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行事

 時は五月中旬。連休後の五月病空気も少しずつ消え失せ始めるのが普通な時期。初めての連休から日常に帰り夏という転換期を待つだけの長く面倒くさい期間。

 それは当然、この俺垣根冬夜も変わることはないはず──そのはずであった。


(……はあっ)


 心の中で吐かれるどうしようもないほど大きな溜息が更に気を滅入らせる。

 教室の後ろ隅っこ──俗に言う主人公席にだらりと伏せて携帯をいじりながら、休み時間というなの睡眠時間を消費していく。

 

 あー寝たい。この睡魔に導かれるままに夢の世界を旅していたい。きっと今寝れば、このもやもやの原因ごとすべてを流してしまえるだろう。


「──っていうか次どうするー? サッカー?」

「荒井はサッカー部だもんね。去年みたいに無双したいの?」

「たりめーよ。そうすりゃ翼みてーにきゃっきゃうふふのリア充よ!」


 遠くから聞こえるのはいつもと変わらない、嫌がらせにしか感じないほど大きな荒井 竹久(くそうざようキャ)の声が鼓膜をいじめてくる。

 ああうざ。翼はあんなに近くにいてよく耳壊れないな。……陽キャっていうのはもしかして、耳から鍛えないとなれない者なのか……?

 ……はあっ。もう昼だというのに一体──。


「その元気は何処から出てきているのだろう? 違うかい?」

「……心を読むなよ、白菊」


 思考のそのままにまるで遮るように隣からの音。毎度のことなのに、少しびくつきながらそちらにじろりと目を向ける。

 いつもと同じように、隣の席の白菊 里香(しらぎく りか)が机に頬杖をつきながらこちらを見ていた。

 白菊里香。彼女を一言で言うなら美少女変人──略して美変人といったところか。月村さんが墨のような気品ある黒だとすれば、どちらかといえば紺色に近い髪色が特徴的な少女。


「相変わらずの仏頂面だね。僕の言葉はそんな気に障ったかな?」

「……いや別に。ちょっと驚いただけ」


 嘘だ。本当はすっごく驚いたし、心の中の面倒くささもフルスロットル全開である。 

 女──それも美少女の類である彼女と話すのはそれなりに楽しいのだが、この僕っ娘と今のテンションで話すのはちと辛いものがある。


「それで何のよう? 俺としてはもう寝たいんだけど」

「君との雑談は楽しいがまた今度にするよ。聞きたいのはこの後のあれの話さ」


 癖のある話し方をどういなすかと考えながら聞いてみると、どうやらこの後の事について聞きたいことがあるらしい。


「……この後ってあれか?」

「君の想像通りさ。もちろん──」


 彼女が口を紡ごうとした瞬間、教室に響くチャイムの音。それに差し合わせたかのように入りながら声を掛けてくる教師の声で会話が中断される。


「ではホームルームを始める。といっても今日は今週ある球技大会のメンバー分けするだけだけどな」


 眼鏡を掛けた我が担任の言葉をきっかけに、教室の至る所で様々な反応が見られた。

 ほとんどの者は興奮と歓喜でざわざわし、そこに含まれない者達はいかにも面倒くさいといった感じの雰囲気を醸し出していた。


 球技大会。それは俺が所属するこの高校──神奈高校にとってクラス最初の行事である。

 クラス内の仲を深めることを目的とした、ただただ運動部の連中がはしゃぎ倒すだけで授業が潰れるくらいしか利点を生まない、くその役にも立たない行事なのだ。


 去年は本気で嫌だったので休もうとすら考えたのだが、今年はそうも行かないのが辛い。

 だってそうだ。今年はこの後のあれがある。こんなたった一日フケていれば終わる者とは違う本物の地獄が待ち受けているのだから、これくらい耐えなくてはならないのだ。


「じゃあ九月(くづき)。後はよろしく頼む」

「わかりました」


 先生からバトンを渡された九月 舞(くづき まい)が進行してするようだ。

 読めはするけど、こんなんで授業やったら文句が出そうなくらい雑な字で今年やる競技が黒板にゆっくりと書き出されていく。──まあ、特に去年と変わることもないので驚きもしないのだが。


「──というわけで女子はバレーか卓球。男子はサッカーかバスケです。後は適当に集まって決めて下さい」


 こんなんで良いのかといった感じでこっちに投げてくる九月委員長。去年も同じクラスだったけど、あの人ああいうところあるよなぁ。


 そしてそれを特に気にせず受け取ってすぐさま動き始めるのがいかにもやる気ですよといった運動部連中。

 あんなに静かだった教室も少ししたらあっという間に休み時間と同じくらいの活気が溢れる我が教室。こんなことを決めるだけで、よくもまあ盛り上がれるものだよ。動物園か。


「──おや? 君は行かないのかい?」

「白菊に言われたくはない。つーかお前はいいのかよ」

「良いさ。僕はどっちでも構わないしね。それにどうせ、最後に余った枠に名前があるさ」


 忘れられてなければねと、いかにもあざといと言ってほしそうな態度をしている僕っ娘。

 さすがは孤高。俺なんかと違って強い己を持つ人間だことだ。実に羨ましい。


 きっとこいつは競技大会なんて、それこそ暇潰し程度にしか思ってないのだろう。そもそも彼女が楽しいと思えるものなんておれにはよくわからないが。

 そもそもこいつのような個性人間が、どうして俺なんかに興味を抱いているかすらよく知らないのだ。

 

「それより君の競技さ。余り者はこのクラスだとバスケにさせられそうだけど、一体どっちになると思う?」

「……さあな。別にどっちでも良いし」


 お前と一緒だよとは思ったもののそれは言わずに、自分でも雑だと思うくらいぶっきらぼうに言葉を返す。

 こいつも女のはずなのだが、どうしてか気にせずに話せるのは何故なんだろう。癖が強すぎるからか。


 にしてもバスケか。確かに去年はそうなったもんなぁ。

 やだなぁ。あの競技は人少ないからサボりづらいんだよなぁ。


「……そんな憂鬱そうにすることないさ。もし運悪くバスケになってしまっても、隣ではあの月村さんがバレーするかもしれないんだ。思春期真っ盛りなむっつりには、それだけで楽しいんじゃないんかい?」

「…………何でそうなるんだよ」


 心なしか拗ねた感じを出しながら言ってくる白菊。

 どうしてこう、この女は口が回るんだろうか。こいつもぼっちだと誰かと話したくなるんだろか。


「おや? 月村さんは嫌いかい? 真っ当な感性なら何か一つでも抱きそうなものだけどねぇ」

「……ねーよ。俺なんかが恋なんて、馬鹿馬鹿しい」


 ちらりとクラスの輪に溶け込んで笑っている彼女を一瞬だけ視線を向け、己に呆れながらすぐさま白菊の元に戻す。

 

 馬鹿馬鹿しい。まさしくその言葉の通りだ。

 何が月村さんに何か想う、だ。俺なんかがそんなことを考えたとして、もし何らかの偶然でそれが彼女に伝わったりでもしたらどうなる?

 答えは破滅。身の丈に合わぬ青春など所詮は絵空事にすらなり得ない。馬鹿にされる筋合いなどないというのにあのウェイどもの嗤いネタにされるだけだ。


「……相変わらずの情けなさだ。そこまで自分を貶せるのは君くらいなものだよ」


 そんな俺の醜悪な本心を見抜いているかのように、都合の悪い本音をぶつけてくる白菊。

 ……相変わらず嫌な女だ。他称が変人なやつに相応しいくらい、俺の心に棘を投げてくるもんだ。


「……悪かったな。どうせ情けない男ですよ俺は」

「そんなことないさ。むしろ今の君はとても──」

「おい冬夜ー! 競技決まったぞー!」


 何か言おうとしていた白菊を綺麗に遮った翼がこっちに近づいてくる。

 ……一瞬、白菊が恐ろしいほど何も感じない表情を翼に向けていたが気のせいだろうか。


「サッカーにねじ込んできたぜー。これで今年は一緒だな!」


 下手な女の子ならそれだけで恋に落ちてしまいそうな翼の笑顔と共に発せられたのは、まったく予想だにしていなかった言葉。

 ──拝啓適当な誰か様へ。どうやら俺は、ウェイ充の中に放り込まれてしまうらしいです。


 

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