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レインティア

作者: 毒ロック

泥濘む街をゆっくりと歩く。ここまで雨を経験すると、うまく歩けるようになる。

いつからだろう。もうしばらく晴れた空を見ていない。

この街で生まれたが、幼い頃の記憶に晴れの日があった気がする。しかし物心がついてからは雨しか見たことがない。

何度もこの街を出て行こうかと思った。噂では聞いたことがある。この世界にはいろいろな街があると。

運命の相手がわかる街。住む人みんなが優しい街。傷つく者を癒す街。罪で溢れかえる街。

そのどれもを知らない僕には、全てが魅力的で幻想的である。

それでも僕はこの街が嫌いではない。いや、むしろ好きなのかもしれない。

縛られた生活も、きっと気に入っているのだろう。わずかな期待と、夢を追って。



長靴を履いて、水溜りの中をパシャパシャと跳ねさせて歩く少年。黄色い長靴に泥が跳ねて汚くなるが、気にしない。長靴と同じ色のレインコートがポツポツと降る雨を弾き飛ばして行く。

隣を歩く女性は少し嫌そうな、でも微笑ましいような表情で少年を見守る。

おそらく母親であろうその女性は、赤い傘をさし、少年と少しだけ距離を置いて歩く。

そのわずか後ろを歩く僕もつられて、微笑ましいような気持ちになる。

少年は純粋無垢で、そのどれもが楽しそう。

僕も子供の頃はそうだった。瞳に映るもの全てがキラキラと輝いて見えた。

そんなことを考えた自分がおじさんに感じるが、僕はまだ中学生である。

常に雨が降るこの街は、人々も何処か暗い。

それはそうだろう。太陽なんて見られないのだから。

特に移住者は大体この街を嫌う。辛い過去を持つ者は、雨に涙が流され、少しは楽になれたと言うが。

そんな風潮もあってか、日々のニュースは暗いものが多い。誰が亡くなった、誰が消えた、誰が誰を傷つけた。雨に助長された心の闇が表に出てしまう。

そして、人はまた涙を流し、この街を濡らす。

誠か迷信か分からないが、人の涙がこの街の雨を誘うと聞いたことがある。それでも、この雨が止まないのは、人には誰かしら悲しい思いをする人が多いから。

でも僕は、こんな街でも楽しさを知っている。あの少年のように。

街を行き交う色とりどりの傘やレインコートが暗く沈んだ街に浮かび、その色は鮮やかさを増す。

黒やグレーが多いのも事実だが、赤い水玉や青白のストライプ、ピンクのハート。様々な模様の雨具が街を彩っている。

僕はその景色が好きだった。高い建物から見るそれは、無造作に動く絵画のようで美しい。

そして、たまに見る雲の隙間から漏れる光。この世界には太陽が存在することを知る。そしてそれに憧れる。

わずかに光る雨もまた幻想的で、僕の一番のお気に入りの日和だった。

少年からそんな思いを馳せて、微笑ましく眺める時間は一瞬にして消え去る。

対向のトラックが走ってくる。道端にある水溜りを跳ね、迫ってくる。

少年は無邪気に、トラックなど気にせずにパシャパシャと遊んでいる。母親は少年と距離を詰め、手を握る。

このままトラックが通り過ぎれば、少年は水溜りでびしょ濡れになるだろう。

僕も少しだけ距離を詰める。

その時、トラックが速度を落とした。こっちに気がついたのだろうか。

瞬間、ブレーキ音が鳴り響き、トラックは挙動を変える。

濡れた路面でスリップし、運転席がこちらを向く。減速はしたものの、あのサイズのトラックに跳ねられればタダでは済まない。

咄嗟に走り出し、親子に駆け寄る。

トラックは必死は必死にブレーキを踏み、ハンドルを切る。頭は少し僕らとはズレたが荷台はすぐには曲がらない。ケツを振って僕らに向かってくる。

それが迫る直前、僕の足が勝った。少年の手を取り精一杯に引っ張る。咄嗟に息子を守ろうとした母も一緒に引っ張られる。

そのまま体を二人の前に入れ、二人を突き飛ばす。

衝撃。そして浮遊。背中からトラックの荷台に飛ばされ、宙を舞う。

その最中に見えた二人の姿。トラックの荷台の最後尾ギリギリが二人の前を過ぎ去っていく。間一髪ぶつからなかった。

そして僕は意識を飛ばした。


目が覚めた時、最初に目に入ったのは白い天井。そして怒号にも等しい豪雨の音。

頭と体に激しい痛みが襲う。痛みに目がくらみ、景色がぐらりと揺れる。

「うっ」

思わず声が漏れた。

「あれ?目が覚めたんですか?」

隣から声が聞こえる。しかし、首が痛くて横を向くのもきつい。

「僕、ですか?」

この声が誰に向けられたものか問うてみる。

自分の声ではない様な掠れた声が出る。

この声が僕に向いているのかも分からない。誰かと話しているだけかもしれない。

「はい。長いこと寝ていたみたいですよ。」

声から察するに若い女性のようだ。

「体動きますか?」

その問いを聞いて体が動かないことに気付く。体中に走る痛みと重さが動きを制限している。

「ちょっと、無理みたいです。」

「じゃあ、先生呼びますね。」

女性はそう言うとナースコールを押し、何やら会話をしている。動けない僕の代わりに先生を呼んでくれているのだ。

もし僕が逆の立場ならそんなことできるだろうか。誰にでも垣根なく優しくする事は簡単ではない。きっと僕には出来ないだろう。

「今呼びましたんで、ちょっと待っててください。」

「ありがとうございます。」

何とか体を動かそうと足掻いてみるが、引き裂かれそうな程の痛みに断念する。

一息吐くと少し記憶を整理してみる。僕は何故ここにいて、どうしてこんなに体が痛いのか。

あれは日曜日、確か買い物に出かけた日。例外なく降る雨の中、本屋へ向かっていた。そして目の前に親子がいて、それから。それからが思い出せない。

「目が覚めましたか。体の痛みは?」

先生と看護師が入ってくるなり声をかけてくる。

「動かせないほど痛いです。」

「それはそうだ。それなりの事故でしたからね。」

そう言うとベットを少し起こしてくれた。ゆっくり上がっていくベットと共に腰や尻の痛みが増すが、固まった体を少しだけほぐしてくれる。

それと同時に、視線に体が見えてくる。それは包帯に巻かれた痛々しい体。左足は吊られ、両手は共にギプスでガチガチに固定されている。

「うわぁ」

予想外の体に声が漏れる。

体中が痛くて、もうどこが痛いのか分からなくなるほど痛みも見た目も酷い。

きっと顔にも包帯が巻かれているのだろう。少しの視線の悪さと肌にまとわりつく感覚でわかる。

この雨の降らない街は湿度が高い。常にジメジメしていて、空気が身体中に蛇の様に絡みつく。そんな世界で包帯まみれは、蒸し暑さとも戦いになる。

「ところで、僕は何があったんですか?」

気になっていたことを聞いてみる。

「思い出せないのですか?」

先生は驚いた様に答える。しかし、そう言うわけではない。

「ただ、直前のことだけ思い出せなくて。」

それを聞いた先生はなるほど、と頷く。

「ショックなどで直前の事だけ思い出せないと言う記憶障害はよくあります。すぐに思い出せますよ。っと、いいタイミングでお見舞いの方です。」

そう言うと先生と看護師はカートを片付けて、離れていく。

「あとで包帯変えにきますね。」

と、看護師が言い残して。

先生と看護師と入れ違いに部屋に入ってきたのは女性と少年。どこかであったことがある気がするが、思い出せない。女性はまだ若そうだが、見た感じでは親子だろう。

「気がついたんですね。今回は本当に申し訳ありませんでした。」

女性はそう言うと、少年と一緒に深々と頭を下げた。

突然の事に驚いてしまう。

「えっと、すみません。何かご存知なんですか?直前の事が思い出せなくて。」

僕の言葉に驚く様に頭をあげる。

「えっ、そうなんですか。」

わかりやすくオロオロしている。ぼそりと、記憶喪失、と呟く。

「違いますよ。直前の記憶だけですから。雨の中歩いていた事まではおぼえているんですけど。」

ゴクリと息を飲むと口を開いた。

「あなたは私達の命の恩人なのです。」

そう言うとその時の状況を説明してくれた。

前から走ってきたトラックから身を呈して守ってくれた事。自分たちは間一髪で助かり、僕が宙を舞い、数メートル飛ばされたこと。それから三日ほど眠り続けていたこと。

「そんなことがあったんですね。」

それ以外の言葉は出てこない。自分がそんな事するなんて考えられない。

「だから、お詫びするにも何をしても足りないんです。」

母親が何度も頭を下げる。少年も吊られて頭を下げる。

「やめてください。それは僕の選んだ選択を否定する事になるので。」

僕はこの二人が助かってよかったと思っている。僕も痛々しい体にはなってしまったが、それでも生きている。

その言葉を聞いた母親はポロポロと涙を流した。何度も何度も、すみません、ありがとうと繰り返して。

「それより、わざわざ気にしてくれてありがとうございます。」

痛む首を僅かながら下げる。

「そんなっ。やめてください。」

嗚咽交じりに絞り出す。

この親子は、この事故のことは何も知らない。関係ないと突き放すことだって出来た。それでもその選択をしなかった。正直に話すことで、自分達に非が向くことがある事をわかっていながら、僕に話してくれた。

これはもしかしたら作り話かもしれないが、僕は真実だと信じるし、そもそもこんな作り話をするメリットがない。本当に助けて良かったと心の底から思える。

それから、少しして親子は帰って行った。何度も何度もお礼と頭を下げて。

一人になって考える。本当に僕にそんなことが出来るだろうか。なにが僕を動かしたのか。

「あの親子、毎日お見舞いに来てましたよ。ずっと暗い涙顔で。」

隣から不意に声が聞こえて驚く。隣にも人がいることを忘れていた。

「お騒がせしました。そう、なんですね。」

どれ程の心配をかけたんだろうか。あれだけの優しさを持つ人の事だから、計り知れないほどダメージを負っていただろう。

「あの人達の笑った顔、初めて見た。」

その言葉は僕に酷くのしかかった。

「早く治して、安心させないとですね。」

不思議と僕も笑えていた。


それからの日々は地獄の様な苦痛の日々だった。痛み止めが引けば引き裂かれそうな痛み。そうでなくても動けばかなりの激痛が伴う。

ただ、その日々の中での楽しみは隣の人と話す事と、なによりあの二人が来る事。まだ幼稚園児の彼はとてもいい子で、その日の出来事をたくさん話してくれる。癒しの時間になっていた。

たまに母親一人で来る事もあった。毎日毎日心配しては優しくしてくれる。僕の家族よりも遥かに頻繁に訪れてくれた。

そのおかげもあって一月で退院する事が出来た。まだ痛みはあるし、松葉杖が無くてはうまく歩けないが、それなりの日常生活は送れるまでに回復した。

「いよいよ退院ですね。寂しくなるな。」

隣のベッドの女性。生まれつき体が弱く頻繁に入院しているらしく、今回は長い入院らしい。

「僕もです。色々お世話になりました。」

荷物をまとめながら答えるか。彼女のおかげで辛い日も楽しく過ごす事が出来たと思っている。

「たまには、お見舞いに来ますね。」

その言葉にぼそりと、期待しないで待ってるよ。と答えた。

親が退院の手続きをしている時に例の親子がやって来た。

「退院おめでとう。私達のせいで大変な思いをさせてごめんなさい。」

最近は謝らないようになって来ていたが、久々に謝罪されてしまった。

「ありがとうございます。もうそれは聞き飽きましたよ。」

笑いながら答える。

ふふっと笑う女性。やっと上手い返答の仕方がわかった。

「あれ?その方達は?」

手続きが終わり帰って来た親と親子が鉢合わせた。今までの入院生活で、奇跡的に鉢合わせる事はなかった。

「この度は、本当に申し訳ありませんでした。私達二人のせいで大変な思いをさせてしまいまして。」

深々と頭を下げる。親もその姿ですぐに理解したらしい。

「そんなそんな、気にしないでください。この子が好きでやった事ですから。誇らしいくらいですから。」

笑いながら僕の方を叩く。

「こちらこそ毎日お見舞いに来てくださったみたいで、ありがとうございます。あなたはまだ若いし、子どもも小さい。これからは自分の為に生活してください。」

母の言葉に少し躊躇った様子で頷いた。表情は少し曇っているように見えた。


僕は退院してからもリハビリで病院に通った。完全に松葉杖無しで歩けるようになったのはそれから二週間ほどたってからだった。

あの事故の日から一月半が過ぎ、季節も変わってきた。

ジメジメと暑い七月初旬もすっかり真夏に変わり、むしろ夏が終わろうとする気配が近づいている。この街はあいも変わらず雨が降り続いているのだが。

この季節になると、傘をささない人も多くなる。しかし雨もなんとも温く、それもまた気持ち悪い。僕は濡れようとは思わない。

学生の僕は夏季休暇で学校はない。しかし、受験生であるがゆえに勉強をしなくてはならない。

ましてや怪我でしばらく出来ていなかったので、取り返す程である。

冷房のついた家は快適で勉強も捗る。しかし、トイレへ行こうと一歩でも部屋を出ると纏わりつく湿気が気持ち悪い。

極力部屋から出たくはないのだが、篭ってばかりいても気が滅入ってしまう。

スッキリしない気分に嫌気がさし、僕は勉強道具を鞄に詰める。

「あれ?何処かでかけるの?」

階段を降りると母親に出くわした。

「リハビリ兼気分転換兼勉強。」

そう言うと、あらそうと適当に相槌を打ち部屋へ入って行く。興味がないなら聞くなよ、と思いながら家を出る。

外は小雨で、止みそうな程弱い雨。このまま止んでしまえと願いながら傘をさし、歩き出す。

バシャバシャと水溜りを跳ねさせながら走る車。雨ばかりのこの街は排水設備に優れている。道路のそこかしこに排水溝がある。

さらに歩道も少し高くとられている為、水跳ねを減少させている。

半袖一枚でも暑い外を、じわじわと吹き出てくる汗とわずかな雨を流しながら歩く。

少し行くと近くに図書館が見えてくる。このご時世図書館の利用数は減っていると聞くが、僕は図書館が好きだ。

紙の匂いや、静かな空間。落ち着ける気がする。

それからはだいぶ長い事図書館に居座った。外は薄暗くなっている。かなりの時間集中して勉強する事が出来た。

勉強道具を鞄にしまい、大きく伸びをする。体がバキバキと悲鳴をあげる。痛みと気持ち良さが同時に襲う。うぅー、と小さい声が漏れてしまった。

一息吐くと、椅子から立ち上がり、帰路につく。

人数少ない図書館はしんとしているが、どこからか声が聞こえてくる。女性の声。とても優しさを感じる。

気になったわけではないが、声のする方を覗いてみる。その先には女性と子ども。どうやら母が読み聞かせをしているようだ。

温かい一ページにホッとすると同時に、気がついた事がある。あの親子は、入院中に何度も来てくれた、あの二人だということ。

僅か二ヶ月程ぶりだが、なんとも懐かしい。そして、嬉しく感じる。

少しだけ二人を見つめて気がついた。今の僕はとても怪しい。側から見たらやばそうな奴だろう。

勉強した達成感と温かい優しさに浸りながら図書館を後にする。

来た時より雨が強いが気にならない。


それから何かの縁か、僕は彼女ら親子をよく見かけた。スーパーやショッピングモール、その辺の道端。

おそらく向こうは気づいていないだろう。僕には話しかける勇気もなく、ただ一人嬉しく思うだけ。

そして、日々また会えるのではないか、と期待も膨らんでしまう。

そして学校が始まった秋の日。帰り道にどこかで見かけられるのではと期待しつつも、意識しないように心構える。

「あの。」

後ろから声がかけられる。キョロキョロしていて怪しまれたかもしれない。慌てて振り返る。

「はい。」

振り返った先に映ったのは、彼女だった。

「やっぱり、あの時の。覚えてますか?」

勿論忘れるはずもない。驚くのは彼女も覚えていてくれたこと。

「勿論です。あんなに気を使ってくださったのに忘れないです。」

本音で答える。明らかに嬉しそうにしてしまった。

「よかった。あれからどうなったか、気になっていたんです。」

僕の事を気にしていてくれたなんて、この上なく嬉しい。

「あの、もしよかったら少しお話ししませんか?」

彼女からの嬉しい誘い。しかし、乗っていいのだろうか。

「僕は大丈夫ですけど。」

よかった、と微笑む彼女の笑顔はとても美しくて魅力的だった。

近くにあった喫茶店へ行く。人も少なく落ち着いた雰囲気。優しい歌声のバラードが流れている。雨にピッタリのしっとりとした曲。

これまでのことをたくさん話した。リハビリや勉強、何度か見かけたこと。

彼女は話しかけてくれればいいのにー。なんて笑っていた。

彼女の笑顔を見るたびに嬉しくなる。

しかし、会話の途中ふと見せる暗い表情。それが気になっていた。その表情は入院中から見る事があった。

「あの、なにか、悩み事でもあるんですか?」

聞いてしまった。本当は人のナイーブなところは踏み込むべきではないとわかっている。

それでも彼女のことを知りたい、その一心で聞いてしまった。

「ははは、うーん。まあ色々とね。」

その表情もまた微妙に引きつった笑み。

「こんな僕でよければ話してください。少しでも力になります。今度は僕が。」

「大丈夫だよ。」

ピシャリと断られてしまった。

「そうですか。でも辛い時は無理しないでください。違う道に逃げることも大事だと、あの時気付いたんで。」

「うん。」

暗い顔で下を向いてしまった。

「すみません。年下が偉そうに。」

ふるふると頭を横に振る。そして沈黙が続いてしまう。

何か言おうと思っても言葉が出てこない。

「実はね」

不意に彼女が口を開いた。

「実は、私達、旦那に暴力を振るわれていてね。」

うっすらと声が震える。旦那と暴力と言う言葉に拳を握る。

「旦那が嫌いとか、そう言うわけでは無いんだけど、やっぱり帰るのが怖くて。」

聞く話は生々しく、恐ろしいものだった。それでも彼女は旦那が好きだと言う。普段は優しいけれど、スイッチ入ると手が出る。

そんなの優しくもなんともないと思うがそうは言えない。

涙を流しながら話してくれた、丸まって俯くその姿を見て抱きしめたい、守ってあげたくなる。しかしそれは許されない。

手を握ることも、肩を支えることも。

僕に出来ること。

「大丈夫ですよ。旦那さんだって、きっと好きで手を出してるわけじゃ無いですから。」

こくり。

「あなたの事も、子どもの事も大事にしたいから、多分。」

自分でも何が言いたいのかわからない。

「辛い事もあるけど、楽しい事もいっぱいあります。」

そんな事あるのだろうか。自問自答しても答えなど出るはずもない。

「何か、困った時はこんな僕でも頼ってください。」

結局はそう言いたかったのだと気づく。

「何もしてあげられないけど、他愛もない話で笑い合いましょう。」

「うん。」

返事の顔は少し無理して作った笑顔。それでも彼女の笑顔を作ることはできた。

自分の惨めさと達成感とで複雑な気持ちになる。

「そろそろ、子ども迎えに行かないと。出よっか。」

彼女は立ち上がり伝票を持ってレジへ向かう。

「今日は私が出すね。相談料。」

僕が財布を出そうとしている時に先に言われてしまった。

きっと彼女も中学生に出させるわけにはいかないのだろう。

「すみません。ご馳走様です。」

また外は土砂降り。傘をさしても足元はすぐ濡れてしまった。

喫茶店から出てきた彼女はすぐに傘をささない。慌てて傘を差し出すが、時すでに遅し。一瞬にしてびしょ濡れになる。

「何してるんですか。風邪ひきますよ。」

少し強めの口調になってしまった。

「話したら少し楽になったわ。誰にも言えなかったから。」

そんなこといいながら涙を、流しているように見えるが、濡れてしまって涙か水滴かわからない。さっきまでの涙はどこへ行ったのか。

「それはよかったです。」

僕自身納得はしていないが相槌を打つ。

「ふふっ。ほらもう元通りでしょ。」

どう見ても強がった笑顔にしか見えない。

見え見えの易い嘘では騙されない。

それでも僕は

「そうですね。」

そう答えることしかできなかった。

彼女と別れてから、ずっと彼女のことを考えていた。

彼女の笑顔、涙、辛そうな顔、真剣な顔、色々な姿を見ることができた。でもそれはいい事ばかりではなく。

今頃彼女は一人暴力の影に震え、一人で戦っているのだ。僕は何もできないまま。

無力な自分が許せない。彼女には幸せになってもらいたい。

その先には僕は居ない。側に居られたら。

この煩わしい雨から守る、旦那の暴力から守る、あなたを全てのことから守る傘に、いやレインコートになれたならいいのに。

そしたら僕は側に居られるのに。ただ黙って、側に居たいだけなのに。

しかし、この気持ちは伝えられない。あなたを困らせるから。きっと優しいあなたは返答に困るだろう。間違っても僕には流れてこない。

だから僕にとってこの幸せな僅かな時間でも、大切にしていきたい。いつかあなたが耐えられなくなった時、溢れ出しそうな時、側に居られる人になりたい。それまでは気持ちは押し殺しておく。

この何年も降り続く雨が上がる、そんな奇跡が起きたら僕はあなたに想いを伝えたい。

だから雨よもう少し僕達を近づけてくれ。そんな夢をこの雨に託して。

読んでいただきましてありがとうございます。

初投稿の拙い文章で読みにくかったと思います。

これは私の好きな日本ロックバンドから影響を受けて執筆した作品です。

その方の素敵な感性を感じて、憧れ尊敬し、その世界に入りたいと思い至り、このような作品が仕上がりました。

少しでも、もしかしたらマイナスになるかも知れないけれど、私の好きなバンドの素敵な世界を感じて頂きたく、そして好きになってもらえたら。

私も一つの「共犯者」になれたら幸いです。

ありがとうございました。

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