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体育祭  作者: 華火
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朝日に照らされた恋心

 例えば嫌なことがあったとき、人は防衛本能が働くらしい。朝、学校に行きたくないと思えば腹痛が起きる。昼、午後の授業を受けたくないと思えば睡魔に襲われる。夜、宿題をやりたくないと思えば、漫画や携帯を触りたいと思う。

 体操服に着替えてグラウンドに出て、やっぱりわたしはこういう雰囲気は合わないのではないかと全力で思考を巡らせている。考えることがわたしの防衛本能なのかなと思ったけれど、ただわたしは外にいたくないという感情が強いだけなのだ。

 日光がまぶしい。日差しに痛さは感じないけれど真っ白で目に刺さる。朝の段階でこんな風なんだから、きっと昼になれば暑くなってやってられなくなる。でも由美曰く、今日の練習は午前中で終わるらしいのでラッキーだった。

 グラウンドの隅でわたしと由美は座っていた。体育座りで膝を両腕で結んでいた。

「朝で終わるって言っても、しんどいのに変わりはないよね」

 由美はそう言って、ひとつあくびをした。

「その通りだと思う」

「応援って誰を応援するねんって話だよ。なんかの試合があるわけでもないし、応援したい人なんていないし」

「その通り」

「学校のイベントって強制参加なのがつらいよね。来年は受験生で進路もはやく決めないといけないのに、気が進まないったらありゃしない」

「なんか言い回しが古いね」とわたしは笑った。

「え? そうかな」と由美も同じように笑った。

 整列十分前になっても追いかけっこをしている男子を見て、ばかだなあと思う。それと同時に、ああいうのがちょっとだけすごいなって思う。ばかになれるほど夢中になれることがあるって、やっぱり楽しいって感情がないと続かない。わたしがそれを経験したのは、たぶん中学の時の合唱部。高校では合唱部がなかったから帰宅部だ。

 きらきらしている姿は夢中になっている人に訪れる。いまのわたしにはきっと来ないその姿に、時々強烈にあこがれる。わたしには無理なんだろうなって早々に諦めてしまう自分の姿勢もあまり好きではない。

「そういえば、昨日大宮君と帰ってたよね」

「あ、うん」

 そうか、由美は真樹のことを名字で言うんだ。いや、それよりもだ。

「なんで知ってるの?」

「ちょっとうわさでね、大宮ファンたちの話が流れてきただけ」

「ファンか……」

 真樹はサッカー部だった。サッカー部の男子は基本的に女子からの人気が高い。本人に自覚があるかはわからないが、大宮ファンという言葉があるくらいだ。真樹に注目している女子はそれなりに多いのかもしれない。

「大宮君と知らない女子が歩いてたって、もう話は広まってる。琴の名前覚えてもらったら、大宮君のパートナーってことで有名になるかもね」

「そんな話あったらたまらないよ……」

 有名になるために真樹と一緒に帰ったわけではない。そんなこと由美だってわかっているくせに。

「わたしの状況で楽しまないでー……」

 顔、熱い。地面に置いてあった水筒を頬にあてる。肌に触れた金属部分がかなり冷たい。

「まあまあ、琴はかわいいんだし大丈夫でしょ、わたしは応援するね」

「応援ってなんの?」

「んー、なんだろうね」

 そう言うと由美は立ち上がった。首回りよりも長い黒髪が太陽に照らされて輝く。

「なんかあったら、わたしに言ってね」

 笑顔だった。太陽を背負った由美をずっと見ることはできなかったけれど、たしかに表情は柔らかかった。その笑顔の意味は、いまのわたしにはわからなかった。

「集合ー」

 川合の一声で生徒たちはいっせいに整列を始める。みんな怒られたくないのだ。わたしとしては朝から川合の声を聞くことすらも抵抗があった。理由としては、やはり声が大きすぎる。体育会系だからある程度は仕方ないのかもしれないが、それでも限度というものがあっていいんじゃないかと思う。だって、まだ時計は九時にすらなっていない。

「さて、行こっか」

 由美に差し伸べられた手をわたしはしっかりと握る。

 きっと由美はわたしが真樹のことを好きだとわかっているんだ。彼女の意味深な言葉すべてわたしのことを知ってのこと。

「ありがと。頑張ってみる」

「そっかそっか」と由美は満足げに頷いた。

 誰を応援するねんと言ってすぐにわたしを応援すると言った由美はどこかいい加減だ。でもその加減がわたしにとってはちょうどよく、勇気を引き出すきっかけになる。見破られたならさらせばいい。由美にはあとで伝えよう。真樹のことについて、相談しよう。たぶん由美なら大丈夫。

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