束の間の
「ナギ様!そう!その調子です!」
今日は、ヘラの畑で農作業を手伝っている。ヘラは農家さんなのだ。
もう体はすっかりよくなったが、再び稽古を付けるわけにもいかず、どことなく元気のなくなった僕を励ますために、みんな色々なことに誘い出してくれる。
「これはニンジンかな?」
「ナギ様の国ではそう呼ぶのですか?こちらではミミルーベと呼ぶんです。」
この国の言葉はなぜか目覚めたときから理解できる。しかし時々、固有名詞が異なる。例えば、この星の衛星である月のようなものを、メルバと呼んだり、太陽のようなものをソルファと呼んだりするのだ。法則性はまだ見つけていない。
「こうやって、ソルファの下で汗を流すのって、最高だと思いませんか?」
「いやぁ、僕はこういうのに慣れていないので…」
「…っていってる割には、めっちゃ収穫してますけど!?」
僕のそばにおいてあるバケットには、まだ土のついいた野菜が並々と積まれている。
「美味しそうだったから…つい頑張っちゃいました…」
「うふふ、かわいいところもあるんですね。今日はこの野菜でシチューを作りましょう!」
「うわ、やったぁ!」
美人な女の子と、まったり農作業して、おいしいご飯を食べて、暖かい家で眠って…
こんな日常がずっと続けばいいのにと心底思った。
「日が暮れてきましたね、そろそろ作業を切り上げて家に戻りましょう。」
「あーよく動いた。明日筋肉痛になっちゃいます。」
「ナギ様は軟弱すぎます!私なんて、なんのこれしき!」
「ヘラさん!無理しないでください、重いものは僕持ちますから。」
女の子相手だっていうのに、ヘラに対してはすっかり自然体で話せるようになった。
「夕日…」
ヘラが言った。
「今日の夕日、真っ赤できれい…」
「夕日が赤く見えるのって、レイリー散乱のせいなんですよ。」
「レイリー散乱?」
「はい。光って、青い方が波長が短くて、赤い方がながいんです。夕方って、大気中に水蒸気とか、チリとかが多いんですよ。空気中にこういう障害物が多いと、光が散乱しやすい状態になります。波長の短い光は、散乱されやすいという性質がありますから、青い光は散乱されて、バラバラになって、赤い光だけが残るんです。あ、厳密に言うと、夕暮れ時には差し込む太陽光、この世界ではソルファ光ですか?それに角度がつくために、光が大気中を進む距離が長くなり…」
あっ、やってしまった。僕はいつも、自分の好きなことになると話しすぎてしまう。これだから何時まで経っても理系童貞野郎なのだ。完全に引かれてしまった、ツラい。
「ナギ様…」
「あ、すみません。つい癖で…」
「ナギ様はものしりですね!勇者様じゃなくて大賢者様なのではないでしょうか?もっと詳しく知りたいです!波長ってどんなものなのですか?散乱すると、色はどうなるのですか?」
なんだヘラのこのテンションは。今までこんな話したらゴミを見るような目で見られたのに。
例えば、花火大会で炎色反応の話をしたり、プロジェクションマッピングで投影機材の方ばかり見て女の子に怒られる、なんていうのは、世の理系男子諸君なら一度は経験したことがあるのではないか。
女の子の見たこともないの反応に僕は唖然とした。
「難しい話してごめんね、悪気はないんだ。」
「いいえ、ナギ様。私はもっと聞きたいです。」
こんなことがあるだろうか。
僕たちは農作物を運びながら、二人で今日限りの物理教室を開いた。




