第69話 蠱毒 前段
出口がひとつしかない深い洞窟でそれは行われた。闇よりも深い闇の中、集められた化外の民たる術士たちに殺し合えと。生き残った者には莫大な報酬と名誉を与えると謀って。
わしも妖しげな術士の一人として洞窟に放り込まれた。表向きの話はともかく、人を使った蠱毒であろうと察しておった。我らを人と見ていたかどうか甚だ疑問だったがな。
唯一の出口は大岩に閉ざされ、万一抜け出ても多くの兵が陣を敷いており、どうにもならぬ。外法使いの末路などこんなものと諦めておった。だが、だからといって早く死にたいわけでもなく。
ほかの連中の殺し合いを眺めながら闇に潜んでいた。夜叉丸、蜘蛛丸、外道丸を使役して身を護りながら。食う物も尽き、もう良いか、ここで死ぬかと諦めかけた頃、戸隠の双子の鬼に出会ったのよ。
それ、見えるか。
夜目の利かぬ連中が火を焚いて、悪名高い双子の鬼を狩ろうとしておるだろう。徒党を組めば何とかなろうなどと愚かな連中さ。
暗い土蔵に育てられたからか、姉妹は夜目がきく。姉のかさねが人ならざる動きで壁を蹴り、前後左右上下と自在に飛び回ると篝火を薙ぎ倒し、一瞬、弾けた火の光を受け、凛とした立ち姿が浮かび上がった。着物の袖を剥ぎ取り、裾を破り、白く艶やかな肌が露わだ。
何の躊躇いもなく無造作に、連中の喉を裂き、骨を断ち、砕き、叩き潰していく。その様を、わしは息を潜めて見ていた。
血塗れで残虐で酷薄で容赦のないその姿は、生への渇望に満ちていた。渇きが満ちるとはおかしな話。恐ろしさが美しいとも馬鹿な話よ。だが、だがな、かさねは生きよう生きようとしていた。ただ、それだけなのよ。それも、病弱な妹を生かすためだけに。
それ、闇に潜むわしの顔を見よ。情けなくも心奪われ、この時にはもう惚れておったなぁ。
いまにも殺されようとする者の一人が余計なことを話したのであろう。
生き残れば外へ出られるのではないのか!
激昂を通り越して青褪めた声が暗闇に響き、片腕で持ち上げていた男を、かさねが縊り殺した。ごきりと嫌な音が聞こえるな。
わしは、尋常でない強さを示した戸隠の鬼に興味を持った。此奴をうまく利用すれば助かるかもしれぬと。出口に控える兵らにぶつけ、その隙に逃れることができると。惚れてなどおらんとそう思いたかったのだろうな。粗野で荒々しい野育ちの小娘に心奪われたなど有り得ぬ。打算であると。
わしは手持ちの傀儡をかさねにぶつけた。どれほどの強さか手合わせをし、もう一度確かめたかったのだ。
しかし、いま見ている通り、蜘蛛丸も夜叉丸も外道丸も、一撃でやられてしもうたわ。外道丸には、相当に手練れの死者を入れてあったのだがなぁ。蜘蛛丸と夜叉丸はまだしも、外道丸は体半分をへし折られておった。
殺される前に、もう歯向かわないことを言葉と態度で示して双子の鬼の前に出た。殺されるならそれはそれでも良いと思いながらな。
「強いなぁ。そいつはわしの手駒では並ぶもののない手練れなのだが。死者を使役する外道の業さ。お主を殺して使役すれば、天下無双の鬼となろうな。わはは」
「……殺す」
「ま、待て、待て待て待て。此処から無事に出たいのだろう。良い方法があるのだ。どうだ、乗るか?」
「おまえの言葉を信じる理由がない」
逃げる間もなく、かさねに首元を掴まれた。ほとんど優しく、軽く触れたような具合だったが、凄まじい力で息もできない有り様よ。だが、そのまま殺されては堪らない。もがいてもがいて声を出した。
「ま、待て。待てと言うに。わしはもう良いのだ。外法使いの末路など、こんなものよ。わしのような男は死んで当然……」
ぐっと腕の力が増して殺しにかかってきたのがわかった。ああ、わしも情けない面をしておるな。自分で自分の無様な姿を見るのは嫌なものだの。だが、最後に発した言葉が、かさねの耳に届いたらしい。
「出られるのは一人ぞ。妹をどうするのだ」
わしの言葉に痛いところを突かれたのか、かさねの腕からふっと力が抜け、小さな声でぼそりと呟いた。
「最後にあたしが死ねばいい。妹の生きる力を吸い取って生きてきたんだ。返す時が来た」
「それでどうする? 外の連中が、残った者を本当に生かしておくと思うか。お主ならともかく、ひ弱な妹では無下に殺されるだけさ。少し長く生き延びるだけだ。違うか?」
黙り込んだかさねに、卑怯と知りつつ取り引きを持ちかけた。
「助けてやろうか」
……ただし、戸隠の鬼を抱かせてくれればな、と付け加えた。かさねの奴は、それはそれは怒ってな。
「妹に手を出したら殺してやる。貴様の汚い男根を喰い千切ってやろうか!」
びりびりと空気が震えるような激しい咆哮に、それまで傍らで目を瞑っていた妹のくずが目を開いて心配そうにしておったよ。それよりも慌てたのはわしの方だな。違う、違う、そうではないと慌てて否定したわ。
「わしが抱きたいのはお主だ」
そう告げた言葉に嘘はなく、取り繕う余裕もなかった。ただ、この者が欲しいと汚くも美しい心の顕われであったろう。
わはは、見よ。かさねのきょとんとした様子を。愛らしいものよな。これまで男に言い寄られることもなかったのだろう。
女子の美しさだけを求める者は、柔和な妹に惹かれたであろうしな。わしとて、死を覚悟した上でなければ、とてもとても。
口に出した勢いに任せて、ひと目見て何と美しい娘かと思ったと伝えると、怖い目で睨みつけながらも、怯んだような、恥じらうような様子であったよ。
わしの望みを約束させた上で、生き延びる手立てを話してやった。一応は見込みもある話であったからか、かさねは渋々ながら承知した。その後……。
おっと、少々刺激が強いか。そこは見せずにおこうな。かさねは良い女だった。ことの最中も、ずっとわしを睨んで歯を食いしばってな。ふむ、酷い男とな。否定はせん。かさねが妹を思う気持ちを利用して抱いたのだからな。だが、気をやった後、もうこれで死んでも良いと思ったわ。それ故か、わしはかさねを庇って死ぬことになった。




