???の日常
※今回はショートです。
春。それは出会いと別れの季節。
「なんてね。学生のアタシたちにはそんなイベント無縁よね」
試験があるとはいえ、エスカレーター式の学園生に別れという経験はあまりない。せいぜいクラスが別々になる程度だろう。それにもう五月だ。この時期のイベントっていうと五月病くらいよね
アタシはそんなこと思いながら、ひとり第二階層の商業ブロックをぶらぶらと歩いていた。
休日にウィンドウショッピングするにはちょうどいい場所だ。第四階層の市場ほど騒がしくない。けれどほどほどに雑音があり人通りもあるので寂しくはない。少なくとも第一階層の閑静な住宅街をひとり歩きしているよりか、もの悲しさも感じない。
商業ブロックには個人商店から大型量販店や百貨店までそろっているが、それぞれ出店している場所が微妙に違う。やはり古くから店を構える個人商店は個人商店で、新規の量販店は量販店で集まり商業圏を形成していた。
「はあ……きれいな服、いいなあ……」
アタシ個人としてはやはり気兼ねなくウィンドウショッピングできるデパート沿いがおすすめだ。
商店街はお店の人が無遠慮に話しかけてきたり、近所の顔しか知らないおばさんに声をかけられて話が上手くないアタシは立ち往生してしまう。どうも苦手なのだ。
その点こうやってガラスケースの中にある商品をじっと見ていても声をかけられることもなければ、怒られることもない。そうやって商品を見ているアタシの後ろには必ず足音が聞こえるし、ふと振り返れば誰かがいる。
アタシは人がいる安心感に包まれて、何時間でもこの場で時間をつぶせる。ここは一種のテーマパークといってもいい。
「ガラスケース……水族館ね……」
そう、水族館だ。
ガラスケースの向こうには海水が満たしてある。服や宝石は浮遊性の水棲生物だ。まるで薄い衣をまとったクラーギ。ケースの中の洋服は決して動きも泳ぎもしないが、いつまで見ていても飽きない。
そういえばこのまま行けば水族館や遊園地が集められたアミューズメントブロックがあったな。
「……けど、ひとりで行ってもな。せめて誰かとなら」
アタシはガラスケースの前からとぼとぼと歩きだした。
ふと脳裏にひとりの男子の笑顔を浮かぶ。なんていうかほっとするような、ほっとしすぎて逆にむかつくような笑顔の男の子。そんなよく知っている男子の顔が浮かぶ。
その子と一緒に水族館に行ったり、遊園地でふたりきりで乗り物に乗る想像をする。
「…………」
ダメ、ダメ。ふたりきりになんかなったら、きっとまたアタシはどうすればいいか分からなくなる。その結果、思ってもないような文句を言ったりするんだろう。そんなとき彼は彼で決まったように困った表情で、アタシを気遣う。それが彼の負担になってないなんて、誰に言い切れる。
やはり彼にはがさつなアタシみたいな存在より、おしとやかで彼と同じように気遣いのできる優しい子のほうが似合っている。
「ティーセット……?」
ガラスケースに小さなティーセットが飾ってあった。薄い化粧紙で包まれたかわいいプレゼントセット。二組のティーカップが向かい合わせに並んでいる。よく見ると取っ手の形に合わせてハート型になっているらしい。
まるであのふたりだと思った。たぶんあのふたりならこのティーカップのように、お似合いのカップルなんだ。
「はあ……やめとこ。変な妄想して、なにひとりで暗くなってんだろ、アタシ。だいたい誰よ、それ……」
やっぱりひとりだと暗い気分になっていけない。
今日はみんな用事があるらしい。バイトとか、家族と一緒に買い物とか。用事がない暇人はアタシひとりだけ。
いやアタシにも用事はあった。けどサボった。
「こんないい天気なのに、家でお稽古なんて……そんな気分じゃない」
せっかく春で、空気はこんなに澄んでて、魔法太陽の後ろにある天井だってあんなに高いのに。アタシの気分はどうにもブルー。
じゃあ他のパーティに混ぜてもらって、ダンジョン探索とか。
「ああ、ダメ。無理。無理無理無理!」
はっ、重度のコミュ障が臨時パーティとか受けるわ。
「ホント、受ける……」
こんなことなら気分転換とかいって外出るんじゃなかった。稽古もサボらず、家でちゃんとお茶でも点ててたらよかった。
「公園にでも行こうかな」
気分転換の気分転換。なんてよく分からないことを考えながらアタシは商業ブロックにある公園へと向かった。
そこでベンチかブランコにでも座って、パーティはぐれの冒険者よろしく天井の溝でも数えてよ。
とても気分が晴れるとは思えない、アタシらしい後ろ向きな考え。
「おめでとう、ふたりともお幸せに!」
「ふたりともステキよ!」
「ありがとう、みんな!」
そのときふと視線をあげると、行く先から祝福の声をあげる人々がいた。
その中心にはなにやら派手な衣装のコスプレした男女がいる。
「あ、コスプレじゃなくて……結婚式」
女性はそれこそ昔話に出てくるお姫様のように、美しいドレスで着飾っていた。男性はそんな女の人を大事にかかえて教会の出口から出てくる。抱きかかえ方はまさにお姫様抱っこだ。
結婚式でもっとも人気のある『魔王から姫を救い出す勇者』の演出だ。定番というか、やや古風なイメージさえある。
でもアタシは好きだ。いや、女性なら一度は憧れる光景だ。
夫となる愛している男の腕に抱かれて、幸せを噛みしめながらひとつになる。きっと抱かれた女性にとってあの腕はとても太くたくましいことだろう。女性も男性の首に強く腕を回して、抱きついてみんなの祝福を受けている。
アタシも将来あんなふうな結婚式をあげられたら、どんなにいいことか。
一瞬女性を自分に置き換えて想像して。
「いや、転ぶ。絶対階段で転ぶ……ふふっ」
アタシとたいして身長の変わらないアイツじゃダメだと思った。思わず吹き出してしまう。
「……っ!?」
いま誰を想像した。
アタシは当たり前のように誰のことを想像したの。
違う。違うの。家のしきたりやらなんやらで、こんな洋式の結婚式絶対認めてもらえないの。
「だ……第一、相手もいないじゃない! てか早すぎ、アタシまだ学生……はは、馬鹿? アタシって馬鹿?」
「それでは花嫁のブーケトスです!」
「そーれっ」
結婚式会場の司会進行役であろう男性がマイクで合図をする。よく見たら花嫁は豪華な衣装の胸元にブーケを握っていたようで、それを勢いよくこちらに放り投げた。
「え……?」
こちらに放り投げたのだ。
友人の女性たちがきゃあきゃあ嬉しそうな悲鳴をあげる中、ブーケは勢いがあまりすぎたのかアタシのほうへ。
「……うわ、っとと!」
思わずキャッチしてしまった。だってそのまま取り落とすわけにもいかないじゃない。これって、祝いの席でしょ。べつに欲しかったわけじゃ。ううん、いらないとかそういうんじゃなくて。それに他の人にも悪いし。だいたい欲しかった人がいるんじゃないの。新婦のご友人もアタシのことを睨んで。
「おめでとう!」
「やったわね、次の花嫁はあなたよ!」
「ふふ、おめでとう、あなた、知り合いの子?」
「い、いえアタシは……あの、その……ごっ! ごめんなさい、アタシただの通行人なんですーっ!」
なかった。睨まれてなんかなかった。うとまれてもなかった。そんなのただアタシの一方的な被害妄想で。
だからアタシは逃げた。全速力で走ってその場から逃げた。ブーケを片手に強く握りながら、力の限り地平線まで――ダンジョンに地平線なんてないけど――逃げた。
いたたまれなくて。自分が恥ずかしくて、逃げた。
なんて日だろう。ホント、なんて日だ。
◆ ◆ ◆
どっちがアタシらしいんだろう、なんてときどき思う。
学園でのアタシ。ひとりのときのアタシ。
「ハぁ~ルぅ~~~???」
「うわ、ごめっ! ごめんなさい、ソラさん!」
「許すかー!」
「ぎゃああああ、逆エビ固めは勘弁してぇ~~~!」
「あわわ、西村くん大丈夫ですか!?」
「アハハ、大丈夫大丈夫! 案外ハルヒコは丈夫だからな!」
「どうよ、コラ、このっ!」
「ぎぶっ、ギブギブ……ギャアアアブゥッ!?」
けど、そういうのは案外どうでもいいのかも。
「でも、あれ……? なんだか怒ってるわりには、今日のソラちゃん機嫌よさそうですね?」
「なんかあったかな?」
「ハル! アンタ、今日という今日はぜえええったい許さないわよ!」
「僕、なんかやった~~~???」
いまが楽しければ、それでいいじゃない。
※次回、第四話――予告。
フユコ :「おい、増田アケミこれはどういうことだ? なんか台本渡されたぞ?」
増田アケミ:「だからその名で呼ぶなっていつも言ってるでしょ、フユコ! つかなんでワタシだけ、名前表示もフルネームなのよ!?」
フユコ :「うるさいぞ、ますみ」
ますみ :「だから略す……名前表示まで略すなー!!!」
フユコ :「そもそも次回予告もなにも、本編でまだ活躍もしとらんのに……」
増田アケミ:「活躍したかったの、あんた?」
フユコ :「嫌だ。面倒くさい」
増田アケミ:「なんなのよ、いったい……ああー、そんなこと言ってる間に尺が!」
フユコ :「尺もクソも、20000文字以内なら大丈夫だぞ、増田アケミ」
増田アケミ:「次回予告枠だからって、ここぞとばかりにメタ発言してるわね」
フユコ :「なにを言っている。尺の話だろ? ともかく、次回は藤村エリカが活躍するらしいぞ……」
増田アケミ:「ああ、あの破壊神を信仰してる人……」
フユコ :「そうだ。作者に素で名前を間違われていたやつだ」
増田アケミ:「???」
フユコ :「これが本当のメタ発言というやつだ」
次回、『癒しはダンジョンにある!』
増田アケミ:「名前間違われてると言えば、ワタシの真の名前は『欲深き鷹と踊る風』よ! 何度言えば、みんな分かってくれるのよー! あとオクラホマ州出身ー!」
フユコ :「面倒だ。私は寝るぞ」