ゴブリン叩き
この子達を殺すなら、先にボクを殺せ!!
その言葉に結局準騎は折れることになった。
盛大なため息を吐いてテンペスターの矛先下ろして降参したのが三十分ほど前のことで、現在柚子香は三匹子虎を従えて彼の後ろを歩いていた。
(まさか本当に避けるそぶりも見せないとは思ってもみなかったな……………………)
それは柚子香の台詞に対して準騎のとった行動。子虎を殺すなら自分も殺せと言う柚子香に対して迷わずに銃口を向けた。
『覚悟はいいんだな?』
そう問う彼に対して柚子香は瞬き一つせずに睨み付けてきており、無言を肯定ととった準騎はテンペスターのトリガーを弾いた。
銃口から放たれたのは特殊な魔法効果加工を施した銃弾だった。
その銃弾の弾頭は柚子香に渡した物と同等のポーションを固めた物であり、着弾と同時にポーションが解凍され傷を癒すという非殺傷弾だった。
放たれた銃弾は真っ直ぐに柚子香へと飛翔し、逃げるそぶりは愚か瞬きもせずに彼を睨み付けていた彼女の胸のど真ん中を射った。
当然彼女には放つ弾が非殺傷弾であることは伝えていない。だというのに彼女は身動き一つとらずにその銃弾を受け入れたのだ。
(覚悟の面において完全に俺の敗けだ正直本城のこと嘗めてたわ)
もしもこの場に一人でいたのなら頭をかきむしって大声で叫ぶなりしているところだった。
「本城」
「ん、何?」
足を止めることなく背後を着いてくる柚子香を呼べば、ほとんど間をおかず返事が返ってくる。
「そいつらを育てるって言ってたけどよ。いったいどうやって育てるつもりだ?
道端で拾えるような犬や猫とは違うんだぞ」
「うっ……………………」
実はなにも考えていなかったのか言葉に詰まる彼女に、準騎は盛大に溜め息を吐いた。
「ちょ、何そのため息!さっきはそんなこと考えてる余裕なんて無かったんだから仕方がないでしょ!」
「一応言っておくがそいつらを俺たちの世界に連れていくことはできないからな」
「わ、わかってるよ。そのくらい」
「そいつはよかった。
ならこっちでの生活基盤を作らなきゃだな」
そう言って立ち止まり、手振りで柚子香にも止まるように指示を出すと前方を睨みながらその先の様子を探る。
「な、何?
また敵?」
「その通りだ。音の感じからしてゴブリンが三匹ってところか。
本城、一人で片してみろ」
「えぇっ!
い、いきなり何言ってるのさ!?」
驚きのあまり後ずさると足元の三頭の子虎達も同調し抗議のつもりらしい鳴き声を上げるが、準騎はいたって真面目な顔だった。
「ゴブリンは武器こそ使うものの単体での強さは先のブラックハウンドを下回るし連携行動も取らない。今見つけた連中は数が少ない上にこちらにはまだ気付いてないはずだ。仕掛けるなら今だ。」
驚く彼女を無視して簡単な説明を終えると目を閉じ小さく息を吐いてから再び柚子香へと視線を向けた。
「そいつらを育てるんだろう?
言っておくが都市では帰る世界のある連中は、何か特別な技術でもない限り職に就くことはできない。鍛冶や錬金術、医術といったな。迷宮内にある都市という閉鎖された場所だ。調理の仕事やウェイトレス、皿洗い、売店の従業員その他諸々、誰でもすぐにできるようになる仕事はもとの世界に帰ることができない、または難しく迷宮の探索に出れない連中のための仕事と決まってる。まぁ暗黙の了解の類いだが、広くとも簡単に広がることのできない限られた閉鎖空間だ。そこで生きる糧を得るためのリソースを他所にくれてやる余裕はないってことだ。
まぁ無理をすれば職に就くこともできるだろうが、そんなことをすれば都市では生活しづらくなるだろうな。
そうなると探索者、魔物と戦い糧を得る以外の選択肢は無くなる。
今先送りにしても遠からずやらなければ行けなくなることだ。早めになれた方がいいと思うぞ」
それでも嫌ならば……………………、と視線が子虎達に向けられて柚子香は無意識に彼らを庇うように前に出ていた。握られていたメイスを握りしめ準騎を睨み付ける。
「や、やるよ。それしか、ないんなら、やって見せるさ!」
「危なくなったら援護ぐらいはしてやる」
テンペスターの側面を叩きながら道を譲られ、覚悟を決めた表情で前に出る柚子香。そのすぐ後をついていく子虎達を見送り、少し離れた位置を歩き始める。
後ろから彼女の様子を見ていてわかるのは、全身に無駄な力が入っているということ。このままではゴブリン相手でも不覚を取る可能性もあるが、現在彼女は準騎の最高の守りであるコートと性能のいい武器を手にしていて、何より彼自身がいつでも援護にはいれるのだ。例え不覚をとっても問題はない。というよりも不覚をとって貰いたいほどであった。
人間は失敗を繰り返し成功するまでに多くのことを学んでいく生き物だ。最初から成功ばかりでは失敗という経験からしか学べないことを学ぶことが出来なくなる。それを比較的に安全な今という時をもって学んで欲しいと彼は考えていた。
迷宮を進むこと少しして敵の姿が見えた。数は三。棍棒を持ったゴブリンが一体に錆び付いた剣を装備したゴブリンが二体。剣持ちの片方は木切れのような盾まで持っている。
ゴブリンが見えたところで一度立ち止まり背後の準騎へと視線を向けるが、彼は小さく頷いただけで本当に動く気が無いのだと知り、柚子香は緊張から喉を鳴らした。
幸いゴブリン達はこちらに気付いていない。奇襲をかければ先ほどのブラックハウンドの時のように一体は手早く片付けられるかもしれないと、覚悟を決めた柚子香はメイスを手にしたまま迷宮の床に両手を付きクラウチングスタートの格好になる。
お知りを大きく上げる体制になり、ジャージを着てきて良かったと場違いなことを考えながら、一人脳内でスタートのための電子ピストルを鳴らして、走り出した。
普段の部活で走るように声は上げない。いつも通り速く走るために全身を連動させてとにかく走る。
ゴブリンとの距離が二十メートルほどを切った辺りで敵が彼女の存在に気付くか、それはすでに遅きに失している。ゴブリンが迎撃の構えをとろうとするよりも遥かに速く残る距離を走破し、メイスの柄を両手で掴み思い切り身体を捻った。それにより走るフォームが崩れるがここまで来てしまえば関係無い。走ってきた勢いを全て注ぎ込んでメイスが振るわれる。相手は剣持ちの盾を装備していない方のゴブリンだ。
力一杯振るわれたメイスが叩き込まれたのはゴブリンの顔面だった。メイスは込められた力を遺憾無く発揮してゴブリンの顔面を陥没させ、それだけでは威力を消化仕切れずそのまま空中で身体を何回転もさせた上で床に叩きつけた。まるで高速で走るダンプカーとの衝突事故、いや力が集約されている分それ以上に悲惨かもしれない。
うつ伏せで叩きつけられたゴブリンの首はあり得ない方向に曲がっており死んでいるのは確実だろう。
柚子香は足を止めてそれを確認した。してしまった。
柚子香が攻撃を与えたゴブリンの生死を確認するため、床に足を滑らせながら停止したのは残るゴブリンのちょうど中間。彼女の意識は倒れたゴブリンに向けられており、隙だらけだ。
ゴブリンは思考能力というものが著しく欠如したようなバカな魔物であるが、目の前に晒された隙を見逃すほど甘い敵でもなかった。
ゴブリンの生死を確認するため足の止まった柚子香へとゴブリンが襲いかかる。両手で掴んだ棍棒が降り下ろされ、跳躍しその勢いを剣へと乗せた一撃。柚子香がそれに気づいた時にはすでに彼女では回避も防御も間に合わない状態であった。
悲鳴を上げる間もなくその凶刃は彼女を捉えるだろう。
恐怖に目を見開く彼女の視界の端を紅い影が走った。
「ギギィーッ」「ギャッギャギィーッ」
二振りの凶器が振り割れ、しかし上がったのはゴブリンの悲鳴だった。重いものが地面に落ちる音に振り替えればそこには剣を持つ右腕と左肩を子虎に噛みつかれ押し倒されたゴブリンの姿があった。
「あなた達……………………」
驚きながら、では、ともう片方へと視線を向けると、案の定腕を子虎に噛みつかれたゴブリンの姿が。
「っ!」
棍棒持ちのゴブリンが噛まれている方の手を棍棒から外し、それを振りかぶった。目的は直ぐに分かった。腕に噛みつく子虎だ。
なにかを考えるよりも速く柚子香は動いた。バットを振るうように身体を捻ってメイスが振るわれ、敵が棍棒を振り下ろすよりも速く吸い込まれるようにゴブリンの頭部を撃ち抜いた。
胴体から吹き飛ばされて飛んでいった頭部が壁にぶつかり嫌な音を立てるが、そんなことに気をとられている余裕は彼女には無かった。
倒れようとするゴブリンから口を離して飛び離れた子虎へと駆け寄ってゆく。
「大丈夫」
「フゥワーオ」
褒めてと言わんばかりに甘えた声を上げられて安堵するが、敵はまだ一体残っている。
「みんな、退いて」
残る組付されたゴブリンへと近づき、押さえつけている二頭に声をかけながらメイスを両手で振りかぶる。そそて子虎がゴブリンから離れると同時にそれを振り下ろした。
メイスの重量に重力を加えた一撃は急いで起き上がろうとしたゴブリンの頭を真上から叩き潰した。頭部を粉砕して脳症を撒き散らし目玉が飛び出す様は先のブラックハウンドを不意打ちで仕留めた時のようだった。
こうして三体のゴブリンとの戦いは終わった。
(子虎達の援護があったとはいえ攻撃は受けずに勝てたか。
出だしは上々。けどこっちの思惑は外されたか。
まぁまだ一戦目だ。この後に期待しようか)
勝てたことに安堵して子虎達に礼を述べながら抱きつく柚子香を他所に、準騎はゴブリンが持っていた棍棒を手に取り調べる。結果は予想通りたいしたものでは無かったが、一つ予想外のことがあった。それは棍棒の作りがしっかりとしていたこと。これならよほどの相手でもなければ壊れることもないだろう。
残る二本の剣は見るまでもないと、拾った先からショルダーバックに放り込み、最後に柚子香のすぐそばに転がされていたメイスをショルダーバックに投げ入れて棍棒を柚子香に差し出した。
「え?」
突然差し出された棍棒に目を丸くした柚子香は、あわてて周囲を見回しメイスがないことに気付く。
「こっから先、メイスは没収だ。この棍棒で戦え。
こいつは本城の倒したゴブリンから回収した戦利品だからな、正真正銘お前の物だ。良かったな」
「いやいやよかったなじゃないよ!何で急に没収なのさ」
ある意味当然と言えば当然の台詞だ。何せ差し出された棍棒と先のメイスでは見るからに格が違う。メイスが宝石なら目の前の棍棒は砂利である。
「あのメイスは俺の予備だ。つまり性能がバカ高いわけだが、こんなもの使ってればゴブリンもブラックハウンドもコボルト、スケルトン、大蝙蝠。どれが相手でも簡単に倒せちまう。そんなのを続けてると武器の性能を自分の実力と勘違いすることにも繋がるだろう。そうなればもこれが急に使えなくなった時、理由は色々考えられるが、性能の低い武器を手に今まで通り戦うことができるか。
恐らく無理だ。武器と武器との間に差があれば差があるほど普段通りの戦いかたなんて出来なくなる。そして、それは不覚を取ることにも繋がる。そんなことになら無いようにするためにも、自分の分にあった武器を使うべきなんだよ。分かったか?」
しっかりと説明をされて言い返すこともできず、やはりどこか納得のいかない様子で棍棒を受けとる柚子香。
「迷宮では全てが自己責任だ。迷宮に潜るという行為も、そのための武器防具を集めるということも。俺の時なんて最初は鉄バット一本で防具もなにもなかったんだぞ。それと比べれば今のお前の状況がどれほど恵まれているか……………………。
コートだけでも貸してやってるんだからそれで我慢しろ」
「分かったよ」
そこまで言われてしまえばこれ以上なにも言えなくなり、サイズ以外は重量も何もかもが頼りなくなった棍棒を構える。
「ここから先はお前が前を歩け。軽く迷宮ってものを肌で感じておけ。
それと、出発する前にゴブリンの討伐証明部位を剥ぎ取っていくぞ」
腰の裏側に差してあったナイフを渡し指示する準騎。柚子香はその指示に従う以外に他はなく、渋々ゴブリンの討伐証明部位である耳を剥ぎ取り始めた。
その後準騎の言うとおり柚子香が先頭に立って迷宮を進んで行き、周囲を調査して都市へとたどり着いた頃にはいきなりの連戦に次ぐ連戦に疲れはてくたびれた様子の柚子香の姿があった。