第23話 梟首と下衆
笑顔の生首を間に挟んで、どこか同じ悪党の匂いがする原田と河津が睨み合っています。違うのは、原田が独りきりであること。草庵の内と外、崩れた壁を間に挟んで、寒空の下、傲然と屹立しておりました。
対して、傍らに寄り添う沙希を庇うようにして立つ河津であります。
一歩前へ踏み出しながら、足元の生首に目をやると、蛙面の異様な顔が満足げに笑っているのでした。平素、決して仲の良くない蛙と河津ですが、この時ばかりは言いようのない無念さを滲ませたもの。
「……蛙、馬鹿野郎が」
その呟きを拾ったか、斜に構えた原田がドスを地面に突き刺して曰く。
「ははっ、良い感じの梟首だね。母の首を思い出すわい。その蛙、決して善人ではなかったろう。地獄行きも必定。首を晒せば、その罪も幾らかは許されようというもの。であれば、この俺は、ある種の恩人ではなかんべか」
「くだらんことを滔々と……」
沙希を畳の上に残して、とん、と外へ出ると、互いの間合いぎりぎりで立ち止まりました。加勢しようとする面々を制し、あっしがやりやすと重い息を吐いたのです。
見合わせながら、申し合わせたように互いが互いの懐から小天狗を取り出して火を点け、ぷはぁと空へ煙を送るや、煙草を投げ捨て、ゴウとばかりにぶつかりました。
派手な音をたてるも、両手を組み合って、その場にぴたりと止まります。相撲の立ち合い、組んで動かぬ様か、ぎりぎりと力の鬩ぎ合いで静止しているのでした。
先程まで河津に化けていた原田ですが、御丁寧に同じ柄の着物で、背格好も変わらず、顔を見なければ鏡のような按配。片方が片足を上げると、もう片方も片足を上げ、激しく足技の応酬です。
最後に足と足を合わせて押し合い、宙を飛ぶようにして離れました。とん、と足をつけた美貌の青年が、ぺろり、唇を舐めてみせます。
「かかかっ、やりおるのう。なかなかの手練れとは知っておったが、これほどとはな」
嗤う原田に表情も崩さず、懐手の河津です。吐き捨てるように言葉を投げました。
「おい、下衆。さっさとドスを拾え」
「なんですと。下衆ですと。そいつはあちきのことかえ。まあ酷いことを仰る。こちとら、女衒なんぞに侮られる筋合いはあらしまへんで。そもそも、あなた、そんな正義の味方のような顔をしてからに。
ふふん、河津よ。てめぇだけは悔い改めて、許してくだせぇと助かろうってか。無理だ、無理だ。てめぇの悪行、洗い流せるものか」
にやりと笑って、懐から出したのは……。
「さて、お立ち会い。ここに取り出だしたりますは、九郎助稲荷の御使、天狐の面に御座います。吉原の寝子たちを閉じ込める四隅の結界を為す神社でありながら、その救いでもあったという。しかしながら、さりながら、神仏は祈りを聞き呪詛を聞き悲鳴を聞きながら何もせぬ。だからこそ己が狐となろう。そんな莫迦げたことを思った男がいたという。
のう河津、そんな男がいたと聞くぞ。世の理に縛られず、信じる正義を為すには、人を辞めるしかないとそう思った馬鹿がいた。そうであろう?」
かぱりと狐面をつけて、天に向かって嘲笑ってみせるのでした。
「はっはっはっ、河津、河津、河津よぅ。ドスを拾えだって? 馬鹿いうな。貴様のような三下相手に獲物なんかいらないよ。僕はね、狐などという、神にも妖にも正にも邪にもなりきれない輩とは違うのだ。こんなもの要るか! 君が使ったら良いじゃないか」
くすりと笑ってドスを投げつけます。しかし、河津は足元に刺さったそれを無視して、懐手を崩しもせず、てくてくと間合いに入って行くのでした。
背格好、姿がそっくりで、河津が二人いるようです。その顔と顔がかち合うほどまで河津が近付くと、狐面をつけた原田が、くぐもった声を出しました。
「御前と沙希のことを調べて出てきた悪行と偽善には驚きました。ただ、ひとつだけ分からなかったことがあります。そいつが気になって仕方ないのですが」
そこで言葉を切って続けるに、
「沙希は幾らで買ったのです? そして、もう味見はしたのですか?」
言い終わる前に河津が動いていました。鬼のような形相で原田の胸ぐらを掴み、ぐるんと地面に叩きつけたのです。
げふっ、息を吐くように血を吐いた原田ですが、苦しげに呻いたのは河津の方でした。
その腹を、ドスが貫いていた。
狐面の原田は、ドスなど使わぬとみせて、その実、河津に投げられるや否や、地面に刺さったままのドスを引き抜いて、躊躇いなく刺したのでした。
立ち上がった原田が狐面を投げ捨てます。
「弱っちいなぁ。ちょっと沙希のことを突かれただけで頭に血がのぼっちゃうのね。ふふ、あたしの言葉を信じるなんて、狐の小判より当てにならない話ですよ」
前のめりに倒れかかっている河津の腹からドスを引き抜きました。吹き出した鮮血とともに高く掲げて振り下ろします。