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体育祭  作者: 華火
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逃げ出した想い

 美術室には冷房がないから、わたしはすべての窓を開け広げてグラウンドを眺めていた。学校の立地はすぐ目の前に海があるから、どことなく港特有の海のにおいがする。そのにおいと一緒に外から聞こえてくる声は、いつもうるさくて仕方のない体育教師の川合だった。

「やる気とは……」「責任とは……」「信頼とは……」「応援とは……」

 川合が強調する言葉は、高校生のわたしにとってどれも重みがわからない。どれくらいの重みなんですか、と質問してみれば、きっと川合は「大人になればわかる」なんていうどうしようもない答えを言ってくれるんだろうなと思った。

 「うぇーい!」

 男子たちの雄たけびのような返事は四階の美術室まで登ってくる。元気だなあって思う。わたしも体育祭に対するやる気があるような人間だったら、もっと友達もいたかもしれない。でもわたしはそういう人間じゃないから、こうして美術室で生産性のない時間を過ごす。

 携帯が震えて、メッセージが表示された。

『もしかしてさぼり?笑』

 由美はたしか、今日の練習に参加しているはずだ。なのにわたしにメッセージを送る時間なんてどこにあるんだろう。すこし考えて、なるほど、トイレかどこかにいるんだと気づいた。

『お互い様じゃない?』

 わたしの文章が送信されて五秒もしないうちに『ばれた?笑でももうすぐ行ってくるわー』という返信が携帯の画面に表示される。

『おっけー、わたしも適当な時間に戻るわ』

 すぐにわたしも文字を打って返信を待ったけど、もう練習にいってしまったのか、携帯は震えなかった。

 体育祭というのは全校生徒参加のイベントみたいな扱いだけど、実際はどうなんだろうと思うことがある。例えばリレーは、クラスや学年の代表から選ばれる。選ばれなかった人は選抜メンバーを応援する立場になるけれど、わたしには運動が得意な友達がいなかった。由美はどちらかといえば裁縫とか手作業が得意な人だからそういうものには参加しない。だからわたしにはリレーというものに意味を見つけられなかった。

 次の例えは応援合戦。小学校、中学校のときから、わたしは応援合戦が苦手だった。応援団という同級生の集団が、立場という武器を手に入れて、わたしたちのことを思い通りに動かそうとする。応援練習は応援団がわたしたちにいろいろと教えてくれる時間とわかっているけれど、どうしても立場を利用した人間がいることが腹立たしかった。ちょっと言うことを聞かないと怒鳴り、ミスをしたら露骨に嫌な顔をされる。「やればできるやん」なんて上から目線で何度も言われ、そのたびに練習が嫌になっていったのを覚えている。だから二年生になったら体育祭はさぼろうと、一年生のときに決めた。

 今現在それを実行に移しているわけだけれど、なかなかの罪悪感がある。でもその分、悪いことやってるっていう清々しさと、ばれたら怒られるんだろうなっていうスリルが気持ちいい。

 ひとつ、あくびをした。それは教室では絶対にできないような大きいものだった。

 わたしを探しにあいつがやって来ないかな。いやあほらしいな、そんなこと。でも少しだけ期待してしまう自分が恥ずかしい。

 でももし本当にあいつが来たら、わたしは素直に応援練習に参加するんだろうなと思った。

 そうじゃないと、応援練習をさぼるために、体操服に着替えたりなんて絶対にしない。

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