講習会
「五級探索者対象講習会の会場はこちらです。席は決まってませんので、好きな席に着いてお待ちください」
「ありがとうがいます」
虎耳の獣人女性に案内されたのは学校の教室を思わせるような部屋だった。二人掛けの長机が規則正しく並び、既に数人の探索者らしき人達が思い思いの席に着いて講習が始まるのを待っていた。
「ふふ、講習が終わる頃には探索者カードも出来上がっているはずですから受け取りに来てくださいね。
それではこれからがんばってくださいね」
踵を返してもと来た道を戻って行く女性を見送り、もう一度部屋の中を見回した柚子香は意を決して部屋へと足を踏み入れた。
幾人かの探索者が柚子香へと視線を向けるが、彼女はそれを気にすることなく教室の一番後ろの席へと腰を下ろした。教室内を自然と見回すことができる席に座ったのは特にこれと言った理由がある訳ではなく、連れている子虎達が邪魔にならなさそうな場所が後ろの席だったためだ。
席についた柚子香の回りに子虎達がそれに習うように寛ぐのを確認して、彼女は改めて室内を見回してみる。
室内にいるのは柚子香を除いて十四人。柚子香や準騎と同じ人間型とでも言うべき探索者は五人。そのうち女性は一人だけだった。
他にいるのは額から一本の角を生やした大柄な男女が二人。
正直柚子香には男性か女性かは分からないが昨日出会ったグランダリア達のような人型の虫、二足歩行のバッタかキリギリスのような人が一人。
漫画やゲームに出てくるようなとがった耳をした女性はエルフだろうか?同じくとがった耳に褐色の肌をした男女もいる。
また、昨日出くわしたワーウルフと同じく狼頭の男性と目があった時には思わず先日の恐怖を思い出し震えだしそうだった。
だがそんな中最も柚子香を驚かせたのはこの二人だろう。その二人は上半身に藍色の鎧を纏った男女で、なんと下半身が魚、つまり人魚だったのだ。水もないこの中をいったいどのように移動してきたのかと首を傾げそうになる柚子香だった。
彼等は席につきながら手の届く範囲に武器を置きながらそれぞれ講習が始まるのを待っているようだった。近くの席の人と会話を交わす者や、持ち込んだのだろう本を読む者、忙しなく周囲を伺っている者と様々だ。
一通り室内を見回した柚子香はあまり見ているのも失礼かと思い室内に向けていた視線を直ぐ側で寛ぐ子虎達へと移し、それをどうとったのか甘えてくる一頭の頭を撫で始める。
(ん~、そうだ。この子達ともこれから一緒に頑張っていくことになるんだし名前をつけてあげなきゃだよね。どの子がどの子かはわかるけど、名前が無いのは不便だし)
机の上に飛び乗り撫でてくれとばかりに腹を見せて喉を鳴らす子虎に苦笑しつつも、その要望に答えてワッシャワッシャと豪快に撫でてやると、子虎は嬉しそうに身体をくねらせる。
「かわいいわね。この子達は貴女の?」
突如かけられた声に驚き顔をあげると、柚子香の直ぐ前の席にはいつの間にか人魚の女性が尾びれの下半身を器用に曲げて座っていた。
彼女は興味深そうに子虎の様子を眺めると、恐る恐ると言った様子で柚子香の真似をして子虎の腹を撫でた。
「え、あ、はい。今日出会ったばかりなんですけど」
突然のことに驚きひきつったような笑みを浮かべる柚子香に苦笑した人魚の女性は、子虎の腹を撫でるのを止める様子もなくわずかに撫で方が大胆になりながら柚子香へと微笑んだ。
「私はシルアディーネ、アティランテスから来たの。シルアって呼んでちょうだい」
「あ、本城柚子香です。ボクは地球から」
人魚、シルアディーネの笑みに見とれていた柚子香は、我を取り戻すと共に早口で自己紹介をし、慌ててよろしくと口にしながら頭を下げたため机の上で仰向けになって甘えていた子虎の腹に顔から突っ込むことになった。
突如頭突き気味な一撃を受けた子虎は驚いた様子を見せながらも新しい遊びと勘違いしたのか、柚子香の頭を抱え込み彼女は顔をあげられなくなり、そこから抜け出そうともがき始める。
「ちょっ、大丈夫?」
突如奇行とも取れる行動をとってしまうことになってしまった柚子香に、シルアディーネは笑いを堪えながら柚子香の頭を抑える子虎の手をやさしくほどいてやる。
「うぅ、やっちゃった」
子虎の腹部から顔を上げ恥ずかしそう身を縮める柚子香の姿に、事態を理解していない子虎達が不思議そうに首を傾げていた。
「助けていただいてありがとうございます」
「そうかしこまらないで。お互い同じ新米探索者なんだから」
「えと、それじゃ……………………」
申し訳なさそうに頭を下げた柚子香にシルアディーネは困ったような笑みを浮かべて彼女の肩を叩いた。肩を叩かれた柚子香はまだ恥ずかしそうにはにかみながらも、ようやく普段の彼女らしさが顔を出し始める。
「ところで一つ聞きたいことがあるんだけれど、いいかしら?」
「答えられることならいいけど?」
「もし違ってたらごめんなさい。貴女、イクトゥシマ・ジュッキのお知り合いかしら?
貴女の来ているそのアーマーコート、彼の物にとてもよく似ているのだけれど」
(イクトゥシマ?イクトゥ……………………)
「あ、伊久津島君のことか」
最初は誰のことかさっぱりわからなかった柚子香だったが、自分が借りっぱなしになっていた準騎のコートを見下ろし、彼が都市を歩いている最中に何度かジュッキと呼ばれていたことを思い出し、それが彼の名前が訛った物だと気付いて手を叩いた。
「やっぱり知っているの?」
「多分知ってるというか彼のことだと思う。
イクトゥシマって伊久津島君のこと?」
「イクツ、シマ……………………。もしかしたらそうだったかも」
「だったらうん、知ってる、というか今日彼にこの都市まで連れてきてもらってて、このコートも彼に借りたものだから」
答えを聞いて嬉しそうに笑顔になるシルアディーネに苦笑しながら、柚子香は浮かんだ疑問を口にした。
「伊久津島君って他の世界でもそんなに有名なの?」
「他の世界はどうかはわからないんだけど、一年ほど前私たちの住む国に強大な魔物が現れたことがあって、その時迷宮の都市から来た数人に探索者がその魔物を退けてくれたの。その中で海中を私たち人魚よりも速く縦横無尽に駆け回り、最大の戦果を上げたのが彼だったの。
だから彼達は私たちの国の恩人であり英雄。国の中央広場には銀像すら建てられるほどなのよ」
言われて脳裏に浮かぶ準騎の純銀像。テンペスターを構えながら日の光を反射してキラキラと輝いている。
黄金像よりはマシかもしれないが十分悪趣味な代物ではないだろうか?
正直柚子香にとってはドン引きものだった。
「それは……………………、どうなんだろ。見てみたいような見たくないような……………………」
「今では故郷一番の観光名所ね」
とりあえず柚子香は準騎の銀像について考えるのを止めることにした。
「これは私もそうなんだけど私たちの世界では彼らの影響で探索者を目指す人が続出してたのよ。と言っても私たちは下半身がこうだからその熱も流石に冷めてるんだけどね」
尾びれがと言われて柚子香はシルアディーネともう一人の男の人魚の下半身を見ると、やはりそこには立派な尾びれがあった。
「あれ、でもシルアも向こうの人も足じゃなくて尾びれだよね?」
尾びれ故に断念するものが多いなら、シルアディーネ達はなぜそれに当てはまらないのか首を傾げる。
「そうよ。私と兄さんや一部の人魚族は迷宮で探索者をしてる。
ちゃんと理由があるわ」
そう告げるや否やシルアディーネの身体が宙に舞った。空中で尾びれを、下半身を使って、全身を使って泳ぐように宙を舞って柚子香の隣の席へと着地する。
「これは水と風の属性の合体魔法。空中を水中にいるかのように泳げるようになるのよ」
「うわ、すごい」
「ただ水と風の属性に適正があって、なおかつそれなりに魔法の技能が高くなくちゃ使えないのが問題なのよ。魔具化できればいいんだけれど、この魔法事態が最近開発されたばかりだからそっちの研究は全然進んでないのよね」
「へ~」
詳しくは理解できなかったが、大変なようだと理解した柚子香はどこか間抜けな表情でこくこくと相槌打っていた。
「ところでさ」
突如シルアディーネの表情が好奇心を丸出しにした猫のように変わる。座っている椅子の背とテーブルに両手をついて上半身を乗り出すように突き出して近づけられた顔に、その表情がどこかで見た覚えがあるような気がしつつ柚子香は思わずのけ反った。
「な、何かな?」
「そのコートはジュッキからの借り物何でしょ?ユズは彼の恋人かなにかなの?」
(あ、どこかで見た表情だと思ったけど、カナちゃんと洋子が京子ちゃんが付き合い始めたときにからかおうとしたときと同じ表情だ)
その時は恥ずかしさからしどろもどろになり、どんどんとドツボにはまってしまっていく姿を苦笑しながら見ていたのだが、まさか自分にこの表情が向けられる日がこようとは思っても見なかった。
「違うよ、伊久津島君が迷宮に来るときに勝手についてきちゃって、防具もなしだと危ないからって貸してもらったんだよ」
こういうときは恥ずかしがったり曖昧なことは言わないに限ると肩をすくめて堂々と事実をのべる。
「本当に?」
「本当に」
「……………………なんだ、つまらないわね」
数秒の間見つめあった末に口を尖らせながら出てきた台詞に苦笑しつつ、扉の開く音に反応して視線を向けるとどうやら講習が始まるらしく、資料らしき紙の山を抱えた女性が室内へと入ってくるところだった。
竜頭に皮膜の翼、鱗におおわれた身体。胸元が盛り上がっておなければ女性とは分からなかっただろう、ドラゴニュートと呼ばれる種族の女性だった。
「始まるみたいだよ」
「みたいね。このまま一緒に受けてもいいかしら?」
「もちろんいいよ」
テーブルに上半身を預けて子虎の頭を撫でながらの言葉に、柚子香は笑顔で了承し講習は始まった。
異世界の初めての友人を得たこの日、柚子香の探索者としての日々が始まりを告げた。
それから時間も過ぎて、場所はギルドの裏手にある修練所。
手続きさえ済ませれば使用でき、さらにお金さえ払えば武器や魔法の指導を行ってもらうこともできる駆け出し探索者にとって迷宮で生き延びるためにも必要な施設。
と言われてはいるものの、迷宮で探索者になるものの殆ど、凡そ七割以上が迷宮の外より探索に潜ってくる者達であり、そう言った手合いは元の世界で経験を積んでいるものが殆どであり、都市の者でも探索者となる前に事前に武器の扱いを学んでいるためギルドで指導を乞うものは十年に一人いるかいないかという状況である。
そんな修練所に今二つの影が存在していた一人は各所に装甲を仕込んだ鋼糸の黒いコートを羽織った本城柚子香。もう一人は五級探索者を対象とした講習会で教鞭をとっていたゴラゴニュートの女性だった。
「ギルドから講習会の教師役を引き受けてから結構経つけど、実際に武器の扱い方の指導をすることになったのはあんたが初めてだよ。探索者になろうなんてやつは大なり小なりそう言ったことを経験してきているやつばかりだからね」
刃引きをされた武器を並べながら呆れた様子でドラゴニュートの女性、レクイニクセス言葉をこぼし、それを聞いた柚子香は申し訳なさそうに苦笑するしかできなかった。
「あはははははは、ボクが住んでる国はとっても平和なもので……………………。一般人が武器持つのは基本違法だし」
そう言いつつ脳裏に浮かぶのはとある幼馴染みの姿。ドイツ人とのクォーターである幼馴染みはとある古武術の道場を開く祖父母の元で暮らしており本来ならばいけないのだろうが、休日などには刃引きなどされていない本物の刀を手に巻き藁を切ったりしていたりするのだが、そんなものは例外中の例外であり、平和な日本に暮らしているならば柚子香のように武器を持ったことなどないというのが当たり前なのだ。
「特一級探索者のジュッキ・イクトゥシマと同じ世界の出身だったか?
魔獣すら居ないとは話には聞いていたが、本当のようだな。やつらがいれば武器を持つな、など死ねと言ってるのと変わらないのだからな」
どこか羨ましそうに言ったレクイニクセスは、バインダーに挟まった紙を流し読みし、並べられた武器の中から幾つかを手に取り柚子香の前に持ってくる。
「マラ老師の適性診断は受けているんだったな。適性のあった武器は、短剣に投擲武器、鈍器、弓、斧ときたか。今まで武器を握ったことがないならある程度距離をとって戦える槍なんかが良かったんだが、他に適性のあるものがわかっているんだしそっちの扱いを学ぶべきか」
「伊久津島君からは伸ばすものを絞れって言われてるんですけど……………………」
「そうだな。適性があるからと言って闇雲に全てに手を出したところで効果が薄いのは確かだ。
だが武器の特性を知らずにこれと選ぶのもあまりいい選択ではないということだ。
一先ずこれらの扱い方を一通り教えるから、それを踏まえた上でどの武器を使っていくのかを考えることをお勧めするよ。
近接武器の三種と遠距離武器の二種。これらに分けてどれを使うのか考えるのがいいだろうな。まぁ、これもあくまで私の考えでしかない。そう言ったものも含めて参考にしてくれ」
そう断りを入れたレクイニクセスが最初に手にとった武器は短剣だった。
修練所に並ぶ革鎧を着た案山子を相手に武器の特徴、扱い方を口頭実演織り混ぜて説明した後で柚子香にも持たせて実際に扱わせる。
そのように短剣から鈍器、斧と説明を終えていき、次に投擲武器、投げナイフや礫や専用の鉄球、そして最後に弓矢。一通りの武器の扱いを教わり、続けて魔法の指導へと入った。
今まではゲームや漫画、つまりは創作物の中にしか存在しなかった魔法の指導と聞いて張り切る柚子香だったが、その結果は散々なものだった。武器の扱いは短時間でも一応の合格らしき物を貰った彼女だったが、魔法というものに対して何も知らない彼女ではそれを扱う以前に魔力と呼ばれるものを感じとる鍛練を施され、結局それでも僅かに感じ取れただけで結局魔法の使用にまでは至らなかったのだ。
「まぁそう落ち込むな。今まで魔法はおろか魔力そのものと縁が無かったのだろう?例え適性はあってもそれならこれが普通、いや僅か半日足らずで魔力を感じることができるようになったのだからむしろ筋はいいほうだ。これからも諦めずに続けていれば必ず魔法を使えるようになるさ」
落ち込むな柚子香に苦笑しながら慰めるレクイニクセスの言葉に、柚子香は気を取り直してうなずくのだった。




