第三章第三十話 食糧難なのに・・・行儀作法
第三章第三十話 食糧難なのに・・・行儀作法
あの後2時間も行儀作法の修行が続いたよ。今まではそんなに厳しくなかったのに、急に厳しくなったのには訳がある。俺が領主、それも男爵になった事。
皇家の子女と婚約したことが主な理由だ。夜会や晩餐会、お茶会なども貴族の立派な仕事。それをこなせない様では、いくら領地があっても食いものにされるだけですとは母様の言です。
実は母様は虎視眈々と修行をする日を狙っていたらしい。社交の場が取引の場でもあるし、重大な言質を取られない様にするにも作法をバカにされたり相手にされなかったりして頭に血が上ってるようじゃ手玉に取られて終わりらしい。
そんな所をつつかれないための行儀作法なんだって。
「やっと、食事だ~。僕もうお腹ぺこぺこだよ。大して動いてないのに汗までぐっしょりかいちゃったよ」
ミヤがぼやくがすかさず、注意が入る。
「ミヤさん。修行が終わったらそれを活かさなければ意味がありませんよ。今の座り方ではとても及第点は上げられません。もう一度やり直しなさい。いつでも自然に出来るように体に徹底的に叩き込みます」
「うぅぅ。はい。おかあ様。やり直します」
この苦行を最も無難にやり過ごしたのがアイダだ。やれば出来る子なのでそつなくこなす。
「さすがはカエザル家の子女です。アイダさん完璧ですよ」
「義母様。お褒めに預かり光栄です」
口調まで変えて来てる。やるなアイダ。
ついでグリンダ、ヤルルーシカ、ティアと続く。それでもまだグリンダとティアは14歳。完璧にはこなせていない。ちょいちょいミスをする。
その度に叱責が飛ぶ。とばっちりでモニカも叱られるもんだからモニカも躍起になってもう大変。
「あらあら、モニカさん! あなたどのような教育をして来たのですか? 総隊長の名が泣きますよ」
「はい。マリアンヌ様。申し訳ありません。ティア殿下、グリンダ公女いつも申しております通り、手をお抜きになると後で後悔することになると・・・うんぬんかんぬん」
それから食事が始まるまでにさらに1時間を要した。食事が運ばれてきたんだけど、それを見た母様が今度は俺にお小言。
「まあまあ、どうした事でしょう、この食事は! 誰か、これは間違いではないの? まあ、そう」
なんか侍女と会話してからおもむろに俺に向き直る。
「まあまあ、サラちゃん。殿方には甲斐性と言う物がございます。あなた母や婚約者にこのような粗末な食事しか提供できない様でどうするのですか。仮にも男爵を賜ったあなたがしっかりしなくて如何致しますの」
「も、申し訳ありません。母様。何分にも緊急事態でして食糧が手に入りません。4000人もいきなり養わねばならず・・・手は尽くしているのですが」
「まあまあ、あらあら、御事情はお聞きしてますよ。サラちゃん。それでもです。そこを何とかするのが男爵です。普段の社交を疎かにしてさえいなければ頼れる貴族家の十や二十有ってもよろしいでしょう。如何に行儀作法が大事かお分かりになられた事でしょう」
「はい。母様。社交も大事ですね」
「さあ、今言っても始まりません。冷めてしまいましたが貴重な食料です頂きましょう」
ここでも食事マナーを徹底的に指摘される。食べた気がしないよ。量もけちられてるし、きっと昼の分までもたせる気なんだな。
さらに1時間の食事マナーを終え、やっと就寝かと思いきや侍女さんが母様に耳打ちしてる。あ! あの侍女さん海岸まで来てた侍女さんだ。
「うふふ。あらあら、サラちゃん。便利な魔法をお持ちとか。いいわね~。私もお風呂入りたいわ~」
「お、お任せ下さい。お湯玉を作らせて頂きます。母様」
それからさらに2時間母様を始め姉様、奥さん達に侍女さんまで全員分のお湯玉を出した。うん。皆、玉の肌になったよ。俺は魔力切れでげっそりだよ。
既に日付が変わっている。もう寝かせて!! 明日も早いんだから。やっと寝れると思い、いざ就寝と言う段になって部屋が足りない。
さすがに母様と寝る訳にもいかない。カラナムのおっちゃんと寝る事になる。ヒ~。
翌朝からは侍女さんに起こされ、生活の全てが行儀作法の修行と化した。俺は朝から剣の鍛錬までも追加された。
羨ましそうに見るみんなの頭には布巾が乗っている。うん。本だと直ぐに落ちちゃうからまずは布巾からとなったらしい。
身支度が整った所でご挨拶。右手の角度、腰の角度、頭の位置から直される。歩き方、座り方あれもこれもと。
やっと朝食。ずらりと並んだ食器。こんなに使う程料理はないのにテーブルマナーを叩きこまれる。
「母様。朝からケイオス兄様の所に行ってきます。ええ、食糧確保が目的です。部下達を飢えさせる訳にはいきませんので」
「あらあら、まあまあ。お仕事なのね。仕方ないわね。じゃあ皆さんは昨日の復習から始めましょう」
声のない悲鳴を聞きつつ俺は脱出を図る。マルス兄様の執務室に向かい、打ち合わせる事にした。
「マルス兄様~。母様が母様が~~~」
「そんなことより食糧だ。量を減らしても昼までが限界だ。今日は4tは持ってこい。厳命だ。そうすれば明日には父上が送ってくれた食料が届く」
「ああ、こっちはこっちで修羅場だった。俺、皇都で買い付けして来るよ。知り合いは居ないけどシュナイバッハ侯に紹介して貰って何とか」
「それは父上がやった。明後日来るのがそれだ」
「・・・。行ってきます」
転移を使って、ガイウス兄上の所に跳ぶ。既に起きていてあちこちから届く食料をまとめていた。目の前に大量の食糧がある。
「ガイウス兄上! 食糧だ。ああ、やった~」
「まだ2tだ。ケイオス兄上とテリオ兄上も昨日は戻られて自分の領地から集められるだけ集めてる。そっちも回ればそこそこにはなるだろう。この先数週間は食糧輸入が続いちまうが、今を凌ぐのが先だからな」
「ええ、昼には食糧なくなっちゃいます。明日になれば父様が手配した分も届きますので一息つけます。そうすれば残してきた食糧も回収できるかもしれません。希望が見えてきました。1週間も凌げれば大森林も落ち着くでしょうから行けますよ」
「・・・1週間? 長いな・・・」
「え? そんだけ時間があればどんどん次が来ますよね? ガイウス兄様?」
「来るには来るが・・・。少しづつだ。領地の食料も不足して来てる。そっちにも回さないと本当に暴動になる」
「・・・。じゃあ、これが終わったら暫くは打ち止め・・・ですか?」
「そうなるな。流通量を増やしているがすぐには間に合いそうもない。あと半年もすれば刈り入れが始まるんだがどこも今は備蓄でやり繰りしている時期だ」
「では後は残してきた食糧が回収出来るかどうかに掛っているんですね」
「そう言う事になるな」
ケイオス兄様、テリオ兄様の所も回って手に入れてきた食糧は5tにものぼった。良く短時間で集めてくれたよ。
でもこれが最後とはトホホ。戻ってみると皆が殺気立って来ている事が分かる。食い物ないんだもんな。
「マルス兄様、戻りました。5tです。でももうこれで打ち止めだそうです」
「よし。まずは食いつなげる。カラナム、次の手を打つぞ。問題の兵たちを帰郷させる。食糧を持たせて順次出発させろ。これで残り1000人だ。これはお前の部下だろう? どうするんだ」
「残してきた食糧の回収に向かいます。それで大丈夫じゃないですか?」
「・・・そうだな。それしかないか。エルフとダークエルフには追加の食糧を送ってもらえないのか? 自分達の部隊くらいでもかまわないんだが」
「どうでしょう? 確認してみます」
リュディー達の所に向かい行儀作法を仕込まれてる所で声をかける。
「母様。修行中に失礼します。ちょっと食糧の事で皆に相談したいのですがよろしいでしょうか?」
「まあまあ。どうぞこちらにいらっしゃいな。ではお茶でも。飲みながらお話をしましょう。良い訓練になりますよ。さあ、皆さんお茶会です。教えた通りになされば問題ありませんよ」
「「「・・・・・・」」」
みんな声もないよ。うん、上手くなったよみんな。ガタッとか椅子が鳴ったのはマイヤかな。ああ連れられて行っちゃった。ドアからやり直しか。折檻なのかと思ってびっくりしたよ。
「え、え~と。リュディーに姐さん、自分ところの部隊の分だけでも里から追加で補給できないか相談なんだ」
「ええ、あなた。出来ますわ」
ぶふっ。リュディーどうしたの!?
「あ、あれ、リュディー?」
「まあ、あなたどうなさったのかしら。変な方ね。おほほほ」
リュディーが壊れてる。サッと姐さんの方も見ると。
「まあ、サラ殿、うちらの方も大丈夫やわ~」
微妙に壊れ始めてる? ここはスルーする所?
「・・・じゃあ、悪いんだけど一緒に行って食糧分けてもらおう。お願いするよ」
「ええ、では行きましょう」
3人を伴ってまずはエルフの森に転移した。
「や~~。やっと解放されたわ~。厳しいでおかあはん。寝ぞうまで直されたわうち」
「・・・うちもや。もう喋りとうなくなったわ」
「うん。うん。あたしも凄い直されたよ」
ああ、みんな元に戻った。壊れちゃったかと思って心配したよ。
「良かった元に戻って。壊れたままだったらどうしようかと思ったよ」
「まあええ。こんなの一時や。耐えて見せるで。使い分けが大事や。それはそうとそっちも大変なん?」
「うん。かき集められるだけ集めてるけど、足らないんだ。父様の兵は帰郷させる手はずを整えたけどこっちの兵は帰らせられないよね?」
「そやな~。無理やろな~。死んでもうちらの傍におるゆうと思うわ。まあ、食糧手に入れればええだけや。大巫女様に相談しよ」
結果は400名、一週間分の食糧を貰えた。余ってたら売ってくれと言うのは無理と言われちゃったけどね。次にダークエルフの古森林に跳ぶ。
こちらも300名、1週間の食糧を確保した。残り300名程の兵たちだ。転移で戻ると姐さん達は速攻で連れ戻された。
「マルス兄様。エルフと、ダークエルフは自分達の分はどうにか出来ます。後300なら大丈夫ですよね? あそこは5tもの食糧を出してるのでもう出せませんから」
「よくやった。サラ。これで目処が立った。一時はどうなるかと思ったが凌ぎ切ったな。これで少しでも食糧が回収できれば言うことなしだ。いや、あるけどなしだ」
ご苦労をおかけします。マルス兄様。目から汗が出そうです。
「じゃあ、お前は行儀見習いに戻っていいぞ」
「え゛! いやいや、お手伝いしますよマルス兄様」
「いやだめだ。父上と母上からの厳命だ。仕事が終わったら戻せと。行って来い。大森林が落ち着くまでの1週間みっちりとやるそうだ。がんばれよ」
「そんな~」
傍で待機していた侍女に引きずられて母様の元に向かった。もう何も言うまい。この1週間は地獄のような日々だった事だけは言っておこう。
ダンス、そうダンス! あれは・・・。いやもう語るまい。なにはともあれ1週間がたった。
とうとう大森林の様子を見に行く事が許された日だ。少数で確認をしてから徐々に行く事になり全員が立候補したものだから凄い争いになったよ。
結局行儀作法の優秀な人から3人を連れていく事になった。残りの人たちは特訓続行だ。南無~。当然まずアイダ、次にヤルルが食い込んで来た。そして最後の一人が意外にもルル姐さん。
うん。あまり喋らないし、挙措はSクラスだけあって完全模倣して来たようだ。それにモニカも付いて来るらしい。
お世話してくれるんだって。監視じゃないだろうな。選抜メンバーに監視付きで出発。拠点前に跳んだ。
目の前には丸太の燃え残りが散乱しているだけで、特に変わった様子はない。お家の中も埃が溜まっている程度だ。
「無事の様ですね。あなた」
「う、うん。アイダ普通に喋っても良いよ?」
「うふふ。変なあなた。いつも通りですわ」
どうやらモニカを警戒しているようだ。ルル姐さんは喋る気がない様だ。ボロを出すよりは無難に過ごす気だな。
「こちらが拠点ですか。若様。ふむ。特に異変は感じられませんね。それにしても見事に開拓村の最初の一軒ですね。まあ、お風呂は余計ですが」
モニカの身も蓋もない感想。
次は試験農園を見に行く事にした。こちらも青々と育った野菜たちが繁茂している。もう収穫してもよさそうだ。
海岸線からの時間を考えれば収穫しても良い時間が過ぎてるな。ドライアドさんありがとう。
「ルル姐さん。ドライアドさんは何て言ってる?」
凄い目で睨まれちゃった。うちに話しかけるなみたいに。でもドライアドさんと話せるのルル姐さんだけなんだよ。
「・・・ええ、もう収穫しはってもええいうてます」
「そうよかった。全部収穫して。食糧事情が良くなるから。他にも回せるし、モニカさん良いですよね?」
「そうですね。食糧難は脱しているようですが、ギリギリである事に変わりはありません。収穫してしまいましょう。お手伝い致します」
ここで3人の目がキュピーンと光った。なんだ? 何をたくらんでいる!?
「では、皆さんいつものようにマッドゴーレムを作って収穫致しましょう。自分達は武器をエンチャント変形して高い部分の収穫ですね」
ヤルルが説明口調で言い出した。そうか! これ! いつもの指導だ。仕返しするつもりなんだ。モニカさんも訝しげだが、皆がやる通りマッドゴーレムを呼び出している。
「モニカさん、まだ行けるでしょう? もっとマッドゴーレムを出さないといけませんわ」
アイダも徐々に追い詰める気だ。始まった。武器にエンチャント鎌状に変形する。それを見ていたモニカさんが一瞬ぎょっとしたが、自分も直ぐにエンチャントで鎌を作りだす。
おお、さすがは総隊長。ここまで付いて来た。若干制御に苦労しており、動きがぎこちなくなってきているが行けそうだ。小さく誰かが舌打ちをする。
「では収穫に向かいましょう。あなたはここでマジックバッグに収納して下さいな」
俺を除外するのが目的だな。やる気なのか? 本当にやっちゃうのか? ばびょ~んとジャンプしてトウモロコシを切断、収穫するアイダ。
「・・・さあ、モニカはんどうぞ」
ルル姐さんも加わった。ばびょ~ん。パリーン。エンチャントが壊れる音。形状は出来ても魔力強度が足りなかった様だ。おっと。マッドゴーレム1体が崩れたぞ。
「おーほほ。モニカさん。エンチャントが壊れてしまいましたよ。すぐに構築しなさい」
「あらあら、マッドゴーレムも崩れていますわ。すぐに再構築しないと。うふふふ」
「・・・呆然としている暇はあらしまへんわ。お手手が止まってしまってはるわ。おほほほ」
ここぞとばかりに突っ込む。悔しそうにしているモニカ。




