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㈱ムラクモエージェンシーの社畜ども   作者: ケムリネコ
即席魔動人形編(担当:四季守ミサオ)
1/5

~即席魔動人形(インスタントゴーレム)~






かったるい。


あー、本当にかったるい。


私は現実から一旦目を背け、窓から外を眺めた。

立ち並ぶ高層ビル群。そのほとんどがオフィスビル。その中は、多分私と同じように仕事と格闘している社畜がわんさかいるんだろうな。ご苦労様です。

さて、ではそのかったるい現実と向き合うとしますか。

私は視線を目の前に戻す。

そこにあるのは書類の山。領収書の申請書類や、以前通った企画立案についての詳細を求めるもの、はたまた『職務』遂行時に意図せず破壊してしまった設備についての始末書等々。

うー、やっぱやりたくない。

『社会人』っていうのが大変な事は知ってた。まして、私のような『特殊』な人間ならなおのこと大変だって。

けどなぁ……。こういう『大変』は、求めてないんだよぉ……。


やる気が全然出なくて、とりあえず甘い飲み物でも買いに行こうかと席を立とうとした時だ。


「あのー、四季守(しきもり)くん?」


気弱そうな声が私にかかる。


「はい、何でしょう?」


声のする方を向くと、気弱を具現化したような中年のおじさんが立っている。

おじさん、というのは失礼か。一応上司だし。

曲がったネクタイに、くたびれたダークブラウンのスーツ。生地からして安物ではないんだろうけど、いかんせん使い込まれ過ぎていて高そうには見えない。年輪の刻まれた、スーツと同じくらいくたびれた顔は、企業戦士というよりは『社畜』として長く生きてきた事を表してるみたい。いつ見ても、何か可哀相な、小柄なおじさん。

『御手洗ノブマサ』。私が所属している部署の課長を務めている。


「忙しいとこ、悪いんだけど……」


「えぇ、今めっちゃ忙しいですよ。用件なら手短にお願いします、御手洗課長」


如何にも『今頑張って仕事してますよ』感を出す私。お気に入りの黒縁眼鏡をついと直し、書類の内容を確認するようにぱらぱらとめくる。

……本当は全然進んでませんけど。

一応、この部署で私は『デキる女』というイメージを持たれてるらしいから、辻褄合わせておかないとね。

ストレートのショートボブをかきあげ、さて、仕事しますか、な雰囲気を出してみる私に、御手洗課長はおずおずと言う。


「あのね、緊急で『ヘルプ』の依頼が来てるんだけど……」


ヘルプ。


それが何を意味するのか私はよーく知ってる。

私の、本来の仕事。私が求めてる、アクティブな仕事。

つまり、私が今やりたい仕事だ。

きたーっ!……と思ってるけど、そんな感じをもろに出したらイメージが崩れるよね。

私はもう一度眼鏡を直すと、努めて冷静に返す。


「あの、目の前に書類あるの分かりますよね?私忙しいんです。他の人にお願いできません?」


無理だろうね、知ってる。

だけど、焦らすように私は返答を渋らせた。


「いやぁ、多分無理だよ。四季守くんの分析が欲しいって言ってるし……」


「……仕方ないなぁ。じゃあヘルプ行くんで、代わりにこの書類お願いしてもいいです?」


……そう、これが狙い。

だって書類整理とか本当に苦手だし、嫌なんだもん。


「うーん、分かったよ。私はこれくらいしかできないだろうし。だから現場行ってあげて」


よっしゃ。私、グッジョブ。

心の中で、あくまで心の中でガッツポーズしながら、私は席を立った。ピンストライプの入ったネイビーのスーツのラペルを整え、社員証の位置を直して身だしなみを整える。


「現場、どこなんですか?」


「ちょっと遠いよ。C1地区。速見くんには言ってあるから、乗せてってもらいなさい」


「了解です。『四季守 ミサオ』、現場に向かいます。じゃあ、後よろしくお願いしますね」


通信用のイヤホンを耳にかけ、準備OK。

最低限の荷物をまとめた小さなバッグをたすき掛けし、私はオフィスを後にした。

書類の山と、気弱そうな上司を残して。


ごめんね、御手洗課長。








「お、来た来た。課長から聞いてるからさ、とりあえず乗ってくれよ」


エントランスを出ると、同期の『速見 アキラ』がバイクをアイドリングさせて待っていた。


傾き始めた太陽の光でメタリックに輝く、超大型のバイク。アメリカンタイプではなく、よくサーキットで見るような速そうなカタチのバイクだ。それ系は何タイプっていうのか、私は知らないんだけど。

さながら鋼鉄の化物のような重厚さ。好きな人からしたら、きっとたまらないサイズ、デザインなんだろうけど、私はちょっと怖い。

何故ならこいつ、運転上手いんだけど、スピード半端なく出すから寿命縮むんだよねぇ……。

ま、仕方ないか。緊急な訳だし。

特注デザインのメタリックパープルのフルフェイスヘルメット。そのバイザーを開け、真ん丸な瞳が私を捉える。

ザ・年下系の彼はその人懐っこい性格と容姿で特に年上からの評判がいい。

私のように前線に立つタイプではないけど、バイクを使った輸送、高速移動能力には定評がある。縁の下の力持ちって感じかな。


「ほら、ミサの分」


速見くんが、自分が被ってるのと同じ、後ろに流れる流線形のデザインのヘルメットを私に渡す。

私は一旦眼鏡を外し、メットを被るとバイクに跨がった。

毎回思うんだけど、彼は分厚いライダースーツみたいなの着てるからいいけどさ、私は普通のパンツスーツなんだよ?あんまり飛ばさないで欲しいなぁ。


「速見くん、場所分かってるの?内容とかは?」


メットにマイクが内臓されてるから、被ってても会話はクリアにできる。


「ちゃんと掴まっててねー」


言われて、慌てて彼の腰に手を回す。

……腰細っ。何かムカつく。


ぶぉぉぉぉぉんッッ!


「ちょ、待って……うわぁっ!」


エンジン音が唸りを上げ、急発進。体が後ろに持ってかれそうになり、思わず彼の腰にしがみつく。

……くそっ、やっぱり腰細っ。


「場所はだいたいわーってるよ。高校らしいからすぐ分かるっしょ。あと、状況はさー……」


よく冷静に喋れるな、コイツ。あっという間にバイクは加速して、街の景色が物凄い速さで流れていく。加速で体全体にGがかかってるのがびりびり分かる。

……多分、今もう100㎞くらい出てるぞ?

ひゅうーんっ、と気持ち良いエンジンの回転音と共に、バイクはオフィス街を疾走していく。

『特殊車両扱い』である証の紫の点滅灯を光らせながら。


そう、『特殊』なんだ。私も、速見くんも。

人口の1%にも満たない、特殊な存在。

それが私たちだ。

私たちは、社会でこう呼ばれる。




魔象(ましょう)使い』。





「状況はさー、校舎で女子高生が何か『召喚』して暴れてるってさ。多分『傀儡(マリオネット)』か、『魔動人形(ゴーレム)』じゃないかって見立てらしいけど」


「は?その子も『魔象使い』なの?普通の女子高生がそんなの扱える訳ないじゃんっ」


『魔象使い』は、それが分かった時点で基本的に国に個人情報を登録され、一般人とは違う特別な管理下に置かれる。国がその『力』をきちんと監視し、管理するためだ。

『力』を野放しにしたら、大変な事になるわけだし。


「いや、多分魔象使いじゃないでしょ。普通の女子高生らしいし。だからおかしくないかって話になってさ、それでミサに見てもらおうってなったっぽいよ」


なるほどね。それなら確かに私に声がかかるわけだ。

私は、『操作系魔象』に対して、かなりの知識と経験を持ってるからね。


「現場は誰が居るの?」


「確か、『桐生』さんと『近衛』さんかな。とりあえず今は体育館に閉じ込めてるってさー」


ふぅん。結構な二人が出張ってきてる。二人とも、うちの部署でエースって言われてる二人だ。

その二人でも手こずってるって訳か。これはこれは……


「あれ、ミサ、もしかして寒いー?」


震えてるのが伝わったんだろうか。速見くんがちょっと心配そうな声を出す。

バイクかっとばしてるんだから多少寒いに決まってんじゃん。まだ春なんだし。

でも、この震えは違う。


……武者震いってやつ。


うちのエース二人が手こずるような案件に私が絡めるなんて、ちょっとドキドキしちゃうじゃないか。

あと、そのドキドキには違う要素もあって。

『桐生』さんこと、『桐生カゲナリ』は、実は私が気になってるヒトなんだ。

口は悪いしかなりのヤンキー気質だけど、あの鋭い目付きがこっちを見るだけで、きゅんきゅんしてしまう。

もちろん、誰も知らないだろうけどね。


「ちょっとね。だってまだ春だよ?そりゃあバイク乗ったら寒いよ」


「あーそうだねー。マフラーか何か用意すれば良かったわー。あ、桜咲いてるー」


呑気に景色見てるんじゃないよ。だからさっきからすっごいスピード出てるってば。

車の群れを縫いながら、速見くんのバイクは疾走を続ける。

ドアミラーギリギリをすり抜け、少し体を倒して大型トラックをかわしたかと思えば、今度はすぐ乗用車を左へかわす。

スピードに対する恐怖がないのだろうか。それが彼の武器といえばそうなんだろうけど。

……あの、正直私は怖いです。


「は、速見くん、あの、スピード……落とせない?」


「はぁ?ムリムリ、緊急なんだからさー、呑気に走ってらんないって」


……かっとばしてる奴に呑気に言われてしまった。

こいつ、本当にスピード狂だ。


……かと思ってたけど、優しい所もあるっぽい。

彼の操るバイクが、少しずつ減速している。いいとこあるじゃん。


「うわー、さすがにこれは抜けられんわー、渋滞ひどいなー」


って、ただの渋滞かよ。

前を覗くと、隙間なくびっちりと車列が並んでいて。バイクがすり抜けられそうな隙間すらない感じ。

ただ、こんなもので彼がへこたれる訳がないのを私は知ってる。

何故なら、彼も『魔象使い』なんだから。

彼が扱う『魔象』、それは……


「んじゃあ『可変(チェンジ)』しますか。しっかり掴まっててよー」


彼のバイク自体なんだから。



「ちょ、待ってって……」


私の訴えなど聞く耳持たず、速見くんの手がグローブごと、ぼうっと光り始める。

魔象使いとしての『力』を使い始めた証拠だ。


かきっ、かきんかきんっ……


ばき、ばきばきばきぃっ!


途端、私達が跨がってるバイクが、その姿を変え始めた。

ルーフの付いた流線形の超大型バイク。それが道路のど真ん中で、異形の鉄塊へと変わっていく。

私達を乗せたまま、座席が上へとせりあがり、バイクから鳥のような逆関節の脚が現れる。


……うわぁ、かなり恥ずかしい。


というのも、渋滞してる車列の運転手さんたちの視線がこっちに集まってるから。

入社して3年、もう25になって、私も速見くんも仕事にはだいぶ慣れてきてはいるけど、こればっかりは毎回ちょっと恥ずかしい。

そりゃあ、ただでさえ風変わりな見た目のバイクが、2足歩行型車両に可変したら普通は驚くよね。

私はメットの中で耳まで紅くなってるんだけど、速見くんは全く気にもしていないっぽい。

まぁ、彼にしてみたら結構な頻度でやってることなんだろうけども。気にしてたら、この仕事やってられないだろうし。


私達の仕事は、とにかく目立つ。

『魔象』とひと口に言っても内容は能力は様々で、地味なものから派手なものまで多種多様。でも、私達『エージェント』は、ほぼ派手な能力な事が多い。

特に今回みたいな『任務』は派手な鎮圧戦闘が伴う事も多く、野次馬が集まることもざら。

いい加減、私も慣れなきゃいけないんだろうけど。


「おかーさーん、ロボット、ロボットいるー」


……ちょっとまだ、無理かな。

窓から身を乗り出してこちらを見てる子供に、赤面しながら手を振るので精一杯だ。


「はい、緊急車両通りまーす。そのままじっとしててねー」


冗談めかして速見くんが言いながら、また手を光らせる。


「さあ、行こうか、『セーレ』」


自らが操る『魔象』の名前を呼ぶ。

それに答えるように、バイクから2足歩行型車両へと姿を変えた鉄の塊は、その脚を屈め、うさぎ跳びの要領で飛び上がる。


「うっ、わぁぁっ」


「口、閉じてないと舌噛むよ。いい加減慣れてよミサー」


『セーレ』。


彼の操る『魔動人形(ゴーレム)』の名称だ。

速見くんの手で服従の印を刻まれた、魔象で動く忠実な人形。

傀儡(マリオネット)』との最大の違いは、意志の有無にある。

傀儡は、操り主の操作でのみ動作するもので、有線操作であるのに対し、魔動人形はある程度意志があり、主の考えを汲み取りながら自律行動がとれる。

当然、主との意志疎通の正確さが能力を大きく左右する。

魔動人形の中では小型な事もあり、セーレは速見くんに対して非常に従順だ。

彼の話では、バイクの形状時にはセーレに意思はなく、あくまで可変したときのみ意志疎通するらしい。

だから、速見くんは問題やトラブルを起こす事が少なく、会社からしたら本当に使い勝手のよい社畜だ。


「もうすぐ着くから、そろそろ準備しててね」


道路の側壁や、路肩を上手く利用しながら、セーレはジャンプと着地を繰り返し、車列を抜けていく。

飛び上がる度にかかるGに、落下時にくる、ぞくぅっとするあの感覚。

それが何度も繰り返されるとどうなるかというと……。


「うえっ……吐きそ……」


遊園地でも、昔から絶叫マシンとか嫌いだった。

こんなの、いつまでたっても慣れる訳なんかない。

……っていうか無理です、無理。


「ちょ、マジ?吐くなら着いてからにしてよ!頼むからここでやらかさないでー」


速見くんの悲鳴が、だんだん耳に入らなくなってくる。




頑張れ、私。




まだ、『任務』の本番はここからなんだから……。






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