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4.余計な一文

 話は少し遡る。


 珪己の元に菊花から久々の文が届いた。そこには、両親と和解したこと、そして側仕えの女達にも自分の気持ちを伝えたことが記されていた。


『やはり象を見に行くことは無理だと父上には言われた。だけどそう言った時の父上の顔を見てな、あれだけ荒れていたわらわの心がすとんと落ち着いたのだ』


『父上がな、「もっと別の望みがあれば言ってみなさい」と言ってくれた。だがこれといって思いつかず、つい「この籠いっぱいに採ったみみずはどうすればいいか教えてください」と言った。すると父上はわらわを池に連れていってくれた。釣りをしたんだ。初めてだったがすごく面白かった。魚も山のように釣れたしな』


『でもなあ、それよりもうれしかったのは、父上がわらわのために懸命になってくれたことだ。ひどく真剣に考えてくれて、釣り針にみみずをつけてくれて。魚を釣り上げてくれて。そんな父上を見ていたら、どうしてだろうか、ひどく泣きたくなったのだ。なぜだろうな。……あ、これは二人だけの秘密だぞ』


 その菊花の文に対し、珪己は真摯に返事をしたためた。


 よかったですね、とまず綴った。

 本当によかったですね、とそればかりを何度も綴った。


 そしてふと思いついて、続けてこう書いた。「姫様が気になっている芯国という国ですが、他にも面白い物はたくさんあるみたいですよ」と。


 手に入らない物に固執しても仕方がない。それを望み続けても、未来には絶望しか待ち受けていない。それでは菊花は幸せにはなれない。だからもっと視点を変えて、せっかくだから今できることを見つけて楽しみませんか。釣りもその一つですよね。そう書いた。


 ただ、そこに一文、余計なことを書いてしまった。


『私もお手伝いしますから一緒に何か楽しめるものを探してみましょうか』


 いや、珪己にとっては真心そのものなのだが、後から事の顛末を聞いた侑生に言わせれば、まさしく余計なことであったらしい。


 珪己の助言に『よし、ではわらわにできる範囲で楽しみを見つけてみようではないか!』と俄然奮起してしまった菊花は再度読書に熱中するようになった。これまで手に取らなかった書物にまで目をこらし、そして次なる対象物を早々と見つけてしまったのである。――それこそが『船』である。


 芯国の巨船に比べれば、象など蟻同然に小さいという。知るやいなや、菊花は誰の静止も聞かずに、後宮を訪れた父に抱きつくとこうねだったという。


『父上、この書に載る絵を見てください! こんなに大きな船があるそうです! しかも今この近くにこの船が来ているそうではないですか。わらわは芯国の船に乗りとうございます! いえ、見るだけでもいいのです。見せてください!』


 これまた侑生に言わせれば運の悪いことに、菊花は珪己の文から、芯国の巨船が開陽にて停泊中であることを知っていた。だから菊花は望みをかなえるために、ただ父にねだればよいだけだったのだ。


 菊花の父であることに喜びを見出したばかりの趙英龍は、愛娘に抱きつかれ上目づかいにねだられれば、そう簡単に否などと言えなかった。それでも、


「ではそれが叶うかどうかは官吏に検討させるから、それでもし駄目であればあきらめるのだぞ。良いな?」


と、皇帝としての最低限の判断を下すことはできた。


 菊花は喜んで承諾した。とはいえ「父上であれば大丈夫だと信じております」と心憎い一言を添えることを忘れなかった。


 娘が父を手玉に取る様子に、そばにいた麗はなんとも複雑であった。


(まあ、でも船を見るだけなら……)


 寝台に伏せる麗にとっても、船と聞けば胸が高鳴る。


 昔、麗や英龍が子供だった頃、後宮の大池には可憐な小舟がよく浮かんでいた。幾多の妃や、時には当時の皇帝が舟遊びを楽しんでいた。麗は木陰からこっそりとその雅な風景を眺めるだけのとるにたらない存在だったから、舟の上で見る太子――英龍はひどく遠い存在に感じられ、そのたびに寂しさを覚えたものだ。だが今振り返ると、あの頃がなぜか懐かしくもある。


 娘が望み英龍が叶えることができるのであれば、それは叶えてあげたい。そう麗も思っている。

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