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7.同じものを見ることができたら

 駿来は近衛軍将軍でありながら、楊武襲撃事変についての具体的なことを未だ知らなかった。


 駿来は事変当時、皇帝・趙英龍に選ばれた武官の一人として、開陽から離れた地への視察に同行していた。だから、第一隊総出で反逆ののろしをあげたことも、たった一晩で鎮火されたことも、伝聞によって知るだけの幻のごとき事変としてとらえていた。


 なぜなら、武官による反乱、そしてそのような武官の暗い感情に気づけなかった文官の失態――そのどれもが事変を速やかに処理し過去のものとして葬ることを切望したからだ。


 まだ就任浅い皇帝も、その願いに沿った彼らの報告を遠征地で受け取り、承認し、それでこの件は終了とした。


 だから首都に帰着した後、駿来は事変の本質に関わる痕跡を見つけることはなかったのである。


 当時の駿来はしがない一武官でしかなかった。だからたとえ皇帝の武芸の指南役であったとはいえ、皇帝の成すこと、しかもこのような大惨事の政に口を出すことなどありえないことだった。そうしたいと思えるほどにこの事変について理解していなかったことも理由ではある。


 事変後、大勢の武官を、しかも最強の第一隊のほとんどと近衛軍将軍をこの国は失った。枢密院は急きょ近衛軍全体を整理し、地方の有望な武官をかき集め、第一隊を再構築した。その際、駿来は異動し空席となった第二隊隊長に就いた。当時、そのように異例の昇進を果たした武官は少なくない。


 駿来もまた選ばれた一人だった。そして今は武官の最上位である将軍職にある。


 だが――。


(将軍職に就く前に知っておくべきことを俺はこれまで見ようとしていなかったのかもしれない……)


 そのことに駿来は即座に思い至った。


「あの事変の関係者はみな当時の近衛軍将軍に抹殺されたはずだろう」

「……いいえ。本質的には違います」

「本質的? それはどういうことだ」


 いつの間にか、仁威は顔を覆っていた腕を降ろしていた。そして、その両目を駿来にひたと向けていた。まるで懺悔する子供のように。ひどく頼りなげに揺らす瞳には己を委ねようとする者の儚い色が見えた。


「本当は俺は第一隊の隊長をするべき人間ではありません。ですが俺は武の道に残ることでこの罪を償うべきだと考えてきました。そうして俺は生きてきた。……けれどそれは俺の勝手なやり方でした。俺は、俺が傷つくことがなく、もっとも容易な道を選んでいただけでした。……俺は楊珪己のそばにいてはいけない人間です。俺には楊珪己を導くことなどできやしない、してはいけない――そう気づいたんです」

「それは隊長を辞めたいってことか」


 駿来の強い視線に、仁威は己の内にある迷いを思わず吐露した。


「隊長を辞めたいわけではありません。しかし、将軍。俺は隊長を続けてもいいものでしょうか。あの事変に罪を感じる俺が、まさに首謀者のいた第一隊に所属しているなど、赦されることとは到底思えなくなったのです。それに……楊珪己が真実を知れば傷つくでしょうから」

「それは男として言っているのか。それとも上司として言っているのか」

「……え?」


 小さく目を見開いた仁威の顔を、駿来が覗き込み、そしてもう一度問うた。


「どうなんだ。え? おめえは隊長を辞めたくない。しかし辞めなくてはいけないと思っている。なぜそう思うんだ。それは武官として、隊長としての矜持からくるものなのか? それとも男として、人間としてのものなのか?」


 どちらかと問われ、仁威が唇をかみしめた。ぎゅっと眉根を寄せて天井を見上げる。


「……どちらもです」


 その答えに、駿来もゆっくりと顔を上げ、同じように天井を見やった。


(同じものを見ることができたら、俺はお前のことをもっと理解できるのか……?)


 だが駿来には分かっていた。たとえ仁威の過去を、罪を分かち合ったところで、結局未来を決めるのは仁威本人なのである。

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