた。
当然ながら、本当にすべてのものが、魔法で出来ていた訳ではない。
世界を統べているのは魔法である――という概念が、当時の人たちの胸にあった。
魔法は、人の住む家を建て、人の食すものを狩り、人の肌を守る衣服をつくった。
もちろん、ただの人の力でも、それらを為すことは可能だったけれど、魔法の力を借りれば、より大きく、楽に、美しく――手に入れることが出来た。
魔法が世を統べるものだと認められてはいたものの、魔法を使える者はわずかだったし、その元となる“魔力”を持った人間もまた、わずかしか居なかった。
故に、それを使える者の権力は、絶大なものとなった。
権力を持てば、人は傲慢になる。
力を持たない者を、嗤い蔑み、下等な存在へと落とし込むと、自分たちの意のままに動く者だけで周りを固め、その座を維持するのに躍起となって、悪辣極まりない行いで、持たぬ者を苦しめる。
そんな中、圧政に異を唱える男が現れた。
男は、世を統べる王に、戦いを挑んだ――。
❈❈❈❈❈❈❈❈
「愚かな!
気でも違ったか、ロンデミアス!」
法衣を着た、やや歳をとった男だった。
「ワクトリッチ――。
お前の行いは、認められるものではない!」
こちらのほうは、まだ若かった。
鎧姿が、なかなか凛々しく見えた。
「我々は、持てる者なのだ。
その利を活かして、何が悪いというのだ?」
「持てる者であるからこそ、持たぬ者たちの、一助となるべきではないのか?」
「何をバカげたことを!
奴らが何をした?
ただ享受されるのみで、自分たちで為したことなど、何一つ無かろうが!」
「それは違うぞ、ワクトリッチ。
たとえ魔法が使えなくても、彼らは別の力で、様々なことを為している」
「もうよい。
話にならん」
法衣の男は背を向ける。
「待て!
ワクトリッチ!」
鎧の男は追い縋ろうとするが、4、5人の男たちが現れ、立ち塞がった。
「あとは他の者に任せるとしよう。
さらばだ、ロンデミアス。
もう、二度と会うことも無かろう」
「待て!
待つんだ、ワクトリッチ……!」
取り囲まれる、鎧の男。
そのときだった。
突然、眩い光が男の身体を包み込み――。
❈❈❈❈❈❈❈❈
「姫さま!
起きて下さい!」
部屋のドアを、何者かが連打する。
「――んあ?」
「早くしないと――。
きょう中に、仕事が終わりませんよ!」
私は飛び起きた。
ドアを開けると、ドレンが腕組みをして立っていた。
いつもの宮廷衣装ではなく――。
「何、その服!?」
ドレンは黒ずくめの服を身に纏っていた。
それは良いのだが、いつもの外出用のパンツスーツ姿ではなく、黒の長袖Tシャツに黒のデニムスタイルで、長い黒髪はまとめられ、その上から黒いキャップを被っていた。
「ほらほら!
私のことはいいですから、早く外出衣に着替えて下さいな。
パジャマでよだれを垂らしている場合じゃありませんよ!」
「もう、ちょっと寝坊しただけじゃない」
「言い訳無用です。
貧民窟に行きたいと言ったのは、どこのどなた?」
「はいはい!
ホント、ドレンちゃんて時間にうるさいのね!
――あれっ!?
それは、何?」
ドレンの立っている後ろに、壁に立て掛けられているものがあった。
1メートル半くらいの高さがある、何かのケースらしかった。
「これは、武器です。
あそこに行くのに、用心に越したことはありませんから」
「武器っ!
物騒なものを、持っていくのね〜」
「姫さまは、攻撃呪文を持ち合わせてはおりませんし、私も魔法には不得手ですから――多少、科学の援助は必要です」
「ふうん……。
そんなものかしら?」
「わかったら、急いで下さい!」
「もう、ドレンちゃんったら!
わかりましたよ〜っ!」
てな感じでひと騒動したあと、外出用の服装に着替えた。
肌を見せぬよう、インディゴブルーの長袖シャツと、黒タイツ。膝丈のグレーのフレアスカートくらいなら良いだろう。
これらの衣服は、すべて魔法でコーティングされている。
ひらひら、ふわふわであるのだが、かなり高い耐久性と防御力を有している。
トランジェニスのように、あんな古めかしい重い鎧など、「真世界」の現代では、過去の遺物に等しい。
まぁ、彼は彼で、ここ王宮の雰囲気を壊さぬように、敢えて「コスプレ」をしているのだろう。
「さて、パトさん。
きょうも、頼むわよ〜!」
パトロマルス・サーティーフォーを首から下げ、羽根帽子を被ったら、いざ出陣!
私は、ドレン・パレドゥルンと共に、貧民窟へ向かうための電車に乗った。
電車に乗るのは随分久しぶりだった。
王族が電車に乗るのか?
乗るのである。
昔ながらの馬車は、もう式典でしか使用しない。
アスファルトの道路に、馬の蹄は不似合いだ。
王族が出掛けるときは、普通、車を使う。
これまた昔ながらのガソリン車はとうに絶滅していて、歴史や社会の教科書の1ページと化してしまった。
魔力と電力を動力とした「魔電力両用仕様」が、このテイトミアでは標準となっていた。
車や電車はもちろんそうだし、生活の基盤となる様々なものが、魔力と電力の併用使用が可能なものになっているのだ。
きょうは一応、仕事として貧民窟に向かうことになっている。
だから、車を利用しても良かったのだが、それをドレンに伝えると――。
「姫さま。
頭のほうは、よろしいですか?」
と、きたものだから、ホント、ドレンは手厳しい。
無論、髪のセットがどうかだとか、帽子の感じはどうかだとかではない。
「お前の頭の中はどうなっているのだ?」
――てことだから、少しは手心というものを加えて戴きたい。
「我々がきょう向かうのは貧民窟ですよ?
車なんて入れやしません。
ましてや王族の車で行こうものなら、どうなることやら……」
真顔で、叱りつけるように言われる。
「いやぁ、ドレンちゃんたら――。
冗談にきまってるじゃないっ!」
「そうですかねぇ……。
まあ、姫さまがそう仰るなら……」
と、溜息をつかれた。
私は少々焦りを感じたが、それ以上の動揺は悟られないよう心を整えたのだ。
――という訳で、私はいま、電車に揺られている。
しかしながら、電車というのは人がたくさん乗るものだ。
椅子にはすべて先客が座を占め、私とドレンは、満員の車内に、立たされるはめとなってしまった。
王国の王女ともあろうものが、椅子に座れず、立ったまま目的地を目指すとは、なかなか斬新な話ではなかろうか?
不慣れな私は、人に押される度、左にヨヨヨ、右にヨヨヨと揺れ動かされる。
「何で座れないの?」
私は、横に立っているドレンに、口を尖らせる。
ドレンは背中にあのケースを背負ったまま、にっこりと微笑む。
「それはですねぇ……。
姫さまが、寝坊なさったからですよ?」
ぐぬぬ……。
「予定では――一番電車に乗る筈だったのです。
それならば、楽に座って行けたと思いますけど」
「しょうがないじゃない。
なんか、夢を見ていて――」
「起きられなかったんですか?」
「う〜ん……。
すごく、気になったの。
この夢のつづきはどうなるのか?
最後は、どんな決着になるのか――」
「覚えては、なさらないんですか?」
「――どぉ、だった、かしら……。
不思議なことに、眼が覚めた瞬間、ぜ〜んぶ、忘れちゃったの」
「よっぽど、私の起こし方が悪かったのかしら?」
「そんなことはないわ!
ドレンちゃんが起こしてくれなきゃ、ずっとよだれを垂らして寝ていたと思うから……」
ドレンはくすっと笑う。
「そうですね。
あんな寝起きのお姿、初めて見ました」
「もう……。
ドレンちゃん――」
ガガガガッ!
と、音を立てて、電車が急停止。
ドレンに受け止めてもらわなければ、すっ転んでいるところだった。
「姫さま。
大丈夫ですか?」
「う〜ん。
なんとか……」
やれやれ、危なく足を挫くところだった。
「停電でしょうか。
車内の空調が、止まってますね」
「ええ〜っ!
困るじゃない、あそこへ行けなくなるわ!」
「姫さま。
こういうことは、割とあるんですよ。
何らかの原因で、電力の供給か止まってしまったのでしょう」
「『止まってしまったのでしょう』――って……。
しばらく、動かないのかしら?」
「姫さま、お忘れですか?
テイトミアは『魔電力両用』の、最先端都市ですよ」
ドレンに言われ、「ああ、そうか」と、間の抜けた感じに呟いてしまった。
「心配なさらずとも――。
ほら」
電車――いや、いまは〈魔車〉になっているだろう――は、ゆっくりと動き出した。
「ご案内致します。
ただいま変電所で火災が発生し、電力の供給が断たれました。
緊急用の魔力を使用し、徐行運転をしております。
ただ、チャージ分が不足気味ですので、お客さまの中で豊富に魔力をお持ちの方がございましたら、最後尾車両まで――」
なるほど。
動けはするけれど、魔力が足りないのか。
「行こう、ドレンちゃん。
私たちの魔力があれば、目的地まで、保つと思うよ」
「そうですね。
魔力の量でしたら、姫さまは底なしですもの」
「量だけじゃないでしょ!」
「失礼致しました。
魔法のほうも――でしたね」
「わかればよろしい。
早く行こっ!」
と、ドレンの手を引っ張って最後尾を目指すものの、えらく人が乗っているものだから、なかなか進めない。
悪戦苦闘しているうち、列車は駅に停車した。
ドアが開くと、どっと乗客が外に出る。
私とドレンも外に出て、最後尾車両を目指してホームを走る。
最後尾車両に乗り込むと、車掌が魔力のチャージャーからバッテリーパックを外しているところだった。
「あれ?
もう、終わったの?」
「ええ。
ちょうどこの車両に乗り合わせていた方が、お一人で終点分までの魔力を、チャージして下さいました」
「それは――。
けっこうな量だと思いますけれど……。
お一人で?」
ドレンが横から訊ねると、車掌も驚いた風に――。
「あっという間でしたよ。
あれだけ急速チャージ出来るなんて、相当魔力を持ってないと……。
ちょっと信じられませんでしたねぇ」
「その方は――」
「ああ。
この駅で降りられましたよ。
『受領証』も取らず、出ていかれました」
ドレンは少し考え込むと――。
「あのう……。
失礼ですが、その方は――どれくらい、チャージされたんですか?」
「まぁ、守秘義務がある訳じゃないので、お見せしますが――これくらいです」
チャージャーのカウンターの数字を見るドレン。
眼鏡の奥の瞳が、大きく瞠かれる。
「ありがとうございました。
では――」
ドレンは車掌に微笑むと、空いた席に、私を促した。
「や〜。
やっと、座れるぅ!」
「――さま」
ケースを床に降ろし、隣に座ったドレンは、小声を、耳に寄せる。
「どうしたの、ドレンちゃん?」
「少々、注意を要したほうが、良さそうです」
「えっ?
どういうこと?」
「あのカウンターの数値――。
車掌さんは『あっという間』と、仰っておりました」
「それで?」
「あの短時間で、あの数値――。
おそらく、姫さまと同程度の魔力が無いと、出せないものでした」
「へぇ~っ!
そういう人も、居るんだぁ……」
自慢ではないが、魔力の保持量でいったら、王国で私に匹敵する人間は居ないと思う。
パトロマルスが何故私しか扱えないのかは、彼が大量の魔力を消費するからに他ならない。
他の人間なら、アニメのAパートどころか、オープニングを観るのが精一杯だろう。
「その方は、この駅で降りたということでしたが、気を付ける必要がありそうです」
「――王国の、人間ではないかも知れないから?」
「その通りです。
姫さまと同レベルの魔力など……」
ドレンは、眼鏡のフレームに指を掛ける。
「また、乗り直すかしら?」
「可能性は、無くはありませんね
でも――我々の、行き先を知っているのなら、どうでしょう?」
「後続の電車で、追い掛けてくる?」
「或いは、別の方法でも良いでしょうね。
行き先が、わかっているんですもの」
「う〜ん……。
考え過ぎなんじゃない、ドレンちゃん?」
「杞憂なら、それに越したことはないんでしょうが……」
「ドレンちゃん……?」
彼女は、優しく笑ってくれたけど、それから目的地の駅に着くまで、一言も、口を開かなかった。
5
「やっと着いたぁ!」
テイトミアの首都、「テイトミアネス」駅から電車に揺られること1時間半あまり、私たちは郊外の町、「カツロベル」の駅に着いた。
この町こそ、ドレンやトランジェニスが生まれ育った故郷であり、テイトミアで最も有名で大きい貧民窟、「ラーゴ」がある場所だった。
ラーゴまで、歩いて30分ほどだ。
駅周辺の市街地を少し進み横道に入ると、もうそこはラーゴの入口だった。
昼間でも薄暗く、入り組んだ路地。
家と家が密集し、その隙間には、絶えず怪しい影が見え隠れしている。
物好きな観光客が試みに足を踏み入れようものなら、たちまち身ぐるみ剝がされて、放り出される。
命があるだけ、儲けものだろう。
地元の人間でも、めったに近寄らないところだから、私たちが意気揚々と踏み込んで来たことに、ラーゴの住民は、いささか驚き、呆れているかも知れなかった。
実際に、好奇の視線は、そこかしこから飛んできている。
それでも、怯む訳にはいかない。
「姫さま。
私から離れないで下さい。
それと――」
「保護魔法『プラミテイル』はもう掛けてある。
取り敢えず、私たちの半径2メートルには、入れない筈」
「わかりました。
でも、油断せずに願いますね。
ここは、魔法の達人揃いですから」
「そうね。
逆位相の魔法で、幾らでも打ち消してこれる」
私の使える魔法のほとんどすべては、防御・支援の類だ。
しかし、それに特化しているだけあって、かなり高位レベルの魔法も使える。
プラミテイルは防御魔法の中でも、かなり高位に位置する。術者を半径2メートルの見えない球体シールドで包み込み、物理攻撃や魔法攻撃から守ってくれる。生物の出入りも禁じるので、かなり安心だ。
ただ、無生物に当たると、そこに抵抗が発生するため、ラーゴのような狭い路地を行くには、少々手間が掛かる。
この魔法の効果を打ち消すには、相当の魔力を必要とする筈だ。
並の術者では、絶対に破られない自信があった。
でも――。
ここはラーゴなのだ。
貧民窟は、開発が進んでいない場所だ。
電力を始めとする、社会基盤が整備されていない。
そのため、前時代的な生活環境に置かれているといっても、過言ではない。
つまり――。
「ここは、まだ魔法に依存している割合が高い」
「そうです。
ラーゴは手練の魔法使いの巣窟です。
どんな魔法が飛び出してくるか――。
警戒を怠っては、いけません」
私は頷く。
「ところで、ドレンちゃん。
ブロックFへの道だけど――」
トランジェニスが「昔のツテ」を頼って〈秘密の扉〉を開いたのなら――それは、彼の生地にあるのではないか?
と、私は考えた。
よって、まずはトランジェニスの生まれ育った、ブロックFを目指すことにした。
彼が足を運んでいるのなら、トランジェニスの目撃情報を得られる筈であり、それを足掛かりにして、〈秘密の扉〉を探す作戦だった。
ドレンは、トランジェニスの生地から離れたブロックAの生まれではあったけれど、それでも私に比べれば、ラーゴのことは知り尽くしている筈で、たとえ当時と状況が変わっていたとしても、水先案内を任せるのに、なんの不安も無かった。
「Fはラーゴの中でも、最も治安の悪い場所です。
私は、ここで10年間、暮らしました。
でも、Fに行ったことは、ほとんどありません」
「えっ!?
じゃあ……」
「いえ、場所はわかります。
そこへの行き方も。
ただ――」
「ただ……。
何よ?」
「途中に、難所があるんです。
そこは――大きな水溜りになっていて、迂回をしなくてはならないので、少々遠回りになってしまいます」
「ええ〜っ!
こんなゴミゴミしたところに、水溜りぃ?」
私は左右から圧倒してくる家々の壁を、ドレンにつづいてすり抜けながら、そんなものがこの先に待ち受けている不思議さに、まるで狐につままれたような感覚を受けた。
「ザナドゥ」
「はい?」
「アルカディア」
「ちょ、ちょっと……。
ドレンちゃん、どうしたの?」
私は前を行くドレンの背中に問い掛ける。
何故、ここで桃源郷ゲームが?
「これらは桃源郷、理想郷を意味する、外来語――でしたよね?
『ラーゴ』というのも、外国の言葉なんです」
「で?」
「湖を――意味するそうですよ、ラーゴは」
「つまり――。
もともと、ここら辺は湖だったってこと?」
「さぁ、そこまではわかりませんけど……。
大きな水溜り――もしかすると、それがラーゴの由来になったのかも知れませんよ」
「そうかなぁ……。
幾ら大きくても、水溜りが湖に取って代わるとは、思えないなぁ……」
くねくねとした路地を、ドレンの背中をを追って、ただひたすら進む。
ときどき、ラーゴの子供たちが物欲しげな眼を向けてくるけれど、
「ごめんなさい。
お姉さんたちは、先を急がなくちゃならないの」
と、声には出さず、眼で告げて、目的地を目指した。
「――姫さま。
これが、水溜りです」
「わぁ……。
何、これぇ……!」
視界が不意に開け、先を行くドレンの横に立ってみれば、眼に飛び込んてきたその異様な光景に、私は、声を失った。
それは、直径20メートルはあろうかという、水溜りだった。
池ではないのか?
そう、疑問を持ちたいところなのだけれど、眼の前にひろがるそれは、まさしく、水溜りと表現するのが、もっとも適切だった。
何しろ、まったく、なんの変哲もなかった。
周囲に、草木が生えている訳でもなく、水草や藻が水面や水中に認められる訳でもなかった。
深さがどれくらいあるのか、水棲生物は存在しているのかも、ちょっと覗き込んだくらいでは、まったく、判別出来なかった。
雨上がりの日に眼にする、路上に浮いたそれが、ただ大きくなっているだけだ。
しかし――その、なんの変哲もないところが、実に異様だった。
水溜りならば、いずれは乾き、無くなる。
「でも――。
この水溜りは、とても無くなりそうにないわ」
「その通りです、姫さま。
この水溜りは、私が生まれるはるか前より、ラーゴにあったのです。
そして――。
一回たりとも、干上がったことがありません」
「何、それ?
じゃあ、これは水溜りじゃない。
どこかから、水が供給されている――」
「湖――かも……?」
と、ドレンが真剣な面持ちで言うものだから、笑ってしまった。
「んな、訳ないじゃな〜い!
やっぱり、これはただの水溜りよっ!」
「もう……。
姫さま、じゃあ行きますよ。
取り敢えず、こっちから迂回して――」
そのときだった。
水中から、何かが「ポコッ!」と現れた。
それは、拳大の光の玉で、「ポコッ、ポコッ!」と、次々に湧いてきた。
「何だ、これ……!?」
「姫さまっ!
さがって下さいっ!」
「ポコッ、ポコッ!
ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコ……!」
「やぁ〜っ!
光の玉で、水面が覆われていくっ!」
「ヒュッ! ヒュッ!
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!」
「わっ!?
玉が、こっちに飛んできたっ!」
「慌てないで、姫さまっ!
プラミテイルで守られている筈!」
その通りだった。
自分で掛けといて、その魔法を信用しない訳にはいかない!
光の玉は、シールドに次々と張り付くが、中まで入れず、そのうち下に落ちて、消えていった。
「おお〜っ!
さすが私の魔法!
謎の光球を、あっさり撃退!」
「――喜んでいる場合じゃありませんっ!」
ドレンの眼は、まだ水面を見ていた。
その瞳が、「すっと」細まる。
その瞬間、水面の端が反り返り、「くんっ!」と真ん中が窪む!
「うわぁっ!」
現れたのは、巨大な魔獣だった!
鋭い牙を剝き出しにして、私たちに凄まじい咆哮を浴びせる!
「ゴアァァァァッ!」
「何で、こんな怪物が、水溜りなんかに……!」
「く、来るわっ!
ドレンちゃん、こっちに!」
「ズシィィィンッ!」
魔獣はシールドに飛び付く!
牙を立て、必死に噛み砕こうとする!
「姫さま。
これに――」
ドレンは、“魔力”のチャージャーを差し出す。
「穴に、指をほんの少しだけ……」
「ん、じゃあ……」
チャージャーの吸引口に、左手の人差し指の先端を、少し、入れる。
「あんっ……!」
すごい!
きゅん!――と言う感じに、魔力が吸い取られていくのがわかる!
「あっ、いいです!
姫さま――指を、抜いて下さい!」
「おお〜っ!
すごいわね、それ!
吸い取られかたが、全然違う」
「『姫さま用』に、特別に誂えて戴いたものですから」
「へ?
私用って……?」
「お話は――あ、と、で!
いまは、魔獣を倒すのが先です!」
おお、そうだった。
私たちは魔獣による攻撃を受けている。
プラミテイルのシールドによって守られてはいるけれど、いつ破られるか知れたものではなかった。
なにせ魔獣はさっきから、助走をつけて何度も飛び掛かってきているのだから!
その度に、ズシィン、ズシィン!――と、シールドが揺さぶられる。
「姫さま。
私が合図をしたら、プラミテイルを解いて戴けますか?」
ドレンはケースから取り出したものを、肩から下げる。
「ドレンちゃん。
それ――ギター!?」
「はい。
『ギター型』の、〈魔楽器〉です。
私は魔法が不得手ですので……。
このようなものに、頼らざるを得ません」
ドレンは、さっき私の魔力をチャージしたカートリッジをギターに装着すると、「キュィーン!」と一回、搔き鳴らした。
「うん。
チューニングはOK!
姫さま!」
ドレンが合図をする!
魔獣は助走をつけ、勢いよく飛び掛かってきた!
「プラミテイル、解除!」
私は右手で十字を切った!
その瞬間、私たちを守っていたシールドは、空に消えた!
「ディストーション・ライトニング!」
ドレンは叫ぶと同時に、ピックで弦を搔き鳴らす!
「ギュワワワ〜ンッ!」
「何この音っ!?
うるさっ!」
私は思わず耳を両手で塞いでしまう!
「魔獣よ、Gセブンスの歪みで、お前を眠らせてやる!
喰らえっ!」
ドレンは弦を搔き鳴らし、ギターのヘッドを魔獣に向ける!
「ギュゥォワァァァァァンッ!」
ヘッドから迸り出た「音の衝撃」は、突撃してくる魔獣を打ちのめした!
動きが止まった魔獣に、天から凄まじい雷撃が降り注ぐ!
「ズガガガガガガァァァァァァァンッ!」
魔獣は、まっ黒焦げの消炭となり、水溜りの中に、消えた。
「やったぁ!
すごいわ!
ドレンちゃん!」
私はドレンに飛び付く!
――が、ギターが邪魔で、うまく抱き付けない。
「ちょ、ちょっと……。
姫さま!」
「や〜っ!
こんなものを持っていただなんて、隅に置けないわね〜!」
「〈魔楽器〉なれば、魔法を科学の力で唱えることが出来ます。
もちろん、姫さまからお借りした魔力があってこそのものですが……」
「幾らでも貸すわ、ドレンちゃん!
こんなすごい攻撃呪文が唱えられるなら、何が出てきてもへっちゃらよ!」
私は邪魔なギターを退けて、今度こそドレンに抱き付く。
「もう……。
姫さまったら――」
私を優しく撫でていたドレンの手が、急に強張った。
「――どうしたの?
ドレンちゃん……?」
「あなたは、いつから居たのです?
私たちの戦いを、ずっと見ていたのですか?」
ドレンの言葉に、私は後ろを振り向いた。