歪な針はまっすぐになる
「珍しいな、琴が誘ってくるなんて」
あれほど悩んでいた時間があほらしく思えてしまうほど、真樹はあっさりわたしのお願いに乗ってくれた。
「まあ、悪いことしたし」
「本当に。明日は休むなよ」
真樹は怒っていなかった。むしろ優しい口調で言われたから、わたしの中に潜む罪悪感がちょっとだけ大きくなった。
「ごめん」
「大丈夫、今日は特にこれといったことしてないから」
「そっか」
同級生の成長を肌で感じた瞬間を、わたしは今まで知らなかった。それはわたしの人間関係が薄いからということもあるかもしれないけれど、それでもわたしは真樹の背中を見ていたつもりだった。でも実際に真樹と話していると、わたしは彼のなにを見ていたんだろうと思えてくる。
「まあでも、ほかの奴らはちょっと怒ってたかも。青井がずる休みだーって」
「間違ってはないかな」
「でも、本当に今日はなにもしてないんだよな。並び順をちょっと確認しただけだったのに、なんであんなに怒る必要があるんだろうな」
お前以外にも休んだ奴はいたのに、と真樹は付け加えた。
彼の言うほかの奴らはわたしにはわからない。でも想像はつく。そしてふと、わたしって意外とヘイトを集める存在なんだって自覚した。
それときっと真樹の中には、スクールカーストという概念が存在していないんだと感じる。そうじゃないと、わたしみたいにクラスに馴染んでいるとは言えない人間に対して、気軽に話しかけたり一緒に帰ってくれたりなんかしない。
そういうところに直に触れて、真樹の性格を受け止めて、やっぱりわたしは彼のことが好きだと思う。
「でも明日から来るならなんも言われないだろ」
なにもわかってないところが純粋で、きっと人間関係の駆け引きもしたことないんだろう。
「明日からよろしく」
トンと肩をたたかれて、手のひらの感触が気持ちよかった。産毛が逆立つような感覚と一緒に全身が震えた。
空はもう紫色になっていて飲食店の並ぶ商店街や住宅街からは晩ご飯のにおいが漂う。
「お腹すいたね」
「いっそ飯でも食べる?」
「それやったら母さんに怒られる」
「琴んとこ、もう晩飯作ってるのか」
「いや、たぶんまだ帰ってきてないと思うけど、たぶん買ってくる」
「うちは夜勤と残業でどうにもなんねえわ」
わたしたちの環境は似ている。それは偶然かもしれないし、時代の必然かもしれない。確信できることは、いまわたしは真樹の隣にいるということ。それだけで充分だった。
「じゃあちょっと母さんに連絡してみる」
かばんから携帯を取り出して、連絡先から母さんの名前を探す。
「外食ダメ厳しそうなら、うちで一緒に食べよ」
真樹のほうは見なかった。見てしまったら、きっと体が硬くなって次の言葉がうまく話せないと思ったから。
「甘えさせてもらうわ」
見なくても言葉が出ないのは一緒だった。だからわたしは「うん」とだけうなずいて、頬が勝手に上がってしまわないように唇を結んでいた。