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第一話 青春はダンジョンにある!

――聖櫃歴(せいひつれき)1089年 7月某日。


 彼らは現在、第三階層にある学園から(もぐ)ること四十五(よんじゅうご)階層(かいそう)の通路にいた。

 周囲は彼らにとっては見慣れた石造(いしづく)りだが、学園周辺とちがって魔法太陽(エタニティ・ライト)がない。

 代わりとなる光源は(かべ)にかけられた松明(たいまつ)だけで、それも五十メートル間隔でぼんやりと次の(あか)りが見える程度だ。


 それもそのはず、魔法太陽(エタニティ・ライト)が常設してある第三階層などに比べると圧倒的に空間(はこ)が小さい。

 通路の天井は四メートルもないし、横幅も大人ふたりがすれちがえるくらいしかない。


「この階層、ほとんどダンジョンインフラが(ととの)ってないわね」


 そんな薄暗いダンジョン通路から複数の足音に()じって、不満げな女子の声が聞こえる。


「仕方ないだろ、この階層は人気がないんだからな」


 それにあきらめたように答える男子の声。


「べつに不満ってわけでもないけど……せめて見通しはよくしてほしいところよね」

「でもでも、なんだかダンジョンって感じで新鮮だと思いません?」


 後ろからは別の女子の声も聞こえてくる。


「『ダンジョン』が新鮮って……アマネって結構独特の感覚してるわよね」

「え? え?」

「ううん、いいのいいの。アマネの意見は面白いし、退屈(たいくつ)なレベリング作業も気持ちをあらたに頑張れるかもね」


 現在この階層には四人の学園生がパーティを組んで潜っていた。いずれも高等部だ。


「それはいいの。でもそれよりも、アタシが言いたいのはね……」


 先頭を歩くのは全身プレートメイルで武装した男。精悍(せいかん)体躯(たいく)に、まるでさび付いたハサミで引きちぎったような不揃(ふぞろ)いの短髪、不機嫌そうな三白眼がどこかワイルドな男子だった。片手にはブロードソード。もう片手には大きな盾を装備している。その重武装から見て騎士(ナイト)重武装騎士(ヘビーナイト)、もしくはそれに準ずる壁役(タンククラス)であることが分かる。


 二番目を行くのが先ほどからしゃべっているポニーテールの女子だ。こちらも()(なが)なつり目のせいで若干不機嫌そうな印象を受ける。けれど醜美(しゅうび)でいえば間違いなく美に分類される。それに笑顔になれば一瞬で場を(なご)ませるだろう。そんな快活そうな少女だった。

 彼女は装備らしい装備はしておらず、しいていえば服の下にチェインメイルを着込み、朱色の小手や肩と足に装甲しているくらいだった。そんな軽武装の腰に下げるのは二本の刀。

 格好から推測できるクラスは、おそらく他国では珍しく、ここヒノモトでも履修している者の少ないサムライと呼ばれる特殊な打撃前衛クラスだろう。


 そして隊列の三番目にいるのが、ゆるふわの髪の毛に高級そうな純白のローブを装備したややたれ目の女の子だった。小柄(こがら)で小動物っぽい雰囲気をかもしだす女子だ。ただし、現在その表情は当惑(とうわく)からくるあいまいな笑みでゆがんでいた。

 手には直接武器としてはやや心もとない形状の杖を持っていることから、魔法使い系の後衛クラスであることがうかがえる。


 そして最後尾にはパーティの中で誰よりも真剣な表情で周囲を警戒(けいかい)し、油断ない視線でダンジョンの(はし)から端まで見渡し、身構える男がいた。平均的な同年代の男子よりいささか()(ひく)い彼は両手に片手剣を装備し、体には縦じまの入った布製の防具をつけていた。

 その防具にはとても防御力があるようには見えない。しかしこんなにも真剣な表情で周囲警戒に余念()がない、慎重な彼のことだ。きっとこの縦じまの布製防具にも魔法的な防御処理がほどこしてあるのだろう。


「アタシが言いたいのは、どうしてハルはパジャマ着てんのかってことよ!!!」


 パジャマだった。

 どう考えてもパジャマだった。

 みんなそれなりに武装して(いど)む、モンスターだらけの危険なダンジョンの中で、ひとりだけパジャマ装備だった。


 ポニーテールの女子に、パジャマ装備の馬鹿が答える。


「仕方ないでしょ、だって朝起きたらパジャマだったんだもん!」

「ぜんぜん言い訳になってないわよ、馬鹿!」


 ポニーテールの女子こと、碧山大空(あおやまそら)がダンジョンにパジャマ着てきた馬鹿を叱責(しっせき)する。


「ハルヒコ、お前途中でなんかおかしいことに気づかなかったのか?」


 先頭を歩いていた短髪の目つきが悪い男子、赤威星司(あかいせいじ)が振り返りながら問いかけてくる。


「僕だって馬鹿じゃないんだ、そりゃ途中でいくらでも着替えるタイミングはあったよ」


 パジャマ装備の馬鹿である、西村晴彦(にしむらはるひこ)は弁明するように叫んだ。


「じゃあどうしてお前は着替えなかったんだ?」

「それなんだけど、実は事情があるんだ……」

「ほう。言ってみろ」

「聞いても怒らないって約束してくれる?」

「どうしたんですか。なにがあったんですか……ハルヒコくん?」


 (おそ)る恐るといった様子で純白ローブの女子、佐倉坂雨音(さくらざかあまね)がたずねてくる。

 そしてその場にいる全員がハルヒコの言葉に耳をかたむけた。


「なんと、恐ろしいことに……」

「いいから、早く。そういうのいいから、早く言いなさい、ハル」

「そう? 実は、ダンジョンに入るまでパジャマ着てることに気づかなかったんだァイタ!?」

「はぁ、まったく、真剣に聞いたアタシたちが馬鹿みたいじゃない」


 ハルヒコに肘鉄(ひじてつ)を食らわしたソラはぷりぷり怒りながら、ダンジョンの先へと進んだ。


「時間を無駄にしたな」


 セイジも同じようにあきれながら先を行く。


「ああ~ん、待ってよ~! 僕、いま防御力ゼロなんだから、モンスターに不意打ち食らうだけで死んじゃうよ~~~!」

「自業自得でしょーが!」

「だ、大丈夫です、ハルヒコくん! わたしがいま防御魔法を……プロテク――」


 アマネが杖と空いた手のひらを(かか)げながら、魔法詠唱しはじめるが。


「やめなさいって、MP(マジックポイント)の無駄だから!」

「はうっ、ごめんなさい。……ごめんね、ハルヒコくん」

「ううん、佐倉坂さんは悪くないよ。ソラの言うとおりだ、パジャマ着てきた僕が悪いんだから。それにいくら防御魔法かけてもらっても防御力ゼロはゼロのままだよ。仕方ないね」

「ハルヒコくん……」


 とくん。その気づかいにアマネの胸は高鳴(たかな)った。

 なんてやさしい人なんだろう。自分のことなんて二の次で、いつも他人を気づかえる。だから『あのとき』だって私のために。

 アマネはつい一年前のことを思いだして、ぽつりとつぶやいた。


「ハルヒコくんってほんとにやさしいんですね」

「え、そうなのかな? よく分かんないけど……」

「私、やっぱりハルヒコくんのことが……」

「え……?」


 こんな人だからこそ、私はこんなにも――。


「~~~っ! バカハル、いつまで遊んでんの、元々身体測定に向けたあんたのためのレベリングでしょーが!」

「あ……」

「あー、はいはい。分かったよ、いま行くよ……なにそんなに怒ってるんだよ、ソラ?」


 通路の先からソラの怒鳴(どな)り声が聞こえてくる。そんな声に()かされてパジャマ男は速足(はやあし)で先頭へと追従する。


「ふう、よかった……私、変なこと言うところだった」


 アマネはハルヒコの後ろ姿が小さくなったころ、遅れて顔を真っ赤にした。

 頬に手を当て、なんとか火照(ほて)りを()まそうとするが。


「……でもハルヒコくんっていつもあのパジャマで寝てるんだよね……あのパジャマで、ベッドに……うふふ」


 ひとり残った魔法使いは杖にもたれかかって、物思いにふける。その瞳の先はダンジョンの壁ではなく、どこかもっと遠い場所を見ていた。いつの間にか瞳の色まで少し暗く、(あや)しい物になっていた。


「おぉーい、アマネ~?」

「なんかあったかー、佐倉坂さんー?」

「佐倉坂さーん、どうかしたのー?」

「あ、はぁーい!」


 そして彼女は仲間たちの呼び声に我を取り戻し、(あわ)ててかけていくのだった。



◆ ◆ ◆


「お、宝箱だ」


 先頭を歩いていたセイジが通路の(かげ)に宝箱を見つけたようだった。


「え!? 宝箱、開けよ開けよ!」

「ああもう、こういうときだけ前にでてくるんじゃないわよ、ハル!」

「ええ~、だって宝箱だよ? ソラは中見たくないの?」

「べつに。そもそもこの階層って中等部レベルなのよ、宝箱の中身もどーせ中等部レベルでしょ」

「はあ、高等部にもなって百階層より上層を歩くことになるとはな……なあ、ハルヒコ?」

「そうだね。でもどうしてわざわざ中等部のレベルに合わせてるの?」

「合わせてんのは中等部のレベルにじゃねえ! ハルヒコ、てめぇのレベルになんだよ!」


 セイジの怒鳴り声がダンジョンに響く。


「ええ、僕……?」

「ハル、あんたが身体測定で高等部のレベルに(たっ)しないと判断されたら留年しちゃうでしょ。アタシたち、あんたに先輩なんて呼ばれたくないから。だからあんたのレベル上げのため、あんたの強さに合わせて浅い階層に来てるのよ」


 暗にハルヒコのレベルが中等部レベルと言われていた。


「僕はこう見えても高等部だぞ、失礼な!」

「俺たちも同じ高等部なんだよ! つか、失礼なのはてめぇのレベルだ! 高等部一年の平均は60LV。それがなんだよ――48LVって。よく高等部への入学試験受かったな」

「そこまで言うことないじゃないか……僕だって頑張ってるのに」

「パジャマ装備でか」

「パジャマ装備で」


 あたりに重たい沈黙(ちんもく)がおりてきて、静かなダンジョンがより静かになっていく。


「ま、まあまあ。ほらハルヒコくんだって同じ一年なんですから……」

「アマネ、あんまりハルを甘やかすのもどうかと思うわよ?」


 あきれたようにソラがアマネの言葉をたしなめる。


「あ……甘やかしてなんていません! そんな、ハルヒコくんのことを甘やかすなんて……そんな倒錯的(とうさくてき)な、ごにょごにょ」

「あちゃー、トリガー引いちゃった」

「こうなると長いぞ」

「???」


 突然ひとり言をいいはじめたかと思うとまた顔を真っ赤にしてぼうっとするアマネに、ソラとセイジのふたりはいつものことかとため息をついた。どうやら、ひとりだけ分かっていないのがいたが、それはどうでもいいだろう。


「まあいいや。じゃあ宝箱開けようぜ。頼んだぞ、パジャマ野郎」

「任せて!」


 ハルヒコこと、パジャマ野郎が力こぶを作る。


「中身なにかな? レア装備とか入ってるかな!」

「この階層ただでさえ人気ないうえ、中等部の子が訓練に使うような階層よ。そんな価値のあるアイテムが補充されるわけないでしょ。適当に赤ポーションとかよ」


 宝箱に手をかけるハルヒコと後ろから(のぞ)()むセイジ。そしてその後ろからは冷静なソラの反応。アマネはいまだ意識をダンジョン外に飛ばしていた。


「よし、罠はなさそうだね」

「ハルヒコ、本当か?」

「セージ、僕はこれでもシーフクラスをマスターしてるんだよ? ()めないでくれよ」


 ちっちっちと指を振るハルヒコ。


「それはすごいな。ちなみに高等部のシーフ履修(りしゅう)率全国平均は90%オーバーで、そのうち約20%がシーフLV10のマスターだ」

「つまり僕は稀代(きだい)のシーフマスターだということだね!」

「目キラキラさせんな、お前はどこにでもいるただのちょっと手先の器用な人間だよ!」

「ええー」

「ファイター、シーフ、マジシャンは初等部で履修する基本中の基本クラスだもんね」

「でも、ハルヒコくんがこのパーティの中で一番シーフレベルが高いですよ!」

「さりげないフォローをどうも、佐倉坂さん。よかったな、ハルヒコ。さあ、宝箱を開けるぞ」

(ふた)開けは任せたよ、セージ。あ、気をつけてね。もしかしたら罠があるかもしれないからね!」

「オマエな! さっきのセリフなんだったんだよ!」


 ちなみに西村チェックの安全度は約60%ほどだ。


 宝箱にカギはなく、セイジの力で重たい蓋がゆっくりと開いていく。

 その薄暗い箱の中に入っていたアイテムとは――。


 その前に、この世界における『宝箱』の存在意義について説明しておこう。

 現在人類が到達している最前線は千二百九十八(せんにひゃくきゅうじゅうはち)階層。

 つまり、いまハルヒコたちがいる四十五階層などとうの昔、それも百年単位の昔に踏破(とうは)されている。


 人類の九割以上が冒険者というこの世界において、人気がない階層とはいえ手のつけられていない宝箱などあるはずがない。いま彼らが調べている宝箱だって手垢(てあか)にまみれ、ところどころすり傷や刀傷が見える。


 では、なぜそんな宝箱が放置されているのか。そしてなぜアイテムが入っている可能性があるのか。


 それはひとえに冒険者のモチベーションの維持(いじ)である。

 つまり誰かべつの冒険者が定期的に中身を補充しているのだ。


 冒険者には基本八職が存在する。その中に輜重職(トランスポーター)というものが存在する。彼らの主な仕事は、人類が踏破した階層の宝箱内に物資を()めていくことだ。最前線で食料や燃料、ポーションなどの実用的な消耗品(しょうもうひん)を宝箱に補充(ストック)するのが日常業務となっている。


 一方で幼少期から人類の冒険者育成をになう教育院は、ダンジョンにひそむモンスターをもくもくと倒し、レベルをあげるだけでは学生の情操教育(じょうしょうきょういく)(じょう)決してよくないととしている。学生にもダンジョン探索をする喜びと驚き、感動を(あた)えるという名目で、上階層の宝箱にそっと『夢』を詰め込むという役目を輜重職(トランスポーター)に依頼しているのだ。


「頼む、サンタさん! 仕事してくれー!」

「なによ、そのゲン担ぎ」


 セイジの切実な願いを、ソラがジト目で一蹴(いっしゅう)する。


 ちなみに『サンタさん』とは学生の間での、輜重職の別名であり、蔑称(べっしょう)でもある。

 由来(ゆらい)は「本当に欲しい物をプレゼントしてくれない役立たず」というところからきている。


――ぎっ……ギィィィィィ。


 セイジの膂力(りょりょく)で重たい宝箱の蓋が開ききった。


「お、これは……」

「なに、ポーション?」

「いや、ソラ。帽子(ぼうし)だった」

「帽子?」


 ソラはきょとんとした表情で聞き返した。


「装備品? あんまりにも過疎(かそ)ってて、昔補充したアイテムが残ってたのかしら?」

「やったじゃないか、ソラ! 装備品なんてレアだよ!」

「まあね。ハルにつき合って正解だったかもね」

「なんですか、レア装備が見つかったんですか?」


 アマネも身を乗りだし、セイジの取りだした装備品を四人で観察する。


「なんだか普通の帽子っぽいね。ね、佐倉坂さん?」

「三角帽子でしょうか? 毛糸製で先っぽに毛玉がついてて、デザインはかわいいですけど……あまり防御力は期待できなさそうですね」

「さすがに性能や魔法付与(まほうふよ)にまでは期待してないわよ、帰って第四階層の市場(バザー)で売っちゃいましょ」

「いや待て待てみんな。こう見えて実は魔法の装備品かもしれんぞ」

「ないない。セージ、それはいくらなんでも夢見すぎよ」

「そうですねえ……私が見たところ魔法的性能が付与されてるようには見えませんね。鑑定スキルがあればもっと正確に見分けられるんですが……」


 アマネは申し訳なさそうに頭をさげた。


「いやいや、佐倉坂さんがあやまることじゃないから。おい、ハルヒコ」


 セイジはアマネからハルヒコへと視線をうつし、話を振る。


「ん、なに?」

「お前、これ装備しておけ。さすがに防具がパジャマだけじゃ心もとないだろ」

「え? いいの、やった!」


 セイジは手に入れた装備品を浮かれるハルヒコにぽんと投げてよこす。

 ハルヒコは早速頭に装備し、胸を()る。


「どう? どうどう、似合ってる?」

「おう。いいんじゃないか?」

「ほんと!?」

「似合ってるといえば似合ってるけど……なんていうか、ねえ?」

「そうですねえ、あはは……」

 

 ハルヒコを見て女子ふたり組は微妙な表情になる。


「なんだよ、ソラ。言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」

「じゃあ、言うけど……それってナイトキャップよね」

「だな。これに枕を装備したら、さながらお(とま)りセットだろうな」

「それ、どういう評価!?」


 ハルヒコのいまの姿を見れば、しましま上下のパジャマに、よれよれのナイトキャップ。そのままベッドに直行してもおかしくない。そんな格好だった。


「ところでハルヒコ、その帽子取れるか?」

「取れるって、(はず)せるかってこと? 外せるよ、ほら」


 ハルヒコはナイトキャップを外してみせた。


「よし、呪いはかかってないようだな。持って帰ろう」

「僕を呪い判定道具代わりに使うのはやめてよ!」


 散々な(あつか)いだった。


◆ ◆ ◆


「ぜんぜん、モンスターいないじゃない!」


 ソラが抜き身の刀片手に()える。

 

「わわ、むやみやたらに刀振り回さないでよ。ソラ、危ないよ!」

「気持ちは分からんでもない。が、やめておけ。ソラのクラスだと筋力低下(デバフ)がつくぞ」


 サムライクラスは非戦闘状態で抜刀すると、次回戦闘時に筋力が低下するという罰則(ペナルティ)が存在する。


「さすがに人気のない階層なだけはあるわ、ハルのレベルあげ以前の問題よ」


 一行は肩を落としながら平和なダンジョンを進んでいく。


「で、でも私はピクニックみたいで楽しいですよ!」

「アマネは無理しなくてもいいから」

「そ、そんなことないです……」


 それ以降誰も一言も発さず、とりあえずダンジョン探索に集中することになった。


 ぺたぺた。


「…………」


 ぺたぺたぺた。


「…………」


 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた……。


「ああ、もううるさいいいぃぃぃぃ!」

「ぎゃふん!」


 ハルヒコの横腹に光のような速度で、ソラの肘鉄が突き刺さる。


「ごほごほっ、なにするのさ、ソラ! 痛いじゃないか……」

「その足に装備してるスリッパのぺたぺたって音が耳障(みみざわ)りなのよ!」

「仕方ないでしょ、さっきの宝箱で見つけたんだから」

「じゃあその鼻につけたゴム製のボールは?」

「これもさっき宝箱から見つけた弱耐雷性(じゃくたいでんせい)の装備だよ」

「あんたは装備品に金かけない冒険初心者か! ダンジョンで見つけたアイテム片っ端から装備してんじゃないわよ!」


 現在ハルヒコの装備はしましまパジャマの上下にナイトキャップ風の帽子、(うす)いスリッパ。真っ赤なゴム製のアクセサリ装備、肌に貼るタイプの水晶と星の護符(ごふ)。あと元々持っていた双剣である。


 そんなハルヒコの格好を見て、セイジとソラのふたりが感想をもらす。


「すっごいゴテゴテだな」

「つか、なんであんた全部顔に装備するのよ……」

「だって、手に持ってたら片手ふさがっちゃうでしょ。僕、双剣使いなのに」

「腰さげたらいいでしょーが、あんた馬鹿なの?」

「あっ、そっか!」

「馬鹿……ハル相手に、アタシの馬鹿」


 少し自分が悲しくなるソラだった。


「しかし、ここどんだけ過疎ってるんだ。装備品ばっか放置されすぎだろ……」

「あのぉ……また宝箱が……」

「おいおい、またかよ……」


 目ざとく宝箱を見つけたアマネの言葉に、どっと疲れたようにセイジの嘆息(たんそく)が重なる。


「モンスターとの遭遇もなく、宝箱漁(あさ)ってるだけじゃないか。冒険資金を稼ぎにきたんじゃないんだが」

「早く開けよ、また装備品かもしれないよ!?」

「こいつは……」


 ウキウキのハルヒコは手早くチェックをませると、散歩を待つ犬のような目をセイジに向けてくる。もうなにを言っても無駄だと(さと)ったセイジは今日何箱目になるか分からない宝箱に手をかける。ぎぎぃと重たい音を立てて宝箱は開き、そして中には――。

 

「装備品? 装備品?」

「なんだこりゃ?」

軟膏(なんこう)? でしょうか……」

「回復薬ってこと?」

「ねえねえ、装備品なの?」


 セイジが取りだした手のひらサイズの缶。その蓋をあけると中にはアマネのいうように軟膏のような、真っ白なクリームが入っていた。


「見たことないアイテムですね」

「ああ、ちょっと……」


 セイジは指に取って、匂いを()いでみる。


「くんくん……うぅむ、匂いはないな……」

「ちょっと! 毒だったらどうするのよ!」

「さすがに教育院側もこんな低階層でそんな危険な罠しかけないだろ」

「ええ、ちょっと僕にも見せてよ……」

「それもそっか。でも効能や使用上の注意を書いた説明書も……」


 そこでいままで後ろで輪に入れなかったハルヒコが大声をあげた。


「ちょっとみんなひどいよ、どうして僕には見せてくれないの! もしかしてみんなでひとり占めにしようと思ってるの、そんなのずるいよ……あれ、みんなでひとり占め? それってなんかおかしくない……? ひとり占めって、ひとりだから……」

「だあああ、もううるさいわね!」

「ひゃうっ!?」


 なんだかひとりでわけの分からないことをいうハルヒコを一喝(いっかつ)したソラは、セイジの手から軟膏を奪い右手の人さし指と中指にたっぷり取る。そしてハルヒコにずいと顔をよせ、低い声で語りかける。


「いいわよ、このアイテム。どういう効果があるか分からないけど使ってあげる。光栄に思いなさい、ハル、あんたがこのアイテムの実験台よ」

「ひっ……」

「おいおい、待て待て! 冷静になれソラ、いくらなんでも実験台はまずい!」

「ああん、もう! ソラちゃん、ハルヒコくんにちかよりすぎです! もっと離れて!!」

「ああ、どいつもこいつもうるさいうるさい! 用量用法ガン無視で塗りたくってやるわよ! こうよ!」

「うべべ! ああ、ああっ……顔は、顔はやめてー!」


 ハルヒコと、その仲間たちの怒号や悲鳴が人気(ひとけ)のないダンジョンの階層に(ひび)(わた)った。


◆ ◆ ◆


 彼らが教室に戻ってきた瞬間、驚きとどよめき、その後同級生たちの間でひそひそ話がはじまった。


「なんだよ、あの格好……」

「もしかして……でも、まさか……」

「あ、私授業で見たことあるかも……」


 その話題の中心である四人パーティのひとり、佐倉坂アマネが仲間に問いかける。


「あの、私たち注目されてません……?」

「しぃー。アマネ、正面を向いて堂々としてなさい」

「あちゃー……教室に帰ってきたらこうなるとは思ってたけど、予想通りだな」


 セイジが片手で顔面をおおう。


「ねえ、どうしたの?」

「…………」

「…………」


 ひとり分かっていない空気の西村ハルヒコが首をかしげる。


「あの、ハルヒコくん。心して聞いて」

「……?」


 そんな彼に、アマネはぐっと引きしめた表情で説明をはじめる。


「みんな、ハルヒコくんを見て(うわさ)してると思うの……きっと、たぶん」

「え、僕? 僕、またなんかした?」

「なんかしたっていうか、いま現在もなんかしてるっていうか……」


 間接的にではあるが現在の空気を作った責任はソラにもある。彼女はいいにくそうに、うつむく。


「こ、怖いな。教えてよ、僕ひとり分かってないみたいじゃないか……」

「実はね、ハルヒコくん……」

「う、うん。ごくり……っ」


 ハルヒコは生唾ごっくんして、アマネの言葉をひとつひとつを聞き逃さないように全神経を耳に集中する。アマネは顔を()せ、くっくっと肩揺らす。鼻をすすって、これではまるで。


「え、佐倉坂さん? もしかして、泣いてるの、佐倉坂さん!?」

「だ、大丈夫だから、ハルヒコくん。でもようく、覚悟して聞いてね、あなたの……」


 いままでざわついていた関係のない学生も含めて、教室全体が静かになる。シンと静寂に包まれた学園の一角。教室の壊れかかった電灯の明りの下でアマネはハルヒコに衝撃の事実を伝える。


「ハルヒコくんの格好は伝説のクラス『遊び人』、そのものなのよ!」

「……は?」


 その悲痛な叫びで、F組教室は笑いに包まれた。


「だーっはっはっは! ば、馬鹿にしてるんすか、西村さん! あ……遊び人って! さすが馬鹿の王様っすよ!」

「ウケルわー! いや、ヤバすぎでしょ、いまどき遊び人とか、アハハ!」

「イッツ、ファンタスティィッッック♪ 素晴らしいわ、西村ハルヒコ、まさに破滅的ね!」


 戸惑ったのはハルヒコひとりだけである。いつの間にか仲間たちも笑っている。


「は? は?」

「ダーッハッハッハ! いやあハルヒコ、お前天才だな! いまカラフルなステッキとトランプ持ってきてやるからな!」

「ぷ……くくく、あっはっは! ごめんごめん、いや……っ! お腹痛い、ごめんね、ハル……っ!」

「え……アマネさん……?」

「や、やめて……ぷっ。くくっ、ハルヒコくん……っ、こ、こっち見ないで……ぷぷっ」


 あのアマネでさえ、肩を(ふる)わせて顔を反らしつつも()きだしていた。


 そう、しましま柄のパジャマの上下。ナイトキャップのような先っぽに飾りのついた、よれよれの三角帽子。大きな団子っ鼻のアクセサリ。顔には全面白塗りの化粧(けしょう)と、落涙型と星型の馬鹿みたいなシール。

 どう考えてもピエロだった。そして学園の美術室に(かざ)ってある伝説の役立たずクラス『遊び人』のモデルそのものだった。


「は……はあああ!? なんだよ、それ、セージ、おいセージ!」

「や、やめろ、バカ! こっち見んじゃねえ……ぶひゅっっっ!」

「ぶっ、唾、汚っ! ちょっと、ソラからもなんか……」

「やめなさいよ、ハル! きゃははは、わ、私を笑い殺す気……や、やめてっ……!」

「アマネさん!」

「ご、ごめん、なさっ……あっぷっ! ふくく、だ、だめ……笑っちゃダメ、ハルヒコくんは真剣で……真剣で、ぷくふふふ……!」

「くっそ、みんなしてひどいや! こうなったらジャグリングでもしてやろうか!」


 ハルヒコは腰からジャキンと双剣を抜き放つ。

 それだけで教室は天井から要石(かなめいし)が落ちてきそうなほどの爆笑が巻き起こる。


「やるな、西村くん……伝説の『遊び人』クラスを復活させるとは!」

「ふっ、さすがのオクラホマ州でもそんな人いないわね」

「あー? うるさいぞ、遊びの達人……Zzz」


 教室の同級生たちから無数の声援(?)が届く。

 いまハルヒコは教室の中心だった。みんなに笑われ、さげすまれても、それでも笑いを取りに行く。そんな遊び人魂ともいえる熱い心を宿(やど)した、遊び人マスターだった。

 それは人類のダンジョン探索にはまったく役に立たないが、人々を和ませるという意味ではまさに立派なひとりの勇者だった。

 その日、学園の一教室にひとりの勇者がおり立った。

 その者の名、西村ハルヒコ。

 その名は学園生の間で一生語り()がれることだろう――伝説の遊び人として。


「ぜんぜん嬉しくないよ!!!」


――ガララ!


「うるさいぞ、貴様らー! 放課後はおとなしく帰宅し……ん?」


 そんな教室の扉を勢いよく開いたのは担任である不動剣(ふどうつるぎ)であった。傷だらけのいかつい顔にいかつい体。不動明王(ふどうみょうおう)とあだ名されるF組が誇りたくても誇れない学園最強の強面(こわもて)教師だった。


「不動先生」

「に、西村か……なんだその格好は……おい、ふざけるのもたいがいにしろよ、貴様……」

「先生、もしかして……笑ってます?」

「笑ってなどおらん……笑ってないぞ。それよりも貴様、あまりにも使えなくて封印された遊び人クラスを履修しはじめるなど……あまりに自分が馬鹿すぎて、ついに人生を悲観したか?」


 教室はもちろん大爆笑だった。


「もういいです……僕はジャグリングでもしておきます、一生ジャグラーでいいです」

「なにを言ってるんだ、貴様は……私は職員室に戻るからな。お前らも遊んでないで早く帰れよ……それと! 今週は身体測定だからな!」

「ああ……っ!?」

「やべっ!」

「そうよ、なんのためにダンジョンに行ったのよ!?」

「ああ、どうしましょう、どうしましょう!」


「「「「忘れてた~~~~~~~!!!」」」」

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