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21、ミミンの来訪

 


 囲炉裏の脇ですっかりと支度を済ませたサラスイはじっとその火を見つめていた。


「サラスイ、ミミンとはどこで知り合った?王都に戻る前か?」

 アルセイはサラスイに尋ねる。

「あぁ、あれは王都に戻る何年か前だ。金国に渡るときにな」

「……恐ろしい呪術師だな。金国に渡ったのか?普通の呪術師じゃぁ、考えられねぇ、暴挙だな。しかもそれが青龍の宮長と来てる」

 アルセイはクツクツと笑う。

「キーレンは蒼国のために、蒼王のために、金国に行ったんだ。私はあまりに危険だと、やめろとなんども言ったが、そんなこと聞くわけがない」

 困ったやつなんだよ、まったくそう言うと、サラスイも頬を緩める。


 二人の交わされる会話は、どこかおどけていて、ほのぼのとした雰囲気があった。


 シンセントは二人の間で交わされる会話をぼんやりと聞いていた。

 いくつか、ありえない言葉が耳に届く。

「サ、サラスイ様?どういうことなのですか?」

 聞き流すことができない言葉の数々に、シンセントは問わずにはいられなかった。


「このアルセイは、昔呪術師だったんだよ、この近くの街に警備でやってきて、様々な事情から呪力を還して、薬草師になったんだ」

「いえ、アルセイ殿の素性を聞いているわけではありません。金国と?金国に行かれたことがあるのですか?」

「あぁ、そうか。……そうなんだ、他国を知らずに、この国の行く道は見えないとか何とか言ってな。二年以上、金国と朱国を回った」

「私の記憶が、間違いでなければ、この国を出ると、呪力を失うのではないのですか?」

「正確には、この国に戻れば、呪力は戻る。キーレンに何度も言ったさ、呪術が使えなくなるようなところには行けない、危険だと。呪術は使えるけれど、私は剣技も体術も人並み以下だ。キーレンもしかり。身を守るすべをなくして、どうして旅ができる?と」

「それでも、行ったのですね」

「そうだ、蒼国のためにな。キーレンは軽く言うんだ、大丈夫だ。蒼国のために私は簡単に死んだりしないって。確かにキーレンは生きて、この国に戻ったし、青龍の宮の長として、今も生きている」


 キーレンとともに旅をした月日は、とても楽しく、刺激の多い、サラスイの人生を、ひっくり返してしまうような出来事の連続であった。

 王城の中ではわからないこと、蒼国の中にいてはわからないことが、たくさんあることに、気が付いた旅であった。そして、そのすべてを知り尽くすには、時間が足りないと知った。

 無邪気で可愛らしかった薄茶の瞳が、鋭くなっていく様を間近で見ていることは、鍛えられていく刀を見ているようだった。高温の窯で熱し、叩かれ、磨かれ、輝きと切れ味を持つようになる刀が作られていく過程そのもののようであった。

 王台に上がるということ、青龍の宮の長になるということは、別の何かに作り替えられてしまうことなのかもしれない。

 思いをはせる、サラスイにかける言葉をシンセントは見つけることはできなかった。




 強い風に煽られ、時折大きな音をたてて鳴っていた戸が、不意に開かれた。


 ふらりとあらわれたのは、深く頭巾をかぶり、臙脂の髪の若い娘であったことに、シンセントは驚きを隠せない。

 勝手な想像であったが、カロロンと同じような、老獪と呼ぶに相応しい老婆がくるものと思っていた。


「カロロン、何の用だ?」

 そう言ったミミンは、カロロンの脇に座るサラスイの姿を見て、にやりと笑った。


「誰かと思ったら、あんたか。ひどく老けたな」

「あなたは驚くほど、変わらないな」

「サラスイ、あんたが私を呼んだのか?」

「そうだ、私がカロ婆に頼んだ。ミミン、王都に戻りたい。できれば、今すぐに」

「何を言ってるんだ。今夜の雪で、街道は雪に埋まる。橇を引かせたところで、行けるところなんて限られている。あんたの術を併用したとしても、なんの足しにもならないね。諦めな。春になれば通れるようになる」


 この場にいる誰もが分かっていることを、ミミンは口にするが、その表情は面白いものを見つけた子供の様に煌めいていた。

「春になれば雪はとける。十日も歩けば、王都には着くだろう?」

 ミミンは赤い口元を吊り上げた。


「ミミン、わかっているはずだ。それを待てないから、私はあなたを呼んだのだ」

「サ、サラスイ様、この者はいったい何者なのですか?」

 ミミンとサラスイとのやり取りにシンセントは口をはさむ。

「なんだい、この男は?見たところ、しけた呪術師のようだけど、青龍の宮はこんな、カスみたいな呪力をもってるやつしかいないのか?」

「そんな本当のこと、言ってやるもんじゃない。」

 カロ婆もくくっと笑った。

「なんだと!」

「やめろ、シンセント。」

 ミミンの言葉に腰を浮かせたシンセントをサラスイはあっさりと抑え込む。

「しかし、私はともかく、青龍の宮を、あのように!」

「いい。いいんだ」

「ふん、相変わらず、からかいがいのないやつだな」

 ミミンはつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「ミミン!頼むよ!俺を王都に連れて行ってくれ!」

 蹲っていたアミヒが青白い顔を歪め、ミミンに縋り付く。

「うるさいよ、アミヒ。あんたは黙ってな。あんたと話をするためにここに来たんじゃない」

「ミミン!」

「あんたが王都に行って、ウタをどうしようっていうんだ?あんたが何をしてやれる?ウタに何ができる?人を一人、何とかできるほどの力がお前にあるのか?その根拠は?無謀と勇気と正義を一緒にするな。黙ってな」

「……」

 きりりと奥歯をかみしめた音が聞こえた。アミヒはミミンに返す言葉を持たなかった。

 きつく手を握り、その手を振り上げ、床に叩き付ける。

 誰もが、そのアミヒをただ、見ているしかなかった。


 アルセイはやんわりとアミヒを庇う。

「ミミン、アミヒにそんなことを言ってくれるな。無力は罪じゃない」

「弱さを責めているんじゃない。身の程をわきまえろと言っているんだ。己の力量を見誤ると死ぬからな」

「ミミン……」

 アルセイは大きく息を吐く、この言葉はミミンがアミヒを責めるわけではなく、その命を無駄にするなと言っていることをよくわかっていた。

「あんたは死んで満足かもしれない。あんたがウタを助けようとして死んだとして、ウタは嬉しいと思うか?残されたものがあんたに、感謝すると思うか。力をつけろ、見誤るな。命を軽んじるな」

 アミヒに追い打ちをかけるような、その言葉には、不思議な温かさがにじんでいた。


 涙を堪えアミヒはじっと身を縮め、うずくまる。その背にそっと手を当て、ランは傍らに寄り添う。その表情は弟を気遣う姉のようであった。

 アルセイの煎じた薬湯をそっと口元に運び、「少し眠ったほうがいいわ」とささやく。

 アミヒの傷は浅くはない。里からここまで、走ってきたことですっかりと体力を失っており、彼を奮い立たせていた気力も、ミミンによってそがれた。アミヒは気を失うように眠りに落ちる。



「ミミン、あなたは変わらない。懐かしいよ」

 サラスイは微笑む。

「あぁ、あんたにもそういったことがあったな。いや、あんたじゃない。キーレンに言ったんだったな。馬鹿なガキだった」

 その美しく整った顔に微笑をのせ、ミミンは思いをはせる。

「ミミン、私を王都に連れて行ってくれないか」

 サラスイはミミンに向き合い、改めて王都に向かいたいと、請う。

「……対価は?あんたは私に何を差し出す?」

 サラスイは、じっとミミンを見つめたまま、ゆっくりと言葉にする。

「王都の、結界を除す」

 その言葉に、シンセントも、アルセイも、耳を疑う。驚き、言葉をかけることなく、サラスイを見つめるしかない。


「は、はははっは!何言ってるのか、わかってんのか?その言葉に、偽りがないなら。とんでもないことを言ってることわかってんのか?」

 誰もが声を発することができないでいる中で、ミミンは大きな声で笑った。

 そして、その表情を一変させて、ふざけるなと呟く。

「偽りはない」

「聞いたか!アルセイ!」

 ミミンに名を呼ばれたアルセイは、はじかれた様に、疑問を口にする。

「サラスイ?なぜだ?王都の結界は青龍の宮の長の術のはず。お前に権限は与えられていないはずだ。お前はキーレンを助けに行くんだろう?あいつが呪力を還すのを止めるために、王都に行くんだろう?」

 サラスイがその、疑問に答える前に、ミミンが話を始める。

「違うよ、アルセイ。そういうことじゃない。王都の結界は強固だ、強い呪力、高度な呪術が求められているはず。つまりは、それをあんたが担っているってことだ。それほどまでにキーレンの、青龍の宮の長の呪力は落ちている。そうだろ?」

 サラスイは、うつむいたまま、誰の顔を見ることなく、言葉をつなげていく。


「その通りだ。王城の結界や、国内の要所の結界はキーレンが変わらず維持しているが、王都の結界は、簡略化され、今は私が結界を維持している。……この数年の間に、何人かの呪術師の呪力が下がっていることが確認されている。報告がないだけで、そう感じている呪術師はもっと多いだろう。こんなことは、今までに一度もない。アリアロレスの企みとも考えられたが、キーレンは動かなかった。何かを考え込んでいるようだったが、誰にも何も言わない。ただ、目立った呪術師を廃している。そんなキーレンに反対するものも多い。しかし、キーレンが以前から言っていることを実現するのに、舞台は整ってきている」


「呪力のない蒼国か?」

 ミミンは鼻で笑うように言う。


「そうだ。この国は呪術に頼りすぎている。呪術などなくても、人は生きていける、政は出来る。傀儡と呼ばれている蒼王に、蒼国を還す。キーレンの望みだ」

「蒼王を弑すの間違いだろう?そうすれば、話は簡単だ。契約をしている蒼王がいなくなれば、呪力は天に還る。退位の儀と即位の儀を執り行うことで、契約は存続するのだろう?次の王はいない、それとも、そこにいる幼子を王都まで連れていくか?」

「キーレンは誰よりも、蒼王を大事に思っている。蒼い瞳を持って生まれた子が、暮らしていける蒼国を、キーレンは求めている。蒼王による政を求めるキーレンが、蒼王を弑すことなどありえない」

「とんだ、解釈だな。呪術師のいない、呪力に頼らない政?一番の呪力を持つキーレンが、絶対的な力を手放すとでも、思っているのか?」

「あいつは、やる。呪力を還す気だ、間違いない」

「そんなことがあるわけがない。あんたがそこまで言うなら、いいだろう。王都に連れて行ってやろうじゃないか」


 ミミンはサラスイに笑う。

 そんなことがあるはずがないと、臙脂の髪をさらりと揺らして、呟く。



 そして、戸を開けて、外に出る。


 不思議なリズムを刻んで、指笛を吹いた。



 その音は、風に乗り、雪にまみれ、闇夜にすぐに消えた。



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