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第四話 癒しはダンジョンにある!

――聖櫃歴1089年5月上旬


「はあ……やっぱり佐倉坂(さくらざか)さんはF組の(いや)しだよな」

「可愛いし、魔法使い(マジックキャスター)としても優秀だし……あと、おっぱいがデカイ……」

「そのくせ、俺たちみたいな底辺にも優しいからな……おっぱいデカイのにな」

「やめろ、自分で言ってて悲しくならんのか……あと、おっぱいは関係ないだろ」

「でもよ、俺たちF組だぜ? 底辺じゃん……いや関係あんだろ、おっぱい」

「そうだが、もうちょっとお前……でも実際佐倉坂さんはすごいよな、レベル高いし……やっぱりおっぱいか?」

「そうそう! 大学に飛び級しててもおかしくないぜ? 先生に聞いたんだけどいま82LVだってさ……いや、おっぱいの話じゃないぜ?」

「はあ? マジかよ……完全におっぱいともどもスイカップ級じゃん」

「なんなんだよ、その古風な表現、なに時代の人だよ」

「バリバリ現代ですけど!」

「バリバリて……しっかしそうだよな、どうしてそんな人が学年最低のF組なんかにいるんだろうな……」

「ああ、まったくだ。このクソみたいな教室というか、クソそのものというか、そこらに落ちてるクソを集めて炉で煮詰めたような……」

「もういい。それ以上言うな」

「ちくしょう、俺も一度でいいから佐倉坂さんにパワーレベリングしてもらいてえええ!」

「馬っ鹿野郎! そんなん、おれだってしてもらいたいっつーの!」

「なんなんだよ、おまえらのその性癖。そんなの言ったらオレだって、佐倉坂さんに先導されて300階層の奥地で高レベルモンスターの前に()りだされて、助けを求めながらミンチにされるところゴミを見るようなさげすんだ視線で見つめられたいぞ!」

「「いやお前の性癖が一番ないわ」」

「けどさ、本当に一番ないのはやっぱ……」

「西村パーティか……つか西村ハルヒコだな……」

「ああ、俺たちのクラスのマドンナをよくもひとり()めに!」

「だからいちいち古いんだよ、表現が……」

「あいつだけは許さねえ!」

「それには俺も同意だぞ……だからこそオレたちはこの秘密結社SHN、|嫉妬の(S)|炎で(H)|西村ハルヒコとその他リア充を燃やし尽くす会(N)を結成したんだからな」

「おう、この嫉妬の炎でクリスマスツリーを燃やし尽くしてやる!」


 俺は心の中でつぶやいた。


(クリスマスまでまだ七か月以上あるぞ……)


 教室の端で男子三人組(バカ)どもが三角頭に目だけ穴を開けたの秘密結社ローブをかぶって話し込んでいた。 俺はそれを聞きながら、まったく朝から元気なことだと他人事のように思った。他人事だと思いたい。

 ついでだからF組(バカども)のよもやま話をわきに、隣にいた馬鹿に話しかけた。

「言われてんぞ、馬鹿」

「ん、なに?」


 ああ、こいつの名前は西村ハルヒコ。我らが西村パーティのリーダーだ。


「身長と知能が少し残念な、ただの馬鹿だ」

「突然けなされた!?」


 あー、すまん、口に出てたようだ。

 

「「「西村ハルヒコぉ~~~!!!」」」


「うっ、なんだか突然背筋に寒気が!」

「春の風邪は長引くぞ、気をつけろよ」

「う、うん……ぶるる!」


 教室の端からローブをかぶった変な集団が狂った波動(パワーウェーブ)を送っているが、クラスの誰も気にしている様子はない。そもそもそういったことに興味を持ったり、注意を払える人間がこのF組にいるはずがない。

 なにせ殺意の念を送られている本人でさえまったく気づいてないのだから、恐ろしい。


「おはろー」


 ガララと教室の引き戸を開いて俺たちに挨拶してきたのは碧山ソラ。俺たちの西村パーティの打撃前衛、突撃隊長だった。

 背中でゆらゆら揺れるポニーテールと意志の強そうな目つきがトレードマークの、俺とハルヒコの幼馴染だ。


「おう、おはよう」

「ソラ! おはよう」


 俺たちはいつものように挨拶して、ソラのため椅子をずらしてスペースを確保する。


「さんきゅ」

「ソラ、どうしたんだ? 遅刻ぎりぎりじゃないか」


 俺はソラにしては珍しいなと思った。


「うん、ちょっと寝坊……この時期の魔法太陽(エタニティ・ライト)の調整が(ゆる)すぎるのが悪いのよ」

「そりゃ意図的に、俺たち人間が地上にいたときの再現をしてるそうな」

「ええ、それって眉唾(まゆつば)でしょ」

「けど、俺たちが地上で生活していた状況証拠はいくつも見つかってる。(いわ)く、ヒノモトに四季あり、ってな」

「四季とかいいから、海外の魔法太陽(エタニティ・ライト)みたいに一年中一定にしてほしいわ」

「夏は強すぎるし、冬薄いもんね」

「そうそう、ハルの言う通り。あっ! でもアタシ、冬は好きかも? ほら、中等部のとき討伐後の鍋大会とか覚えてる?」

「ああ、あれは美味かったな……味噌がよかった味噌が」


 なんだかんだと俺たちも雑談をはじめかけて、ふとハルヒコが気がついたように言った。


「そういえば佐倉坂さんは?」

「あれ? そういえば……遅刻か? 佐倉坂さんもさすがに春の陽気に負けたか」

「そんなソラじゃないんだから、佐倉坂さんが寝坊なわけないでしょ――」

「ハル、あんたはいつもひと言余計なのよ!」

「があああ、ソラ、そ、らっ……ぎぶ、ぎっぷ!」


 ポニテ女子が馬鹿みたいにきれいなアームロックをかけた。うーむ、忠実なまでに教本通りの美しいアームロックだ。しかしソラってレスラークラスなんて履修してたか。

 それにしても、そろそろ止めておくか。


「ソラ、それ以上はいけない」

「……ったく、服にしわがついちゃったわ」

「ソラが僕に技なんかかけるからだろ……ぞくっ! な、なに、また悪寒が……やっぱり風邪かな?」

「…………」


 俺が教室の端を振り返ると、そこではやはりローブの連中がなにかやっていた。

 どこから取りだしたのか小型草食モンスター(食用)を洗面器の上で生贄にささげて、聞いたことのない呪文を唱えていた。


「「「手熊幕魔矢昆、手熊幕魔矢昆、手熊幕魔矢昆……!!!」」」


 ああ、これはかかわってはいけないやつだと思った。

 俺は宗教団体を無視して佐倉坂さんの話題を出そうとしたところ。


「しかし佐倉坂さんは……」

「みんな、おはよー! では今日も元気に朝のHRをはじめましょう!」


 おっと、担任の館山教諭が入ってきた。


「みんな自分の席に戻ってー」


 担任の指示にしたがって雑談していたクラスの連中が自分の席へとつく。態度はだらだらしていたが、案外素直にみんな着席する。どうしようもない馬鹿揃いではあるが、担任の指示にあえて逆らおうという人間もいない。

 そういうある意味模範的な馬鹿の集まったクラスだった、このF組は。

 あのローブの連中でさえちゃんと自分の席に座っていた。ローブは着たままだったが。


「さっそくですが、今日はみなさんに悲しいお知らせがあります……佐倉坂さんが今朝……」

「え?」


 ちょっと待て。は? どういうことだ、なにがあった。

 教室は騒然(そうぜん)となった。教室の端々でおこったさざ波がよりあつまって大きな波となり、教室全体をおおう。

 このクラスを、いやこの学年をこえて高等部の期待の新入生、佐倉坂アマネはあまりにも有名すぎる。そんな彼女の身になにかあれば当然こうやって騒ぎになるに決まっている。

 なにより高等部入学以前の半年前から、いつも身近にいた俺たち西村パーティの動揺(どうよう)は客観的に見てもひどかった。


「せ、先生! 佐倉坂さんは、佐倉坂さんがどうかしたんですか!?」


 ハルヒコが思わず立ちあがって逼迫(ひっぱく)した表情で問いかけた。


「ええ、実は――病欠だという連絡がありました。風邪だそうです」


「「「びびらすなや!」」」


「ひゃっ!?」


 ついついクラス全体が関西弁で突っ込まざるをえないほど驚いたが、よかった。


「ちょっと熱が出て自宅療養しているとお姉さんから連絡がありました」

「よかった……いや、よくないけどよかったぁ」

「それでなんですが、西村ハルヒコくん」


 館山教諭がハルヒコを名指しで呼び出した。


「はい、なんですか先生?」

「西村パーティのリーダーはあなたよね? なんであなたがリーダーなのか分からないけど……とにかく今日の実習はいつもよりひとり少ないと思うので、あらためて仲間とよーく話あってくださいね。作戦とか、臨時に誰か誘うとか、もしくはソロプレイヤーに声かけるとか、あとあとボッチを見つけたら根気強くパーティに誘ってね! ね、絶対、できれば私の校長や教育院への印象をよくするためにも!」


 本音ダダ()れである。

 まあ教育院はダンジョン探索について、パーティでの攻略を推奨しているがF組は単独(ソロプレイヤー)が多いからなあ。館山教諭も大変だな。


「はあ……あの先生、なんか途中でひどいこと言いませんでした?」

「え、そんなことないわよ西山くん?」

「僕は西村です、先生」

「あ、ごめん間違えちゃったわ」


 なぜ途中から間違える。


「ということで朝のHR終わりです!」


 その後いつもの出席点呼を行って先生は出ていった。

 少し間をおいて俺はパーティの連中を呼びつけた。


「西村パーティ、集合だ」

「はいはい、来たわよ」

「佐倉坂さん、ただの風邪でよかったね」

「はあ、まったく館山先生にも困ったもんだわ。もうちょっと生徒に無駄な心配をさせないようにしてほしいんだけど」

「それについてはあきらめろ、F組だ」

「そうよね、はあ……」


 この一言で済ませるのもなんだが、本当に済んでしまうのも問題があるような気がする。


「そんなことより今日のダンジョン探索どうするかだよ。戦力に不安があるような気がする」

「お、たまにはいいこというな、ハルヒコ」

「『たまに』は余計だよ」

「悪かった。別段褒める必要もないことだったな」

「褒めてよ!?」

「お前は欲しがりか」

「べつに三人でいいんじゃない?」


 ソラがこともなげに三人パーティ(トリオ)でのダンジョン探索を(すす)める。


「そんな適当に決めていいことじゃないだろ」

「え、だって仕方ないじゃない。アマネが風邪なんじゃ」

「いいか。佐倉坂さんはいまや俺たちのパーティの要石(キーストーン)といってもいい。佐倉坂さんは捕縛や強化(バフ)魔法の補助はもちろん、直接火力として、補助火力として活躍してもらっている。なにより回復術法が使えるのは俺たちのパーティじゃ佐倉坂さんだけなんだぞ」

「そうだよ、ソラ。僕らのパーティで佐倉坂さんだけなんだよ回復術法が使えるのは!」

「わ、分かってるわよ。じゃあどうすんのよ」

「どうするの、セージ?」

「そりゃ回復(ヒール)が使えるやつを探すしかないな」

「うんうん、ヒールが使える人にお願いするしかないよね。だってさ、ソラ」

「それはいいけど、ヒールが使える人って誰よ? そもそもF組にプリ系なんて何人いた?」


 プリ系というのはプリースト系列のクラス。つまり神聖術法に精通していて、主にパーティでHP管理ができる回復術師(ヒーラー)のことを指す。


「セージ、プリースト系のクラスを履修()している人って誰?」

「ああー、誰だっけなー……それよりもだな、ハルヒコ」

「うん」


 俺はさっきからずっと気になって我慢していたことを、本人に思い切って伝えた。


「お前はオウムか! 俺たちのいうこと繰り返してるんじゃねえよ! 炭鉱につれてくぞ!」

「わーん、ごめんよ! でもセージ、それはカナリア!?」


 馬鹿のくせに、ピンポイントで変なことに詳しい。


「でもオウムとか、カナリアってなんなんだろ?」

「大昔、地上にいた生物だろ。そんなことよりお前、俺たちの話してる内容理解してたか?」

「ううん、ぜんぜん!」

「だろうな」


 駄目だ。満面の笑顔だ。


「でもヒーラーなんて引く手あまただからな、たいていのやつはパーティに入ってるよな」

「あ、セージ!」

「なんだよ?」

「僕、ひとりだけプリ系でソロの人知ってるよ! F組で!」

「へえ……じゃあそいつ呼んできてくれ」

「うん、分かった!」


 俺はなかば上の空でハルヒコのいうことにも適当に返事していた。

 プリースト系でいえば、増田アケミさんもたしか呪術医(ウィッチドクター)を取ってたよな。などとひとりで考え事をしていた。

 いままでの話の流れもあるが、これは本当に俺が悪かった。大失態だ。少し考えれば気がつくはずだ。


「ねえ、セージ」

「あん、なんだよソラ?」

「気のせいかな。できれば気のせいであってほしんだけど……」

「なんだよもったいぶって。いいから話してくれ、分かんないだろ?」


 このクラスで引く手あまたの人気クラス(ヒーラー)なのに、単独(ソロ)でダンジョン探索している人物。そんなやつ、ひとりしかいないに決まっているじゃないか。


「うん。ハルのやつ、どうも『藤村さん』の席に向かってるような気がしてならないのよね」

「はよ、言え! おい、馬鹿、戻れ! 戻れ、馬鹿!」


『藤村さーん』

『あら、あなたは西村ハルヒコ? どうしたのかしら……わたくしに用ですか?』

『うん! 僕たちと一緒にダンジョン攻略してほしいんだ!』


「あ~あ~あ~~~……馬鹿」

「はあ、アタシたちってほんと馬鹿……」


◆ ◆ ◆


「西村ハルヒコ、そこに罠があるわよ。気をつけなさい」

「あ、ホントだ。危ない」


 プリーストに罠の場所を教えてもらう偵察役(レンジャー)というのもどうなんだ。

 そんなこと考えながら先々進むハルヒコと藤村さんを、後ろから俺は(なが)めた。

 現在俺たちが探索しているのは一○八階層。

 普段のダンジョン探索では前衛である俺やソラがパーティ前面に出る。前面で率先して敵の注目(ヘイト)を集めるのが主な役目だ。

 だが、今回は授業でこの階層ははじめて来る。つまり『攻略』扱いで地図(マップ)もなく、どこに罠があるのか分からない状態だ。

 だからハルヒコには先行してもらって罠の発見と解除を頼んでいる。

 頼んでいるのだが。


「あら、西村ハルヒコ。そこにも罠がありますわよ」

「おっと……わわ、危ない。射出矢(アロー)系の罠だね、ありがとう藤村さん!」

「いいえ、構いませんわ……同じパーティの仲間ですからね」


 藤村さんは静かな声で、当然のことのように言う。

 だから術法者(プリースト)に教えてもらうなよ。お前の持ってるその|罠発見器(マツイ棒)はなんのためにあるんだよ。

 ちなみにハルヒコが前装備していた超特大マツイ棒はF組の連中に供養(もや)された。今回は通常サイズの一五○センチほどの棒だ。


「それはそうと碧山さん、あなた喉は乾いておりませんか?」

「え……いえ、べつに。それに水筒もちゃんと持ってきてますし……」


 藤村さんが振り返って問いかけてくる。ソラは突然のふりに、戸惑ったように答えた。まさか話しかけられるとは思ってなかったのだろう。


「先ほどから喉がひくひくしていますわ。脱水症状は喉が乾いたなと思ったら、手遅れ。ただでさえいつ休憩できるか分からない状況で命取りだと思いますわ。どうぞ」

「え、これは……」

「わたくしのスポーツドリンクですわ。薄目に作っておりますから、味で喉が乾くこともありませんわよ?」

「あ、ありがとう……ございます」

「うふふ、どういたしまして♪」


 ソラが水筒を受け取り、少し飲んでひと言。


「あ、おいし……」


 そして俺にそっと耳打ちしてくる。


「あのさ……藤村さんって思ってたよりいい人っぽくない?」

「それは……まあ、そうなんだが」


 一緒に攻略していて思うのは準備がいいのは当たり前として、彼女の気配りの細かさだった。とてもいつもソロで探索や攻略しているとは思えないほど、パーティ慣れしているというか。本当によく仲間の様子を見ている。

 的確なタイミングで、フォローを入れてくれている。

 だが俺はどうしても不安を(ぬぐ)い去れない。


「どうしても、あの噂がなあ……」

「ふぉ……フォオオオオオッ!?」

「な、なんだ!?」


 突然前から咆哮(ほうこう)が聞こえてきた。


「この階層にウェアウルフなんていたか!?」

「いや、違う。セージ、よく見て、あれ……」


 ソラの声で俺は小混乱から回復し、声の出どころを見た。


「イッツ、ワンドフォォォッ♪ 素晴らしいですわ、こ、これはなんて……美しい壁の破壊跡かしら!」

「うわ、すごいね。魔法で破壊されたのかな」

「はぁー、力の限り放った魔法でえぐり取られ、砕かれたブロック! 少し焼け焦げた跡が見えますわ! ファイヤーボールでしょうか、それともファイヤープレッシャー? なによりその破壊跡をわざと修復せず、ダンジョン内で風化させるほど放置するという信仰の痕跡! やはりコボルトの中にもケェレフ様の信者がいますのね!」


 藤村さんがダンジョンの壁が(くず)れた場所でなにやら興奮している。長いセリフを息継ぎもせずに次々と叫びながら、いまにも感謝の舞やら奉納(ほうのう)の舞を踊らんばかりだ。

 俺たちはにはただ崩れて、放置された壁のようにしか見えなかったが。

 ソラがその後継から目をそらしながら、聞いてくる。


「……やっぱり警戒しておいたほうがいい?」

「だな」


 俺たちははじめてくる階層そのものよりも、臨時でパーティを組んだ術法者(プリースト)への不安のほうが何倍も強かった。

 勘違いしないでもらいたいのは、べつに俺たちが藤村さんに意地悪してるとかじゃないんだぜ。ましてやイジメやハブりの対象にしているなんてことはない。全然違う。

 問題は高等部入学以来たった一か月で、藤村エリカという人物が作った伝説がすごすぎて俺たちが怖気(おじけ)づいているのだ。

 噂(いわ)く、ダンジョン一階層そのものを破壊しつくしたとか、(おそ)いかかってくるモンスターが藤村さんに触れる前に肉片に変わったとか。あるいはその戦闘スタイルが血煙を(まと)う悪鬼のようだとか。

 それだけなら、ただの噂に尾ひれがついただけ。それだけなら物理戦闘が強いプリースト。たったそれだけのことですむだろう。近接戦闘に重視した成長方針(ビルド)のプリーストなんて同学年でも()いて捨てるほどいる。

 俺たちが藤村さんを忌避(きひ)する理由はそこじゃない。


 ところで、藤村さんはお世辞抜きで美人だ。化粧っ気のない白磁のような肌、外国人のような整った鼻筋と、目と額のバランス。流れるような黒髪はクラスの女子でさえ羨望(せんぼう)の的だ。シャンプーやリンスの銘柄をたずねられているところもよく見る。

 正直佐倉坂さんが可愛い小動物系として人気なら、藤村さんは同年代の女子にしては妖艶(ようえん)でセクシーなところに人気がある。いつも普段着として着ているのが、ぴっちりしたラインの出る変な修道服というせいもあるだろう。

 おかげで入学以降F組内外から声がかかり、いくつものパーティがダンジョン探索に彼女を誘った。そのパーティは主に男子だけで構成された花のないパーティだった。俺も男だから分かるが、女子のいるパーティってのはいいもんだ。なにより美人を連れ歩けば、他の男子へのステータスになる。

 きっと藤村さんを誘ったやつらは有頂天(うちょうてん)だったことだろう。こんな美人とダンジョン探索できるなんて、と。


 結果、彼女を入れたパーティはことごとく全滅して帰ってきたという。

 しかも彼女だけピンピンした状態で。

 いったいダンジョンの奥でなにがあったのか。いくつものパーティに聞いて回った学園生がいたそうだが、最初は誰一人として語りたがらなかった。

 ただ一度だけ、とある一年生から証言が得られたらしい。

 彼はひと言こういったそうだ。


『魔人だ。あれは、ダンジョンの底から来た魔人だ……』

 

 彼は藤村さんとのダンジョン探索一回(・・)三度(・・)死亡したらしい。


「ついたあだ名が破戒僧(ザ・クラッシャー)。一応高等部で探索可能な場所しか行けるわけないのに、どうやったらそんな惨状になるのやら。そもそも彼女の崇める破壊神ケェレフなんて神様俺たちは聞いたことがないしな」


 俺は肩をくすめた。皆目見当もつかん。

 とにかく、そういうわけで俺たちは藤村さんをパーティに加えることに反対だった。

 けど、ハルヒコのやつが藤村さんのところから戻ってきて開口一番。


『えー、イジメよくない!』

『だからイジメじゃない。よく聞け、ハルヒコ。藤村エリカは危険だ』

『ハル、やっぱりアタシたち三人だけで行くほうが……』

『なに言ってるんだよ、ソラ! 僕たちF組は仲間だろ、それにいつもひとりなんて危ないよ!』

『あの、西村ハルヒコ……なにやらもめているようですし、わたくしはべつにひとりでも……』

『あ、藤村さん……いいじゃない、一緒に行こうよ藤村さん!』


 ハルヒコに押し切られたというべきか。いまにして思えば、やっぱり断っておけばよかったんじゃないか。それほどこの階層のモンスターも強敵というわけではないし、群れにさえ気をつければ。

 などなど、いまさら仕方ないことばかり考えてしまう。


「ねえ、ハルって優しいっていうか優しすぎるっていうか……ひとりぼっちの子見ると声かけずにはすまないのかな?」

「でもハルがそういうやつじゃなかったら、お前も俺もハルヒコとパーティを組んでないよな? たぶん佐倉坂さんもいまだにソロってただろうし」

「あーん! もう、それは分かってる、分かってるんだけどハルが他の女の子に優しくしてるとこ見るとむかむかしてくんの! 分かってよ、もう!」

「くくっ」

「なによ、その笑い?」

「いや、べつに。それを本人に言ってやれよ。あとな……」

「あと?」

「ふたりとも先に行っちまったぞ」

「ええっ!?」


 俺とソラが考え事していたのがいけないのだろう。いつの間にかふたりともダンジョンの通路の角で姿が見えなくなってしまっていた。


「ちょ、追いかけないと! 偵察役(レンジャー)回復役(ヒーラー)ってふたりとも紙防御じゃない」

「ああ、モンスターの群れにぶつかったら一大事だな。(いそ)ぐぞ、ソラ!」


 俺たちは通路を走り出した。幸いこの階層で明りとなる松明は10メートル間隔、足元につまづくことはないだろう。


「ねえ、セージ。この階層の主要モンスターってなんだっけ?」

「一○○階層付近からはだいたいコボルトだ。ここもコボルトだな」 


 俺たちは全力で走りながらも息を切らさず会話する。戦士(ファイター)クラスの常時発動(パッシブ)スキルだ。地味に便利なスキルだと思う。

 それはさておき、ここらへんを徘徊(はいかい)している主なモンスターはコボルトだ。コボルトというのは、皮膚のたれ下がった犬頭にゴブリンより筋肉量がある獣人種だ。知能はゴブリンと同等だと言われている。群れを作って、人間と同じくクラスを利用して役割分担しているのはゴブリンと同じだが、言葉をあつかえないので亜人には分類されていない。獣人だ。

 

「コボルトは一般冒険者には雑魚(ざこ)敵に分類されるが、単純な筋肉量と背丈はゴブリンなんかよりも圧倒的に上だ。俺たち中等部を卒業したばかりの学生にはいい練習相手かもな」

「けどハルと藤村さんがまともに相手できるの?」

「ああ。藤村さんはよく分からんが、ハルはまずい。あいつは盗賊(シーフ)系を中心に軽戦士クラスしか履修してないからな。コボルトファイターの一撃はたぶん防ぎ切れない」

「でしょ? 急がなきゃ。いざとなったらアタシの……」


『うわあああああああああ……!』


 俺たちが走る通路の先から大きな悲鳴が通路に反響して、ここまで届く。


「……! いまのハルの声!?」

「まずい。たぶんあそこだ、目の前の部屋!」


 通路の先が徐々に広がって、部屋になっているのが見える。


「入り口に掘削跡(くっさくあと)があるから、コボルトたちが大昔に掘り出した部屋かもしれないな」

「コボルトのモンスターハウスとか勘弁してよね」

「十体以上ならふたりを連れて離脱だな」

「おっけー」


 ソラと言葉を交わし、部屋に突撃した。

 部屋に入って最初に抱いた感想は獣臭いという不快感と、ふたりはどこだという心配。


「ハルヒコ、藤村さ……っ!?」


 けれどそこには想像とは少し違う光景が広がっていた。



 部屋は削り取られた岩肌がむき出しで、壁紙や装飾は一切見当たらなかった。けれど岩肌は長い年月の生活で削られたのか、角が取れて丸くなっていた。そこに足の長さがばらばらで不格好な机と椅子がいくつも並んでいて、奥には質素な手作り暖炉(だんろ)も見えた。

 暖炉にはまだ火がついている。

 まずい。やはり、コボルトの巣だ。休憩所か、食堂かなんか知らんがいるぞ。


「絶対に、コボルトが……」

「くくく……来ましたわね、生贄が!」

「え、なに? 生贄!?」


 しかし最初に見つけたのは獣人(コボルト)ではなく、(ヒト)だった。

 修道服を着た女が部屋のど真ん中で立っていた。そして笑っていた。

 藤村エリカである。彼女が(ひら)けた部屋のど真ん中で椅子に片足を乗せ、凄惨(せいさん)な笑みを(たた)えて俺たちを待ち構えていた。


「いや、違うぞソラ! 見ろ、周りを……!」

「うわ……なによ、この数。本当にモンスターハウスじゃない!」


 部屋は広々としていた。一辺が約五○メートルのほぼ正方形。天井まで八、九メートル。

 はじめに思った通り、やっぱりここはコボルトたちの休憩所かなにかだ。そこにはコボルトがざっと三十匹ほどいた。

 ソラのいう通りモンスターハウスだ。


「ソラ、モンスターハウスでの対処の仕方覚えてるな!」

「もちろん、退路の確保と敵の各個撃破!」

「ならソラは退路を、俺はふたりの誘導!」


 即時行動。いまは一秒でも時間がおしい。敵が体勢を(ととの)えるまでが勝負だ。

 モンスターハウスとは言ってしまえばモンスターの巣だ。今回のここのように群れや社会を作るモンスターは家や休憩所、食堂などをダンジョン内に作ることが多い。そういった場所は恒常的にモンスターが寄り集まっていて、不用意に入れば囲まれてたちまち危険な状況になる。

 こういった事態を想定し、その対処方法も学園側は授業で教えている。

 第一に偵察。あらかじめ把握(はあく)している危険は回避しなくてはならない。把握できていないならば、把握できるよう努力しなくてはならない。

 その上で危険な状況におちいったならば、まず退路の確保。つまり敵のいないできるだけ狭く、かつどこか別の通路や部屋につながっている場所を見つける。そしてとにかく逃げる。

 逃げられない場合、確保した退路へ敵を誘導し、各個撃破していく。いくら敵が大勢でも狭い通路などで戦おうと思うと、一度に相手できる数は限られていく。例えば狭く長細い通路などに誘導してしまえば相手は自然と縦陣隊形を取らざるを得ず、背後の仲間と相互支援を行えない。相手が大勢で、こちらが少数だった場合有利な戦術だと言える。

 もちろんこちらも継戦能力は限られているし、これはあくまで逃げられなかった場合の対処法。

 ダンジョン攻略の基本原則(ドクトリン)は「三十六計逃げるに()かず」だ。

 以上のことから、俺は叫んだ。


「ヒルヒコ、藤村さん、こっちに来い! 逃げるぞ!」

「いいえ」

「は?」


 予想外の答えが帰ってきた。

 決して大声ではなかった。けれど、藤村さんはきっぱりと宣言した。

 逃げないと。


「赤威セイジ! いったい、なぜ? なぜなぜ、どうして逃げる必要があるんですの?」

「馬鹿野郎! いまの状況分かってんのか!」

「ええ。ええ……とても、とても! 分かってますわ! それよりも、あなたこそ分かっているのかしら? わたくしはいま破壊神ケェレフ様から最大限の慈悲(じひ)と祝福を受けていますのよ?」

「…………」


 藤村さんは頬に両手をそえて、恍惚とした表情で俺にうったえかけてくる。


「ねえ、セージまだ!? 退路は確保してるから早く! 一匹二匹ならなんとかなるけど……くっ、この!」

「まずいかもしれん」

「へ?」


 ソラは俺の後ろで手近なコボルトに小競り合いをしかけ、ヘイトを集めている。退路はひとつしかない、俺たちが元来た道。早くふたりと連れてそこへ戻らないといけないのだが、そういう状況でもないのかもしれない。

 藤村エリカは、本人がいうように祝福を受けたかのように恍惚とした表情で頬をわずかながら上気させていた。息も自然と荒くなっていた。修道服が()()いた胸の双丘を上下させている。

 そして突然体をびくんと痙攣(けいれん)させたかと思うと目を見開いて叫び出した。そして部屋の中心でくるくると右回転しはじめた。まるで神前にささげる舞いのように。


「ちょ、早く逃げようよ藤村さん!」

「嗚呼、破壊神ケェレフ様!!! ありがとうございます! わたくしに新たなる破壊と破滅へのチャンスを与えてくださり……! まことに、真に……感謝いたします、神よ! 我が神、破壊神ケェレフ様の御心のままに、ケェレフ様の願いは破壊、破滅、退廃! 無駄、無為、無理! 承知しております、ですからわたくしがすべて……そのすべてあなた様へとおささげいたします、ケェレフ様ぁぁぁ!」

「ええ、なになに藤村さん! 怖いんだけど、ねえ!?」


 藤村さんはハルヒコのうったえを一向に介そうとせず、部屋の中心でくるくると舞い、うるんだ瞳でひと通りの讃美歌(さんびか)を歌い終えると急にぴたと止まった。そして静かに目をつむり、コボルトたちが武器を手に(せま)ってくるのをものともせず、低い椅子に乗せた右足をゆっくりと宙まで持っていく。

 片膝を腰の位置まであげると修道服のスリットが乱れ、揺れる布の隙間から生腿(なまもも)が見え隠れする。


「可愛い獣人さんたち……うふふ、あなたたちはどんな悲鳴を聞かせてくれるのかしらぁ~~~?」

「ごくっ……」


 なんの音だと思ったら、俺の喉が鳴った音だった。

 藤村さんは太腿のスリットに手を触れる。

 するとそのさらに上、きわどい場所にくくりつけてあったのであろう小型のメイスが装備してあった。そんな場所に隠していたのか。

 その打撃武器を取りだすと、彼女は俺たちの背筋が(こお)りそうなほどのぞくりとする笑みを浮かべた。

 口の形が半月に(かたど)られ、真っ赤なルージュが部屋の松明の明りを反射する。月の(みぞ)から真っ赤な舌がはみ出して、ルージュをべろべろと舐めた。

 もちろんぞくっとしたのはあまりの妖艶さゆえではない。純粋な恐怖からだ。


「ハルヒコ、逃げろー!」

「う、うん、けど藤村さんが……」

「どうでもいい、お前が逃げろ!」


 俺は藤村さん、いや藤村の背後で双剣(そうけん)を抜き放っている――きっとやつは背中越しに相手を守っているつもりなんだろうが――ハルヒコに叫ぶ。


「いいから、そこから……藤村エリカから離れるんだ!」

「どういうこと、セージ!? あ、藤村さん危ない!」


 遅かったか。

 コボルトの一匹が口の端からよだれをたらして、吠え声をあげながら襲いかかってくる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」

「あっはっはっはっは! そーれ♪」


 笑ってる!?

 コボルトファイターが手斧を片手に、藤村エリカへと飛びかかっていく。

 コボルトがその手斧を彼女に叩きつけようとしたのか、それともまずはあいた片手で彼女を捕まえようとしたのかいまとなっては分からない。

 その頭に藤村のメイスがめり込む。


――めこり……っ! ズズンッ!


 二メートルをこえる巨躯が地面に叩きつけられた。

 冗談みたいな光景だった。身長で獣人にはるかにおとる修道女が、小さなメイスひとつを軽く振っただけでコボルトは頭から地面に埋没した。

 一瞬遅れて、(くだ)けた地面のブロックや割れた椅子の木片が空中に舞う。

 それを俺の脳が認識したのは、コボルトが球根苗にされて一秒後のことだ。

 俺たち三人はおろか、周りのコボルトでさえその光景に圧倒されていた。


「あははは! アハ、あははははは! それそれそれそれそれそれっ!!!」


――がん! ごん! ガンっ……ガンガンガンッ!


 地面に沈んだコボルトにたいして、メイスを叩きつける藤村。それも一度や二度ではない。何度も何度も、鈍い音と振動を残して。そして返り血を受けて彼女の顔には血化粧がほどこされていく。


「い、イカれてやがる……」


 それ以外の感想なんていない。暴力。俺たち冒険になれた学生から見ても想像を絶する、あらんかぎりの暴力がそこにあった。


「あらぁ~? どうしたんですの、ほらもうすでにお仲間はケェレフ様の抱擁(ほうよう)を受けて身も心もすっかり信心に包まれましたよ……さあ、みなさん改心の時間ですわ!」

「ガッ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 新たなコボルトが飛びかかってくる。


「あはは、来ましたわね、そーれっ♪」


 それを軽く日傘を足元からスイングするみたいにメイスをふるって、藤村は頭上で血の傘を広げた。


「あはははは、弱い! 弱いわよ、あなたたち! これではケェレフ様も退屈ですわ、もっと、もっと来なさい、大勢でわたくしを破壊する気で来るのです!」


――ガン! ゴンッ! ぐぎゃん、ゴン……ゴツンッ!


「ぎゃっ!」「げ、ふっ!」「ぐげ……っ!」「ぎゃおおおん!」「げんっ!」


 飛びかかってくるコボルトをハエでも叩き落すように地面に打ちつけ、返すメイスで空中にふっ飛ばしていく。あまりに一方的な光景に気分が悪くなってくる。


「こ、コボルトってこんなに弱かったか? つか、藤村さんの筋肉量(STR)っていくらだ?」

「無茶苦茶……え?」

「グルルル……ガア、ガアッ……!」

「アンタたち、あれ、どうしちゃったの?」


 ついにはソラの相手をしていたコボルトたちも藤村のほうへと矛先を変える。コボルトたちの最重要撃破目標が完全に切り替わっていた。


「はあ、とお、やあ……あ、それ♪ あら、西村ハルヒコ、そこ危ないですわよ?」

「へ!?」


――ぶぅーんっ!


「わわっ!? あっぶなぁああああい!」


 勢いあまって、後ろへとスイングされたメイスがぎりぎりハルヒコの頭上をかすめる。しゃがまなければ、コボルトたちと同じ末路になっていただろう。


「ハルヒコ、分かったらこっちに来い! そこはやばい!」

「ひぃー!」


 ハルヒコがこちらへ逃げてくる間も藤村の死の舞踏(ダンスマカブル)は止まらない。途中何度かハルヒコの近くをすれすれでメイスが通りすぎていく。


「くくくっ、いいですわ、そう! そうやってわたくしを破壊する気で来なさい……ならばこそ、わたくしも本当の破壊と破滅の信仰心を見せられるというものですわ!」

「「「ぐるるるる……!」」」


 藤村の周りには少し遠巻きに十匹ほどのコボルトが集まって、彼女を囲んでいた。やつらは舌をだらりと出して、ハッハッと荒い呼吸で武器を構えていた。得物を両手で握って、闘争心とも呼べない怒りを全身にみなぎらせている。

 正直あんな中心にいたら盾役(タンク)の俺でもぶるっちまいそうだ。


「どうしたのですか? そんなに遠慮しなくて結構ですよ。破壊と破滅こそがこの世界の真理と理解すれば、その闘争心を解き放ちただちに破壊にお変えなさいな……」


 コボルトたちは警戒している。完全に守りの体勢だ。


「あら、本当に来ないのですか? 残念ですわ……」


 コボルトたちが中距離で守りに入ると一気に雲行きが怪しくなった。たとえ藤村が一流の戦士レベルの力量を持っていても、(リーチ)の短いメイスでは接近しなければ十体のコボルトを対処するのは困難だ。

 だからといって、接近して一匹づつ処理していこうにもコボルトが円形陣をしいているかぎり、踏み込んだ瞬間左右のコボルトに追撃を受けてしまう。守るほうも攻めるほうも、うかつに動けない。

 そう思っていたのだが、どうやら俺の考えがいまいち物足りなかったようだ。


「でしたらわたくしのほうから、行かせていただきますわああぁぁぁ!!!」

「どうするの、藤村さん!」


 そうだ、なにをする気だ。俺がそう思うのと、理解するのはほぼ同時だった。

 藤村は利き手に持ったメイスを背中に引くと、力を溜め。そして一呼吸ののちコボルトたち目がけて、一気に解き放った。


「あの位置からだと届かないんじゃない?」

「違う、あのメイス仕込ん(・・・)である!」


 ソラと俺の叫びが重なる中、答えは圧倒的な鉄量となって眼前に提示された。


――カチッ!


「そーれ、破壊神の腕は長いのです! どこまででも届き、すべてを優しく包み……破壊しつくしてくださいますわ!」


 藤村が手に持ったメイスを操作した。きっとスイッチでも取りつけてあったんだろう。

 すると非火薬式の発射機がメイス先の鉄球を飛ばし、鉄球からは(スパイク)が突きだした。つづいて()の部分からジャラジャラと細いチェーンが次々に吐き出された。


「ぐぎゃっ!?」「がうっ???」「ががっ、がふっ!!!」


 棘鉄球と柄はチェーンでつながれていた。鞭のようにしなったチェーンと棘鉄球が離れたコボルトたちの円陣を巡って、その肉体を粉砕していく。


「モーニングスターだとおおおぉぉっ!?」


 俺がただのメイスだと思っていたのはフレイルの一種、通称朝星棒(モーニングスター)に似ていた。


「ぎゃん!?」「ごあっ!」「ぎゃふん!」

「あはははは! 死ね! 死ね! 死ね! ケェレフ様の慈悲に優しく包まれ、激しく痛ましく死になさァァアアアい!」

「うわああ、こっちにまで攻撃が届いてくるんですけどー!?」


 びゅんびゅん振り回さられるチェーン付きの鉄球は、ハルヒコの背中をかすめ。


「うおおおっ……!?」


 俺の鼻先、手前で一瞬静止したあと――びゅーんとすごい勢いで反対方向へとすっとんでいく。


「あっぶね、もう少し顔を前に出してたら鼻の穴が三つになってたぞ!?」

「馬鹿言ってないで、セージ! ハルヒコも、早くこっち!」


 俺たちはソラが守ってくれていた退路へと全速力で逃げる。この部屋の中にいたらコボルトより、藤村の振り回す鉄球にハチの巣にされちまう。


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「くそ、こんなときに!」


 藤村を相手にできないと思ったのか、方向転換したコボルトの一匹が俺たちの背後から(せま)ってくる。


「俺がガード……」するからハルヒコは先に逃げろ。


 俺の言葉は途切れ、骨を叩き折る音に邪魔される。


「ぐ、ぐぎゃ……」

「ふくくく……逃がしませんわよ、ケェレフ様の愛から自らこぼれ落ちるなど背信行為そのもの……甘んじてその身を破壊に(ひた)しなさい!」

「これは藤村に助けられたのか?」

「分かんないけど、とにかく離れようよセージ」


 それから部屋の中は阿鼻叫喚(あびきょうかん)地獄のようだった。

 藤村がメイス――いや、モーニングスターだろうか――を振るうたび、血の花が咲き、コボルトが地面に転がる。藤村が笑うたび、モンスターの無残な(むくろ)が積みあがる。

 悲鳴をあげて逃げるコボルトなんてはじめて見たぞ。


「――はぁ、はぁ……もう元気に立ちあがって揺れ動く、思わずわたくしが吐き気を(もよお)すほど生に満ち満ちた方はいませんか~? いませんの? ふぅ、今日も一日一壊、終わりましたわっ♪」


 モンスター愛護団体も裸足で逃げ出す虐殺もやがて終わり、俺たちはなんともいえない気分で部屋に戻る。そこでは積み上げられたコボルトの山の上にとてもスッキリした表情の血だらけの聖女が微笑(ほほえ)みを浮かべていた。


「まったくとんでもねえな……噂通りだぜ」

「怖かった、怖かったようセージぃ~~~」

「ええい、抱きつくな、ハルヒコ! 俺も足が震えてんだよ!」

「でも一応助けてくれたんだから、お礼くらいは……」

「あれは俺たちを助けようとしてたのか?」

「あ、あの藤村さん。ありがとう、助けてくれ――」


 ソラがお礼のようなものをいおうと口を開いたとき、藤村が急に両手を組み自分の崇める神に祈りだした。


「はぁ……ケェレフ様、お許しください……この哀れなる子羊を!」

「え?」


 藤村は突然憑き物が落ちたように、一般的(・・・)(いつく)しみの表情になると、足元のコボルトに向かって腰をおろした。

 そして手をかかげて、術式を編みあげる。彼女の手に真っ白い、新雪のような純白の光がともる。

 俺たちはその術式を何度も見たことがある。ダンジョンでモンスターを相手にするかぎり、嫌でもよく見る人工的な光。生けとし生きるものを癒す、光。


「え、あれってまさか……」

「え、どういうこと? 相手はモンスターよ、どうして……」

「待て、ふたりとも静かに」


 俺たちはその光を知っている。知っているがゆえ、どうして彼女そんなことをするのか分からなかった。

 敵である、いままで散々殴り倒したモンスターに。その張本人である藤村が、なぜそんなことするのか皆目見当がつかなかった。

 光はやがて傷ついたコボルトを完全に包み込み、そして彼女は起動詠唱(トリガー)を引き術式を展開する。


「≪ヒール≫!」


 彼女が唱えた術法は癒しの光(ヒール)。肉体的な裂傷や打撲などを術的に癒すスキルだった。

 手を添えた場所からコボルトの傷が癒えていく。メイスで砕かれた骨がつながり、血液が映像を逆再生するように吸い込まれていき、裂傷がふさがっていく。全身の傷が見る見る治っていく。


「あれで、手加減してたのか!」

「え、あの乱戦で?」

「そっか、コボルトが死んじゃってたらヒールが効かないもんね、藤村さんってすごいんだね!」

「並みの力量じゃねえのはたしかだが……だけど、これじゃあまるで」

「ええ、こちらを殺そうとしてたモンスターを手加減して倒して、その上でヒールをかけて救おうなんて……」


 俺は無意識につぶやいていた。


「これじゃまるで聖女そのものじゃねえか……」

「なんだ、やっぱりいい人じゃない、藤村さん!」

「だね。あの噂は、ただの噂なんだよ、セージ」


 俺たちの勘違いだったんだろうか。本当にそうなんだろうか。

 藤村の聖人君子っぷりに、ハルヒコとソラのふたりはすっかりほだされているようだがどうも俺はひっかかる。


「気に食わねえな」

「アンタってホントひねくれ者よね」

「セージ、もうちょっと人を信じようよ」


 ソラがあきれたように。ハルヒコもそれに乗っかってなにかいってるが、俺は全然納得してないぞ。

 そもそも本当にそんな聖女みたいなやつがどうして邪神信仰みたいなことをしなくちゃならないんだ。どうしてあんな無茶苦茶な戦い方をするんだ。いつもソロでダンジョン探索しているのはどうしてなんだ。あの噂の出どころはどこなんだ。

 わけが分からんぞ。


「……ふう、これでもう大丈夫」


 ヒールによる治療が終わったのか、藤村さんが立ちあがる。


「わおん」


 そして助けてもらったことが分かっているのか、不思議そうな顔で彼女を見上げるコボルト。

 そっと無言でモンスターの頭をなでる藤村。


「わあ、なんか西洋の宗教画みたいね」

「うんうん、いいね、こういうの!」


 まさかと思うが、ひとりと一匹の間に友情にも近いなにかが――。


「――では、死になさい!」


――がこんっ!


「ぎゃふん!!?」


 藤村のメイスがコボルトの頭を打ちのめした。


「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!?」」」



 俺たちは度肝を抜かれた。


「はあ? はあああ!? いや、待て待て待て! 意味が分からん! どうして、癒した!? いやなんで殴った!」


 俺は思わず重度の混乱をわずらった。そりゃそうだろう、目の前の聖女がわざわざMPを消費してまで助けた相手をまた殴り倒したのだから。


「なにを言っているのですか? ケェレフ様の教えは破壊と破滅と退廃……たしかに癒しの光(ヒール)という行為は冒涜的ではありますが。それが破壊のための再生であれば、ケェレフ様的にはぎりぎりオッケーなのですわ!」

「ぎりぎり……てか、お前まさか」


 俺が懸念を語り終わる前に、彼女の無限の信仰(アンリミテッド・オーバーヒーリング)がはじまった。


「さあ、行きますわよ……≪ヒール≫! 死ねェ! ≪ヒール≫! 死ねェ! ≪ヒール≫……!」

「ぎゃふ! ぎゃっ!? きゃわーん!!!」


――ドゴッ、がんっ! ごっつんっ!


「…………」

「あははは、もっと泣き叫びなさい……≪ヒール≫! 死ねェ!」

「…………」

「くふふふ、そうその表情いいですわあ……≪ヒール≫! 死ねェ! もっと破壊を、アア、破滅ヲォォォォッ、≪ヒィィィィィル≫! 死ねェェェェェ……!!! ふひ、ふひひひひ……ひはははは!」

「…………」


◆ ◆ ◆


「で、どうなんですか? 藤村エリカさんのあの噂本当なんですかー!?」

「…………」

「ねえねえねえ、どうなんですか!? ねえ、そんな意地悪しないで教えてくださいよ!?」

「…………」


 D組の新聞部のやつがクラスに来ていた。

 だが、俺たちはなにも答えたくなかった。

 俺たちはなにも覚えてない。

 なにも記憶にとどめたくない。

 とにかくあの記憶をなくしたい。


「もぉ~、どうして藤村エリカとパーティ組んだ人は口が堅くなるんですか、硬口イワシなんですか!? アンチョビなんですか~!」

「三分間……MPが切れるまで三分間の地獄だ……」

「は?」


 後日、この俺の発した言葉によって『藤村エリカの信仰心(カラータイマー)は三分間』という謎のフレーズが学園を席巻した。

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