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体育祭  作者: 華火
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昨日を歩く朝の道

 昨日、真樹は結局家には来なかった。

「やっぱり琴の親も疲れてるだろうから今日はゆっくりさせてあげて」ということだった。わたしとしてはちょっと残念だったけれど、その代わりに最初の予定通り二人でコンビニによってアイスを食べた。だからあまり悪い気はしていない。

 母さんは「せっかくおかず増やしたのに気を遣わせたね」なんて言っていたけれど、その唐揚げは今朝の朝ご飯になっていた。わたしは「朝から揚げ物は無理」と言って一つしか口にしていないせいで、すこしお腹がすいていた。

 朝の登校はいつも由美と二人だった。いつもわたしが由美の家を訪ねて、彼女の準備が終わるのを待つ。今日も野良猫を撫でながら、わたしは彼女が家から出てくるのを待っていた。

 真樹もきっと、いまごろ家を出ているころなんだろうか。もしかしたら応援が忙しくてもう学校にいるかもしれない。昨日はちゃんとご飯を食べたのかな。

 時間があればすぐに真樹のことが頭に浮かんできて、わたしはそれを止めることができない。一日の始まりがこんなあkん時だから、あと何回わたしは真樹のことを考えるんだろう。

「おはよー」

 由美の声がして、わたしの背中を軽く手のひらでたたいた。

「おはよう」

「ごめん、朝ごはん食べる暇なかったから食べ歩くね」

「うん、大丈夫だよ」

 由美は朝が弱くて、一年生のときは週一で遅刻をしていた。いまはわたしが起こしに毎日来ているからそういうことは絶対にないけれど、もしわたしがいなかったらどうするつもりだったんだろう。

「いやあ、毎朝七時に起きるっていうのも大変だね、はやく大学生になりたい」

 おにぎりを頬張る彼女はまだどこか眠そうで、それでも軽めに化粧をしている顔を見て、やっぱり整った顔してるなって思う。

 きれいな鼻筋に猫みたいな目、程よく薄いピンクの唇。美人にならない要素がないのに、由美は誰とも付き合ったことがないらしい。

「そういえば、来週から放課後も応援練習あるって聞いた?」

「いや、聞いてない」

「明里から聞いた話なんだけどね、一番を取るためには練習しかないって応援団の誰かが言い出して、それで決まったらしいよ」

「篠田さんって応援団だっけ?」

「いや、友達が応援団の副団長らしいよ。てか同級生に名字でさん付けはさすがに距離感じるからやめな?」

 そう言った由美はちょっと困った顔で苦笑いをしていた。

「気を付けまーす」

 バスから降りる大量の人たち、自家用車で送ってもらう人たち、自転車をこいで坂を下る人たち。わたしの知っている朝の光景は今日も変わらない。いまだって由美と一緒に歩いているし、きっと今日の放課後も由美と一緒に帰る。

 ただ事実として、昨日の下校はいつもと違っていた。高校になって真樹と一緒に帰るというのは初めての経験だった。デートみたいなことをした。カップルみたいなことをした。

 思い上がりすぎだと言われればそうかもしれない。でもあの瞬間だけは、わたしたちは恋人だった。

 冷たく乾いた風が首筋を撫でる。日中は暑くても、朝と夕方は肌寒い。日陰なんて、もうとどまることができる場所ではない。少しの風で足の先から冷たくなる感覚を味わいたくない。できることなら光を浴びて、のんびりと日向ぼっこでもしていたい。

 真樹はまた、一緒に帰ってくれるだろうか。

「今日の練習来る?」

 由美はおにぎりを食べ終えてペットボトルに持ち替えていた。

「うん、放課後も行こうって思ってる」

 きっかけさえあれば、また真樹に話しかけてみよう。

「待ってる」

「うん、ありがと」

 由美は静かに笑ってくれた。わたしには真樹がいて由美もいる。ちょっとのことなら二人に頼れば乗り切れる。いまはそういう確信があった。

 今日もいつもと違う一日になりますように。くだらないと思いながらも、わたしはどうしても願ってしまう。真樹とかかわることができる生活と自分の幸せを重ねて、それを手にしたいと思ってしまう。真樹を好きになるなんておこがましいことだと知っていながら。


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