第三話 掃除場所はダンジョンにある!
※前回までのあらすじ。
朝のHRにて突然担任から、今日の午後ダンジョン内大掃除をやることを告げられたF組。
事前準備なしでの大掃除に不安を隠せないまま、F組は各々装備を整えだすのだった。
――聖櫃歴1089年 5月上旬。
「うーん、こういう重要な話は何日もまえから事前連絡されるはずなんですけどね……」
「佐倉坂さん、うちの担任を舐めるな……Fクラスの担任だぞ」
「あははは……」
弱ったなという顔で苦笑いしている佐倉坂さんと机に突っ伏しているセージ。
朝のHRで担任の館山先生に急遽ダンジョンの大掃除を告げられた僕ら。クラスはてんやわんやの大騒ぎだった。
僕たち『西村パーティ』はそんな教室の一角で椅子を向かいあわせに円陣を組んで、今日の大掃除についての相談をしていた。
眉間を指でつまんで、苦々しくつぶやくセージ。
「しかし、油断してた……さすがFクラスの担任。連絡までFクラスだな」
「うまいこと言ってる場合じゃないでしょ、セージ。ほら、さっさと準備しないと午後の『大掃除』に間に合わないわよ!」
そんなセージを見て、椅子から立ちあがったソラが怒ったように急かす。案外しっかり者のセージが、珍しいこともあるんだね。
僕はそれを見て笑った。
「あはは、怒られてやんのセージ」
「ハル、あんたも他人事じゃないのよ!」
「うええっ!?」
「ハル、ちゃんと自分の分の回復ポーションは用意してるんでしょうね?」
ソラが心配そうに僕に問いかけてくる。
心配してくれてるのは分かるけど、なんだか馬鹿にされてる気分だ。
僕だってもう子供じゃないんだ、ダンジョンに入るための道具くらいちゃんと用意してるよ。
「うん、三個持ったよ……イチゴ味とメロン味とバナナ味、好きなの選んでね」
「お前は子供か!」
なぜかセージに突っ込まれた。
どうして。おいしいのに味付きポーション。
あきれたようにソラがまた確認してくる。
「はあ……ピッキング道具は?」
「ハリガネがある!」
「だから子供か! あんたは近所の家にイタズラする子供か!」
「だって今月のお小遣い厳しくってさ……ピッキング道具って消耗品なのに結構するんだよ?」
「必需品補充のお金くらい残しておきなさいよ。パーティの貴重なレンジャークラスでしょ。ああもう、じゃあハリガネでいいわよ……マツイ棒は!?」
マツイ棒っていうのはその昔伝説的なシーフであった松井さんが開発した道具だ。ダンジョンの床や壁などに設置された罠をたしかめるための道具だ。遠くの床や壁などを突きまわしながら罠がないかさぐる。
つまるところ、ただの長い棒のことである。
「うん、用意してるよ。五メートルほどの」
「長すぎるわ!」
「お前は竿だけ屋か……」
「どこにあったんですか、そんなの……」
「近所の河原で拾ったんだ……っていうかさ、ソラって僕のお母さんなの?」
「バッ……! 誰が、母親よ……まったく、あんたみたいな出来の悪い息子…い、嫌なんだからね……!」
「どうして、途中から小声になってるんだ?」
「っるっさい!」
「――っっっつ!?」
なぜかセージがソラに脛を蹴られた。なぜ蹴られたのかは分からないけれど、いまのはなんとなくセージが悪いと思う。
「西村くんの母親……お母さん……いい、いいですね、それっ」
「おおーい、佐倉坂さん? そっち行っちゃだめだぞー」
「そっちってどっち?」
「ハルヒコは入ってくんな、ややこしくなる」
「なんだよ、僕はのけ者かよ」
「いや、どっちかというと話題の中心ではあるんだが……」
「……?」
「と、とにかく西村パーティは装備整えたら30階層のポータル前に集合! 異論はないわね?」
「うん、おっけー」
「よしきた!」
「はいっ」
僕たち三人はソラの言葉に頷いて、それぞれダンジョン探索の準備と装備を整えに更衣室へと向かった。
◆ ◇ ◆
「ダンジョンにある俺たちの学園で大掃除といえば、ダンジョン内のモンスターを討伐することを指す」
セージが腕を組んで語る。
「同時に巡回職としての職業訓練という名目もある。将来就職先にするかはともかくとしてな。巡回職っていうのはダンジョン内の安全確保のため、毎日各階層を巡回している人たちのことだ。モンスターの繁殖状況や過去に作成された地図と構造の相違はないかなどの調査。怪我したり、死亡したまま放置されているパーティがいないか、いたら回復や蘇生魔法をかけて一番手近なポータルまで護衛したりするのが主な仕事内容だ」
「へー」
セージって意外と博識だよね。
「それで、なんで急にそんなことを?」
「てめぇが『どうして僕たちが大掃除しなきゃいけないんだろう?』とかいうから説明してやったんだろうが!」
「わーん、膝かっくんしないで~」
「だいたい、なにが博識だ。学園生としての常識だ!」
「人の心読まないでよ~!」
「……まあ、そういうのは名目で。実際は手の空いてる学園生に下級生の狩場掃除をさせようって魂胆なんだろうけどな」
放置された階層でモンスターが異常繁殖してそれがたまたま下級生の授業とぶつかったら大事だしな、とセージがつけ加えた。
「それにしてもみんなすごいね……」
僕はダンジョンの壁にもたれかかり、ポータル前に集まる同じクラスの同級生をながめた。
ここは30階層にあるポータルエリア、ポータル前。
ポータルというのはダンジョン十階層ごとに設置してあるテレポート装置みたいなものだ。管理員さんに許可さえもらえば、好きなポータルから特定のポータルに移動できる。もちろん第一階層から第四階層にもそれぞれポータルはある。そこで待ちあわせすればいいんだけど、やっぱり人類の生活圏のある階層ポータル前は人混みがすごい。
普通目的地のひとつ前か後のポータルで待ちあわせすることが多い。
今回の大掃除の目的地が31階層なので、ここがF組の集合場所というわけ。
「ああ、そうだな」
セージも鎧をカチャリと鳴らし、僕と同じように壁にもたれかかりながら呆れたように言った。
「すっごくやる気ないね」
「なしなしだな」
ある程度広い空間が確保されたポータル前で、F組みのみんなは座り込みだらだらとしていた。手近な友だちと話したり、または教室と同じようにそれぞれ趣味に没頭している。
「急に今日大掃除っつわれてもな、そりゃそうだって感じだが……まあ、それはいい」
「うん」
「それよりもハルヒコよ」
「うん、なにセージ?」
「お前のマツイ棒長すぎだろ!」
セージは歯をむいて、僕に怒鳴る。
「へへ、いいでしょ。帰宅するとき、近所の河原で見つけたんだ」
「お前そんなん持ってダンジョン探索する気か」
「なんで?」
「いや、持ち歩くのはお前だからいいけどよ……」
「それにしてもソラも佐倉坂さんも遅いねー」
「女のトイレと準備は時間がかかる。男はただ待つしかない」
「だーれのトイレが長いって!」
「ぐはっ!」
セージの横合いから突然ぬっとなにかが突き出て、脇腹を突いた。いや、貫いた。
「ちょ、そ、ソラ……ツッコミが、ツッコミが……っ」
そこにいたのはソラだった。普段の制服とは違って、朱色の小手や足具をきちんと装備し、腰には二振りの長刀を差していた。額にはサークレットのようなハチマキのような兜。背中にたれるポニーテールがザ・武士娘といった印象を強くしているような気がする。
その手に持った刀の鞘でセージの脇腹を突いている姿は全然武士っぽくなかったけど。
「いやー、トイレに時間かかっちゃってごめんねー、おかげで気分爽快よ!」
ソラは満面の笑みでセージに語りかける。なんだか機嫌がよさそうだ。
どうしてだろう。
あ、分かった、そういうことか。
「なるほど、ソラって便ぴ……ぐぎゃあああああんっ☆」
今度は僕の脳天に鞘を叩きこまれた。なんで矛先が僕に。
「な・ん・て? に・し・む……って、長っ!? あんたのマツイ棒長っ!」
「へへ、いいでしょー」
「え、なに、ハルこれ持っていまから大掃除行く気なの?」
「だろ?」
僕のマツイ棒を怪訝な表情で見つめるソラとセージ。
ふたりでひそひそ話してるし。
「僕を無視しないでよ」
「むしろ、無視できない長さよ」
「に、西村くん……! お待たせしま……長っ!?」
佐倉坂さんってそんな顔もできるんだね。
一番最後にきたのは佐倉坂アマネさん。息を切らしてここまで駆けてきたのかな。手に持った杖にもたれかかっていままで見たことないような表情をしていた。
「わあ……」
「わあ……」
そして僕と佐倉坂さんは同じような声を出した。
佐倉坂さんの装備は腰までしかない魔法使い用の杖と、全身真っ白で汚れひとつない純白のローブ。特にそのローブの似合っていること。汚れをしらない乙女って感じで、僕の目にはまぶしすぎるよ。
あとそのローブを押し上げるふたつのふくらみが。
「ハル、ちょっとどこ見てんのよ?」
「い、いやべつに……」
うん、佐倉坂さんってやっぱり美少女だよね。どうして僕らのパーティなんかに。
そもそも成績最低の僕らが集まるF組なんかにいるんだろう。
「……って、編入試験のときのあれが原因なんだろうけど」
「え、なんですか? なんか私変ですか?」
「ううん! 全然! とっても似合ってるよ、さすが佐倉坂さん!」
「わ、本当ですか……えっと、西村くんのマツイ棒もに、似合ってますよ」
「へへー、でしょー?」
「無理しなくていいから、アマネ」
「無理ってなんだよ、ソラもさ、褒めてくれていいんだよ?」
「褒めないから。そんな無用の長物褒めないから。ん? アマネ、髪がほつれてるわよ」
「え、ええ~? どこどこ、どこですか~?」
「せっかくセットしてきたんでしょ。ここ……ちょっと待って、ブラシ持ってるから」
「ええ」
「なによ、ハル。アタシがブラシ持ってるのがそんなに不満?」
佐倉坂さんの髪の毛をブラシで整えながら、僕を睨みつけてくるソラ。怖い。
「だってソラがそんな女の子みたいな……ぐほっ!? 足癖が悪いよ、ソラ!」
「ふんっ……はい、できたわよアマネ」
「ありがとうございます、ソラちゃん!」
「それでセージ、館山先生は?」
「まだきとらん」
「はあ……F組担任~」ソラがブラシをウェストポーチにしまいながら、額をつかむ。
「今日の大掃除って、なにをするんでしょう?」
「それも担任待ちなんだが……入学式のときの説明では中等部のころと特に変わらないっつってたな」
「そんな説明されたっけ?」
「されたのよ、ハルあんた寝てたんじゃないでしょうね?」
「寝てないよ! 聞いてなかっただけっ!」
「聞いとけよ!」
「聞きなさいよ!」
なぜかセージとソラのふたりから突っ込まれた。
「そんな怒らないでも……」
「あはは……場所は31階ですよね? だったら討伐対象はゴブリンやホブゴブリンでしょうか……」
「たぶんな。奴ら一体一体は弱いが、すぐに群れるし繁殖力が高いから定期的に掃除しないとその階層の攻略レベルが一気にあがっちまうしな」
「そういう説明も館山先生がこないと……」
ソラがなにか言おうとしたとき、タイミングよくポータルから本人が出てきた。
「はっ、はっ……みんなお待たせ、ごめんね~」
青白い光を一瞬体にまとって、光の扉からぬるりと出てきた館山先生。
肩で息をしながら片目をつむって、みんなにごめんごめんと謝罪を口にする。
「「「おそ~~~~い!」」」
みんなの口々から、まったく同じ言葉が出た。
クラスのひとりから質問が飛ぶ。
「なにやってたんですか、先生」
「食堂が混んでたのよー」
「「「飯食ってんじゃねーよ!」」」
普段一切息の合わない僕らだったけど、息ぴったりだった。
「え……ええっと、今日の大掃除は31階層のゴブリンを掃除してもらいます!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「「終わりかい!」」」
「え? え?」
クラス全員のツッコミに、なになにと混乱する館山先生。
さすがに見かねたセージが挙手して質問する。
「先生、各パーティの担当地区とかあるんですか? 31階層つっても結構広いですよ……掃除場所がかぶったり、逆にカバーできなかったら意味ないと思います」
「ああ、たしかにそうね……じゃ、早い者勝ちで!」
「意味が分からん……」
「なにぃぃぃ、早い者勝ちだとぉ!?」
「誰だよ、うるさいな」
セージの声にかぶさるように、どこかから大声が聞こえた。
「うっしゃあああ、F組特攻隊長・柿谷ダイチ! いくぜええええ!」
「考えるまでもなかったな、やっぱり柿谷か」
「おう、セージ! てめぇだけには負けねえ」
「好きにしろ、つき合ってられん」
「へっ、減らず口を。どちらにしても今回は俺の勝ちだな! 俺が一番ノリだぜ!」
柿谷くんは気合を入れると、『特攻』や『世露死苦』と刺繍の施された見慣れないロングコートに身を包み階段にひとり突入していった。
みんな唖然として、館山先生でさえ柿谷くんの背中をぼおっと見送るだけだった。
「ねえ、ちょっといくら低級階層っていってもパーティも組まずに行って大丈夫なのかしら?」
「どうせ、またどっか死んでるだけだろ……あとで学園が回収してくれるさ」
「は……はい! みんな聞いてー!」
館山先生は間が持たなかったのだろう。
急にぱちんと手のひらを合わせて、まさかの死刑宣告をした。
「みんなは仲良し同士でパーティ組みましょう!」
「あ~あ~あ~」
「言っちゃった……」
クラスの一部が絶望のどん底に落とされたような顔をした。月曜日朝のポータル前に並ぶ金欠冒険者のような雰囲気だ。
「あ、あれ~? どうしたのかな、みんな……楽しい楽しい大掃除よ?」
館山先生には分からないのだ。
クラスでパーティを組めないぼっちの気持ちが。誰に声をかけていいのやら分からず、彷徨う亡霊たちの悲しい叫び声が。
「まあ。もう大掃除は始まっているんですか? では、わたくしも一足お先に『掃除』に行かせていただきましょうか……フフフ」
「ふっ、中等部レベルの階層か……いまの俺の戦闘力にはピッタリかもしれんな」
「あーあ、なんであーしらが大掃除なんてしないといけないわけー? 今日新作スイーツの発売日なのに……早く帰りたい」
しかし、そんな状況を無視してひとり、またひとりと階段を下りていく人たちがいた。F組の中でも特別、変わり者の人たちだった。誰一人としてまとまりはなく、決してパーティを組んでいる様子はなかった。
「いや、だからみんなパーティを……」
「しょうがないわね、私たちも行くわよフユコ」
「増田アケミ、わたしはここで寝てる」
「その名で呼ぶなって言ってるでしょ、フユコ! あんたも行くのよ!」
「ここで、眠ってちゃいかんのか?」
「いかんでしょ! 引きずってでもいくわよ!」
「あ゛ああぁ~~~~……」
増田アケミさんが黄泉さんをアザラシを引きずるようにして、階段を下りていった。
ゾロゾロと階段に影を消していくF組の生徒たち。
館山先生は彼らの後ろ姿を見つめながら、じっとだまっていたが急に僕たちのほうを振り返ると、こう言った。
「おほん……先生、見なかったことにしま~す。うふふふ」
「「「駄目だ、こりゃ」」」
僕たちは役に立たない館山先生を見捨てるように階段前に移動した。
「一応課外授業だが、成績つけられるらしいからほどほどに頑張ろうぜ」
「任せてよ! 僕がこのツインソードでバシバシ、モンスターを狩ってくから!」
「うわー、信頼度ゼロだな」
「どういう意味さ、セージ!?」
「F組で成績つけられてもあんまり意味ない気もするけどね……でも来年はD組ぐらいにはなれるかもしれないし、がんばりましょ!」
「はーい、がんばりましょう」
こうして僕たちも30階層ポータル部屋近くの階段を下りて31階層へと潜っていった。
――ガガガ……かこんっ☆
「ちょ、アンタのマツイ棒邪魔! 階段にぶつかってる!」
「ぶおっ、あぶねえ! 階段で棒振り回すんじゃねえ、アホヒコ!」
「きゃー!?」
「うわわ、ごめーん!」
◆ ◇ ◆
――がん、がこん……。
「オラオラ、こっちだ! 鬼さんこちら、盾の鳴る方へってな!」
「アマネ、セージがゴブリンのヘイト集めてる間に捕縛魔法!」
――コン、コン……コォーン。
「分かってます……≪ワイド・バインド≫!」
「ギャワ、ギャウッ!?」
「ソラちゃん、いまです!」
「オッケー……≪鎌鼬≫、破アアァァァッ!」
「グギャアアアアア!!」
「おし……ハルヒコ、そっち行ってるぞ!」
「えっ!?」
――ぶんっ!
「ぐおおお、あぶねえ!?」
「あ、ごめん!」
――ががが、ががっ……ガガガ、ガッ☆
「きゃああああ!?」
「あ、ソラごめん! 足引っかけちゃった」
「西村くん、前、前!」
「へっ……」
「ギャシャアアアア!」
「おわああああっ!」
――ぶん、ぶんっ!
「ぎっ……!? ギシャ……ァァァ……」
「おおっ。ねえねえ、いまの見た、僕のマツイ棒がぽこんってクリーンヒット……あ、あれ?」
「アホヒコ~~~」
「ハルぅ~~~」
「え、僕やったよね?」
「お前は俺たちを手伝ってるのか、邪魔してるのかどっちだ!」
「そのマツイ棒、捨てちゃいなさいよ!」
31階層。通称ゴブリンの水浴び場で、僕たちは大掃除を開始していた。
とりあえず階段を下りたみんなは各々適当に散策しているみたいだった。だから僕たちも僕たちのペースでやることにした。それから少し話し合った結果、クラスでもまとまった四人パーティということもあって太い通路を通って、できるだけ広い一室を探して掃除しようということになった。
たとえ群れにぶつかっても僕らなら対処可能だし、狭い通路や部屋はクラスのソロプレイヤーに任せようという考え方だ。
探索、戦闘に関しておおむね問題なかったんだけど、最大の敵は僕のマツイ棒だったようで。
「だいたいこの階層は高等部の購買でマップ売ってるし、アタシたちそれを使ってるんだからマツイ棒いらないでしょ!」
そうなのだ。こういったダンジョン探索はすべて授業であり、訓練。普段は適正レベルの階層では地図作成職――僕たちは学生なので、特定の職業じゃなくてパーティでの役目だけど――がマップを記録し、僕のようなシーフクラスが罠探索をする必要がある。これを『攻略』という。
けれど今回は中等部が適正レベルとしているような階層だ。既知の階層を攻略するとはいわない。
これは『探索』だ。だから高等部の購買部では詳細に記録された31階層のマップが売っているし、使っても問題はなかった。
現に佐倉坂さんが用意していた。
「さすが佐倉坂さんだね!」
「……?」
そういった正規のマップには罠や宝箱の位置、休憩場所からトイレの位置までばっちり記録されていた。
つまるところ、僕のマツイ棒に出番なんかなかった。これっぽっちもなかった。全然無意味だった。
「でもマツイ棒の確認したのはソラでしょ?」
「そ、それは……念のためよ念のため! それに、こんなバカ長いマツイ棒持ってくるなんて思わないでしょ」
「だから5メートルあるって言ったじゃないか」
「本気にしないわよ!」
「文字通り無用の長物だな」とセージ。
「まあまあ、こうやってゴブリン相手の戦闘で役に立っていますし」
「盾役に無駄なダメージ蓄積しそうになったりな」
「打撃前衛を転ばしてくれたりね」
「あはは……」
「いや、待ってよみんな」
「……?」
ここで僕は一言言っておかないといけないと思った。
なによと表情で問いかけてくるソラに僕は胸を張って語った。
「もし僕がマツイ棒を持っていないと困ることになったと思うよ?」
「へえ、その理由をぜひ教えてほしいわね」
「いいかい? たしかにマップに罠や種類は詳細に書き込まれているかもしれない。でも、でもだよ?」
「でも?」
佐倉坂さんが興味深そうに僕の話に耳をかたむけてくれる。それにつられて他のふたりも僕の話を真剣に聞いてくれる気になったようだ。
「その罠が危険なものだったとする。けどこれを発動しないと先に進めない。その部屋がそういう構造だったとするよね?」
「ふんふん。よし、続けろハルヒコ」
「ありがとう、セージ。その危険な罠を安全に発動するためにこの5メートル松井棒が大活躍なのさ! 例えばこうやって……」
――ポチッ☆
「こんなふうにね!」僕は今世紀に残るようなドヤ顔で言い切った。
「なるほどなー……で、お前がいま押したそのスイッチ、何の罠だ?」
「プレス……部屋の天井が落ちてくる罠のスイッチだね」
――ゴゴゴゴッ……。
「で、この音は?」
「なに言ってるんだよ、セージ。馬鹿だなぁ、アハハハ……天井が落ちてきてる音に決まってるじゃわあああああああああっ!?」
「アホヒコおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
僕がその場で見上げるとそれほど高くない、たぶん5、6メートルの天井がゆっくりと落ちてくるのが見えた。
ずずずと壁と天井がこすれて、砂埃のような細かい建材がふわっと空中に舞う。
「こんのバカ! アマネ、逃げるわよ!」
「う、うん……でも、西村くんが!」
「わーん、マツイ棒がっ……引っかかって!」
どうやらソラと佐倉坂さんは無事に部屋の出口まで逃げられたようだ。
けれど僕は違う。この部屋に入るときでさえぎりぎりだったのに、天井が迫ってきてついに僕のマツイ棒はつっかえてしまった。引っぱっても押してもどうにもならない。
「アホ、ただの棒だろうが。そんなもん捨ててけ!」
「駄目だよ!」
「どうしてだよ」
「マッティを見捨てていけないよ!」
「ただの棒に名前つけてんじゃねえよ!!」
「マッティを拾った日から毎日ベッドで一緒に寝てるんだよ、昨日の夜だって!」
「ペットか!」
そうこうしているうちにもマツイ棒――僕のマッティはみしみしと音を立ててへし折れそうになっている。
「ああ、僕のマッティが……マッティが!」
「うるせえ、こんなもん……オラアアアア!」
セージが僕のマッティをつかむとぐぐっと力を入れて無理矢理取ろうとする。
ああ、そんなことしたら。
――バキッ!
「あああああ、マッティのマッティが!?」
「だああ、もう意味分かんねえよ! こい!」
僕の体を抱えたセージが走り、大部屋からソラたちが待つ通路へと飛び込む。そこはT字路になっていた。
後ろを振り返ると、下がるほどにスピードを増していた天井と床の隙間が1メートルほどになり、やがて完全にふさがった。間一髪だったようだ。
でも僕はそんなことよりも。
「僕のマッティが、マッティが……くぅ!」
僕はマッティ(4メートル)を抱えて男泣きした。
「結構残ってたな……」
「いいから捨てなさいよ」
「ひどいよ、ソラ! 僕とマッティの仲を引き裂こうとして……!」
僕はたまらず思いの丈を吐き出すように、マッティを振り回した。
――ポチッ☆
「あ……」
狭い通路で振り回したのが悪かったようだ。また通路に設置された罠のスイッチを押しちゃった。
「もう、マッティはおっちょこちょいだな☆」
「お前のせいだ、バカアアアアアアアアッ!!」
「うわーん、ごめんなさああああい!」
「なあ佐倉坂さん、ここに設置された罠の種類は?」
「えっと……あ」
「あってなんだよ、あって……」
「……鉄球」
そのとき、僕たちの立つ地面がどしんという音とともに揺れた。
「まさか」
同時に先ほど出てきた部屋とは別の方向の通路の奥。そこから不吉な振動と音が鳴り響いてきた。金属がこすれるような甲高い音まで混ざっている。
これってもしかしないでも、やっぱり、そうだよね。
暗闇の中からぬうっと姿を現したのは、すごい勢いで回転する巨大な金属製のボールだった。
「逃げろおおおおおおっ!」
セージの一言で僕たちはひとつだけ残ったほうの通路へ全力ダッシュした。
金属製のボールのサイズは通路を測って作ったように、隙間なくぴったりだった。どこかに隠れることもできないし、ぶつかった瞬間ぺちゃんこだ。
「ハッ! ハッ! 馬鹿、アホ、アホヒコ!」
「ハァッ、ハァッ、もうなんなのよー!」
「ごめん、ごめんってー!」
僕たちは走った。全速力で走った。途中でマッティの両端が天井や床、壁などをこする。
――カガッ、ガガガッ!
「ああー、もううっせえ!」
「殴りたい殴りたい、殴りたいー!」
――ポチッ☆
「おぉえええい! いままたなんか押した音したぞ!?」
「ええ、知らないよ!?」
「ちょ、これ以上なんかくるのは勘弁してよ!」
「ハァ、ハァ……な、なにも起こりませんよ?」
「不発か……」
セージがそうつぶやいたとき、ダンジョンの奥からとぎれとぎれに声が聞こえてきた。
『ぎゃあぁぁぁ……なん……っ……りゃ!』
「な、なんか別の通路から聞こえてきましたけど……」
「悲鳴みたいだったわね……」
「F組の誰かみたいだったけど……」
「いや、ハルヒコ。俺たちには聞こえなかった。いいか、俺たちはなにも聞かなかった」
「う、うん……」
――ガガガッ……ポチッ、ポチポチッ☆
「アホヒコおおおぉおぉぉぉぉ!」
「ごめええええぇぇん!!」
『ちょ、なに……聞いて…………!』
『うわっ……ざけん……!』
『むっ!? これ……馬鹿っ……!』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕たちは無言で走った。息が切れて、手足が千切れそうになっても無言で走った。僕たちの足が奏でる音と、F組の誰かの悲鳴、そしてマッティの擦過音だけが31階層に鳴り響いた。
「見ろ、部屋だ!」
「フロア! 入ったら左右に散るわよ!」
「はい、分かりました!」
「ハアハアッ、助かったぁ……」
僕たちはついに鉄球地獄からの出口を見つけて、部屋に滑り込んだ。
これでやっと一息つける。とにかく助かった。そう思って。
部屋に入ると僕たちは左右に別れた。僕たちのすぐ目の前を巨大な鉄球が通り過ぎた。
鉄球が横を通り過ぎるとき、感じたこともない暴風を僕たちに叩きつけた。もしあんな巨大なものに押しつぶされていたら、そう思うと背筋が凍る。
「ふう、た、助かった……」
「あ、危なかったですね」
「間一髪だったわね」
「まったく、全部アホヒコのせいだー!」
「でも結局助かったじゃない。よかったよかった」
「おい……西村、ハルヒコ」
「へ?」
そのとき僕たちのパーティのものではない声が聞こえた。
そういえばこの部屋、僕たち以外にたくさんの気配があるような。
「お前ら西村パーティだな……」
「あ、君は……木村くん、だっけ?」
「この罠はやはりおまえのせいか……西村ハルヒコぉ……」
「ふざけんなじゃん! こっちは死ぬところだったんだぜ!」
「バレてんだよ、罠の配置的にな……てめぇらのせいだって!」
「え? え?」
そのフロアにはたくさんのF組の仲間がいた。みんななんだか満身創痍だけど、いったいなにがあったんだろう。
「『え?』じゃねえ、オレたちは全員おまえら西村パーティの起動した罠にはめられてこうなったんだよ!」
その場に集まったF組の面々がうんうんと不機嫌オーラ前回の顔でうなずいてるのが見えた。
「うそん……」
「嘘じゃねえ! 覚悟はできてるんだろうなぁ?」
「うわーん、助けてよセージ!」
「ああ、みんなすまん。弁明がある……」
クラスメイトが僕の襟首をつかんで殴りかかろうとしたとき、セージが手をあげて制止してくれる。助かった。ありがとう、やっぱり持つべきは友だちだね。
「俺たちも被害者だ。罠を起動したの全部こいつだ」
「「「キッ!」」」
「せぇ~~~~じぃ~~~!」
「許せ」
◆ ◇ ◆
五月。本格的に暑くなるにはまだまだ魔法太陽の明りは弱い。けれど吹きすさぶ風は決して寒くはない。そんな春の夕刻、学園中庭では時期外れの焚き火が行われていた。
その焚き火を囲むのはF組の面々、そして全身をロープで縛られた僕。
「ああ、マッティ、マッティ~~~!」
結局あのあと僕はみんなに袋叩きされた上、ついでにいまマッティことスーパーマツイ棒も燃やされようとしている。
「燃やせ燃やせ、そんなゴミ」
「ごめんなさい、西村くん。かばいきれませんでした」
「回復魔法かけてあげるだけ優しいわよ、アマネは」
「ああ、マッティ……マッティ、灰になったら僕の庭にまいてあげるからね。そこから育った木から第二第三のマッティが……」
「やめんか!」
「やめなさいよ!」
「西村くん……」
F組の男子ひとりが火のついた松明を片手に木くずの中のマッティへとゆっくりと近づいていく。
そしてひと声。
「点火!」
「あああ~~~~、まって~~~~!!!」
――シュボッ!
「あああー、燃えてる! 僕の、ぼくの……まってぃ~~~!」
「「「合掌」」」
こうして僕のマッティは供養された。