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電車に乗る姫 魔獣現る

             4



 その昔、世界は魔法で出来ていた――。


 父の祖父の――そのまた祖父の時代がそうであったらしいと、私が小さい頃、父は話してくれた。


 当然ながら、本当にすべてのものが、魔法で出来ていた訳ではない。

 世界をべているのは魔法である――という概念が、当時の人たちの胸にあった。


 魔法は、人の住む家を建て、人の食すものを狩り、人の肌を守る衣服をつくった。


 もちろん、ただの人の力(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)でも、それらを為すことは可能だったけれど、魔法の力を借りれば、より大きく、楽に、美しく――手に入れることが出来た。


 魔法が世を統べるものだと認められてはいたものの、魔法を使える者はわずかだったし、その元となる“魔力”を持った人間もまた、わずかしか居なかった。


 故に、それ(﹅﹅)を使える者の権力は、絶大なものとなった。


 権力を持てば、人は傲慢ごうまんになる。


 力を持たない者を、わらさげすみ、下等な存在へと落とし込むと、自分たちの意のままに動く者だけで周りを固め、その座を維持するのに躍起となって、悪辣あくらつ極まりない行いで、持たぬ者を苦しめる。


 そんな中、圧政に()を唱える男が現れた。


 男は、世を統べる王に、戦いを挑んだ――。


        ❈❈❈❈❈❈❈❈


「愚かな!

 気でも違ったか、ロンデミアス!」


 法衣を着た、やや歳をとった男だった。


「ワクトリッチ――。

 お前の行いは、認められるものではない!」


 こちらのほうは、まだ若かった。

 鎧姿が、なかなか凛々りりしく見えた。


「我々は、持てる者(﹅﹅﹅﹅)なのだ。

 その利を活かして、何が悪いというのだ?」


持てる者(﹅﹅﹅﹅)であるからこそ、持たぬ者(﹅﹅﹅﹅)たちの、一助となるべきではないのか?」


「何をバカげたことを!

 奴らが何をした?

 ただ享受きょうじゅされるのみで、自分たちで為したことなど、何一つ無かろうが!」


「それは違うぞ、ワクトリッチ。

 たとえ魔法が使えなくても、彼ら(﹅﹅)別の力(﹅﹅﹅)で、様々なことを為している」


「もうよい。

 話にならん」


 法衣の男は背を向ける。


「待て!

 ワクトリッチ!」


 鎧の男は追いすがろうとするが、4、5人の男たちが現れ、立ち塞がった。


「あとは他の者に任せるとしよう。

 さらばだ、ロンデミアス。

 もう、二度と会うことも無かろう」


「待て!

 待つんだ、ワクトリッチ……!」


 取り囲まれる、鎧の男。


 そのときだった。


 突然、まばゆい光が男の身体を包み込み――。


        ❈❈❈❈❈❈❈❈


「姫さま!

 起きて下さい!」


 部屋のドアを、何者かが連打する。


「――んあ?」


「早くしないと――。

 きょう中に、仕事(﹅﹅)が終わりませんよ!」


 私は飛び起きた。


 ドアを開けると、ドレンが腕組みをして立っていた。

 いつもの宮廷衣装ではなく――。


「何、その服!?」


 ドレンは黒ずくめの服を身にまとっていた。

 それは良いのだが、いつもの外出用のパンツスーツ姿ではなく、黒の長袖Tシャツに黒のデニムスタイルで、長い黒髪はまとめられ、その上から黒いキャップを被っていた。


「ほらほら!

 私のことはいいですから、早く外出に着替えて下さいな。

 パジャマでよだれを垂らしている場合じゃありませんよ!」


「もう、ちょっと寝坊しただけじゃない」


「言い訳無用です。

 貧民窟に行きたいと言ったのは、どこのどなた(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)?」


「はいはい!

 ホント、ドレンちゃんて時間にうるさいのね!


 ――あれっ!?

 それは、何?」


 ドレンの立っている後ろに、壁に立て掛けられているものがあった。

 1メートル半くらいの高さがある、何か(﹅﹅)のケースらしかった。


これ(﹅﹅)は、武器です。

 あそこ(﹅﹅﹅)に行くのに、用心に越したことはありませんから」


「武器っ!

 物騒なものを、持っていくのね〜」


「姫さまは、攻撃呪文を持ち合わせてはおりませんし、私も魔法には不得手ですから――多少(﹅﹅)、科学の援助は必要です」


「ふうん……。

 そんなものかしら?」


「わかったら、急いで下さい!」


「もう、ドレンちゃんったら!

 わかりましたよ〜っ!」


 てな感じでひと騒動したあと、外出用の服装に着替えた。


 肌を見せぬよう、インディゴブルーの長袖シャツと、黒タイツ。膝丈のグレーのフレアスカートくらいなら良いだろう。


 これらの衣服は、すべて魔法でコーティングされている。

 ひらひら、ふわふわであるのだが、かなり高い耐久性と防御力を有している。


 トランジェニスのように、あんな古めかしい重い鎧など、「真世界」の現代では、過去の遺物に等しい。

 まぁ、彼は彼で、ここ(﹅﹅)王宮の雰囲気を壊さぬように、敢えて「コスプレ」をしているのだろう。


「さて、パトさん。

 きょうも、頼むわよ〜!」


 パトロマルス・サーティーフォーを首から下げ、羽根帽子を被ったら、いざ出陣!


 私は、ドレン・パレドゥルンと共に、貧民窟へ向かうための電車に乗った。


 電車に乗るのは随分久しぶりだった。


 王族が電車に乗るのか?

 乗るのである。


 昔ながらの馬車は、もう式典でしか使用しない。

 アスファルトの道路に、馬の蹄は不似合いだ。


 王族が出掛けるときは、普通、車を使う。

 これまた昔ながらのガソリン車はとうに絶滅していて、歴史や社会の教科書の1ページと化してしまった。


魔力と電力を動力とした「魔電力両用仕様」が、このテイトミアでは標準となっていた。


 車や電車はもちろんそうだし、生活の基盤となる様々なものが、魔力と電力の併用使用が可能なものになっているのだ。


 きょうは一応(﹅﹅)、仕事として貧民窟に向かうことになっている。

 だから、車を利用しても良かったのだが、それをドレンに伝えると――。


「姫さま。

 頭のほうは、よろしいですか?」


 と、きたものだから、ホント、ドレンは手厳しい。

 無論、髪のセットがどうかだとか、帽子の感じはどうかだとかではない。


「お前の頭の中(﹅﹅﹅)はどうなっているのだ?」


 ――てことだから、少しは手心というものを加えて戴きたい。


「我々がきょう向かうのは貧民窟ですよ?

 車なんて入れやしません。

 ましてや王族の車(﹅﹅﹅﹅)で行こうものなら、どうなることやら……」


 真顔で、叱りつけるように言われる。


「いやぁ、ドレンちゃんたら――。

 冗談にきまってるじゃないっ!」


「そうですかねぇ……。

 まあ、姫さまがそう仰るなら……」


 と、溜息をつかれた。


 私は少々焦りを感じたが、それ以上の動揺は悟られないよう心を整えたのだ。


 ――という訳で、私はいま、電車に揺られている。


 しかしながら、電車というのは人がたくさん乗るものだ。

 椅子にはすべて先客が座を占め、私とドレンは、満員の車内に、立たされるはめとなってしまった。


 王国の王女ともあろうものが、椅子に座れず、立ったまま目的地を目指すとは、なかなか斬新ざんしんな話ではなかろうか?


 不慣れな私は、人に押される度、左にヨヨヨ、右にヨヨヨと揺れ動かされる。


「何で座れないの?」


 私は、横に立っているドレンに、口をとがらせる。


 ドレンは背中にあの(﹅﹅)ケースを背負ったまま、にっこりと微笑む。


「それはですねぇ……。

 姫さまが、寝坊なさったからですよ?」


 ぐぬぬ……。


「予定では――一番電車に乗る筈だったのです。

 それならば、楽に(﹅﹅)座って行けたと思いますけど」


「しょうがないじゃない。

 なんか、夢を見ていて――」


「起きられなかったんですか?」


「う〜ん……。

 すごく、気になったの。

 この夢のつづきはどうなるのか?

 最後は、どんな決着になるのか――」


「覚えては、なさらないんですか?」


「――どぉ、だった、かしら……。

 不思議なことに、眼が覚めた瞬間、ぜ〜んぶ、忘れちゃったの」


「よっぽど、私の起こし方が悪かったのかしら?」


「そんなことはないわ!

 ドレンちゃんが起こしてくれなきゃ、ずっとよだれを垂らして寝ていたと思うから……」


 ドレンはくすっと笑う。


「そうですね。

 あんな寝起きのお姿、初めて見ました」


「もう……。

 ドレンちゃん――」


 ガガガガッ!


 と、音を立てて、電車が急停止。

 ドレンに受け止めてもらわなければ、すっ転んでいるところだった。


「姫さま。

 大丈夫ですか?」


「う〜ん。

 なんとか……」


 やれやれ、危なく足を挫くところだった。


「停電でしょうか。

 車内の空調が、止まってますね」


「ええ〜っ!

 困るじゃない、あそこ(﹅﹅﹅)へ行けなくなるわ!」


「姫さま。

 こういうことは、割とあるんですよ。

 何らかの原因で、電力の供給か止まってしまったのでしょう」


「『止まってしまったのでしょう』――って……。

 しばらく、動かないのかしら?」


「姫さま、お忘れですか?

 テイトミアは『魔電力両用』の、最先端都市ですよ」


 ドレンに言われ、「ああ、そうか」と、間の抜けた感じに呟いてしまった。


「心配なさらずとも――。

 ほら」


 電車――いや、いまは〈魔車〉になっているだろう――は、ゆっくりと動き出した。


「ご案内致します。

 ただいま変電所で火災が発生し、電力の供給が断たれました。

 緊急用の魔力を使用し、徐行運転をしております。

 ただ、チャージ分が不足気味ですので、お客さまの中で豊富に魔力をお持ちの方がございましたら、最後尾車両まで――」


 なるほど。

 動けはするけれど、魔力が足りないのか。


「行こう、ドレンちゃん。

 私たちの魔力があれば、目的地まで、保つと思うよ」


「そうですね。

 魔力の量でしたら、姫さまは底なし(﹅﹅﹅)ですもの」


()だけじゃないでしょ!」


「失礼致しました。

 魔法のほうも――でしたね」


「わかればよろしい。

 早く行こっ!」


 と、ドレンの手を引っ張って最後尾を目指すものの、えらく人が乗っているものだから、なかなか進めない。


 悪戦苦闘しているうち、列車は駅に停車した。

 ドアが開くと、どっと乗客が外に出る。


 私とドレンも外に出て、最後尾車両を目指してホームを走る。


 最後尾車両に乗り込むと、車掌が魔力のチャージャーからバッテリーパックを外しているところだった。


「あれ?

 もう、終わったの?」


「ええ。

 ちょうどこの車両に乗り合わせていた方が、お一人で終点分までの魔力を、チャージして下さいました」


「それは――。

 けっこうな量だと思いますけれど……。

 お一人で?」


 ドレンが横から訊ねると、車掌も驚いた風に――。


「あっという間でしたよ。

 あれだけ急速チャージ出来るなんて、相当魔力を持ってないと……。

 ちょっと信じられませんでしたねぇ」


「その方は――」


「ああ。

 この駅で降りられましたよ。

『受領証』も取らず、出ていかれました」


 ドレンは少し考え込むと――。


「あのう……。

 失礼ですが、その方は――どれくらい、チャージされたんですか?」


「まぁ、守秘義務がある訳じゃないので、お見せしますが――これくらい(﹅﹅﹅﹅﹅)です」


 チャージャーのカウンターの数字を見るドレン。

 眼鏡の奥の瞳が、大きくみひらかれる。


「ありがとうございました。

 では――」


 ドレンは車掌に微笑むと、空いた席に、私を促した。


「や〜。

 やっと、座れるぅ!」


「――さま」


 ケースを床に降ろし、隣に座ったドレンは、小声を、耳に寄せる。


「どうしたの、ドレンちゃん?」


「少々、注意を要したほうが、良さそうです」


「えっ?

 どういうこと?」


「あのカウンターの数値――。

 車掌さんは『あっという間』と、仰っておりました」


「それで?」


「あの短時間で、あの数値――。

 おそらく、姫さまと同程度の魔力が無いと、出せないものでした」


「へぇ~っ!

 そういう人も、居るんだぁ……」


 自慢ではないが、魔力の保持量でいったら、王国で私に匹敵ひってきする人間は居ないと思う。


 パトロマルスが何故私しか扱えないのかは、彼が大量の魔力を消費するからに他ならない。

 他の人間なら、アニメのAパートどころか、オープニングを観るのが精一杯だろう。


「その方は、この駅で降りたということでしたが、気を付ける必要がありそうです」


「――王国の、人間ではないかも知れないから?」


「その通りです。

 姫さまと同レベルの魔力など……」


 ドレンは、眼鏡のフレームに指を掛ける。


「また、乗り直すかしら?」


「可能性は、無くはありませんね

 でも――我々の、行き先を知っているのなら、どうでしょう?」


「後続の電車で、追い掛けてくる?」


「或いは、別の方法でも良いでしょうね。

 行き先が、わかっているんですもの」


「う〜ん……。

 考え過ぎなんじゃない、ドレンちゃん?」


杞憂きゆうなら、それに越したことはないんでしょうが……」


「ドレンちゃん……?」


 彼女は、優しく笑ってくれたけど、それから目的地の駅に着くまで、一言も、口を開かなかった。



             5



「やっと着いたぁ!」


 テイトミアの首都、「テイトミアネス」駅から電車に揺られること1時間半あまり、私たちは郊外の町、「カツロベル」の駅に着いた。


 この町こそ、ドレンやトランジェニスが生まれ育った故郷であり、テイトミアで最も有名で大きい貧民窟、「ラーゴ」がある場所だった。


 ラーゴまで、歩いて30分ほどだ。

 駅周辺の市街地を少し進み横道に入ると、もうそこはラーゴの入口だった。


 昼間でも薄暗く、入り組んだ路地。

 家と家が密集し、その隙間には、絶えず怪しい影が見え隠れしている。


 物好きな観光客が試みに足を踏み入れようものなら、たちまち身ぐるみがされて、放り出される。

 命があるだけ、儲けものだろう。


 地元の人間でも、めったに近寄らないところだから、私たちが意気揚々いきようようと踏み込んで来たことに、ラーゴの住民は、いささか驚き、呆れているかも知れなかった。


 実際に、好奇の視線は、そこかしこから飛んできている。

 それでも、ひるむ訳にはいかない。


「姫さま。

 私から離れないで下さい。


 それと――」


「保護魔法『プラミテイル』はもう掛けてある。

 取り敢えず、私たちの半径2メートルには、入れない筈」


「わかりました。

 でも、油断せずに願いますね。

 ここ(﹅﹅)は、魔法の達人揃いですから」


「そうね。

 逆位相の魔法で、幾らでも打ち消してこれる」


 私の使える魔法のほとんどすべては、防御・支援のたぐいだ。

 しかし、それ(﹅﹅)に特化しているだけあって、かなり高位レベルの魔法も使える。


 プラミテイルは防御魔法の中でも、かなり高位に位置する。術者を半径2メートルの見えない球体シールドで包み込み、物理攻撃や魔法攻撃から守ってくれる。生物の出入り(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)も禁じるので、かなり安心だ。


 ただ、無生物に当たると、そこに抵抗が発生するため、ラーゴのような狭い路地を行くには、少々手間が掛かる。


 この魔法の効果を打ち消すには、相当の魔力を必要とする筈だ。

 ()の術者では、絶対に破られない自信があった。


 でも――。


 ここはラーゴ(﹅﹅﹅)なのだ。


 貧民窟は、開発が進んでいない場所だ。

 電力を始めとする、社会基盤が整備されていない。

 そのため、前時代的な生活環境に置かれているといっても、過言ではない。


 つまり――。


ここ(﹅﹅)は、まだ魔法に依存いそんしている割合が高い」


「そうです。

 ラーゴは手練てだれの魔法使いの巣窟そうくつです。

 どんな魔法が飛び出してくるか――。

 警戒を怠っては、いけません」


 私は頷く。


「ところで、ドレンちゃん。

 ブロックFへの道だけど――」


 トランジェニスが「昔のツテ」を頼って〈秘密の扉〉を開いたのなら――それは、彼の生地せいちにあるのではないか?

 と、私は考えた。


 よって、まずはトランジェニスの生まれ育った、ブロックFを目指すことにした。


 彼が足を運んでいるのなら、トランジェニスの目撃情報を得られる筈であり、それを足掛かりにして、〈秘密の扉〉を探す作戦(﹅﹅)だった。


 ドレンは、トランジェニスの生地から離れたブロックAの生まれではあったけれど、それでも私に比べれば、ラーゴのことは知り尽くしている筈で、たとえ当時と状況が変わっていたとしても、水先案内を任せるのに、なんの不安も無かった。


「Fはラーゴの中でも、最も治安(﹅﹅)の悪い場所です。

 私は、ここ(﹅﹅)で10年間、暮らしました。

 でも、Fに行ったことは、ほとんどありません」


「えっ!?

 じゃあ……」


「いえ、場所はわかります。

 そこ(﹅﹅)への行き方も。


 ただ――」


「ただ……。

 何よ?」


「途中に、難所があるんです。

 そこは――大きな水溜り(﹅﹅﹅)になっていて、迂回うかいをしなくてはならないので、少々遠回りになってしまいます」


「ええ〜っ!

 こんなゴミゴミしたところに、水溜りぃ?」


 私は左右から圧倒してくる家々の壁を、ドレンにつづいてすり抜けながら、そんなものがこの先に待ち受けている不思議さに、まるで狐につままれたような感覚を受けた。


「ザナドゥ」


「はい?」


「アルカディア」


「ちょ、ちょっと……。

 ドレンちゃん、どうしたの?」


 私は前を行くドレンの背中に問い掛ける。

 何故、ここで桃源郷ゲームが?


「これらは桃源郷、理想郷を意味する、外来語――でしたよね?

『ラーゴ』というのも、外国の言葉なんです」


「で?」


「湖を――意味するそうですよ、ラーゴは」


「つまり――。

 もともと、ここら辺は湖だったってこと?」


「さぁ、そこまではわかりませんけど……。

 大きな水溜り――もしかすると、それ(﹅﹅)がラーゴの由来になったのかも知れませんよ」


「そうかなぁ……。

 幾ら大きくても、水溜りが湖に取って代わるとは、思えないなぁ……」


 くねくねとした路地を、ドレンの背中をを追って、ただひたすら進む。

 ときどき、ラーゴの子供たちが物欲しげな眼を向けてくるけれど、


「ごめんなさい。

 お姉さんたちは、先を急がなくちゃならないの」


 と、声には出さず、眼で告げて、目的地を目指した。


「――姫さま。

 これが、水溜り(﹅﹅﹅)です」


「わぁ……。

 何、これぇ……!」


 視界が不意に開け、先を行くドレンの横に立ってみれば、眼に飛び込んてきたその異様(﹅﹅)な光景に、私は、声を失った。


 それは、直径20メートルはあろうかという、水溜り(﹅﹅﹅)だった。


 池ではないのか?


 そう、疑問を持ちたいところなのだけれど、眼の前にひろがるそれは、まさしく、水溜り(﹅﹅﹅)と表現するのが、もっとも適切だった。


 何しろ、まったく、なんの変哲もなかった。

 周囲に、草木が生えている訳でもなく、水草や藻が水面や水中に認められる訳でもなかった。


 深さがどれくらいあるのか、水棲生物は存在しているのかも、ちょっと覗き込んだくらいでは、まったく、判別出来なかった。


 雨上がりの日に眼にする、路上に浮いたそれが、ただ大きくなっているだけだ。


 しかし――その、なんの変哲もない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ところが、実に異様だった。


 水溜りならば、いずれは乾き、無くなる。


「でも――。

 この水溜り(﹅﹅﹅)は、とても無くなりそうにないわ」


「その通りです、姫さま。

 この水溜り(﹅﹅﹅)は、私が生まれるはるか前より、ラーゴにあったのです。

 そして――。

 一回たりとも、干上がったことがありません」


「何、それ?

 じゃあ、これは水溜り(﹅﹅﹅)じゃない。

 どこかから(﹅﹅﹅﹅﹅)、水が供給されている――」


「湖――かも……?」


 と、ドレンが真剣な面持ちで言うものだから、笑ってしまった。


「んな、訳ないじゃな〜い!

 やっぱり、これ(﹅﹅)はただの水溜りよっ!」


「もう……。

 姫さま、じゃあ行きますよ。


 取り敢えず、こっちから迂回して――」


 そのときだった。


 水中から、何かが「ポコッ!」と現れた。


 それは、こぶし大の光の玉で、「ポコッ、ポコッ!」と、次々に湧いてきた。


「何だ、これ……!?」


「姫さまっ!

 さがって下さいっ!」


「ポコッ、ポコッ!

 ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコ……!」


「やぁ〜っ!

 光の玉で、水面が覆われていくっ!」


「ヒュッ! ヒュッ!

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!」


「わっ!?

 玉が、こっちに飛んできたっ!」


「慌てないで、姫さまっ!

 プラミテイルで守られている筈!」


 その通りだった。

 自分で掛けといて、その魔法を信用しない訳にはいかない!


 光の玉は、シールドに次々と張り付くが、中まで入れず、そのうち下に落ちて、消えていった。


「おお〜っ!

 さすが私の魔法!

 謎の光球を、あっさり撃退!」


「――喜んでいる場合じゃありませんっ!」


 ドレンの眼は、まだ水面を見ていた。

 その瞳が、「すっと」細まる。


 その瞬間、水面の端が反り返り、「くんっ!」と真ん中が窪む!


「うわぁっ!」


 現れたのは、巨大な魔獣だった!


 鋭い牙を剝き出しにして、私たちに凄まじい咆哮ほうこうを浴びせる!


「ゴアァァァァッ!」


「何で、こんな怪物が、水溜り(﹅﹅﹅)なんかに……!」


「く、来るわっ!

 ドレンちゃん、こっちに!」


「ズシィィィンッ!」


 魔獣はシールドに飛び付く!

 牙を立て、必死に噛み砕こうとする!


「姫さま。

 これに――」


 ドレンは、“魔力”のチャージャーを差し出す。


「穴に、指をほんの少しだけ……」


「ん、じゃあ……」


 チャージャーの吸引口きゅういんこうに、左手の人差し指の先端を、少し、入れる。


「あんっ……!」


 すごい!

 きゅん!――と言う感じに、魔力が吸い取られていくのがわかる!


「あっ、いいです!

 姫さま――指を、抜いて下さい!」


「おお〜っ!

 すごいわね、それ(﹅﹅)

 吸い取られかたが、全然(﹅﹅)違う」


「『姫さま用』に、特別にあつらえて戴いたものですから」


「へ?

 私用って……?」


「お話は――あ、と、で!

 いま(﹅﹅)は、魔獣を倒すのが先です!」


 おお、そうだった。

 私たちは魔獣による攻撃を受けている。


 プラミテイルのシールドによって守られてはいるけれど、いつ破られるか知れたものではなかった。


 なにせ魔獣はさっきから、助走をつけて何度も飛び掛かってきているのだから!


 その度に、ズシィン、ズシィン!――と、シールドが揺さぶられる。


「姫さま。

 私が合図をしたら、プラミテイルを解いて戴けますか?」


 ドレンはケースから取り出したものを、肩から下げる。


「ドレンちゃん。

 それ――ギター!?」


「はい。

『ギター型』の、〈魔楽器〉です。

 私は魔法が不得手ですので……。

 このようなもの(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)に、頼らざるを得ません」


 ドレンは、さっき私の魔力をチャージしたカートリッジをギターに装着すると、「キュィーン!」と一回、き鳴らした。


「うん。

 チューニングはOK!


 姫さま!」


 ドレンが合図をする!

 魔獣は助走をつけ、勢いよく飛び掛かってきた!


「プラミテイル、解除!」


 私は右手で十字を切った!

 その瞬間、私たちを守っていたシールドは、空に消えた!


「ディストーション・ライトニング!」


 ドレンは叫ぶと同時に、ピックで弦を搔き鳴らす!


「ギュワワワ〜ンッ!」


「何この音っ!?

 うるさっ!」


 私は思わず耳を両手で塞いでしまう!


「魔獣よ、Gセブンスのひずみで、お前を眠らせてやる!

 喰らえっ!」


 ドレンは弦を搔き鳴らし、ギターのヘッドを魔獣に向ける!


「ギュゥォワァァァァァンッ!」


 ヘッドからほとばしり出た「音の衝撃」は、突撃してくる魔獣を打ちのめした!


 動きが止まった魔獣に、天から凄まじい雷撃が降り注ぐ!


「ズガガガガガガァァァァァァァンッ!」


 魔獣は、まっ黒焦げの消炭となり、水溜り(﹅﹅﹅)の中に、消えた。


「やったぁ!

 すごいわ!

 ドレンちゃん!」


 私はドレンに飛び付く!


 ――が、ギターが邪魔で、うまく抱き付けない。


「ちょ、ちょっと……。

 姫さま!」


「や〜っ!

 こんなものを持っていただなんて、隅に置けないわね〜!」


「〈魔楽器〉なれば、魔法を科学の力で唱えることが出来ます。

 もちろん、姫さまからお借りした魔力があってこそのものですが……」


「幾らでも貸すわ、ドレンちゃん!

 こんなすごい攻撃呪文が唱えられるなら、何が出てきてもへっちゃらよ!」


 私は邪魔なギターを退けて、今度こそドレンに抱き付く。


「もう……。

 姫さまったら――」


 私を優しく撫でていたドレンの手が、急に強張こわばった。


「――どうしたの?

 ドレンちゃん……?」


「あなたは、いつから(﹅﹅﹅﹅)居たのです?

 私たちの戦いを、ずっと見ていたのですか?」


 ドレンの言葉に、私は後ろを振り向いた。

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