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体育祭  作者: 華火
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背ける本音

「おいすー」

 美術室の入り口から由美の声がした。

「おいーす」

 午前中、ずっと外だけを見ていた。携帯アプリはあったけどどれもプレイしようという気にはならず、結局ずっと応援練習の声を聞きながら、いつ終わるんだろうなんて考えていた。

「疲れたー」

 由美はわたしの向かい側に座って、赤色のリュックを床に落とした。肌はすこしだけ焼けていて、普段よりも可愛く健康的に見える。

「お腹すいた、食べる」

 そう言いながら由美はお弁当をリュックから取り出して、それを机の上に広げた。そして丁寧に両手を合わせ「いただきます」と口にする姿を見て、やっぱり育ちがいいなって思った。

 わたしも食べよう。カバンからレジ袋を取り出す。今日はパンの日だった。母さんが夜勤で、登校時間にまだ家に帰っていなかったからだ。普段はしっかりとしたお弁当を渡してくれるけれど、夜勤の日ばかりは仕方ない。母さんは「ごめんね」と申し訳なさそうに言うけれど、わたしとしては週一のイベントとして好きなものを食べるから、たいして不満はなかった。

 袋を破る音と一緒に「色気ないね」という由美の声が聞こえる。

「色気よりも好きなもの食べたいじゃん」

「ふーん」というこれといった興味のなさそうな返事をする由美に、これ以上のことは言わなくていいなと思った。

 焼きそばパンを水筒のお茶と一緒に食べていく。乾いた風が美術室をめぐって、絵具とお昼ご飯をかき混ぜていく。普段の昼休みなら、きっと閉め切った教室で冷房を浴びながら、重苦しくなった空気の中で昼休みを過ごしていた。だからこうやって美術室で過ごす時間は新鮮で、特別なような気がした。

「午後の部もあるけど、来る?」

 由美の弁当はまだ半分くらい残っている。わたしもちょうど、焼きそばパンを食べ終えた。

「いや、さぼると思う」

 体操服も短パンも来ているのに、ちょっと考えてみれば自分の行動がおかしいなって思う。それでもやっぱり応援練習は嫌だった。体育会系の精神には、どうしても耐えられない。

「そういえば、あいつ怒ってた?」

「ん?」と一瞬、由美の耳が動いたような気がした。

「あいつって誰?」

 身を乗り出して知りたがる由美を見て、これはやってしまったと後悔した。

「いや、そこはいいじゃん」

「いやいや、名前を教えてもらわないと答えようがないじゃん?」

 由美が食いついたのは、きっとわたしの示すあいつが男子だってばれているから。それ以外、いまは考えられなかった。

 わたしはすこし黙った。真樹のことを意識しすぎているんだろうか。名前を教えることをここまで躊躇う必要があるんだろうか。人を好きになるというのは、なんとなく不自由な感情になる。

「応援団長のこと」

 名前は言わなかった。でも由美が「真樹くん?」と言ったせいで、頬が熱くなっていく。

「まあ、そうだね」

 誰かの口から自分の好きな人の名前を言われることがこんなに恥ずかしいなんて知らなかった。

「怒ってはなかったよ。でも琴佳どこいるか知らないかっては聞かれた」

 それはつまり、真樹がわたしのことを気にかけているということで、そのことが無性に嬉しかった。それと同時に、やっぱり午後の練習は参加しようかなってちょっとだけ反省した。わたしは好きな人に心配されるために練習を休みたかったわけじゃない。

 由美は弁当の残りを食べ始めていた。わたしもレジ袋の中からクリームパンを取り出して、やっぱり今日の練習はさぼろと思った。そして放課後、真樹にアイスでもおごってやろうと決めた。


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