表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

伊久津島準騎

 6時間目の授業の終わりを告げるチャイムが響くのを聞き彼は閉じていた目を開いた。


「ふぅあぁぁぁ……………………」


 口元を抑えて起き抜けの欠伸を隠すことなくかますと、寝ている間に固まった筋肉を解すように首を回し窓の外へと視線を向ける。


 今は6月の半ば、一週間ほど前に梅雨入りしたこの時期によくある気温が高く湿気の多い薄暗い天気だ。薄暗いと言っても空模様は直ぐ様雨が振りだすような雰囲気ではなく、降りそうだが降らないようなさっさとどちらかにしてくれと言いたくなるような天気だ。


(まぁ、俺にとってはどっちでも構わないんだけどな)


 部活をしているわけでも放課後に遊びに行く仲の良い友人がいるわけでもないし、と思いながら彼は帰り支度を始める。もう10分もすればホームルームが始まり、担任から連絡事項を聞いて帰宅と相成るわけだ。


(さっさと帰りたいな、ガラッシャに預けたテンペスターもオーバーホールも終わってる筈だし久々に稼ぎにいきたいんだけどなぁ)


 今は手元にない相棒を思い小さくため息を吐き、同時に教室へと入ってきた担任の毒島に気付き形だけは連絡事項を真面目に聞いているような姿勢をとりながら、彼の思考は明後日の方向へと向いていた。


「おい伊久津島、聞いているのか!」


「え、あ、はい?」


 がそれも速攻にばれて多いに慌てる彼こと伊久津島準騎、この話の主人公だった。






「なんとか誤魔化せたな。いや、あれは見逃されただけか」


 担任に先のことを追求されることなく帰路のついた準騎は今後は気を付けなければと思いながら多くの生徒の並ぶバス停に自分も並ぶ。

 ポケットの定期を確認してスマートフォンで時間を調べれば、あと3分とせずに次のバスが来ることがわかる。スマートフォンを懐に戻してそれまでどうするかと思案し、帰宅部にしては大きなショルダーバックの中から最近はまっている文庫本をとりだし読み始めることにする。


 ペラリペラリとページをまくりながら待てば時間などあっという間に過ぎていく。

 目的のバスが近づいてきていることに気づいて一度本を閉じてバスが停車するのを待つ。

 停車したバスに乗客が順番に定期で、たまにお金を払って乗車していき、準騎もまたそれに倣うように定期をかざしてバスに乗車する。

 バス停に並んでいたのは準騎が最後だったため運転手が扉を閉めようとしているちらりと見ただけで視線を外に向けて、自分が乗るバスに絶望的な視線を向けながらものすごい勢いで走る少女の姿が目に映った。


「すいません、まだ一人いるみたいです」


 何とはなしに少女に助け船を出そうと運転手にそう声をかけると、彼もまたミラー越しに彼女の姿を確認して準騎に向けて苦笑しながら頷いて、一度は閉じたバスの扉を開いた。


 バスの扉が再び開かれたのを確認した少女の表情が一瞬で明るくなる。ラストスパートとばかりにただでさえ速かった走る速度がさらに上がり、準騎が通う高校のセーラー服を着た少女がバスへと飛び込んできた。


 肩で息をしながら定期券をとりだし運転手と何事かを話しているのチラリと見ながら、準騎はバスの中程まで移動して吊革へ手を伸ばした。


「ありがとう、おかげで助かったよ」


 先の続きでも読もうかとポケットに突っ込んだ文庫本へと手を伸ばそうとしたところに声をかけられ、視線を声のした方へと向けてみればそこにいたのは案の定バスに駆け込んできた件の少女だった。


「運転手さんに聞いたよ、君が伝えてくれたんでしょ」


「偶然目に入ったからな、ただの気まぐれだよ」


 だから気にするな、と肩をすくめ、案外おしゃべりなんだな、とハンドルを握る運転手に視線を向ける。


「それでもだよ。このバス逃すと次が20分も先だから本当に助かった」


 そういえばそうだった、この時間帯は微妙にバスの数が少ないんだったな。少しホームルームが延びたりするだけ少なからず待つことになってしまう。とうろ覚えな時刻表を思い返す。



「えっと、伊久津島君だよね」


「ん、どこかであったか?」


 突如少女から名前を呼ばれ準騎は驚いて少女を見るが、その反応を見た彼女はその様子をやはりか、と苦笑いして先の準騎のように肩をすくめた。


「どこでだと思う?」


 問いに問いで返された準騎は僅かに唸り声をあげると失礼にならない程度に彼女の身体を上から下へと眺めた。


 髪は短くまとめられた黒髪で、特に染めたりはしていないようだ。肌はうっすらと日焼けしており普段は屋外で活動しているのではないかと想像させる。

 目元は若干つり目がちだが、すくなくともあまり交流がないはずの彼におくさず話しかけてくるほどフレンドリィなら、その程度のことは大したこともないのだろう。

 身長は150から160の間くらいではないだろうか、平均より少し高いかなといった具合だ。

 胸はおっぱい聖星人どもから残念そうな表情を向けられそうだが、とくにそのような気のない準騎にとってはどうでも良いことだ。全体的にスレンダーでスカートから生える両脚は細く引き締まっており、先ほどのバスまでの走る姿を思い出せば彼女は陸上部に所属しているのかもしれないと予想させられた。


 さて、そこまで観察したところで準騎は首をかしげた。やはり思い出せないかったからだ。


「すまん、やっぱり思い出せない」


「ははは、いいよ気にしないで。実際のところ会話したことはなかったからね。

 ボクの名前は本城柚子香、陸上部所属。そんでクラスは2年D組、出席番号17番。君のクラスメイトだよ」






「すまん、人の名前と顔を覚えるのが苦手でまだクラスメイト把握ができてなかった。夏休みまでにはと思ってたんだが」


「一学期丸々使って名前覚えるつもりだったの!?」


 彼女がクラスメイトだったとは思ってなかった準騎は素直に覚えてなかったことを謝罪するが、そこ謝罪の内容に今度は柚子香の方が驚きの声をあげる。どうやら彼女の方はすでに全員の名前と顔が一致しているらしく、そのなんとものんびりとした答えにかなり驚いていた。


「すまないな」


「あ、いや責めてる訳じゃないよ。ただ純粋に驚いただけだから」


(去年は半年かかったことを言ったらどんな反応するんだろうな?)


 あわてふためく柚子香に気にしていないことを伝えて、そこでふと浮かんだ疑問を口にした。


「そういえば陸上部なんだよな。今日の部活はどうしたんだ?」


「ん、部活?なんか顧問の大橋先生に予定ができたとかで急遽中止になってさ。ひどいよね連絡があと少し遅かったらこのバスに間に合わなかったんだよ。

 あ、でも伊久津島君が止めてくれなかったら間に合わなかったわけだし、やっぱり連絡遅すぎるよね」


 ため息を吐きながら愚痴を溢す彼女に適当に相槌を打ちながら帰り際に目につく陸上部の練習風景を思い出した。確か自分の高校のの陸上部は男女の顧問が同一人物で腹の出た中年のおっさんだったと記憶していた。


 柚子香の口からは顧問の走ってる女子に向けている目がいやらしいだの、触れてこそ来ないものの距離が異様に近いことがあるなど更なる愚痴が溢れてくる。準騎は名前を覚えていないが大分嫌われているようだと同情しかけ、そう言われる理由が本人の行動にあることを思い返して自業自得かとそれ以上考えるのを止めた。


「ところで伊久津島君は何か部活してるの?やたら荷物が大きいけど?」


「してるぞ。俺の部活は帰宅部だ」


「そっか帰宅部かぁ。だからそんなに荷物が多いんだね……………………、って帰宅部は部活じゃ無いよ!」


 一瞬納得しかけてすぐに乗り突っ込みをする柚子香に、準騎共学の事実知ったとばかりに驚きの表情を顔に張り付け……………………。


「なん、だと……………………」


 絞り出すように呟いた。


「……………………本気でいってる?」


「いや冗談だけどな」


 と直ぐ様真顔に戻ってそう返す。


「……………………」


「……………………プッ」


 互いの顔を見つめあう二人の間に沈黙が訪れる。がそれも長くは続かず、柚子香が噴き出すことで沈黙は破られる。


「く、ふふふふふ、伊久津島君ってすんごい真面目そうな顔してるけどこういう冗談言うんだね」


「俺がどんな風に見られているのかはよく分からないが、人間なんて大なり小なりそんなものだろう?」


「それはそうだけどさ」


 そのような感じで他愛もない会話を続けること数分ほどして、バスのアナウンスが彼の下車するバス停の名前を告げる。


「もう次か」


 アナウンスを聞いた準騎はポツリと呟き近くの降車ボタン


「伊久津島君もここなんだ」


「も、ってことは本城もか?」


「そうだよ。

 そっか伊久津島君もここら辺に住んでるんなら中学も一緒だったのかもしれないね」


 こきは学区の境目辺りだけど、続ける柚子香だが、準騎はそれを否定するように首を振った。


「いや、俺は高校入学と同時にこっちに引っ越してきたからそれはない。

 俺が行ってたのは世田谷にある中学だからな」


「おぉ、世田谷ってことは東京だよね。ということは伊久津島君は都会っ子か」


 バス停に止まったバスから降りながらも二人の会話は続く。向かう方向も同じらしく二人は自然と足並みを揃えて歩き始める。


「場所にもよるけど、世田谷は言うほど都会都会してないさ。畑や相当古い家屋も多い。むしろ最近集合住宅だなんだと開発が進んでるここいらの方がよっぽど交通の便やお店も充実してるぐらいだ」


「へ~、東京と言えばコンクリートジャングルなイメージが強かったんだけどなぁ」


「新宿なんかはそうなんだけどな。

 まぁ近くに町田みたいなごった返した場所があればそう思うのも無理はないか」


「たしかに東京と言われて最初に思い浮かぶのは町田駅の周辺だね。そっか、それが東京のイメージとして定着しちゃってるんだ」


 何かに納得した様子柚子香とその様子に苦笑気味だった準騎の足が差し掛かった十字路で別の方に向けられた。


「それじゃ、俺はこっちだから」


「あ、うん。今日はありがとうね」


 最後にそう礼を述べて駆けていく柚子香を見送り、準騎ショルダーバックを背負い直して止めていた脚を再び歩かせ始めた。






 柚子香と別れて向かった先は自宅ではなくすぐそばの公園だった。住宅地のど真ん中に設けられた公園で敷地の半分はなにもない広場、もう半分には残る敷地を陰らせる程度の樹木に遊具がおかれたそこそこ規模の公園だ。

 道を少しいった場所に交通量の多い道路が二つもあるせいか、立地は悪くないのに人気の少ない公園である。土日祝日は結構賑わう公園なのだが、平日は人気と言うものがほとんど無い。


 そんな公園を訪れた準騎は迷うことなく広場と日陰となっているエリアの境に設けられた公衆便所に入ってゆく。


 暫くして公衆便所から出てきた準騎だが、その姿は一変していた。ここに来るまでは学校帰りらしく高校の制服である紺色のブレザーを着ていた彼だったが、背負っていたショルダーバックはそのままに下は濡れた石や岩を思わせるくすんだ灰色の迷彩色のカーゴパンツ。上はブレザーに変わって黒く重たそうなコートを羽織、羽織ったコートの懐の合間からは金属製らしい胸宛の姿が垣間見える。そしてよくよく見てみればコートろズボンの間接部はどうも金属板による補強が入っているようである。およそ平和な日本には似つかわしくない(ある種の人種の言う聖地であればそうでもないかもしれないが)格好である。


 そんな警察に見られれば職質を受けることすらもあるかもしれない格好になった準騎は、周囲に気を払いながらもそこまで気にした様子を見せずに公園の奥にある植え込みへと歩いてゆく。


 ショルダーバックに手を突っ込み、もう一度周囲に視線を向けて誰も見ていないことを確認し、バックの中に突っ込んでいた手を引き抜くとそこには先端部に握り拳大の赤い宝石の着いた短杖を掴んでおり、一度その握りを確かめると植え込みの中へと一歩踏み込み……………………。


 その姿が虚空へと歪み消えた……………………。






 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ