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6.なぜ今、こんなにも苦しいんだ

 目が覚めたとき、仁威は自身の執務室の床に寝転がされていた。


「――よう、起きたか」


 声のする方を見れば、仁威の顔の横、壁に背を預けて駿来が座っていた。駿来が吸う煙草の紫煙が部屋の中を漂い、ゆったりと空気に溶けている。静寂の中に二人はいた。


 起き上がろうとした仁威は腹に突き抜けるような痛みを感じた。ぐっと息が詰まる。その様子に、かかっと駿来が笑った。


「まだ寝てろ。俺の拳をくらったんだ、そう簡単には起き上がれまいよ」


 あくまで朗らかな駿来の声に仁威はどっと脱力した。しかしそれ以上は何も言おうとしない駿来に、仁威は己自身のふがいなさを思い知った。寝転がったまま唇をかみしめ、片腕で両目を塞ぐ……なぜか泣きそうで。そしてそんな無様な自分を立て直すこともできずにいる。立て直すことも取り繕うこともできないほど……参っている。


(苦しい……)

(なぜ俺は今こんなにも苦しいんだ……?)


 自分が望み選んだ道を進んできたというのに。これが最良の道であるはずなのに。


(なぜ今、こんなにも苦しいんだ……?)


 仁威の唇が小さく震えた。


 そんな部下を横目で見ながら、駿来は一つ息を吐いた。ふうっと煙を口から漏らしながら、一言。


「何をそんなに生き急いでるんだ」


 隠されていない仁威の頬がぴくりと動いた。


 駿来は前を向いた。窓の外では、いまだ興奮冷めやらぬ者達がそわそわとしているさまがよく見える。上司二人が戦った事情など誰も理解できていないのだろう、突然の隊長の退場の後、第一隊は副隊長指示のもと稽古を再開しているが、その誰もが集中できていないようだ。


 ただ、この部屋からでも、ここにある空が青く高いことだけは分かる。


 もうしばらくすれば季節は夏になる。


「……なんでそんなに自分に厳しくするんだ。もっと楽にやれよ。おめえだって人間なんだ。迷ったり傷ついたり、間違ったりすることだってあるもんだ。そんな自分のことをもっと赦してやれよ」


 それは駿来の心からの進言であった。


 理想高く生きることは素晴らしい。決して間違ってなんかいない。けれどそう生きると定めた決意によって、この部下は必要以上に苦難な道ばかりを選んでいるように思うのだ。


 あの空を見ろよ。

 気持ちいいじゃないか。

 それをありのまま感じればいいじゃないか。


 お前は一体、いつ空を見上げた――?


 駿来は仁威からの返事を望んではいなかった。この部下はありていに言えば非常に頑固で、たとえ剣をもって脅したとしても自分の信念を曲げるようなことはしない男だ。また、そのことを駿来は知っている。そんな男だからこそ仁威のことを気に入っているのだ。


 あえて難しい生き方をその年若さで選択した、いや選択できる強さと覚悟を有している男だ。そしてその生き方を全うするため並々ならぬ努力をしてきた男だ。尊敬に値すれど、否定することなんて誰にもできやしない。本人がその生き方を貫きたいと望むのであれば、それでけっこう。何ら問題はない。


 それでもこうして剣を交えてまで仁威をここに連れ込み、二人ここにいる時間を作ったのは――そう進言したくなるほどの己の状況を振り返ってほしい、その一言に尽きる。聡いこの部下のことだから、駿来のこの気持ちは理解していることだろう。


「……郭将軍。お願いしたいことがあります」


 だから、仁威のこの発言には正直驚き――そしてうれしくなった。


「おお。おめえが何かをねだるなんて珍しいな。よしよし、言ってみろ」


 あぐらを組んで仁威に向き合う。その顔が笑みにあふれていることは、見なくても仁威には分かった。喉をぐっと鳴らし、仁威は声を絞り出した。


「楊珪己を俺の部下からはずしてください。俺には……無理です」


 一拍おいて、駿来が尋ねた。


「どうしてだ? なんかあの嬢ちゃんに問題があったか」

「……いいえ。そうではありません」

「女の武官は面倒だったか? そんないい面してるくせに女はとんと苦手そうだもんな。俺がもっと関わってやればよかったか」

「いえ、そういうことではないのです。……郭将軍」


 その声の硬さが仁威の覚悟のほどを物語っている。


「俺は……」


 そして一呼吸おいて続けた。


「俺は楊武襲撃事変に関わっています。八年前……俺は罪を犯しました」

「……なんだって?」


 予想だにしない部下の告白に、駿来もまた硬い声を発した。


「それはどういうことだ?」

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