自作品の主人公にトーナメント戦させてみた
「紳士淑女の皆様方、大変お待たせ致しました! これより、昼熊キャラ最強トーナメントを開始します!」
真っ白な空間に響き渡る女の声。
声の源を探ると、ある物体が目に留まる。
白の中にポツンと存在する円形の石でできたリング。
その近くに長机とパイプ椅子が置かれていて、二人の男女が座っていた。
マイクを握りしめて声を張り上げているのは、少し髪の長いおかっぱのような髪型で黙っていれば涼やかな美女に見えるだろう。
だが、長机に片足を乗せて絶叫している姿が全てを台無しにしている。
「実況は『なうろう作家とメガミ様』で超絶美少女ヒロインをやっています、天聖子がお送りします! ご声援ありがとうございます!」
満面の笑みで手を振っているが、白い空間には彼らしか存在しない。
「天聖子さんには何が見えているのですか……」
机に頬杖をついて呆れているのは、これと言って特徴のない中年男性。強いて言うならモテなそうな感じだ。他に詳しい描写は必要ないだろう。
「隣でぼやいているのは一応解説を担当してもらう賑やかしです。一応、挨拶してよ」
「ええと、いきなりこんな場所に連れてこられて現状が把握できていない、なうろう作家です」
彼がぼやくのも無理はない。
本当に寝起きにいきなり謎空間に連れてこられたので寝間着のままだ。
「あのー、そろそろ状況の説明をお願いしたいのですが」
「はーい。今回は特別企画として、ドキッ、昼熊作品の主人公を戦わせたら誰が一番tueeeトーナメントを開催することになりました!」
「ああ、エイプリルフールの悪乗り企画ですか。一見さんお断りの誰得なのかとは思いますが、納得しました」
なうろう作家は手を打ち鳴らし、大きく一度頷いた。
「詳しい説明をしますね~。今回は一対一の対戦方式のトーナメント戦です。出場選手は作者である昼熊が書いたオリジナル作品に出てくる主人公のみです。対戦相手は公平にあみだくじで決めました」
「なるほど、なるほど。戦いに長けたキャラを戦わせると面白いことになりそうですね。個人的には『サラリーマンの不死戯なダンジョン』の主人公、山岸網綱と『自分が異世界に転移するなら』の土屋紅の戦いが見たいです」
「すっごく盛り上がりそうよね! ということで、いきなり一回戦始めます! まずはこの二人……二個?」
天聖子が小首を傾げながら選手紹介を始めると、石のリングに蒼い魔法陣が描かれる。
魔法陣から目も眩むような光があふれ消えた。魔法陣のあった場所には今――赤い陶器のドンブリとガラスの涼やかな器が並んで置いてあった。
器の中にはラーメンとソーメンが入っている。
「第一試合を飾る一人目……一個目、あっでも二つよね。まあいっか。『ラーメンさんとソーメンさん』から、ラーメンとソーメンです!」
「ええっ⁉ ジャンル問わず短編からも⁉」
この展開はなうろう作家も予想外だったようで、眼球が零れ落ちそうなぐらいに目を見開き唖然とした顔をしている。
「うん。短編も含めた全部の作品からに決まっているじゃない当たり前でしょ。何を分かり切ったことを」
と言う天聖子の顔を思わずまじまじと見つめる、なうろう作家だった。
「これ対戦相手に食べられて終わるのでは……」
「では対戦相手カモーン!」
ラーメンとソーメンの対面方向に魔法陣が浮き上がり、さっきと同じように光が消えるとそこには――自動販売機があった。
「『自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う』から、自動販売機のハッコン!」
「うわぁ……」
その光景を見た、なうろう作家の口から驚きと呆れが入り交じった声が漏れる。
「この場面だけを見て何をしているところでしょう、という質問をしたら百人中百人が外す自信がありますよ」
彼の発言は間違いではない。
石のリングの上にラーメンとソーメンと自動販売機が置かれているだけなのだから。
「早くも企画倒れの気配がびんびんですが、問答無用で勝負開始!」
机の上に置いてあったゴングを鳴らす天聖子。
試合が始まったようなのだが、両者微動だにしない。
「まずは相手の出方を窺っているようです! どう見ますか、解説のなうろう作家さん」
「作中でそんな呼ばれ方をしたことがないので違和感しかありませんが、そうですね……。ラーメンさんとソーメンさんはまず物理的に動けません。自販機のハッコンさんも自力では動けないのですが攻撃手段はありました。……そういえば、登場キャラは作中のどの状態なのですか?」
「どの状態とは?」
「ええと、作品の序盤と終盤では強さも異なりますよね」
「一応バランスが取れるように配慮されているみたいよ。対戦相手のラーメンとソーメンが弱いから、今のハッコンは序盤の転生したばかりじゃないかな」
そこまで聞いて、なうろう作家は眉をひそめる。
『自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う』の内容を思い出したからだ。
確か序盤のハッコンは……。
「いらっしゃいませ」
活舌のいい男の声がしたが、それは自動販売機から発せられた音声。
そう、序盤のハッコンは商品を売ることと、幾つかの音声再生しかできない。
「あれですよね。本編ではソーメンとラーメンや、ハッコンさんの心の声が聞こえていたから、まだ良かったのですが……。全く聞こえなくなると、シュール以外の言葉が思い浮かびませんよ」
なうろう作家はぼやくように解説をする。
それから何か動きがないかと見守る二人だったが、
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
「またのごりようをおまちしています」
「あたりがでたらもういっぽん」
「ざんねん」
「おおあたり」
「こうかをとうにゅうしてください」
をハッコンが言い続けているだけだった。
たまにガコンッと音がするのは、取り出し口に商品を落としているのだろう。
「ハッコンさんが少しでも場を盛り上げようと、頑張ってくれているのが伝わってきますね……」
「うん。でも、どうしようもないよね……」
なうろう作家と天聖子もやることがないので、二人で菓子を食べながら気長に眺めることにした。
五分以上が経過したところで、天聖子の手元に一枚の紙が何もない空間から現れる。
「えっと、おーっとここで作者からの伝言です! ラーメンさんが時間経過により伸びきってしまい降参するそうです。よって、一回戦はハッコンさんの勝利となります!」
「初戦からぐだぐだですね……」
試合が終了すると石のリングの上には誰もいなくなった。
なうろう作家はこの先の展開に不安しかなく、さっさと元の世界(作品)に帰りたいのだが、このトーナメント戦が終わるまでは解放されないようなので、あきらめのため息を吐く。
「第一試合が思ったより時間がかかったので、第二試合は二人同時に登場してもらいます!」
今度はリングの両端に魔法陣が同時に現れ、青い光が消えると二人の人間が立っていた。
無機物ではなく人が現れたことに、なうろう作家と天聖子は思わず安堵の息を吐く。
一人はヒョウ柄の服を着てハエ叩きを手にしたオバちゃん。
もう一人はロングコートを着た男。右手に小型の健全なマッサージ器。左手にはお得サイズのローションを手にしている。
「完全にマニアックな企画物アダルトビ――」
「それ以上は言わせないわ!」
なうろう作家の危険な発言を邪魔するように大声を張り上げる天聖子。
「『異世界転移テンプレの主人公が大阪のオバちゃんだったら』から、吉本笑子! そして、『ゾンビから逃げて飛び込んだ先はアダルトショップ!』からは……あれ、この人は作中で名乗ってないから名前分かんないんだけど。ちょっと待って、作者に確認をしてみるね」
ポケットからスマホを取り出すと、どこかに電話を掛けている。
二、三やり取りをすると通話を切った。
「ラインの方が楽なのに、いまだにガラケーってどうなの」
「作者にダメ出しはいいですから。それで名前の方はどうなったのですか」
「特に決めてないから適当に呼んでいいって。じゃあ、変質者っぽいから変質者で」
「かわいそうに……」
解説席の二人の声は対戦者には聞こえていないようで、変質者が文句を言うことはない。
オバちゃんと変質者は見つめ合ったまま、どうしていいか戸惑っている。
「ええと、初めましてやね。なんや、けったいな場所に連れてこられて困ったわー」
話し掛けられた変質者は慌てて、マッサージ器とローションをコートの中に隠した。
自分の姿が危険なことに気づいたようだ。
「そうですよね。あの世界から出られたのは嬉しいですけど、戦えと言われても困りますよ」
今から戦うはずなのだが、穏やかに会話をしている。
「はいはーい。和まないでね。今から第二試合を開始します! 両者頑張って!」
天聖子さんがゴングを何度も鳴らし、強引に試合開始を宣言する。
両者どうしていいか分からず、構えようともしない。
二人ともここに呼ばれた理由は伝えられているのだが、だからと言って見ず知らずの相手と戦うには抵抗があるようだ。
「あれっ? また同じ展開……」
「そりゃそうでしょう。戦う理由がありませんからね。ところで優勝賞品とか特典はあるのですか?」
「言ってなかったっけ。優勝者の作品は続きを書くそうよ」
「それって作者のさじ加減一つですよね。書きたい作品の主人公を勝たせるのでは」
「天聖子ちゃん、むずかちいことわかんにゃい」
幼児のような口調になってとぼけている天聖子を半眼で見つめる、なうろう作家。
「今までに見せたことのないキャラ性を出すのやめてください、正直怖いです。結末はさておき、続編が書かれるのであれば登場人物としては、やる気が出そうなものですが」
「そうよね。私たちなんて数か月に一回、気が向いたら更新される程度だし、もっと頻繁に更新を頑張るべきだと思うのよ」
「更新されるだけマシなのでは。エタっている作品と比べれば……例えば〇〇〇〇や××××とか」
作品名を口にしたのだが何故か上手く文字に変換されない。大人の事情があるようだ。
対戦する二人も丁度、優勝特典についての話をしている。
「続きを書いてもらうにしても、こっちはゾンビがうろちょろしていて望みのない展開だから、別になぁ」
「うちもどうでもいいわ。普通に楽しい感じで過ごさせてもろうたし」
両者、続きを望んでいないので戦う理由がない。
好戦的な性格なら違う展開もあったのだが、お互いにどちらかと言えば穏やかな性格をしている。
「こうしていても埒が明かないので、じゃんけんでもします?」
「ええよ、いんじゃんで決めよか」
あいこが二回続いたが、吉本笑子が勝った。
勝者が決まると二人の姿が掻き消える。
「これ完全に企画失敗していますよね」
「私もそう思うわ」
正直、二人ともやる気が減衰しているのだが、それでは話が終わってしまう。渋々だが続けることになった。
今度こそはまともな戦いになるように、と願いながら三回戦の登場人物が書かれた紙を覗き込んだ二人の顔が輝く。
「第三試合は熱い戦いになりそうですよ! 皆さん、期待してください! 二人とも出てこいやああああああっ!」
気合の入った叫びに応えるように、二人の男がリングの上に現れた。
一人は黒をベースにしたコートのような服装だったが、よく見ると聖印が刺繍されているので法衣のようだ。
しかし、そんな恰好よりも一際目に付くのが、肩に担いだ巨大な鈍器だった。
金属製の棒の先端に子供一人分ぐらいの塊がある。それはメイスと呼ばれる鈍器なのだが、ここまで巨大なメイスを人が操れるとは思えない。
だというのに法衣を着た男は軽々と担いでいる。
「皆さん大変お待たせしました。優勝候補の一人が登場です! 『独りが好きな回復職』から、勝つためなら手段を選ばない戦う聖職者、ライトアンロック!」
「人間離れした怪力と回復魔法が使えるという、闘う聖職者ですね。『死者の聖者』『暗黒のひきこもり』『一人を極めし者』という呼び名もある、作品内では有名人です。神をも倒したその実力は見ものですよ。優勝候補筆頭であるのは間違いありません」
ようやくまともに解説できる登場人物に、なうろう作家のテンションも上がっている。
「そんなライトアンロックと戦うことになるのは――」
ライトアンロックの視線の先には一人の男がいる。
これと言って特徴がないように思える顔は、ライトと同じく穏やかに微笑んでいる。
服装は旅に適した格好で、ズボンにはポケットが幾つも備え付けられていた。
「『いらないスキル買い取ります』からの登場は、未だに底が見えない行商人、回収屋の登場だああああっ!」
「多くのスキルを買い取っていますので、もっとも多くの能力を扱えるキャラですよ。ライトアンロックは特化型といった感じですが、対する回収屋は何でもありの万能型と呼ぶにふさわしい実力者です!」
一回戦にはもったいない好カードに興奮が隠せない、なうろう作家と天聖子。
第二試合と違って互いにやる気があるようで、二人は静かに構えを取る。
「ようやく、まともな試合をお見せできるようです! では、試合開始!」
天聖子が勢いよくゴングを鳴らすと、両者が同時に踏み込み――。
「はい、ということで、ここでおしまいです」
「天聖子さん、こんな美味しいところで終わったら怒られませんかね」
「いいんじゃないの。エイプリルフールのネタなんて大体投げっぱなしだから。ほら、よくあるでしょ。互いにぶつかり合ったところで場面転換して、嘘でしたーみたいなー」
「あー、ありますね。あと、初めの方から気になっていたのですが、こういうメタ発言や自キャラが好き勝手に会話する感じって、古き良きラノベのあとがきを思い出しますよね」
「これで作者本人がキャラと会話したらそのものだけど、それはさすがに恥ずかしいそうよ。好評だったら来年に続きを書くかもしれないけど期待はせずに~」
「エイプリルフールネタですので、目くじら立てずに笑っていただけると幸いです」