9日目 チップ
実はチップ未経験です。
「これも買い。あ、これもいいな。おっちゃんこれでいくらだ?」
「そうだな。420と860に910だから・・きりよく2000Gでいいぞ。これからも頼むぜ。」
「ありがとう。助かるよ。」
ギルドカードを魔道具に当てると支払い金額がカードに表示される。数字に手を当てた状態でもう一度かざすとその金額が口座から直接落とされる仕組みだ。これは商業ギルド、冒険者ギルド、その他提携があるギルドのカードであれば共通の仕組みであり、大きな町であればどの商店もこの魔道具を備えている。すべての取引情報が残ることから、置いてあること自体が「信用できる店」の証でもある。何せ「商業の神」が作っている金融システムだ。同じ神クラスの能力でもなければ欺くこともできないし、普通の人に対抗する手段などあるわけもない。
男は買い揃えた物を思い出しつつ、足りない物がないか確認する。ギルドカードが使えるおかげで金銭は最低限しかもっていない。カードも指紋と静脈による個体識別があるため落としたとしても誰かに利用される可能性は低い。
「ブロッコリー、トマト、エリンギはこれでよし。野菜は残っているのも合わせて充分だろう。肉は持ってきてくれるらしいし、後は、エビだな。いいやつが揚がっていればいいのだが・・。」
魚介類が売られている地区はもう少し先だ。この市場は朝も早いのにたくさんの人でにぎわっている。時折値切りの声も聞こえてくるし、もう完売したとの声もあがっている。早く行こうと足を速める。
「お、ゴーシュじゃないか。嫁と店を開いたって聞いたぞ。もう傭兵稼業は廃業か?」
「ん?おお、カッツか。久しぶりだな。・・・おいまて、おまえいつこっちの国に来た?一人か?俺のことを言いふらしている奴をはけ!」
「おいおい、そんな殺気を飛ばすなよ。女のためにあの帝国を裏切ったのは本当だったのか。要人の護衛でこの街にきたのだが、依頼達成した金で夜遅くまで飲んでいたせいで、皆二日酔いだ。おまえさんの手が空いていれば手合せでも願おうと思ったのだがその様子じゃ無理そうだな。」
「・・ああ、食材を揃えたらすぐ店に戻らないといけねえ。そのあとは夜までに仕込みと料理で手一杯だ。今日は特別な客が来る予定だからな。で、しゃべったのは誰だ?手合せはできないが、やり合う事はできるぞ?」
掲げられた両手が塞がっているゴーシュを見て苦笑するカッツ。彼の名声は傭兵仲間でも高く、凄腕と評判であった。実際、この場で「戦い」が始まったら負けるのはカッツのほうであろう。それも両腕にある食材を手放さずに、である。今このエイグル王国にこの街が属していられるのは、彼とその仲間たちが守り切った成果だ。相手は戦争の常勝であったバルドス帝国、5年の間に街が1つ落ちただけで済んだのは「彼らが帝国を裏切ったから」に他ならない。
「はは、俺の口からは言えないが、安心しろ。誰でもが知っている情報じゃない。今回ここに来た理由を探っていたら、一緒に情報が入ってきただけだ。」
「・・・。」
「ちなみに今日、その特別な客の護衛で店に俺も行くから豪勢に頼むぜ。」
「っち、そういうことか。ったく、舌を唸らせてやるから覚悟しろよ。」
立ち去ったゴーシュ。彼を見据えてカッツは考える。
(あの様子じゃ怪我を負っていたわけでもなさそうだ。あいつが逃げ帰ったなんて聞いたときは笑い飛ばしたが、それもあの方が言うには事実らしい。いったい何があった?)
生きのいい海老を買い付け、ついでに魚を何尾か買い、店に戻る。宴の準備に向けて大忙しの店、そんな店の隅に彼女がいた。そこは彼女の指定席。動かない看板娘として店ではおなじみとなっていた。
「! おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。ハンナ。毎度思うのだが、なんでそこに座っている?」
「えーと、ここにいるとね。ふわっ、とした気持ちになるからすきなの!」
「うむ、わからん。」
彼女は目が見えない、はずである。それでもなぜか日常生活には差し支えがない。走ったり飛び跳ねたりは別の原因もあってできないが、ゆっくり歩く分には問題ないようである。
「ゴーシュ!帰ったのなら早く手伝って!狩人さんが置いて行った肉の下ごしらえもまだなの!!」
「ああ、すぐ行く! ハンナまたあとでな。」
「うん。」
ゴーシュは考え事をやめて調理場に入っていく。ここが今の彼らの戦場である。ハンナはそんな彼らの気配を感じつつじっと待つ。彼女は日常生活で困っていることはないが、できることも少ない。彼女は植木に手を当てて、何かを待っていた。
「美味い。このニョッキとやらは最高だな。海老とバター卵とチーズとジャガイモ、なんという調和か。」
「お褒めに頂き光栄です。嫁にも伝えておきます。」
「うむ、もっと大物を狩ってくるべきだったか。次は麒麟でも狩ってこよう。」
「キリンさん!さわってみたい」
「む?ふむ、なるほど。よしでは今度捕まえてこよう。」
「狩人様、それはどちらのキリンですか?まさか、幻獣の麒麟ではありませんよね?あと、あの首長も街中には連れて入れませんよ。」
夜、狩人も参加している宴会は様々な人がいた。傭兵も帝国の聖女も皆無礼講である。料理を出し終わったゴーシュとハンナも席についている。
そう、カッツらの護衛対象の一人が帝国の聖女であるリカバーであった。彼女は狩人と同じくミルクを片手に話に参加している。傭兵たちは店の中の華やかさが一部に偏っているのを見て不満を口に出す。
「あのやろう。あんな可愛い娘までいるなんて聞いてねえぞ!」
「カッツ。お前、「あいつは女のために国と戦ったばかやろうだ。祝福してやろうぜ。」って朝まで言ってたじゃねえか。」
「くそ!祝ってやる!」
「爆発しろ!」
「聖女様マジ天使だわ・・。」
好き放題言っている。そんな男たちの席へドンと酒の追加が置かれた。
「何いってるんだい。あんたらだって好きな女の一人や二人いるんだろ?さっさと告っちまいなよ。意外と待っている女は多いのさ。私みたいにね」
「・・聖女の護衛任務が終わるまでは無理だな。」
「俺もエミリさんみたいないい女との出会いが欲しいぞ!」
「・・・ダメだ、勇気が出ない。振られたらショックで寝込みそう。」
「あんたら、傭兵なのにそんなでよく今まで生きてこられたね。」
呆れの視線を向けられ傭兵達は目を逸らす。ゴーシュは女を知っていたが、他の者達はなぜかアレである。男色の気配もないのに何故なのか。確かに純情すぎるだろうとは思う。
「聖女様、そろそろお時間です。」
「・・あら、そうですか、わかりました。狩人様、此度の件、確かに確認いたしました。彼らの身柄はあなたに帰属しております。帝国としては彼らが契約上自由の身にならない限り手出しはいたしません。」
「承知した。」
「では、またお会いできることを楽しみにしております。(処置は問題なさそうです。あなた様であれば全てご自身で解決できたのでは?)」
「うむ。判った。私も帰るとしよう(専門家に太鼓判を押してもらえるとありがたい。私は見えないことには何もしないのだ。)」
狩人と彼女だけで伝わるやり取りを終える、彼女は席を立つ。彼女が一目見ると護衛の傭兵達もさきほどまで酒を飲んでいたとは感じさせない足取りで出ていく。接種したアルコールは状態異常回復で除去できるのである。彼らの机にはしっかりチップが置かれていた。
「また、いつでもお越しください。」
「ああ、一通り回ったらまたくる。」
しっかり海の幸を堪能した狩人も森へ帰っていく。彼は机の上に何もおいていかなかった。そのことを元々チップの習慣を持たない場所で育ったゴーシュは特に何も感じていなかったが、机を拭きにいったエミリの方は少し思うところがあったのか、つい「チップなかったね」と口に出してしまった。ゴーシュも苦笑して、「肉おいてったろ?」というと「いや、仕込みの手間賃はもらってもいいはずだ。」とエミリ。
そんな夫婦のやりとりは、ついはしゃいでスキップしていたハンナが飛び込んでくる姿を見るまで続いた。ゴーシュは何があったのか理解し感謝した。エミリは何があったかを理解できてはいなかったが、ハンナに抱き着き泣いて喜んだ。
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【一日一膳】
行為:チップを渡す
対象:飯屋
獲得した力・技術 【】内は取得条件 同スキル所持の場合経験値となる。
〇交渉能力Lv1【対話を行う。】
〇観察能力Lv1【目で何かを発見する。】
〇採取能力Lv1【手を使用して、何かを取得する。】
〇身体能力Lv1【足を使用して、運動を行う】
〇魔法能力Lv1【魔力を使った技術を使用する。】
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ゴーシュ、エミリ、ハンナの3人は家族です。
血の繋がりがなくとも家族なのです。
ゴーシュさんの物語は書き切れる自信がないのでご想像にお任せします。




