7.あきらめない心
珪己の顔に隠し切れない同情の色を見てとり、龍崇がわざとらしく肩をすくめせてみせた。
「こんな話を君にして悪かったかな。でも、こんな少年時代を過ごしてきたけれど、今はあきらめればいいなんて露とも思ってはいないよ」
それは強がりではなく本心からのもので、それは龍崇の瞳の奥に見える炎そのものを語るのと同義だった。それが分かると珪己は一つのことに思い当たった。
「そうですね。龍崇様と初めて会ったときに言われたことは今でも覚えています」
抱きたい、抱かれたいという欲求は、好きでなくても生じるものだ。そう龍崇は言った。好きでなくてもそういったことはできるのだと言った。その言葉は皇帝の閨へと行くことを決断した珪己の心に強く影響した。
自分の運命をただ受け入れるような人であるなら、こういった発想にはならない。そう珪己は思った。
「へえ、僕はなんて言ったんだっけ。忘れたからここで言ってみてよ」
「え?!」
「うそうそ、冗談。覚えているよ」
むっとしてみせたのもほんの少しのことで、珪己は龍崇に真剣な顔を向けた。
「……あの、一つ訊いてもいいですか」
対する龍崇はその片眉をからかうようにあげてみせた。
「いいよ。なんだい?」
「あの、そんなふうに気持ちを切り替えられたことには何かきっかけや理由があるんですよね。それはどのようなことなのでしょうか」
その問いは龍崇の深淵を真正面から突いてきた。表情から笑みが消える。
龍崇が心からの驚きを見せることはめったにないことで、とはいえそんなことを知らない珪己は、自分が失礼な問いをしてしまったのかと焦ってしまった。
「すみません、ぶしつけなことを訊いてしまって。実は私も今色々と悩んでいることがあって、そのうちの一つはようやくいいきっかけがあって解決する見込みがでてきたんですけど……まだ一つ難題が残っているんです。それにさっき言ったいいきっかけというのはやってみたらうまくいったっていう程度のもので、今残っている難題のほうは、自分で解決できるか正直まったく自信がないんです。だから、龍崇様のその転機について参考に聞かせてもらえたらなと思ったんです」
本当にすみません、と深く頭を下げた珪己に龍崇は笑みを戻し、そして内心では感心していた。
(こんなに素直な子がまだいるんだな)
幼子でもないのにここまで純な心を持ち続ける少女に、龍崇は少しの羨望を覚えた。それは龍崇が物心ついたときには捨てざるを得なかったものだったからだ。
龍崇は皇族の一人として、八年前の楊武襲撃事変のことを知識として知っていた。目の前の少女がその楊家のただ一人の生き残りであることも知っていた。そしてこの少女が湖国唯一の剣女だと聞けば、その道を選んだ理由は容易に推測できた。
武芸の道に進む者は、たとえ男であっても、人の心をそぎ落としながら闘い続けていくしかない。中には人として気高く生きることで武芸の道を究める者もいるが、そういった者は少数だ。なぜならそれはひどく困難な道だからだ。心を捨て、頭から哲学的な思考を追いやり、剣技に溺れるのがもっとも容易――それが武の道なのである。
だが楊珪己は話せば話すほど普通の少女だった。そう、妓楼に売られてきたばかりの少女と同じ性質を有しているのだ。母を惨殺されるほどの罪深い父を持った点も同じである。その罪が一部の驕った者の内から生じたものだという点も全く同じ。
ただ、楊珪己がそれらの少女と違う点は、こうやって今でも闘う気概を、そして純粋な心を持ち続けていることだろう。
(それは武芸者であるからだろうか)
剣という、直接的に闘う手段を有しているからこそなのだろうか。それとも妓楼にいた少女達が特殊だったのだろうか。そうだ、妓女となれば、男に体をひらき受け入れることが生業となる。あのようなことを日々させられていれば、運命への闘争心など削られて当然なのかもしれない。




