表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バケモノシリーズ

最高にクールでイカしたバケモノ

作者: モンブラン

意味あってのことですが、残酷な描写がありますのでご注意ください。





俺様の名は、オルトリア・グリュントリヒ・イーヴィルロード。誇り高きこの名を堂々と名乗ろう。素性はヒトにあらず、俺様自身も正直どうでも良いところなのだが、ヒトは俺様のことをバケモノと呼ぶ。

 バケモノはバケモノでも、『バケモノの王』と。

 気づいたら生まれていた俺様が自らの姿を初めて視認したのは、湖の澄んだ水面を覗いた時のこと。思っていたよりもパッとしないものだと溜息をついたが、これまた初めてヒトを見た時には落胆を通り越して俺様はえらく驚かされた。姿形は俺様と非常によく似ている――しかし、あまりに弱い。弱いのだ。腕力も脚力も――「力」と一言まとめてしまえるものも、そして、美しさも。美しさは見ればわかる。力も少し試してみたら、忽ちヒトは死んだ。「えっ、ちょ、マジで?」という感じだ。そうして、その光景を遠巻きに見ていた他のヒトが俺様に指差してこう言った。


「バケモノだっ!」


 敵意のこもった言葉を向けられようと、言葉だけに飽き足らず刃まで向けられようと、しかし、俺様の心は少しも動かなかった。仮に俺様がヒトたちの態度に怒りを覚えて、殺されてしまったらどうするつもりだろう? どうするも何も、どうしようもなく死んでしまうのではないか。お前たちは死んだら死ぬんだぞ。

 呆れたような、不思議なような、それでも結局何の気持ちも俺様の中には実らず、俺様はヒトたちのもとから立ち去った。さして殺したい訳でもない人間を殺したところで、こちらに何の喜びもありはしないのだから。

 ヒトが住む地から離れた荒野に、俺様は根城を築くことにした。根城は字のごとく城である。折角だから立派な住まいを作りたいと思い、人間たちの中でも特に偉そうにしていたヤツ――後から聞けば「王」というものらしい――が暮らしていた住まいを真似て、俺様なりに築きあげてみた。俺様はこの城に『暗黒城』という最高にイカした名前をつけた。手をかけた自信作にはそれに応じた名をつけてやりたいからな。作るのに百五十年もかかったんだぜ。

 夢のマイホームを完成させ、玉座に腰を落ち着けた俺様。そこでふと、腹が空いていたことを思い出した。よく覚えていないのだが、少なくとも数十年は何も食べていない。ヒトは動物や植物を食して、その生を維持する。ヒトに食われる動物や植物たちも同様に他の何かから栄養を得るものだ。バケモノなりに生きている俺様も何も食べなくては流石にまずいだろう。これはとても重要な気づきだ、数十年ぶりに。

 とはいえ、俺様は何を食べたら良いのだろうか。ヒトの暮らす地に入った際にヒトの食べ物を拝借したことがあったが、どうにも美味しくなかったように思う。口に合わないし、腹も満たされん。それでは食事の意味がないではないか。しかし、俺様は釈然としなかった。ヒトの暮らす地で俺様の食欲を満たしてくれた何かがあったような気がするのだ。それが何かがどうしても思い出せない。確か、植物ではなく動物だった。何の旨味もない衣を身に纏っていて、それを剥がすのが面倒だった。何だったっけ、俺様の好物は?

 あれこれ考えるよりも、直接物色しに行った方が早い。俺様はヒトの暮らす地に再び赴いた。前回のように悪目立ちをするのも煩わしいので、フードとマントで全身を覆いながら。ヒトの暮らす地――と言うのも長い。何と言ったかな? 「街」だったか? 街の入り口に立った俺様だったが、しかし、近くにヒトの気配がしない。耳をよく澄ましてみると、少し離れた場所にある俺様が築いた暗黒城のモデルとなった、王の城の近くにヒトたちが集結している気配を聴き取れた。王や王の近くに居るヒトたちが大して面白くもないことを言っては、ヒトたちが大いに盛り上がっている。何かの催しだろうか。気になるではないか。

 ここは一つ跳躍でもして、ヒトたちのもとへ向かおうか。そう思った矢先、俺様は付近に別の気配を感じた。ヒトだ。ヒトに間違いない。しかし、何故他のヒトたちのように王のもとへ集まっていないのか? 首を傾げる俺様の前にひょっこりとそのヒトは姿を現した。俺様と同じようにフードを被り、そして身軽そうな服装。布で何かを――金品か、金品を包んで背負っていた。俺様は察しが良い。このヒト、さては空き巣だな。他のヒトたちが巣とでも言うべきこじんまりとした家を空けている間に金品を盗もうという算段だろう。現にそれを実行しているという訳だ。


「お、お前、何でこんなところに居るんだ? 王のもとへ集まらない人間がアタイの他に居るなんて!」


 一人称からして女か。そういえば、胸元が微かに膨らんでいる。女盗賊、ね。いや、空き巣か。

 空き巣は懐でナイフを握り、刃は銀色の光を放つ。俺様にそれを突き立て、物言わぬ屍体にするつもりらしい。姿勢を低くして、空き巣は俺様に向かって突っ込んで来た。動かない俺様はそのまま刃を腹に突き立てられた。空き巣が駆けてくる間は呑気に悩んでいたのだが、腹の痛みが良い刺激になったのだろう、俺様は閃いた。

 試しにコイツを食ってやろう。

 思えば、俺様にとってこのコソ泥は久しぶりに見たヒトだったのだ。ヒトの存在を覚えていても、ヒトの姿形をうっかり忘れてしまっていた。そして、思い出した。ヒトは俺様の食欲を満たしてくれた好物にあまりに似ているじゃないかよ。そうとわかれば、こんな取るに足らないヒトはさっさと殺してしまおう。踊り食いは好みでないのでな。

 ナイフを突き立てたにも関わらず何の反応もしない俺様に驚くような顔をしていたそれは、その表情が最期に浮かべるものとは思いもしなかっただろう。俺様は右手でそれの頭を固定し、左手の手刀で首を刎ねた。刎ねた首に跳ねる血飛沫。返り血を浴びながら俺様は口を大きく開けて、ゴクゴクとその血を飲む。

 肌が沸騰するようにゾワゾワと総毛立つ。これだ。これだよ、俺様が求めていたものは! 身につけている衣服を剥がし、骨を肉ごと食らう。腹が鳴る。ご馳走を前にした時に身体が食すことを求めるサイン。俺様の飢えと渇きを満たしてくれるのは、俺様が百年以上遠ざかっていたヒトだったのだ。

 俺様は無心に貪り、ヒトを食べ切るのにそう時間はかからなかった。剥がした衣服以外は残らず食べ尽くした。腹持ちの良い俺様だ、これであともう数百年は生きていける。美味かったぞ、空き巣をしていたヒトよ。どこに向けるべきか今となってはわからんが、感謝してやっても良いぞ。

 腹が満たされた俺様。このままヒトたちの集まる地へ赴き連中を食い散らかしても良いのだが、それは俺様の主義じゃない。俺様はクールでイカした俺様で居る。このクールでイカした主義に反することはしたくねーのさ。だから、みだりに食欲に浮かれた真似はしない。時々、最低限栄養が欲しくなった時に一人分食えれば上々だ。

 栄養源を確保した俺様は、暗黒城を拠点にあらゆる地を飛び回った。色んなものを見て、適当に雑魚どもの相手をし、時々ヒトをつまんで、長い時を過ごした。

 その繰り返しの果てに、俺様は『バケモノの王』と呼ばれるようになった。俺様が雑魚と思っていたヒト以外の生き物はどうやらそこそこ名の通ったバケモノだったようで、俺様よりも強いバケモノが居なくなってしまったらしいのだ。

『バケモノの王』ね。俺様が今まで見てきた王は大したことないヤツばかりだったが、尊敬されて悪い気はしない。尊敬ではなく畏敬か。この際、どちらでも構わん。

 これが俺様。

これがオルトリア・グリュントリヒ・イーヴィルロード。

呑気に高貴に生きていた俺様の暮らしに少しだけマンネリズムが訪れた頃。

 俺様はその少女に出会った。





「お願いです。どうかわたしを食べてください」


 暗黒城の玉座の間。俺様の目の前に跪く少女は、必死の思いで必死な内容の願いを告げるのだった。玉座に座る俺様からは少女のつむじがよく見える。やけに若い年頃の女にしては時代がかった(すでに何世紀も生きている俺様の言えたことではないが)服装をしている。いつのどこで見かけたんだっけな。肉体の衰えこそないが長く生きていると、思い出すという作業に苦労させられる。どうも、俺様というバケモノはスペックこそ『バケモノの王』と呼ばれるだけはあるが、基本的にはヒトをモデルに生まれたバケモノであるからなのか、記憶や感情のようなデリケートな部分はヒトと違いはあまりないようだ。なんて雑多なことを考えていると、よしよし思い出してきた。確か、魔法を得意としていた民族の衣装だ。他にもいくつか周辺に同様に魔法を操る民族が小競り合いをしていたが、その民族は彼らの中でも特に有力だったはずだ。近頃はそちらの方へは赴いていないが、勢力図はどうなっているのだろうな?

 いや、不思議に思うべきはそれじゃない。魔法民族の娘が何故俺様の暗黒城を訪れ、そして食べられることを乞い願うのか? 招いてもいない客人と揉めるのも面倒なのでスクワィアのやつに結界を張ってもらったはずだが。そして、奴自身はどこへ行った? 俺様はまずその疑問から少女に訊いてみることにした。


「結界はわたしの魔法で解除しました。どうしても、あなたにわたしを食べて欲しかったのです」


 魔法の実力を発揮されて尚食べて欲しいと言われても、ますます混乱するばかりだ。


「お前が俺様に食べられたい理由がわからん。自ら食べられることを願う奴を見たことがないのも併せて、気味が悪いぞ。何故だ。何故、食べられたい?」


「気味が悪い」なんて言葉を高貴な俺様が使うなんて自分でも思いもしなかった。しかし、そんなことはどうでも良くなるくらいには俺様は少女が気になっていた。好奇心とは違う、知りたくはあっても知識欲のみが満たされ幸福感を得られないような、そんな予感。俺様はその感覚に当てはまる言葉を知らない。

 つむじを見せていた少女はゆっくりと面を上げる。


「わたしは呪われた魔女です。わたしを他の誰も殺すことはできない。『バケモノの王』である貴方に殺していただくしかないのです」


 少女は必死な形相で必死な願いを告げた。初めてまともに見た彼女の顔はとても美しかった。俺様以外の何かを美しいと思ったのは、俺様好みの美しい顔にしてやったスクワィアを除けば、初めてのことだった。

 呪われた魔女。俺様の他に誰も彼女を殺せない。美しいヒト。

実に食い甲斐がありそうじゃないか。高揚した気持ちそのままに、俺様は快諾した。


「良いだろう。俺様がお前を食べてやる」


 ヒトの良さそうなこの少女は礼を述べてその身を差し出すに違いない。さっきは奇妙な気分にさせられたが、面白いヒトを食べられるとなれば気も晴れる。

 案の定、少女は再び頭を下げて、縋るような声でその言葉を使った。


「ありがとうございます」


 その言葉を聞いた途端、俺様の意識はプツリと途切れた。





どうやら俺様は死んでしまったらしい。玉座の間に居たはずの俺様は、目が覚めた時には寝室のベッドの上に寝かされていた。ゆっくりと身体を起こすと、部屋の真ん中で跪くスクワィアの姿があった。玉座の間で跪いていた少女の姿を思い出させるような既視感があったが、奴の跪きっぷりは少女の比じゃない。床にめり込んでしまいかねない勢いだ。試しに一度めり込ませてみたことがあったが、奴が死にそうになってしまったのでやめた。

スクワィアーーこの男は俺様の眷属だ。コイツは元ヒトで、ヒト時代になんだかやたら威張り散らしていた奴の奴隷だったところを、俺様がバケモノにしてやった。せがまれてバケモノにしてやった。俺様は特にこの男にそれ以上どうこうするつもりはなかったのだが、お仕えしたいというので眷属にしてやった。奴隷契約更新だ。折角自由にしてやったというのに、哀れなこの男は他人に好意を示すのに隷属という手段しか知らないらしい。もっとも、ヒト時代に隷属していた奴に対してはいつか殺してやると殺意を抱いており、一方俺様へはかなりの恩を感じているようだ。重い。たまに俺様に食われようとするが、コイツなんか食ったら胃もたれしそうだ。


「蘇りましたことをお喜び申し上げます、ご主人様」


 怜悧でよく耳に通る声で、スクワィアは言った。スクワィア流の奴隷体勢を継続したままで。気持ち悪いので、ベッドからすっくと立ち上がった俺様はスクワィアの頭を蹴り上げて、無理やり立ち上がらせた。


「俺様はどうやら死んでしまったらしいな。どうしてかわかるか、スクワィア」

「恐れながら、存じ上げません。わたくしの不忠をお詫び申し上げます。どうか、わたくしをお召し上がりください、ご主人様」

「食わねえよ、莫迦者。それと、俺様への尊称はイーヴィルロードだ」

「はい、イーヴィルロード」

「城を空けてたのは別に構わん。うむ、そうだな、じゃあ俺様がどのような状態で死んでいたかを教えろ」


 すぐに跪こうとするスクワィアに脚をチラつかせて牽制しながら、俺様は問いかける。


「イーヴィルロード、あなた様は玉座にて動かなくなっておりました。目も口も開いたまま。けれども呼吸もせず、脈もなく、心臓の鼓動もありませんでした」

「なるほど、それは死んでるな」

「死んでおりました」

「ところでお前、心臓の鼓動を確かめる時にどのような方法をとった?」

「胸を触りました」

「なんだか気分が悪い。額を出せ。デコピンしてやる」

「デコピンはご勘弁ください。その代わり、わたくしをいくら召し上がっても構いませんから」

「なんでだよ。召し上がられる方を嫌がれよ」


 スクワィアとつまらないことを話している内に寝惚けていた、もとい死に惚けていた意識がはっきりしてきた。俺様はベッドの上に座り直し、奴に告げる。


「しばらく一人になりたい。お前に休暇をやる。一年ほど戻ってくるな」

「嫌でございます」

「主人に嫌だと言ったか、お前?」

「わたくしはイーヴィルロードにお仕えすることこそが至高の喜び。あなた様のお側を離れる苦痛に、わたくしは耐えられません」

「いやいや大丈夫だろ。俺様が死んだ時、お前、居なかったじゃん」

「不徳の致すところです」

「不徳というか図太くて、俺様は好きだぜ」


 ただ忠実なだけで、俺様はスクワィアを従者にしている訳じゃない。敬語が時々怪しいところもミソだ。


「俺様はお前を評価してるんだ。死んでしまった俺様をベッドまで運び、俺様が蘇るまでそこで待っててくれたんだろう。お前に羽を伸ばして来いという意味でも、俺様は休暇を与えたんだぜ。素直に受け取れ」


 全身をくねらせて苦悶しているようだったが、やがて直立したままの姿勢から、恭しくお辞儀した。


「喜んであなた様のご厚意を賜ります、イーヴィルロード」


 俺様は立ち去ろうとしたスクワィアを引き止めた。耳を近づけさせ、コショコショと内緒話の容量でちょっとした命令を下す。スクワィアは頷き、コツコツと革靴を鳴らして、俺様の寝室を速やかに行った。従者を揶揄うのは楽しいが、時々揶揄われている気がするのも尚楽しい。しかし、捨て置けない用件もある。

 人払いをしたいという意味では嘘じゃないが、一人になりたいというのは嘘だ。


「出て来て良いぞ。二人で話したいだろうと思って、スクワィアの奴は追い出してやった」


 俺様がそう言うと、部屋の隅から少女の姿が現れた。俺様は勘づいていたが、どうやら気配消去の魔法を使っていたらしい。スクワィアは少女の存在に気づいていないようだった。

「あの、わたし、」少女は申し訳なさそうに細々とした声を上げる。「わたし、あなたを殺すつもりはなかったのです。でも、うっかりしていて、その、本当に申し訳ありません」

 俺様を殺す何かを少女は持っている。少女の言葉をそのまま借りるなら、呪いという奴か?


「お前の呪いの発動条件はなんだ? 俺様ですら殺せるほどの呪いはどうやって発動されるんだ?」


 少女はすぐに答える。


「わたしの呪い。わたしの意思に反して発動する死の呪いは、お礼の言葉です」

「お礼の言葉ぁ?」


 ついついおうむ返しをしてしまった。

「見るからに人の良さそうなお前が、誰かにお礼を言うとそいつが死んでしまうのか?」

「はい、その通りです。現に、わたしの願いを聞き入れてくれたあなたに、ついお礼を言ってしまったばかりに、あなたは死んでしまったのです」


 なるほど、言われてみればその通りだ。前回死んだ俺様が最後に意識があったのが、少女にお礼を言われた瞬間だった。

 納得したところで、俺様は妙な悪戯心が生まれてしまった。


「理解した。ところで、数字の三と九があるだろう? そのふたつを繋げてひとつの言葉として言ってみろ。九の部分で少し間延びするように」

「わかりました。ええと、『サンキュー』……」





 やっぱり俺様は死んでしまったらしい。感謝の気持ちがこもっていなくとも、日常で感謝を伝える言葉をただ口に出すだけでも死の呪いは発動するようだ。実験半分好奇心半分を悪戯心でコーティングしたような試みは、結構ハードなものだった。蘇生する力のある俺様にしかできないし、俺様ももう軽い気持ちで試したくないと思う程度には反省した。……蘇生も無限にできる訳じゃない。

 反省した俺様は状況を整理することから始める。


「どうにもできない呪いを持った自分の罪の意識に、お前は耐えきれなかった。そして、これ以上呪いの犠牲者を出したくなかった。そこでお前は俺様のもとに現れ、俺様に食われる、ちや、殺されることを望んだんだな」

「はい。自殺も考えましたが、それはできません。責任を放棄することであり、問題を何も解決することにはなりませんから」


 わかるようなわからないような、何とも言い難い理屈だ。自殺は逃避と同じだと考えるのはわからないではないが、ならば自分の意思で他人に自らを殺させることは間接的にとは言え自殺と同じことではないだろうか。そして、それもまた逃避と変わりないのではないか。問題の解決も、それは誰が命を賭けようと絶対に不可能だ。

 失われたヒトの命は二度と戻らない。

 食事のためにヒトの命をいただいてきた俺様にはよくわかる。


「お前がどうありたいのかが、俺様にはわからん。正しくありたいのか? 優しくありたいのか?」


 ヒト美味いとか騒いでいた頃の俺様はもう居ない。俺様なりに色々と考えるようになったのだ。

 少女を食べたところで誰が幸せになるのか? 呪いによる死者は蘇らないし、少女の罪悪感はヒトを呪いで死なせた事実がある限り消えることもないし、何より、俺様が少女を食べても美味しいと思える自信がないのだ。呑気で高貴な俺様にとって、それは大きな問題だ。


「生憎、俺様は魔法や呪いにはあまり通じていないから、お前の呪いは解いてやれない」

「わたしは呪いを解いて欲しい訳ではありません。今さらそんなムシのいいことは言えません」

「だからってお前が俺様に食われても、お前の贖罪にはならねーだろ。誰も幸せにならねーよ」

「……す、少なくとも、食欲を満たせるあなたは幸せになれるのでは?」


 気のせいに違いないが、何かが切れるような音がした。


「自惚れるなよ、ヒトの小娘。お前のごとき未熟者が俺様に食べてもらえると思うな」


 俺様の中でモヤモヤしていたものが少しずつわかってきたような気がする。

 俺様と少女の考え方は平行線だったのだ。

 俺様は世界の色んなものを見て回り、時々ヒトを食べて今日と明日を生きていく。

 少女は自らの呪いが齎す死に絶望し、昨日の死を嘆き迎える明日に罪悪感を覚える。

 交わることのない両者の話が噛み合うはずがない。噛み合わせが悪い訳だ。ただでさえ、ここまでヒトと会話する機会がなかったというのに。


「では、わたしはどうすれば良いんですか? やはり、自ら命を絶つしかないのですか?」


 縋るような少女の声と表情。機嫌を損ねた俺様の言葉は自然とぶっきら棒になる。


「食糧の生き死になぞ、俺様の知ったことじゃない。俺様はもうお前を食べるつもりはない。死にたければひとりで死ね」


 メチャクチャなことを言っているのはわかっている。今の俺様はクールでもないし、まるでイカしてない。だから、情けなくも、クールでもなくイカしてもない言葉を少女にかけてやる。


「呪いでヒトを殺したくなければ、二度と誰にもお礼を言うな。その代わりに、お礼を言われるような立派な魔女にでもなってしまえ。俺様の目から見ても、お前の魔法の技術ならできるだろうと思うぜ」


 少女はハッと目を見開いたが、俺様はそれ以降の彼女の表情を知らない。うっかり死んでしまったからではない、彼女に背を向けてベッドに戻ったからだ。


「今のお前に話すことはもうない。さっさとここから出て行け! 俺様はふて寝するぞ!」





 そのまま俺様は一年近くふて寝した状態で、暇を出したスクワィアを迎えることとなった。例によって、自らの不忠を詫びるために自らを食べさせようとするスクワィアを蹴りで制しながら、俺様は奴に命じて調べさせていた内容を報告させた。

 少女がかつて居た民族――アステル族はその全員が死亡し、滅亡していたことがわかった。原因は不明。他の民族との諍いもその時には起こっていなかったらしい。

 しかしまだ続きがある。スクワィアは、信憑性は低いのですがと、前置きをしてから続けた。アステル族が滅びたその日は、ある少女が処刑される日であった。少女は歳不相応な強力な魔法を行使し、アステル族の上層部からも将来を期待されていたようだ。だが、彼女は魔法を武力として周辺民族への更なる侵攻を推し進めようとする上層部に反発した。その結果、期待のホープから一転、危険な芽を摘む意味で彼女には斬首刑が処されることとなった。処刑当日、彼女は処刑台の上に立たされた彼女には一言のみ言葉を遺すことを許された。

 彼女は今まで自分を育ててくれた民族の人々へのお礼の言葉を述べたのみだった。恨み言は何一つなく、ひたすらに感謝のみを彼女は言い残した。そして、彼女のお礼の言葉を処刑台の周囲に集まった、アステル族全ての人間の耳に届いた――彼女の言葉は彼女の意志とは無関係に死の呪いへと変わったのである。

 この噂は眉唾物で、実際にその一部始終に出くわしているのならばその者が生きて伝えられる訳がない。ただ、俺様にとってはなかなか興味深い話であり、納得できた部分もあったため、褒美としてスクワィアの頭を撫でてやった――その直後に、「この髪は一生洗いません」などと気持ち悪いことを言い出したので湖目がけて放り投げてやったが。

 それからの俺様はといえば、これまで通り暗黒城を拠点として世界のあちこちを飛んで見て回り、時々ヒトを食べながら、変わらず生き続けている。多少の変化を挙げるとするなら、食事の際に「いただきます」と「ごちそうさま」を言うようになったくらいだろうか。

 あれから少女がどうなったのかは知らないが、生きてりゃあそのうち再会できるかもしれない。さらにだ、ヒトの成長は早いものだから、そう悪くはない顔立ちの少女も、最高にクールでイカした女へと変貌を遂げているかもしれないじゃあないか。もし再び出会った時に「わたしを食べないでください」と彼女が言うのなら、俺様は決して彼女を食べることはしない。

 その代わりに、最高にクールでイカした女同士、杯を交わすのも悪くない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても深かったです。。。 確かに残酷な描写もあったのですが、むやみやたらに残酷な訳ではなく、自分自身も人間として植物や動物の命をいただいて生きていること、人の目線から見ていると薄れてしまい…
2020/09/03 19:19 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ