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多才

「ようやく都市についたな。お疲れ様」


「やっと着いた~」


 変動の後だからか普段ならば多くの人で賑わう屋台通りに人の姿はなく、何の兆しもなく突如現れた都市が収まる空間へとやって来て柚子香は情けない声をあげてその場に尻餅を着いた。

 全身を脱力させる彼女を労うように身体を擦り付けて支える子虎の毛皮に顔を押し付けぐったりとする姿を尻目に、準騎は屋台通りとは違い普段通りの都市に様子に一つ頷きテンペスターを準戦状態に移して腰の後ろへと掛けなおす。


「ほら、そんなところでへたりこんでたら危ないぞ。今日はこれからもやることがあるんだからさっさと立て立て」


「うぅ~、もう少し休ませて~」


「その休む場所に移動するんだよ。それとも飲み物も何もない方がお望みか?」


「行く」


 飲み物と聞いてのっそり幽鬼か何かといった案配で立ち上がるのを確認して通りを歩き始める。フラフラと歩く彼女を心配した子虎達がその足元に寄り添い逆に歩きづらそうではあるが、そこはたいして心配するようなことでもないだろう。


 そんな一行が席を求めたのは都市の入り口からすぐのところにある大きな酒場だった。扉はなくそれどころか通りに面した側には壁すら無く、大きく突き出た軒の下まで並べられたテーブルにはそれなり多くの人が着いており、一応繁盛はしているようだった。


「果汁水二つ」


「あ、ジュッキさんいらっしゃい果汁水は位置ものでいいの?」


「いつも通りで。それと軽く摘まむもの適当に」


「は~い、承りました~。すぐに用意しますから待ってて下さいね」


 すぐそばまで来たウェイトレスに注文すれば顔馴染みらしくトントン拍子と言った様子で注文は終わり、彼女は注文を伝えに酒場の奥へと去っていく。


「おいおい、酒場で果実水何て物頼むヤツがいるなんて初めて見たぞ」


「おい、バカ、あいつ特一級探索者の魔弾の射手だ。喧嘩売って良い相手じゃないぞ!」


 準騎をバカにした声がどこからか聞こえてくるが、準騎は特に気にした様子もなく、むしろ回りの方が慌てた様子で諌める声が聞こえてくる。


「実は有名人?」


「俺達探索者のギルド内では誇張でもなんでもなくトップクラスの実力者だからな。それなりに名前も売れてる」


 まるでいつものことといった様子の準騎にテーブルに突っ伏したまま顔だけを上げる柚子香が問いかけると、やはり何でもないように答えが返ってくる。


「で、この後の予定だが……………………」


 ほどなくして届けられら果汁水を半分ほど口にして一息着いたところで準騎が唐突に口を開く。


「まずは本城の適正診断だな」


「適正診断?」


「そう、適正診断だ」


「それって、何するの?」


 果汁水を飲んで落ち着いたのか、甘えてくる子虎達を構いながら首を傾げる。


「簡単にいっちまえば才能を調べるってところか。例えば剣にどれだけの才能があるか、または剣よりも槍に才能があるか?

 魔法ならどのような魔法の才能があるのか、はたまた特殊な技能の才能、特殊能力を持っているか?

 そう言ったものを調べる」


「そんなものって調べられる物なの?

 あ、魔法か……………………」


「魔法だな。といっても相当特殊な魔法でその使い手はこの都市には一人しかいないけどな。も少し休んだらその人のところに行く。その後探索者ギルドでお前達の登録と俺は諸々の報告に行ってくる。登録については受付の連中がやってくれるから、俺が戻るまで大人しくしてろ」


「わかったよ。というかあまりはしゃぐ元気も残って無いんだけど」


 後ろの愚痴を無視して果汁水を飲みながら、一緒に届けられた摘まみ(何かの肉を小さく切ってカリっと揚げた物)を口に運ぶ。愚痴を無視されてさらに何かを言おうとするが、それを実際に口にする前に諦めて柚子香もまた摘まみに手を伸ばす。


「あ、美味しい。これ何のお肉だろ?」


「ビッグマウスだな。この店はそいつの肉をよく使うからな」


 おかげで値段も手頃だと付け加える。

 何の肉かが判明し「へぇ~」と感嘆の声をあげていたが、もう一口二口と摘まんでいる内に判明した肉の正体が脳裏に浮かんだのか動きピタリと止まる。


「ビッグ、マウス?

 マウスって干支の?」


「又は夢を売る国の主人公と同種族だな」


 肯定したとたんに表情を青ざめさせていく柚子香にため息を吐いて追い討ちをかける。


「ここは日本じゃないんだ。迷宮という土地柄とれる物は限られてくる。ここでメインに食べられているのはネズミ系や狼、蛙、蛇系の魔物の肉だ。牛や鳥の魔物の肉もあるが手にいれる難易度から値段も高くなる。比較的裕福なやつらにしか手の届かない代物だ。こんな場末の酒場出てくるわけがない」


「場末で悪かったね!」


 店の奥から怒鳴り声が届くが、準騎がここと言わんばかりに店の天井を指差せば、徐々に埋まっていく酒場の席からバカ笑いする声が響く。


「何にしても魔物なんだ……………………。

 普通の動物の肉があることもあるが、完全に高級品扱いだな。近所のスーパーで期限間近の百円引きするような肉、だいたい三百グラムが、日本円換算で百万二百万で売り買いされてるぐらいだ」


「ごめん、いくらなんでも三百グラムのお肉にそんなお金はかけられない。」


「そりゃそうだろ」


 お腹は空いているのだろう、顔だけを上げながら目の前の肉を凝視して唸り声を上げているのは、食べるか否かの葛藤の声だ。


「……………………負けて、たまるか!」


 叫ぶや否やビッグマウスの唐揚げを鷲掴みにして口に捩じ込む柚子香。外見が整っているだけに非常に残念な絵面である。

 一体何と勝ち負けをかけていたのかは不明だが、迷宮でのある意味で最初の試練を乗り越えた彼女に満足そうな笑みを向けてその様子を眺める準騎だった。






 窓にはカーテン、扉を開ければすぐ目の前に暗幕。徹底的に光の流入を制限した二階建ての建物へやって来た二人は、準騎を先頭にその店へと入った。


「おや、久しぶりだねぇ坊や」


「ばあさん誰にたいしてもそう言ってないか?」


 店内に入った二人を出迎えたのはろうそくの僅な風にも揺らめく心許ない明かりと、それにより怪しさが二倍三倍にもなってるんじゃないかと疑わせるような怪しさ満点な魔女風の老婆だった。どれくらい怪しさ満点かというと夢を売る国で狩人をけしかけたり毒リンゴを贈ったりしそうな容貌である。


 そんな姿でありながら店内に入ってきた準騎見れば人懐っこい、どこか暖かな笑みを浮かべるのだから不思議である。


「さて、どうだかねぇ。

 今日は星詠みの依頼って訳でも無さそうだね。そちらの嬢ちゃん絡みかい?」


「あぁ、彼女の適正を見て欲しい」


「ボ、ボク本城柚子香って言います。

 今日はよろしくお願いします!」


「ホッホッホッ、元気が良くて礼儀も良いねぇ。

 アタシはマラフィウセント、皆にはマラ婆の名で通ってるしがない星詠み師だよ。

 ところで坊や、一体どこで引っ掻けてきたんだい?」


「引っ掻けた言うな」


 深々と頭を下げる柚子香を見て老婆は楽しそうに笑い声を上げて準騎へと話を振るが、準騎は不満そうにその言葉を否定する。


「本城の方が勝手について来たんだ」


「そうなのかい?

 まぁ、そこのところは別に良いんだけどね。

 さて、お嬢ちゃんそこにお掛けなさいな」


 二人を店の奥へと誘い、紫色のシーツをかけられたテーブルの椅子を柚子香へと勧める。進めた本人はその向かいにあるしっかりした作りの椅子に座り、柔らかそうな赤紫色のクッションその上に置かれた赤ん坊の頭部分はありそうな水晶をテーブルの上へと置いた。


「適正診断についてはもう聞いてるかい?」


「あ、はい」


「手間が省けるねぇ」


 マラ婆は満足そうに頷いて目の前の水晶へ魔力を注ぎ始める。


「さぁて、お嬢さんにはどれほどの才能があるのか、見せてもらおうかい?」


 水晶がうっすらと光を発しニコニコと笑みを浮かべたマラ婆がそれを覗きこむ。しかし時間にして一分とかからずに彼女の表情に変化が現れた。微笑み細められていた目を見開き、閉じていた口が思わずといった体で開かれる。そして次の瞬間にはクツクツと堪えるように笑い出したのだ。


「えと、お婆さん?」


「あぁ、いや、すまんのう。こんな面白いものを見たのは久しぶりでの」


 謝罪しながらの説明を聞いて柚子香は微妙な表情を浮かべる。まぁ自身が何に向いているのかを見てもらったら面白いもの扱いをされれば、誰でもそんな表情をするのではないだろうか?


「面白いって………………、お笑いに向いてるとか?」


 不安そうに発せられた問にマラ婆は今度こそ大声で笑いだした。柚子香の背後に立つ準騎からも堪え気味の笑い声が聞こえ、さしもの柚子香も憮然とした表情になる。

 足元の子虎達が飽きて互いにじゃれ始めているがとりあえず放置される。


「何度もすまんのう。まさかそんなことを聞かれるとは思わなんでな。

 アタシが面白いと言ったのはそういう意味ではないよ、安心なさいな」


 そう言ったマラ婆は目の前に置かれた水晶をクッションごと脇に寄せると机の下から一枚の羊皮紙と万年筆をとりだし何かを書き込み始めた。


「アタシが面白いと言ったのはね、あんたの持つ才能の数だよ。

 アタシゃここで特性診断を始めて結構立つけどね、あんたほど多才な才能を持っている子は初めて見るよ」


「俺の時もそんなこと言ってなかったか?」


「この子はあんた以上だよ。

 あんたの故郷、たしか地球とか言ったけかい?地球人て言うのは皆こうも沢山の才能を内に秘めているのかねぇ」


 マラ婆が楽しそうに準騎へと向けていた顔を柚子香へと戻すと優しげな、しか真剣な表情で話始める。


「それじゃあんたの持つ特性を説明しようかね。

 とその前にだ。まず今言ったようにあんたの中には沢山の特性、つまり可能性が眠っている。これはあんたがここでどういう道を進むのか多くの選択肢があるということだ。

 けど覚えておいで、選択肢が多いというのはここでは決してあんたを有利にするものでは無いんだよ。いくら特性を持っていてもね、それは鍛えなければ有って無いような物。だからと言って手当たり次第鍛えようとしても、そんなことをすれば一つ一つの練度は低くなり、たった一つの才しか無くとも、いや才すら無くともそれを鍛えてきた者には叶わなくなる。

 だからいいね。多くの才があろうとも自分に何が必要なのかをようく考えて己を鍛えるんだよ。いいね?」


「はい」


「いい返事だね」


 諭すように告げられた言葉に真剣な表情で返事を返した柚子香にマラ婆の表情がさらに深い笑みへと変わる。


「それじゃ、今度こそ説明を始めようかい」


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