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11、道半ばの集落

少々、短いですがキリがいいので。

 

 山道を抜け、たどり着いた集落。

 広がる田園、実りの収穫を終えたはずの人々の顔に安堵はない。


「ここもか」


 アミヒは深く息を吐く。となりを歩く、臙脂の髪を高く結い上げたミミンの表情も険しい。眉間にしわを寄せた、いつもは涼しい瞳も、ひどく厳しい。


「今年はどこも、不作だ。夏が短すぎた」


「二年前よりはマシだよね」

 アミヒは不安そうにミミンに問いかけた。


 二年前、この国は大規模な凶作に見舞われた。夏が短すぎたのだ。また、その前の年も豊作とはいえず、民に蓄えはなかった。

 その凶作により、たくさんの死者が出た。

 青龍の宮も、王も、短い夏に耐えうる、作物を育てるよう通達をしたが、この国の隅々まで行き渡ったとは、言えなかった。

 民のこの国の王と、青龍の宮に対する信頼は地に落ちた。


「そうだな、まだいくらかいい。夏が短いという通達が前よりは、行き渡っている」


「そっか」


 アミヒの胸には、思い出したくない光景が広がる。苦いものを飲んだように顔がゆがむのを堪えられなかった。

 食べられそうな物はなんでも食べた。それでも、人々の飢えは満たされない。

 目の前で力尽きていく人々を見ているのは、辛く、何とかしたくて、街を出た。

 その旅で、アミヒはピリカと出会った。それを、その出会いをアミヒは後悔したことはない。


 しかし、いつも心を蝕むのは、もしも、出会わなかったら、ピリカは死なずに済んだのではないかという思いだ。

 その思いは、ずっとアミヒを蝕む。それは意識しているしていないにかかわらず、絶え間なく続き、気が付くと立ち上がることも、顔をあげることも難しいほどになる。


 ピリカはチュプがいてよかったと笑った。

 二人きりでの暮らしは、一緒にいられることが幸せであったけれど、互いに捨て置いてきたものが多すぎた。

 アミヒはピリカと一緒に暮らし、とても幸せであったし、その思い出だけで、一生分の幸せを使ったと思っている。

 しかし、光のあたるところには必ず、影があるように、幸せの影が見えた。

 二人きりの世界の光と影。

 その影を消したのがチュプだ。明るく優しく照らす、優月のように二人の影を薄くした。

 思いもよらない失敗をするチュプを見て、ピリカは笑った。

 食いしん坊で、食べられない木の実を口に含み、大慌てで吐き出したり、働き者で、ふらふらしながら、水を汲んだりしているチュプを見て、二人で笑い、二人でチュプの面倒を見て、世話をして、様々なことを教えていった。それはとても楽しかった。


 ーー仔犬みたい


 ピリカの笑った声が聞こえた気がした。


 今でもそうだ、アミヒは詩子の姿に助けられている。詩子はいつも一生懸命だ、獣人との旅は慣れないことばかりであろうが、不平不満を漏らすことはない。

 それどころか、たくさんの荷を背負うといい、誰よりもよく働こうとする。

 うまくできない時も、投げ出すことなく、何度も取り組み、適当にしたりせず、誰かに教えを乞う。そんな姿に旅の仲間たちが微笑ましく、思っていることに詩子は気づいていない。

 子供たちも、詩子に懐き、ころころと笑っている。


 しかし、時々詩子は、ぼんやりとして空を見つめていて、表情をなくし、何かを思いだしたように瞳を閉じたり、顔をしかめたりしている。どうかしたかと問いかけても、詩子は困ったように笑うだけだ。


 誰かに話すことができないような思いが、詩子にもあるのだろう。アミヒは詩子が話してくれるようになるまで、詩子が助けてほしいと言ってくれるまで、待とうと思った。




 日差しのない昼間、ひんやりと冷たい空気が満ちている。吐く息は白く、 木の葉が道に落ちて重なっており、足元はひどく滑る。

 アミヒが後ろを振り返ると、足を滑らせた詩子が尻もちをついていた。素早く立ち上がり、周りを見回した詩子と目があう。慌てて駆け寄ると大丈夫と恥ずかしそうに笑い、そのすぐ後に少し悲しそうな目をした。



 詩子をあの呪術師から、突発的に連れてきてしまったけれど、追いかけてくる様子はなかった。


 ミミンに頼んで、砦の様子を窺ってもらったけれど、探索の手は伸びてはいなかった。


 呪術師にとって、詩子を連れたのは何かの目的があってのことでは、ないのだろうか。

 詩子は何もわからないという。

 呪術師について、話しをしようとすると、表情を曇らせ、いい人だった、というばかりだ。

 何かの理由で襲われたようであったが、やはり要領を得なかった。


 いったい、詩子は何者なのだろう。


 あの時、呪術師も同じ疑問を詩子に投げていた。何も答えない、答えられない詩子に、呪術師は太刀の柄に手をかけたまま、動けずにいた。

 あのとき、呪術師が柄から、手を離していたなら、アミヒは今、詩子を伴ってはいないだろう。

 呪術師といる詩子は、とても楽しそうであったし、呪術師も詩子を憎からず思っているようだった。

 しかし、呪術師は詩子を前に、柄に手を置いた。

 涙を流す、詩子をアミヒは放っておくことなど、できなかった。

 詩子が何者であっても、アミヒは彼女を守り、後ろ盾となると決めた。

 それは、チュプの意思でもある。


 ――ウタを守る


 後ろを歩く、詩子を見てアミヒは思った。

 冷たい風が足元をすり抜ける。詩子は身を縮めている。

 モラガイン山の頂は、真っ白な雪で覆われており、その白は日に日に、大きくなっていた。

 冬はもうすぐそこまで来ている。


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