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22、王都への道

「私もともに、王都に」

 シンセントはミミンに詰め寄る。

 その濃紺の瞳は、まっすぐにミミンを見つめた。ミミンは話を聞くまでもないと、切り捨てようとしたが、その瞳がそうさせなかった。


「なんだい、あんたも王都に行きたいのか?名は?」

「シンセントだ。シンセント・ランサ」

「ランサ家の者か」

「ランサの当主は伯父だ」

「で、あんたは私に何を対価として、差し出すんだ?私はお願いを聞いてくれる相手じゃないんだよ?」


 シンセントに差し出せるものなど何もない。

 ミミンという女が何を差し出せば、応えてくれるのかもわからない。ならば、差し出せるものは自分以外にはない。

「私を」

「何言ってんだ。あんたはランサ家の人間で、青龍の宮に属している。それに、私はいらない」

「ならば、私の未来を」

「あんたの未来?そんなものをもらって、私にどんな利点があるというんだ?」

「あなたに付き従おう。私はランサ家から出て、青龍の宮も辞する。私は旅になれている、便利なこともあろう、少なくとも足手まといにはならないはずだ。これでどうだろうか。」

「おい、サラスイ。あんたの周りには、バカしかいないのか?」

「……」

 サラスイは苦く笑うだけで、何も言わない。

「かつて、おまえの長はな。私と旅ができるのだからいいだろうと、道に迷わないから、便利だといったんだ。それが『対価』として十分だろうってな。もっとも、呪力は国を出れば使うことはできない」

 ミミンの脳裏には、凡庸な娘の獰猛な瞳が浮かぶ。今ではもうその目じりに年相応の深いしわが刻まれていることだろう。

「頼む。王都に連れて行ってほしい」

「……そのわけは?なぜ、王都に行きたい。呪術師として、この国の行く末を見届けたいのか?」

「ミミン、蒼国の終わりみたいなことを言うな」

 聞き捨てならないと、アルセイは言葉を遮った。

 そんなアルセイをミミンは鼻で笑い、うつむいたままのシンセントに重ねて問う。


「なんだい、好いた女でも王都にいるのか?」


「ウ、ウタを……」

 しばらくの沈黙のあと、掠れた声でシンセントが発した、その名にミミンは、すべてを悟った。


「あんたなのか、サナ湖でウタを保護して、ナララコラの清定館に連れて行った呪術師は。それで、今になって、どうしてウタを追う?珍しい容姿だけれど、なんてことない娘だ。体つきも貧弱で娼館に売り払ったところで大した金額にはならないだろうね。物珍しいものを好む、くそ爺がほしがるくらいだ」

 シンセントはミミンの言葉に顔をしかめる。

 シンセントが嫌がるようなことをわざわざ口にしていることには気づかない。


「ウタを助けに行きたい。月の乙女として、アリアロレスに捕らえられ、王都に向かった。その安否を確かめたい」

「確かめてどうする?あぁ、よかったでおしまいか?」

「……ウタがその身の振り方を、自身で決めるまで、保護しよう。王都には私邸がある、多少なりとも蓄えもある。ウタを一人、養うことは出来る」

「ふん。あんた、言っていることが矛盾してる。王都へ行く対価として、自身を私に差し出すというのに、ウタを保護できるのか?ウタは一人で王都で暮らしていけるのか?……馬鹿か」

 ミミンの指摘に、シンセントは言葉をつなげない。自身に何一つ、価値がないように感じ、歯をかみしめる。


「……行かねば。ここで雪解けを待つわけにはいかない」

 ミミンの支援をあきらめたシンセントは、おもむろに立ち上がり、外套を手にする。


「シンセント!」

 サラスイはシンセントの腕を取る。


「サラスイ様、私はここで待っていることは出来ません。この雪で、私の足は止まってしまうかもしれません。呪力を使い果たし、行き倒れてしまうかもしれません。それでも、ここにとどまり、何もしないでいることはできない。ここでやらねば、私は後悔します。その結果かどうであれ、私は今、行動せねば悔やんでも悔やみきれません」

 シンセントの濃紺の瞳がまっすぐにサラスイを見つめる。その瞳に迷いはない。


「……シンセント、私がミミンと交渉しよう、その条件に非を唱えることはできないが、いいか」

 サラスイは柔らかく微笑む、その笑顔には確信がにじんでいた。


「なんだい?あんたが代わって対価を差し出すのか?それで、私が納得するとでも思っているのか?」

「いや、私が提示するのは、シンセントの持つもので、ミミンが必要としているものだ。ミミン、王都に商家を一軒用意しよう。そして、ランサ家の当主との目通りだ。ここにいるシンセントにはどちらも用意できるだろう。王都の結界を除することと、合わせれば、これほどにいい条件はないのではないだろうか。もちろん、ランサ家の当主との取り持ちはない。そこまでの力はシンセントにはないからな」

「ハハハ、さすがに青龍の宮の長の腹心と言われるだけのことがある。あんたの出した対価をそこの馬鹿は確かに差し出せるのか?」

「シンセント、どうだ?」

「商家ですか?王城の東に私邸がありますが、そちらでは」

「王都の東なんて、官の私邸が集まっているところだろう!いらぬわ、そんな屋敷」

「そうだな、大橋の西か北の商家だ。おそらく、お前の蓄えで、用意することができるだろう」

「……嫌な男だよ」

「大橋の西か北でいいのですか。そのあたりは貧民街も近く、治安はいいとは言えませんが」

「シンセント、ミミンは、治安のよくない、貧民街の近くに商家が必要なのだ。……彼女は多くの獣人の生活を支えている。本来であれば、私たちがせねばならないことなのであろう。行き場のないものに、住まいを与え、仕事を与える。孤立しがちな集落に、交流を持たせ、その見聞を広めさせる。王都に獣人が入ることができるようになれば、その拠点が必要になる」

「……」

「王都で活動をするにあたって、円滑に事を運ぶのであれば、絶対に外せない人物がいる。王都において、その裏側を把握しているのは、……ランサ家だ」

 サラスイはシンセントが、当主である伯父を避けていることを知っていた。後ろ暗ことを厭うシンセントであれば当然と言えた。その伯父を頼ることをシンセントが承諾するかどうかはサラスイにはわからなかった。

 ミミンはそんなシンセントの思いを見透かすように言葉を重ねる。

「ずいぶんと汚いことしてるみたいだな、あんたの伯父さんとやらは。挨拶なしに、王都で活動するのは難しそうだから、サラスイがランサ家の当主との面会を条件に入れなければ、私は王都には立ち入ることはなかっただろうね」

「……」

 シンセントは、初めにサラスイが言った言葉の意味を理解した。非を唱えることはできない。


「サラスイ、いいだろう。対価として十分だ。王都に商家を一軒、ランサ家の当主への目通り」

「わかりました。必ず、用意しましょう」

 ランサ家の繋がりを煩わしいと感じたことばかりだった。しかし、この時ばかりは、ランサ家の人間であったことを感謝した。伯父との目通りは憂鬱ではあったが。


「さぁ、シンセント、少しでも体を休めておこう」

 サラスイはシンセントを座らせた。




 外はうっすらと明るくなってきていたが、風と雪はひどくなっていた。

 あたりは一面に、銀色に染まり、どんどんと雪が降り積もっていく。

 見通しは悪く、歩きなれた山道でさえ、迷ってしまいそうであった。


 ミミンは戸口に立ち、外套のフードを深くかぶり、じっと空を見つめていた。

 その傍らにシンセントは立ち、ミミンの睫毛に雪がのり、ふわりと解けていくのを見ていた。


「来た」

 ミミンは小さくつぶやくと、シンセントはミミンの視線の先を追う。


 雪のような、小さな点は、翼を広げた鳥とわかった。その姿は徐々に大きくなり、シンセントが見たこともないような、想像もしたことがないような、巨大な鷹が目の前に現れた。

 大きく広げられた羽根は灰と濃灰で縞模様になっていて、ふわりと着地のために羽ばたいた風は、あたりの雪を巻き上げる。羽根をたたみ、鋭い爪で雪に埋もれた地に足を下す。見上げた先には鋭いくちばし、思いの外、丸く大きな目が、ミミンに向いていた。


「吹雪の中、大変だっただろう?」

「そうだな。ミミン以外なら、断った」

「助かった。王都まで行ってほしい。乗せるのは呪術師だから、防風防寒の術を使えば、全速力で飛んでも大丈夫だろう」

「一人か?」

「そうだ、依頼は二人。もう一人は私が」

「ミミンが?!そりゃいい」

 その巨大な鳥は、丸い目を細めた。その表情は笑っているように見えた。鳥でも表情がかわるのだと、シンセントは感心していた。

「おい、サラスイを呼んできな。急ぐのだろう?」


 中に入ると、サラスイはアルセイとランに別れを告げていた。

「また、来て」

「サラスイ、無理はするなよ。もう若くないんだからな」

「ありがとう」

 サラスイは、外套のフードを深くかぶり、シンセントとともに、アルセイの小屋を後にする。


 ミミンに促され、サラスイは鷹の背に乗る。

 その羽ばたきを邪魔しないよう体勢を整え、防風防寒の術を成す。その術の香りは、あたりに漂うことなく、雪と風にかき消された。


「シンセント、王城で」

 サラスイは戸惑いを見せることなく、鷹の背に乗り、雪の中に消えていった。




「さぁ、わたし達も行こうか。私は高所を飛ぶ、あんた、しっかり防寒と防風をしないと命の保障はできないからね」

 ミミンは言い終わると、シンセントから少し離れる。


 吹雪で視界の悪く、ミミンの姿は少しかすんだ。

 そして、雪にまみれたその姿が、一瞬溶けたように、ぼやけ、瞬く間に一羽の鶴が目の前にいた。

 その瞳は赤く、長い首は黒く、その羽は真っ白で、ふわりと広げた翼はその体躯からは、想像できないほどに大きかった。


「私は人を乗せて飛ぶのは苦手なんだ。こんな天候じゃ、引き受けてくれるものもいない。乗り心地はよくないが我慢してもらうほかないよ」

「……わかった」


 ミミンが獣人であることを想像しなかった自分を愚かだと思った。

 獣人のために立ち動く、ミミンが人であると思ったのはなぜだろう。

 獣人であるほうが自然だ。

 人と何ら変わらないと、何度も言われていた。そして、アミヒを見て、そう思ったのは、ついさっきのことだ。自分の中に染み付いた思い込みを取り払うことは、自分で思っているより、はるかに難しいことなのだろう。


 ミミンはそんなシンセントの思いを見透かしたように、長いくちばしを少し上げて、カランクルンと声を上げる。


「さっさと乗りな」

 ミミンの声にはっとして、その背に乗る。

 羽根は柔らかく、強く押せば壊れてしまいそうだった。シンセントは術を調整し、その自身の体重が背にかかるのを軽くした。

 そして、シンセントは防寒と防風を同時にかけられるほど、器用ではない。


 ミミンは大きく羽ばたき、どんどん高度を上げていく。

 そして、その厚い雪雲を突き抜け、太陽の光がシンセントの頬にあたる。

 強い風に目を細め、見えた景色。

 眼下に広がる雲海に降り注ぐ太陽、白い雲は光を反射し、あたりは煌めいていた。

 視界を遮るものは何もなく、すり抜けていく風の音が聞こえていたが、なぜがひどく静かに感じた。

 天空の景色は、神々しく、シンセントは感嘆の息を漏らす。

 鼻や耳、足先や指先は寒さではなく、痛みを感じていた。しかし、その痛みも鈍ってきている。このままでは二度と血がめぐることなく、腐ってしまうことはわかっていた。それらを気にすることが愚かに感じるくらいに、その景色にシンセントは心を奪われた。


「おい、防寒の術を使え。ここの風に乗れば、おまえの体重くらいなんとかなる。耳が落ちるぞ」

 ミミンが防寒の術を使っていないことに気が付いていたことに、シンセントは驚く、そして、小さく呪文を口にした。完全とはいかないが風をやわらげ、体温が奪われないよう術を成す。


 不眠不休で動いた後のように体がズシリと重く感じ、思った以上に呪力を消費しているようだった。

 少しでも消費を抑えるよう術を調整し、瞳を閉じた。

 ミミンの背は柔らかくあたたかい。滑らかでありながらふんわりと押し返してくる手触り。シンセントは思わず、頬を寄せた。


「落ちるなよ」

 そんなシンセントの様子に顔をしかめながらも、拒むことはなく、ミミンは雲の上を飛んだ。



 王都はまだ、遠い。


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