〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑥〜
「あ、そういえばさ」
「…はい?」
「もしかして、昨日チビって言われたの気にして高いヒール履いてきたのか?」
「…ッ!」
会議室に入るなり、開口一番がそれかい。
ショックだ…地味にショックだ。
会議室に入るなり浴びせられたデリカシーゼロの発言。
まぁカゲ先輩っぽいといえばぽいのだけど。
……どうせなら何か言い返してやりたい。
考える事、多分1秒未満。
「カゲ先輩は……背の高い女の人の方が好きなんですか?」
…うん、ちょっとやり過ぎた。
これはどう返されてもこっちが困るやつだ。
ヒトミほどじゃないけど、多少あざとめに上目遣いとかしてみる。
眼鏡越しのカゲ先輩は、私の考えなどお見通しかのように憎たらしくニヤつき、
「そうだなぁ、チビだと子供みたいだもんなぁ」
とケラケラ笑った。
ぐぬぬ。
「そんな怒んなよ、身長くらい」
「くらい?くらいと言いましたか?」
相当顔に出てたらしい。
カゲ先輩は少し慌て出す。
「わーったよ、すまんすまん、そんな口尖らすなってー」
窓ガラスに映る私は、鳥みたいに『つむっ』と口を尖らせてた。
何だか間抜けで、ふふっと笑ってしまう。
「…許しましょう。けど、場合によってはセクハラですからね、発言には気をつけて下さい」
「げっ、そこまでかよ」
ぎょっとした顔で、降参気味に椅子に腰掛ける先輩を見て、私は勝ちを確信した。
よし、この辺りで許してやるか。
「あー、もうめんどくせー世の中だわ。午前に、昨日の高校生んとこ行ったんだけどさ、ほんとめんどくせー状況の子でさ」
「…やっぱりいじめ、とかですか」
「あぁ。嫌がらせというか、クラスのカースト上位何人かにキツめにイジられてたみたいで」
いじめは、なくならない。
人が、集団で生き、社会を形成する生き物である限り。
高校の時、先生が言っていた言葉だ。
そういえば、私も気味悪がられて、クラスで浮いてたなぁ。
私の魔象の力は、高校の時には既に開花していた。
……何せ、私の父も魔象使いだったから。
父は、『傀儡職人』だった。
いつからかは分からないけど、四季守家は傀儡に関わる事を生業としてきた。
いつからか分からない、というのは、私は父と魔象について話した事は余りなかったから。
父は、私が高校に上がる前に失踪してしまった。
その父の、忘れ形見(死んだ、と決まった訳では無いけど)が、アザミなんだ。
だから、実は私はアザミの構造についてよく知らない。
分解しようと思った事も何度かあったけど、元に戻せる自信がなくて。
4課の御門主任も、『余り細かく考えたくはない、構造に謎が多すぎる』って言ってたっけ。
もしかしたら、父は『巨匠』だったのかも知れないな。
名のある傀儡職人が作り出した傀儡は、付加価値がついたり、操手のポテンシャル以上に能力を発揮するものもあるそう。
アザミの潜在能力は、操手の私ですら把握できてないところがあるもの。
…でも、余り有名人にも見えなかったけどなぁ。
普通の、大人の男の人だった……と思う。
少しの回想の後、私は口を開いた。
「そうですか。多感で、難しい年頃ですよね」
「だろうな。んで、そのイジりの1つとして、とあるスパムデータをダウンロードさせられたらしい。それが……」
「あの刻印のデータ、ってことですか」
カゲ先輩は頷く。
携帯が普及した事で、色々なものがデータとしてやりとりされる世の中になった。
その中には当然、有害なものや詐欺的なものもある。
それを総じてスパム、とは呼んでいるけれど……
魔象をデータ化して、飛ばしたりできるものなんだろうか?
私は聞いた事がない。
そんなの、ほんとに世も末だよ。
「ほんっと、何でもありの世の中ですね」
「いよいよ魔象犯罪も表面化してきて、一般人を大っぴらに巻き込むようになってきたよやな」
ほんとだよ。
そりゃ、国だってただ指をくわえて見てるだけじゃない。
警察組織内にも少数ながら魔象使いはいるし、それに協力する魔象企業もウチだけじゃない。
だけど、ここ最近は普通の犯罪や事象じゃないものが多すぎるよ。
……キツい。うん、めっちゃキツい。
……給料上げてほしいなぁ。
……あ、あと公休ももっと増やして欲しい。
有給なんて取れる雰囲気じゃないし、昨日のヒトミみたいに休日でも駆り出されるパターンだってザラにある。
大丈夫なの、この国……?
「で、それがメルクリウスを経由していたというわけですね」
「そうなのか?」
「あ、言ってませんでしたね、すみません」
会議室に入って10分ほど。
私たちはようやくミーティングの本題に入った。
御門主任に見せてもらった内容を簡潔に説明する。
そして、自分の見解を述べる。
※魔象のプログラムを送信できるなんて聞いた事がない
※有り得るのは、女子高生が『覚醒』したか、送信の大元か、メルクリウスが絡んでいるか
※新型の犯罪の可能性が高い
「『覚醒』はねーな。一応、検知器は持っていったけど反応なかったし。隠せるなら分かんねーけど」
「では、私達ができることは、そのスパムの送信元を探す事と、メルクリウスの捜査ですね」
「メルクリウスかぁ……国の直轄だろ?捜査許可取れるかなぁ」
カゲ先輩は面倒くさそうに襟足を叩く。
「やれることをやりましょう。出来なければ、上に上申するだけです」
「報・連・相ってやつか。めんどくせー」
「はいはい、やっておきます。先輩は送信元の捜査をお願いします」
「了解」
これ、もしかしたら結構大型な案件かも知れない。
あんなパワーのある魔象を、一般人が簡単に手にする事ができるんだ。
しかも、自分を犠牲にして、だ。
目的は?
動機は?
まだ、なぁんにも分からない。
霧の中を歩いてるような気分だ。
…でも、私達にできることをやらなくちゃ。
ふと窓から下を見ると、歩道を猫が歩いてる。
人と同じように、堂々と、飄々と闊歩してる。
ぴかぴかの毛艶。誰かに飼われてるんだろうか。何か、ちょっと不思議な感じの猫。
いいなぁ。私も、あんなふうに自由気ままに生きてみたい。
会社に縛られて、四季守家という、傀儡とは離れられない家系に縛られて、嫌でも社会に溶け込んでいかなきゃいけなくて。
……あぁー、良くない、良くないよその考え方は!
私は両手で頬をぱんぱんっと叩く。
どうせ会社を辞めたって社会は辞められないんだ。
頼れる家族もいない。
自分で、自分を守るんだ。
自分の足で立って、歩いていくんだ。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。私、書類作成とかありますんで」
「おう、お疲れ」
カゲ先輩を残して、私は会議室を出た。
……こんな時、そばに誰かいい人がいてくれたら、少しは楽になるんだろうか。
そりゃカゲ先輩は好きだよ。私の『推し』のツボをおさえてる。
でも、仮に、本当に仮に、カゲ先輩とうまくいったとして、この何ともいえない感じは和らぐんだろうか。
普通にデートしたり、『愛』を語り合ったりとかして、それで和らぐんだろうか。
……分かんないな。
……まぁカゲ先輩は!
チビは!
好みじゃないらしいですし!
はぁ。
ため息をこぼしながら、私は自分のデスクに戻り、メルクリウスの捜査許可の書類をまとめ始める。
「あの、四季守くん?」
「あ、御手洗課長お疲れ様です。この間はありがとうございました」
私は振り向かずに答えた。
多分御手洗課長が、申し訳なさそうに立ってるだけだろうから。
軽視してる訳じゃないよ。
…ちょっと集中したいだけ。
「昨日の件なんですけど、メルクリウスへの捜査許可願出しますので、よろしくお願いしますね」
「えっ、め、メルクリウスの?」
「…何か問題でも?」
「いや、あれは国の直轄設備だから…許可か…出るかなぁ」
「課長がそれでは困りますよ。課長からもプッシュして下さい」
「やってみるけど…うーん…」
煮え切らないなぁ。
こういうとこ、ちょっとイラッとするんだよねこの人。
カゲ先輩ならすぐに噛みついてるところだ。
私は淡々と書類をまとめて提出した。
件に関して、設備内の立ち入りと、データ閲覧許可だ。
捜査許可は、降りなかった。
1週間後も。
2週間後も。




