10日目 他人の心、誰も知らず、自身の心、有為転変
ちょっと趣旨が違う回です。
診療所の朝は早い。ここで働き始めてもう5年。ついに後輩が出来た。
「おはようございます。ソフィア先輩!」
「おはようございます。いつも元気ね。」
「はい!今日も頑張ります!」
後輩はよく笑う子だ。それに頑張り屋さん。いつも率先して掃除をしてくれるし、周りも釣られてか笑顔が増えた気がする。先生はいつも真面目な顔をしているし、ライフさんはいつも眠たそうな顔をしている。でも、あの子の前では少し口角が上がっている気がするのだ。
「今日は、ネルさんが夜泣きあり。悪夢を見たとのことで、夢魔の類を警戒したがなし。アイシアさんは特になしです。」
「了解、うーん、そのときの姿勢とかは問題なかったか?」
「いえ、とくには。」
「わかった。恐らく昔を思い出したのかな。ありがとう。」
「はい。ではお先。」
ライフさんは夜勤専門で朝に寝て夕方には起きてくる。何でも夜の王の血筋らしく、夜行性であるらしい。なんでそんな存在がこんな所に、と思うのであるが、詳しく聞いたことはない。ただ、どうやら狩人さんのことを避けているらしい。彼は話してみればすごくいい人なのにどうして避けているのだろう。いえ、勘違いの可能性もありますし、本人に確認したわけでもないのですが。
それに人を避けているのは私も同じ。私はネルを避けているし、そのことは先生も尊重してくれている。今ではネルは私の本当の親友であったと思っている。でも、もうあの子は私のことを信じてはくれないだろう。そう思ってしまう私も、自分のことはもう信じられないのだ。
「ソフィア君はいつも通りアイシアさんの方を頼む。クラリッサ君は、一緒に来てくれ。」
「わかりました!」
「承知いたしました。」
それでも今は自分にできることを尽くす、それが生きがい。あの時逃げた私が、唯一出来る償いだと思うから。・・・それにしても、本当にあの子を見てると癒されちゃう。何か色々悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。
「おいしい。」
「ここの水っておいしいですよね!私最初は川に砂糖水が流れているのかと思いました!」
「そうね。ただの水が甘いはずないものね。」
ネル君の様子を見るに、やはり少し昔の事を思い出していたのかもしれない。どこか遠くにまなざしが向いていた。あれは何かを思い出している時の目線だ。今は意識がはっきりしているために、落ち着いているようであるが、寝ているときは抑えきれなかったのであろう。彼女の体は何も悪い所はない。それは彼の眼で見た保証もある。だが、彼女は足に力が入らないらしい。それも嘘ではないと彼は言っていた。何かの怪我があるわけではなく、精神的なものだろうと、そう思っている。回復魔法では精神まではコントロールできない。そして、精神魔法は人が扱える類の魔法ではない。神ですら使えるものは限られるとのことだ。
だが彼女が来てからは少し雰囲気が明るくなってきた気がする。本当に不思議な子だ。いるだけでその場が明るくなるようだ。まだ、ここにきて数日なのに確実に彼女たちを癒している。この調子であれば彼女が立ち上がれる日も近いかもしれない。私は、彼女に積極的に周りと話すように言ってある。そうしないと、いつの間にかこの診療所が新築同様の光沢を取り戻そうになる、というのは関係ない話だ。
「それでね!あちこち痛くてもうだめだって泣きそうになっていたら、転びそうになってね!気づいたら狩人さんがお姫様抱っこしてくれたの!」
「そう、それはよかったわ。」
「でね!・・・。」
この子は本当によくしゃべる。でも嫌いじゃないわ。話の半分以上が狩人さんの話で、さっきの話は一昨日も聞いたのだけれども、嫌な気分にはならない。それは笑顔で一生懸命しゃべっているからだろうか、一本的にしゃべっているように見えて、私の事を見て、話をしてくれているからであろうか。・・いや狩人さんの話をしたいだけなのかも。でも、本当に損をしない子だ。あの人も罪づくりなお人だ。これだけ饒舌に話すのはニコに話し相手になってあげて、とでも言われているのであろうけど話題はあの人のことばかり。まだ合って数日だと思うのだけれども。
・・本当によくしゃべる子だわ。
「ネルさんは狩人さんに会ったことがあるのですよね。」
「ええ、そうよ。」
「ネルさんから見て、狩人さんはどんな人ですか?」
「・・そうね。強くて怖いけどお人よしな人かな。最初見たときは怖かったわ。目の前に大きな狼がいるのかと思った。でも、ここに連れてきてくれたのが彼だと知って、私は何も返せないといったら、既に報酬は貰ったって言っていたの。本当に感謝しているわ。」
そう、彼には感謝している。私はあそこで朽ちるはずだった。私は、魔法も使えたのに大切な友人一人すら守れなかった。その魔法も奪われた。手も足も動かずに友達が友達ではなくなっていくのを見せられた。絶対に抗えない相手がいることを知ってしまった。だから、私は、いえ私だけでなく、あの街にいた皆は、勇者達、そして彼に感謝をしている。あの街のほとんどの人がこの街に来てからは、それぞれの道を歩み始めている。私はまだ立ち上がることすらできていない。でも、この子を見ていると這ってでも前に進みたい気持ちになった。
「ありがとうね。」
「・・いえ、私もお話いっぱいしちゃいました。ネルさんはお姉さんって感じがして安心してつい。」
「そう、うれしいわ。私もあなたみたいな妹なら歓迎よ。」
本当に妹になってくれないかしら。私の家はこの診療所だけど。
「ここの水がおいしいのってそんな理由があったのですか!?」
「ああ、明日の朝なら連れて行ってやれるがいくか?あいつは午後に尋ねると機嫌を悪くする。逆に全く行かないと怒るからな。一度1週間ほど行かなかったときに理由を聞かれて、特に理由はなかったといったら、1週間毎晩耳元で囁かれたことがある。あれは堪えた。それで毎朝、できるだけ顔を出しているんだ。ついてくるなら迎えに来るぞ。」
「行ってみたいです!」
夕方、ギルドに来ていた狩人と話をする少女を多くの人が見守っていた。今日の狩人はいつも通りの日々を過ごしていた。昨日まで色々顔を突っ込んでみたが、一日一膳は無理してやるでもないと思い直した。礼拝堂の掃除は日課に組み入れたし、森のあちこちの手入れも始めた。だが、色々回って善行を積むというのは何となく自分のスタイルではない気がするのだ。
しかし、この少女は何となくかまってあげたい気分になる。妹がいればこんな感じだったのだろうか。あの聡明だがやんちゃな弟は今どこで何をしているのだろうか。
そんな彼らを遠目に見守る人影があった。
「あの子が例の子か。」
「ああ、俺怪我をするのが楽しみになっちまったぜ。」
「おい、お前わざと怪我するなよな? 俺は今日怪我したから見てもらったが。」
「お前らなあ、ほどほどにしとけよ。」
少女は狩人に連れられてギルドに来てからはマスコット的存在となっていた。ギルドの依頼で毎日診療所に行っていることはここにいる誰もが知っているし、実は以来の形式は建前で、実質診療所の職員扱いであることも知っている。他の人がその依頼を便乗して受けようとすると、ギルドマスターが出てきて奥に連れていかれるからだ。
彼女がこのギルドに併設された宿に泊まっていることも、晩飯をここで食べてそのまま入っていくことから誰しもが知っている。彼女は何でも幸せそうな顔で食べる。おかげで最近護衛で外にいくギルド員が減っているようだ。
そして、このギルドはある意味、森の中よりも恐ろしい場所である。
「おいてめえら、絶対に手は出すなよ?わかりきっていると思うけどな。」
「当たり前だろマスター。この街でそんな粗相するやつはいねえ。いたら俺が握りつぶしてやるよ。」
「おいおい、この街じゃ悪党も捕まえて改心するまで説教だぞ。握りつぶしたらダメだろう。勇者さんに怒られるぞ。」
「いや勇者さん、今新しく魔王が名乗るやつが出たからって遠征中だろ?もう倒して改心させたらしいけど。」
「さすが勇者さんだ。でも、勇者さんならあんな小さい子に手をだしたって理由があれば握りつぶすくらい許してくれそうだが、・・いや、先に狩人が来て止められるか。」
「ああ、そもそもあの人は怒らないよな?飯食う時以外無表情だし。」
「ははは、狩人さんが怒るわけ・・ないだろ?」
「おまえ、何かやったのか?」
「絶対怒らせたくない人は賢者さんだな。勇者か狩人はなんだかんだいって許してくれそう。」
「わかる。あのきれいな顔に睨まれたら、こう、言い表せない感情になる。粗相は絶対許されないだろうなあ。」
「俺も罵られたい。」
「へえ、お褒め頂き、有難うって言っておこうかしら?言い残すことはそれでいい?」
「「「・・・・賢者さん!?」」」
彼らの行く末は如何に。
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『一日一善、なせば相応の力を与えよう(クシュン)』
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ギルドにいた彼らの人生はいったいどうなってしまうのか!?
最近賢者は男が多い気がしますが、私の中で賢者さんと言えば女の方です。
男性は力(POW)強く、女性は賢い(INT)イメージがある。
ドラクエシリーズとかPSシリーズとか。




