西村ハルヒコの日常
※こちらはショートになります。
相模学園・高等部一年F組――西村ハルヒコの朝は早い。なぜなら――。
「ふぁ~あ、いま何時……?」
早朝。自室にジリリリとけたたましい音が鳴り響く。
古臭い目覚まし時計のベルの音だ。
西村ハルヒコは鳴り響く目覚まし時計をベッドの中から手探りでつかみ、スイッチを押した。
「まだ6時じゃないか。おやすみ……」
――もちろん二度寝するためである。
◆ ◆ ◆
再び。相模学園・高等部一年F組――西村ハルヒコの朝は早い。
「ふぁ~あ、いま何時……?」
西村ハルヒコは鳴り響く目覚まし時計をベッドの中から手探りで探しだして止めた。
「まだ7時じゃないか。おやす――」
ハルヒコが二度目の二度寝をしようと布団の中に潜った瞬間、まるでその気配を察したかのように階下から女の子の甲高い声が聞こえてきた。
『おにぃ、何回目覚ましかけてんねん! はよ起きぃ、遅刻すんで……!』
「うーん? …………おやすみ?」
『――おにぃっ!!!』
西村ハルヒコの朝は妹に起こされるところからはじまる。
◆ ◆ ◆
ハルヒコは目を覚ますため、洗面所で歯磨きして顔を洗うことにした。
歯ブラシに歯磨き粉をつけて、シャカシャカ、シャカシャカ。
奥歯の裏や前歯の裏、丁寧にブラシの毛をひっかけて歯間まできれいに磨くこと三分。
「いーぃっ……うーん? よし、ピカピカだね! ……ふぁ~あ、ねむねむ」
大きくあくびする。反射で少し涙が浮かぶ目じりには目ヤニがついていた。
「タオル、タオル……」
洗面所の戸棚から一枚タオルを取り出し、肩にかけてから顔をばしゃばしゃ洗う。
タオルはきちんと洗濯されていて、柔軟剤でも使っているのかふわふわに毛が立っていた。
顔を洗い終わったハルヒコはそのふわんわりタオルに顔を包み、顔の雫をぬぐいとる。
「ふうっ、やっと目が覚めたよ」
タオルで顔をごしごしふくと、彼は正面の鏡で顔を確かめた。
鏡には眠気眼からやっと目覚め、いつもの二枚目な青年の顔が覗いていた。
ただし、そう思っているのは本人だけで、実際そこに映っているのはいつも通りほがらかな笑みを浮かべる頼りない青年の顔だ。全国平均的な容姿。それが西村ハルヒコという男の限界だった。
「うーん……今日も決まってるじゃないか、君?」「いやいや、滅相もない。あえて言うなら……そう、いつも通りだよ、ふふ」「そういうが君……たぶん今日登校したらクラスの女子が黙っていやしないよ」「そんなこと……まあ、あるかな? ふふ」
ちなみにいまこの洗面所にいるのは西村ハルヒコ、ひとりだけだった。
冴えない平均顔の男子が鏡の前で、ひとり言を繰り返していた。
そんな彼の背後にひょこっと顔だけ出して声をかけてくる人物がいた。
「おにぃ。大丈夫か……脳みその時間までまだ少しあんで?」
「人が定期的に脳みそ摂取しないと生きていけないみたいな言い方しないで!?」
髪の毛をお団子にした顔の小さい、可愛い娘さんだった。
彼女は八重歯を覗かせながら心配そうにハルヒコを気づかった。
「いや、明らかに足りてなかったやん。今日はちょっと摂取量あげるか?」
「やめてよ、カスミ!」
ハルヒコの背後、洗面所の入り口から半身を出して覗き込んでいるお団子頭の女の子。
彼女は西村霞。ハルヒコと血がつながっているとは思えない、よくできた妹だった。
ちなみにその顔は全然似てなかった。
「じゃあ、おにぃはひとり言やめよか……朝ごはんできてんで。はよ、食べ?」
「はーい♪」
◆ ◆ ◆
机を挟んで向かい合わせになりながら、静かに朝食をとる兄妹。
兄のほうが手元の味噌汁をすすりながら、唐突に妹へと声をかける。
「ずずぅ……カスミさ?」
「ん、なんや……?」
妹は妹で、焼き魚に箸を入れて身をほぐしている最中で兄の質問には少々上の空だ。
「学園でいじめられてたりとかしない?」
「いじめ? いじめってあれかいな……うんっ、焼きジャケの塩気とご飯がいい感じやね。それでいじめって、おにぃがいますすってる味噌汁の具……」
「それはシジミだよ……ずずぅ」
「はぁ……おにぃの天然ボケが見れると思ったのに」
「僕は妹になにを期待されて、なにに失望されたの。ねぇ?」
ちなみにハルヒコがすすっている味噌汁の『シジミ』とは250階層辺りのダンジョン海岸でとれる鉱石系モンスターの身だ。一方カスミがほぐしている、長方形の角皿にのせられた焼き魚。通称『シャケ』は270階層近辺でとれたシャーケードという魚類モンスター。
両方カスミが昨日第四階層の市場で買ってきたものだ。
「ええから、はよ食べえ。せやなかったら、ウチ後片付けして家出られへんやん……パリポリ」
カスミが、第180階層にある農園エリアで獲れた『ダイアコーン』を使ったたくあんをポリポリしながらぼやく。
「ああ、そうだね。遅刻しちゃうもんね、ずずぅ……」
「まあ、いじめとかはないよ?」
「そっか……よかった」
ハルヒコがにっこりほほ笑んで、味噌汁をすすった。
「ウチがヤマトエリアからこっちのサガミエリアに越してきたんが最近で、おにぃが色々気をつかってくれてるんは分かっとるけど……これでも友だちは多いんやで?」
「そっか。安心した……ずずぅ」
「うんっ。せやせや、安心しとき」
「ずずぅ……ところでカスミ」
「はいはい、なんや?」
「帰ってきたら宿題手伝ってくれない? ……あれ、カスミどうしたの? どうして机に突っ伏してるの? ねえ、二度寝?」
「ちゃうわ! くぅ、これやからおにぃは油断ならんねん……」
お団子頭の妹はバランスを崩しつつも、なんとか机にしがみついた。やや疲れたような表情で兄を怪訝そうに見つめる。
「なんでや、なんで妹のウチにそんなこと頼むねん」
「だってセージやソラに言ったら自分でなんとかしろって怒られるし、アマネさんは手伝ってくれるって言ってくれたんだけどふたりに止められて……ずずぅ」
「我が兄ながら情けない……それで?」
「うん、カスミって学園での成績もいいみたいだし、教えてもらおうかなーと思って……ずずぅ」
「うん、そうか。そうか、高等部一年の宿題をな……そうか。おにぃ、あんなウチひとつだけ言いたいことがあんねん……」
「うん、なに? ずずぅ……」
「ウチはまだ初等部や! あと、いつまで味噌汁すすてんねん!?」
※次回、第二話――予告。
セイジ :「次回はどんな話なんだ?」
アマネ :「なんだか一話から二、三か月ほどさかのぼった話だと聞きましたよ?」
ハルヒコ:「へー、それじゃまだ館山先生が担任だったときの話なんだね」
ソラ :「館山先生も大変だったね……」
セイジ :「それは先生がか? それとも俺たち生徒がか……?」
ソラ :「どっちも」
セイジ :「ノーコメントで頼む」
アマネ :「え、ええっと……F組のみなさんの紹介もあるみたいですよ!」
ハルヒコ:「誰が紹介されるのかな? 楽しみだね!」
セ・ソ :「「誰が紹介されても、悪い結果しか予想ができない」」
次回、『学園はダンジョンにある!』
セイジ :「親と担任だけは選べないからな」
ソラ :「あとクラスメイトもね……」