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第33話 お白州の荒御魂


 越年祭は宵越しの祭り。屋台は夜通し、門扉も開け放たれたままで、華やかに新年を迎える人々が、あるいは飲み、あるいは食べ、祈り、歌い、奉納し、巫女舞(みこまい)を愛(め)でる。

 一方で、舩坂少尉に斬り伏せられた化け物の如き男、夜嵐の原田は無言で斃(たお)れておりました。多くの聴衆は、出し物の中のことと思ったとか。それだけ現実離れした出来事であったのでしょう。


 少し離れたところから祭りの喧騒が聞こえておりますが、ここは白里様の草庵です。立て直す際に少し広げ、中庭を作りました。

 その中庭に筵(むしろ)を敷いて原田の死体が寝かされています。傍らには鈴木久吾と白糸嬢が控え、お白州に引き出された殺しの下手人のよう。


 日が変わって新年になったとはいえ、暗く寒い夜に変わりはありません。縁側に座る白里様、また他の者らのために多くの火鉢を整えましたのは、ぶつくさ言いながらの斎藤です。


 鳥目と赤黒は、いつのまにか竹林に消えており、三郎は酷い傷を負うも一命を取り留め、母屋で手当てを受けております。よって草庵に集うのは、ほかに河津と沙希、そして土御門光雄、舩坂和馬少尉、立花美由紀です。


 さて、と口を開いたのは白里様。


「さて、あれやこれや話すべきこと聞くべきことも多い。じゃが、まずは原田の荒御魂(あらみたま)を鎮めてやらねばな」


 薮睨みの白里様、年経て小さく縮こまった体で、眇(すがめ)と言い斜視と言い、力ある左右の目が別々の方向を見ております。

 その目がかちりかちりとかち合うようにして、美由紀の上に留まりました。盲(めし)いて見えぬはずですが、


「そこな娘、美由紀といったな。邪魔せぬようにさせてくれよ」


と所在を言い当てました。

 視線の先、美由紀は中庭の火鉢を抱え込むようにして丸くなっていまして、応じるのは、んにゃ〜と猫の鳴き声ばかりです。しかし、ちりんと鈴の音が聞こえるや、ぴくりと身を起こして跳び上がると、鈴を手にした光雄の元へ走るのでした。


「この子のことは御心配なく。僕がみていますから」


「頼んだよ、土御門の。原田の抱える呪いは生半(なまなか)には祓(はら)えぬからね。ひひひ、昔なら、のっぺっぽうとでも言われたかしれんのう。飲んで下すことは出来そうもない。叩いて潰して風に帰そうじゃないか」


「はい。風は風に、水は水に、土は土に」


 光雄の言葉に頷くと、白里様は河津と沙希の手を借りて中庭に降りました。原田の死体を前に、左手を宙に舞わせます。

 すると、白里様の身体がぼうっと幽かに光り、その横顔は若く美しい女性のように見えたのです。光が失せるとともに幻の如き顔も消え失せ、元の皺だらけの顔が戻りました。同時に、下ろした手のひらには小さな人の首が乗っており、目も鼻もないそれが、筋となった口を開いてけたけたと笑い立てました。


 息を飲んで見守る者もおれば、怪訝な様子で見守る者もおります。どうやら、見えている者と見えていない者といるようです。聞こえている者と聞こえていない者も。


 白里様は、虫でも潰すように拳を握り締めました。音を立てて潰れたそれは、恨みがましい怨嗟(えんさ)の声をあげて夜に溶けていきます。黒い霧状のものが立ちのぼり立ちのぼり、新年の風に運ばれて散って行くのでした。


 火鉢にかけた鍋で燗(かん)した酒を手酌(てじゃく)して、舩坂少尉がぐいと一呑み。少尉には何も見えていないのですが、何かが消えたと感じるのです。つかつかと原田の死体に近付くと、残った酒を流してやりました。


 こぽこぽという酒の音。


 ふうっと辺りの空気が軽く澄んで来たように思えます。再び河津と沙希の手を借りて、白里様が縁側に上りました。座布団に坐り直して、今一度、面々を見回します。といって、その目は左右それぞれ明後日(あさって)の方向を指して。


 すずずっと斉藤の入れた茶を啜(すす)り、甘えたような寝子の鳴き声に耳を澄ましているのです。白里様が湯呑みを置きました。


「土御門の、それが二代目かえ?」


「ええ、白里様も御気付きだったはず」


 纏(まと)わり付いてくる美由紀の頰を撫でながら光雄が応じます。


「失せ物探しの御依頼、これにて満願成就で御座います。白里様が御探しの二代目は、こちら立花美由紀で宜しいですかな」


「そうじゃ、わしが思っている通りのめんこい娘であろう。若い頃のわしに似ておればな」


 ひひひ、と笑う白里様に対して、当の美由紀は光雄に纏わり付き、火鉢に魅せられ、とろんとした表情です。

 ほかの連中は、舩坂少尉を始め、なにがなにやらわからぬといった様子。白里様の次の言葉を待っております。


 とある娘の話をしようか。


 白里様が嗄(しゃが)れた声で語り始め、それぞれがそれぞれの表情で、あるいは聞き、あるいは聞かず、あるいは頷き、あるいは首を振ってせせら嗤(わら)っているのでした。


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