1.二人の枢密院事
「ちーす、戻りました」
「ただいま戻りました。今日からはまた宮城にて勤めますのでよろしくお願いします」
その朝、自身の執務室で机に向かっていた李侑生は二人の青年の声に顔をあげた。そこには懐かしさすら覚える二人の部下の顔があった。
緋色の袍衣に身を包む二人、恰幅がよく上背もある朗らかなそうな男を呉隼平、すらりとした思慮深そうな面持ちの男を高良季という。
離れて二か月とたっていないが、二人が枢密院事、つまり枢密副使直下の部下となってからこれだけ長期間離れたことは初めてのことであった。だから侑生にしては珍しいこの感傷的な気分も当然であったのかもしれない。
「よく戻った。呉隼平、高良季。ご苦労だったな」
筆をおき両手を机の上で組み少しほほ笑んだ侑生に、二人が首をかしげた。
「どうしたんだ?」
「……なにが」
その侑生の言い方や仕草の一つ一つが、努めて冷静にふるまおうとする意識的なものだと、これまで密接に付き合ってきた二人には容易に察せられたのだ。
良季が無言で侑生を見つめる中、隼平はずかずかと机の向こう側の侑生に近づき、その肩を太い腕でがしっと抱いた。
「俺らがいない間に何かあった? もしかしてさみしかった?」
覗きこんだ隼平と侑生の目があった。
束の間じっと見つめ合った後、侑生はようやく合点がいったという顔になり、
「いや、うん……いや、さみしいなんてことがあるわけがないだろう。お前達がいない分、仕事が増えて大変ではあったがな」
と答えたが、それは余計にこの場に違和感を生じさせた。
「本当にどうしたんだよ。忙しすぎておかしくなってないか?」
部下であるはずの隼平の遠慮ない言葉、だがこれに侑生はかぶりを振った。一つ呼吸をおいて顔をあげた侑生は、すると彼らが宮城を立つ前の頃のような見知ったものになっていた。侑生は肩に回された隼平の手を柔らかい所作で取りはずすと、
「いや、大丈夫だ。ではこれから朝議に行ってくるからあとは頼む」
と言って、隼平と良季、それぞれに視線をやった。
何も訊くな。
雄弁に語るその双眸に、枢密院事の二人は解消しない疑問を飲み込むしかなかった。