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想い出が映る投稿動画

作者: 橋沢高広

 インターネット上の動画投稿サイトで私は気になる映像を見付けた。一人の女性が屋外で音楽ライブを行っている動画である。

 私は、この女性に関して何も知らない。曲も初めて聞くものばかりだ。それにも関わらず、この動画が気になったのは、背景に映り込んだ商業施設に目を奪われた為である。


 私が今も働いている食品販売関連会社に入社したのは三十四年前だった。最初に勤務したのは、とある地方都市の駅前にある商業施設内の店舗だ。そして、私にとって想い出深い場所でもあった。

 不幸にも若くして亡くなった妻と従業員同士という関係で出会ったのも、ここである。息子が生まれた時、必要な用品等は全て、この商業施設にテナントとして入っている店舗で揃えた。


 入社十二年目の事である。事業拡大の為、大幅に店舗を増やす計画が持ち上がり、それが実行された。その際、私は新規に出店した店舗へと異動する。この時、妻は他界しており、一人息子と二人で、この地を離れた。そして、遠くの町へ行く。

 その息子は大学を卒業後、東京にある会社に就職し、私のもとから巣立った。以後、一人暮らしを続けているが、それ相応の出世を果たし、本社勤務となった私に課せられる仕事は多忙を極め、「寂しい」と思う時間は与えられていない。


 私が入社した時に勤務した店舗の閉鎖が確定したのは四年前だった。商業施設そのものが老朽化し、取り壊しが決定したのだ。妻と出会った場所が〈消える〉前に一度、訪問したかったのだが、その機会に中々恵まれない。そうこうしている内に私はバイヤーの責任者として、海外への赴任が決まった。これまで積み上げて来た「仕事の実績」も評価されたのだろうが、実質的な独り身だった為、会社側としても業務命令を出し易かったのだろう。私自身、それを拒む気もなかった。

 海外赴任の準備に時間が掛かり、結局、取り壊しが決まった商業施設に行けなかった事が悔やまれたものの、私は何の問題もなく日本を離れる。


 今年になって私は日本に戻った。当初の予定通り任期満了に伴う帰国である。この時、既に例の商業施設は取り壊されていた。しばらくすると、新しい商業施設の建設が始まるらしいが、今は大きな駐車場になっているという。

 店舗が撤退した時、会社として、その店内等を撮影していたが、建物そのものの写真は二枚しかなく、しかも、双方共、写りが悪かった。我儘と承知しながらも、(何故、この様な写真しか撮れない!)と怒りに近いものを覚えてしまう。

 社員に声を掛けて探せば、その写真が出て来るかも知れないが、顔見知りなら、ともかく、個人的な用件で社員を〈動かす〉訳にはいかない。一応、同僚等の知り合いには尋ねてみたが、商業施設の写真は出て来なかった。

 その様な時である。例の動画を見掛けたのは!


 そこは駅前にある小さな広場だった。使用許可を取っているのか、どうかは知らないが、そこで一人の女性が音楽ライブを行っている。そして、その背景に例の商業施設が完璧なまでに映り込んでいたのだ。しかも、女性のライブ動画は一本だけではない。同じ場所にカメラが置かれている為、その映像には必ず建物が映っていた。更に、商業施設が解体されている時の動画もある。私は、それを見ながら、涙を流していた。

 この女性の動画をチャンネル登録し、かなりの頻度で視聴する。もちろん、その目的は、そこに映った商業施設であるが、耳に入ってくる歌や曲は自然と覚えてしまった。気が付けば、口ずさんでいる時もある程だ。

 ある時、投稿された動画内でライブ開催の告知が行われる。その会場となるライブハウスは、私が勤める食品販売関連会社の本社からバスだけで行ける場所であった。しかも、演奏開始は午後七時。定時退社すれば充分に間に合う時間である。

(これも何かの縁かも知れない。行ってみるか……)


 小さなライブハウス。この様な場所に来るのは大学に通っていた時以来だ。

 移動出来るイスが並べられた会場内は閑散としている。客の数は十人に満たない。「人を呼べるミュージシャン」が、ほんの一握りであるのを痛感した。

 この日は四組の演奏者がステージに立つという。一人の持ち時間は三十分。その女性のライブが始まる。動画を見て覚えてしまった曲ばかりだった為、かなり楽しめたのも事実だ。

 ライブが終わり、休憩時間の際、その女性が客席に現れた。私は思わず、「いつも動画で見ています。今日は楽しませて頂きました」と声を掛けてしまう。女性の顔に驚きの表情が浮かんだ。それは五十歳を超えた〈おじさん〉が自分のライブを見に来ているという事実に対する驚きだろう。この場に私がいる事自体、異質とも言えた。

 次の瞬間、女性の表情が変化する。そこには嬉しさが表れていた。

「ありがとうございます!」

 彼女は、そう言って握手を求める。私は、それに応じた。そして、自らが持っていたバックの中から一枚のCDを取り出し、「私が演奏しているのは全てオリジナル曲です。私の歌をプレゼントさせて下さい」と言いながら手渡す。その行為を私は素直に受け入れた。

 年齢的には息子と同じ位だろう。音楽だけで食べていける状況にないのは、このライブハウスに集まった人の数を見れば即座に推測出来る。それでも、好きな音楽の為に一生懸命、活動している、この女性に私は少なからぬ好感を覚えた。

 ライブハウスを後にして、最寄りの駅へと向かう。自宅へと戻る電車の中で、(あの女性を応援するか……)と考えていた。

 音楽とは全く関係のない要因が、その発端であったものの、私は投稿動画を通して彼女と、その音楽に出会ってしまったのだ。

(こういうのも、悪くないかも知れない……)

 電車に揺られながら、彼女から渡されたCDを見詰めた。

想い出が映る投稿動画(了)

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